第13話 おまじない

あれから数日、ヘッセン達は、この場所で採掘作業を続けていた。



ムルナの怪我は擦り傷程度だった。

テオドルの隷獣れいじゅうとなったことで、以前より回復力が増しているので、その傷もすぐに目立たなくなった。

しかし、狐に羽根をむしられて腹と首元の一部が禿げ、赤みのある肌色の皮膚が見えていることは、ムルナの乙女心を相当傷付けているようだった。

呪いによる喉の渇きがマシになっても、ムルナはずっと塞いでいる様子だった。


テオドルはなんとか元気付けてやりたかったが、「すぐ生えてくるだろ。禿げてても可愛いって」と声を掛けると、ムルナは何故か飛んで逃げ、ラッツィーにはキツくり合わせた尻尾で何度も頭を叩かれた。


更にヘッセンからは、またゴミを見るような視線を向けられ、持ち物の中から、予備の布を一枚引ったくられた。

手渡されたラッツィーがムルナを追い掛け、一緒に戻って来た時には、ムルナの首に、その布がバンダナのように巻かれてあったのだった。




「似合うぞ、ムルナ」

テオドルが笑って、ムルナの首元に巻かれた薄青の布を指で突付いた。

ムルナがクルと元気そうに応えたので、ホッとする。

「これで禿げは見えなくなったな」

明らかに余計な一言を言った途端、ムルナはキュー!と鳴いて再び飛んで逃げ、今度はラッツィーだけでなくベルキースにまで尻尾で尻を叩かれた。

「何なんだお前等はっ!」

頭と尻をさすりながら抗議すれば、二匹はテオドルを一瞥いちべつして、フンと鼻を鳴らした。




興味なさそうに、少し離れた所で寝そべっているトリアンは、軽々と動き回るラッツィーを目で追っていた。

ヘッセンはそれに気付き、近付く。


トリアンはあれから徐々に回復し、数日経った今では、以前と同じように過ごしていた。

しかし、ヘッセンにはどことなくトリアンの元気がないように感じる。

それで、小粒の魔石を差し出した。

「トリアン、食べなさい」



口元に近付けられた右手を、トリアンは動かず凝視した。



チチッと側で声がして、トリアンは瞬く。

側に寄って来ていたラッツィーが、ヘッセンから魔石粒を受け取って、トリアンの口に持って行く。

トリアンがそれを飲み込み、ラッツィーをペロリと舐めた。

ヘッセンは安堵して、ラッツィーの頭を撫でた後、トリアンの頭に手を伸ばす。

しかし、トリアンのたてがみがわずかに毛羽立ったのに気付き、触れるのを止めた。


まだ完全に主人に気を許していないのなら、触れるのはトリアンの負担になるだろうと思った。




◇ ◇ ◇




ベロリ、とトリアンがラッツィーの背を舐める。

ラッツィーは動かずにじっとしていた。


正直に言えば、鼬鼠トリアンに毛繕いされるのは、まだ少し抵抗がある。

それでも、トリアンの気持ちを考えると、即座に逃げる気にはなれない。

それでラッツィーは、三本の尻尾を前にやって、自分の手で撫で付けながら、大人しく毛繕いされていた。


〔ラッツィー、逃げてもいいんだよ?〕

クククと笑って、トリアンが言った。

その雰囲気は以前と同じでからかうようであったが、ラッツィーには、トリアンの胸の奥に隠された悲しみが感じられる気がして、尻尾から手を離す。

そして、三本の尻尾をり合わせると、そのフサフサの尻尾の先で、トリアンの頭をゆっくりと撫でた。


トリアンは、吊り上がった深紅の瞳をパチクリとさせる。


〔なんだい?〕

〔……おまじないだよ〕

〔おまじない?〕

ラッツィーはコクリと頷く。

〔オレが怖がってる時、父さんと母さんがこうしてくれたんだ。そしたら、元気が出るんだよ〕

怖い夢を見て起きた時。

獣に追われて逃げ切った時。

嵐が来て、木のうろで震えて時間が過ぎるのを待つ時。


〘大丈夫。大丈夫だよ〙


そう言って抱きしめ、爪が引っかからないように手で背を撫でながら、フワフワとした尻尾で頭を撫でてくれた。

その流れる毛先の柔らかさと、ホワとした温かさは、どんなものよりも心を穏やかにして、ラッツィーを安心させてくれるものだった。


〔父さんと母さんのことは、もうあんまり覚えてないけど、このおまじないはよく覚えてるんだ。……だから、えっと、トリアンにもやってあげる〕

フワフワと、ラッツィーの尻尾の先が目の前で揺れる。

ククク、とトリアンが笑った。

〔アタシは別に、なんにも怖がったりしてないけどねぇ〕

そう言って深紅の目を細めるのに、やめろと言うわけでもなく、大人しくそのまま撫でられている。


それでラッツィーは、しばらく黙ってトリアンの頭を撫で続けたのだった。




◇ ◇ ◇




更に二日経った日の夕暮れ時。

護衛に付いていたテオドルは、ヘッセンに呼ばれて採掘現場へやって来ていた。


大岩に登り、ヘッセンに促されるまま、大きく椀状にえぐられた掘削跡を覗く。

「これは……虹彩石こうさいせきなのか?」

テオドルは奥を凝視して言った。


抉られた奥に、幼児の握り拳程の大きさの魔石が、まだ半分岩に埋もれた状態で姿を見せていた。

表面は薄く虹色に見え、更にその周囲にぼんやりと虹色の光が滲んでいる。

高級魔石である虹彩石は、光が当たると表面が虹色に見えるはずだが、奥まった場所にあるこの魔石に、今は殆ど光が届いていない。

それにも関わらず、見惚れてしまうような柔らかな虹色の石が、ゆらりと光を放っていた。


虹霓石こうげいせきです」

「虹霓石? そんな魔石があるのか?」

テオドルには、初めて耳にする名前だ。

「最上級の魔石です。私が求めているのは、これです」

深く頷いて言ったヘッセンの様子は、昂ぶりを抑えられないように見えた。

そして、側で見上げているベルキースもまた、首の後ろから背にかけて、白い毛がわずかに逆立っていた。



「良くやった、トリアン」

ヘッセンは、岩壁に張り付いたままのトリアンに声をかける。

今回、この場所を発見したのはトリアンだ。


「何としてもこの魔石を採る。いいな?」

従魔達を順に見て、ヘッセンは強く言った。

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