第6話 困惑
〔何だい、あれ…〕
岩壁のわずかな段にへばり付くように立ち、ラッツィーよりも少し高い位置から見下ろしていたトリアンは、眼下で掘削作業を始めた
小型の魔術具で岩壁を削り始めた彼の側には、一見行儀よくお座りしたベルキースがいる。
人間が見ればそれは、主人が仕事を終えるまで、側について待っている従順な大型犬に見えるのかもしれない。
しかし、魔力の見える魔獣の目で見れば、全く違って見える。
一人と一匹の身体からは青味を帯びた魔力が立ち上がり、それが引き合うように繋がって、ゆっくりと循環していた。
岩壁の方を向いたベルキースの目は、微動だにせず見開かれているが、目の前の岩肌を見ているわけではないようで、どこか虚ろにも映った。
〔共鳴してるんだ〕
〔共鳴って?〕
〔魔力を繋げて、お互いの感覚の一部を共有して高めてるんだって〕
説明するラッツィーにも、その感覚は全く分かっていないのだが、以前ベルキースに質問して答えてもらったことを、そのままトリアンに説明した。
トリアンは片目を吊り上げる。
〔人間と魔獣にそんなこと出来るなんて、初めて聞いたけど?〕
〔誰でも出来るわけじゃないよ。ベルキースは、
ベルキースが隷獣だと聞いて、トリアンは鼻の上に皺を刻んで下を見つめる。
従魔と隷獣は、似ているようで全く違うものだ。
自ら進んで受け入れなければ、魔獣が隷獣に落ちることはない。
ムルナのような、
人間と従属契約を課されることすら、屈辱的に捉える魔獣が多いというのに、なぜそんな契約を受け入れたのか。
〔……
その呟きには、あからさまな軽蔑の意を感じる。
白髪の頭を見下ろして呟いたトリアンを、ラッツィーは睨むように見上げた。
〔
〔なんで? 呼び方の指示までされてないよ〕
〔そ、そうだけど、主は主だもん〕
明らかにまだ怖がっているように見えるのに、ラッツィーが歯向かうような口ぶりで言うので、トリアンはニィと口端を上げる。
〔ふぅ~ん。アンタもヘッセンが好きなんだねぇ〕
〔だ、だから、呼び捨てとか……〕
スルリ、とトリアンが滑るように近付く。
ほとんど直角に近い壁であるのに、トリアンの移動には、何ら困難はないように見えた。
〔アンタが嫌だって言うなら、やめようか?〕
〔……え?〕
目の前に、自分のそれよりもずっと大きな顔が寄せられる。
〔アンタが、主と呼べと言うなら、呼んでやってもいいよ〕
ラッツィーは毛羽立つ三本の尻尾を撚り合わせつつ、直ぐ側にあるトリアンの瞳を
〔……なんで? 何でオレの言うことならって?〕
〔アンタが可愛いからさ〕
可愛いだって!?
ラッツィーは憤慨して、言い返そうとした。
しかし、その前に主人の声に邪魔をされた。
◇ ◇ ◇
「ラッツィー、何をしている。こちらに集中しろ」
ヘッセンの厳しい声が聞こえて、ラッツィーは小さな身体をビクリと跳ねさせた。
そして急いで、掘削している部分に近寄る。
距離が縮まったベルキースに、一瞬鋭い視線を向けられて、チと弱く鳴いた。
ラッツィーには、手足が触れた所から、地中に流れる微弱な魔力を感じ取ることが出来る。
その範囲は決して広くないが、ヘッセンが行う採掘法において、なくてはならない能力だ。
ラッツィーが読み取った情報は、その都度細かにベルキースに伝えられ、そこから共鳴しているヘッセンに流れる。
ヘッセンが作業をしている手元近くに、ラッツィーがいつもくっついているのは、そういう理由があるからだった。
岩壁や岩盤を掘ると、その周辺を流れていた魔力は乱れる。
これを細かく読み取りながら掘削することで、魔石の質を落とすことなく、最高の状態で魔石のみを採掘出来るのだ。
魔石採掘士でありながら魔獣使いであるもある、ヘッセンならではの採掘法でもあった。
小さな両手両足をしっかり岩壁に付けて、ラッツィーがそこから感じる魔力に集中しようとすると、少し上の段差に、スルリとトリアンがやってきて、岩壁をスンスンと嗅いだ。
「トリアンも、魔力の流れをよく見ていなさい。優先すべきは、岩中にある魔石を最大限の品質で採掘することだ。いいな?」
ヘッセンに言われて、トリアンは小さく頷く。
それを確認してから、ヘッセンは側に座っているベルキースに合図して、作業を再開した。
◇ ◇ ◇
ムルナがテオドルの
二匹共、ヘッセンの望む採掘方法には欠かせないのではあるが、そもそも採掘するべき地点を見つけていたのはムルナだ。
その地点を見つけられないことには、採掘は出来ない。
ヘッセンはムルナの代わりになる魔獣を探していたが、場所的な問題もあって、広範囲探索型の最弱魔獣はなかなか見つからなかった。
そこで選ばれたのがトリアンというわけだ。
トリアンは中ランクの魔獣だが、ムルナの広範囲探索と、ラッツィーの狭範囲探索の能力をバランスよく持っていた。
能力的には、既存の従魔と上手く噛み合うと判断した。
……相性さえ良ければ、だが。
ラッツィーは、いつものように集中して魔力を読む。
しかし、なんとなくいつもと違うような感覚だった。
ムルナが見つけた場所ではないからだろうか。
それとも、側にトリアンがいるからだろうか……。
チラと目線を上げれば、主人の手元に視線を向けていたトリアンが、気付いてこちらを向いた。
深紅の目が、笑うように細められる。
ラッツィーは、慌てて視線を戻し、再び魔力の流れに集中したのだった。
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