第5話 講義Ⅱ
採掘の準備をしてヘッセンが立っているのは、谷間の岩壁の前だ。
過去に落石があったのか、ヘッセンの身長よりも大きな岩の塊がひとつ、岩壁にくっつくようにして転がっている。
その周りには、それと同じような岩や、それよりも小さな岩が幾つも幾つも転がっていて、あまり見通しは良くない場所だ。
落石したのは相当前のようで、岩の周りには様々な雑草が顔を出していた。
少し離れているが、細く流れる川の側にも岩石が多く転がっていて、苔むした部分もあり、ただでさえ歩きにくい岩場を、更に歩き
「魔石というのは、その名の通り魔力を溜めた石です。世界中には、目には見えない魔力が存在しますが、魔力耐性を持った鉱物が、土や石の中で魔力を蓄えながら育って初めて魔石となります」
岩壁を左手の平でゆっくりと撫でながら、ヘッセンは続ける。
「その質は様々ですが、石の中から掘り出され、大気に晒された部分から質が定着することは共通です」
教師さながらに語るヘッセンの言葉を、両腕を組んで聞いていたテオドルは、一旦停止を乞うように片手を広げて突き出す。
「……つまり、掘り出されて大気に晒されるまでは、質が高くなったり低くなったりするわけか?」
「いいえ。大まかな
眉根を寄せたテオドルをチラと見て、ヘッセンは拳大の石塊を拾い、岩壁に押し付けた。
「この中に、魔石があるとしましょう。岩壁の中にある間、魔石は地中に流れる魔力と繋がっているので、魔力を蓄え続けています。どれ程微量であっても質は上がっていく状態です。しかし、これを大まかに掘り出せば…」
ヘッセンは石塊を岩壁から離す。
「蓄えるべき魔力は周りからなくなります。しかし、まだ大気に晒されていないので、質は定着しておらず、魔力は流れ出る方に転換してしまうのです」
「質が落ちるってことか…」
テオドルは強く瞬いて、顎を掻く。
魔石があると思われる部分を、大まかに掘り出し、その後魔石だけを取り出すのは、魔石採掘の一般的なやり方だ。
その方が効率良く作業が出来る為、多人数で採掘を行う採掘現場では、この方法が当たり前に行われている。
「それで、アンタは石塊として切り出さず、魔石のみを岩壁から直接掘り出す…ってことか?」
「そうです。岩壁から切り離される瞬間まで魔石の質は保たれるので、高品質の物を採掘しようと思えば、その方法が理にかなっている。ただ、岩壁から切り離すタイミングなどは難しく、場所によっては作業自体困難ですから、それを好んで行う者は少ないでょう」
「そしてその作業には、小型の従魔が必要ってわけか」
「ええ。彼等は微弱な魔力を読むのに長けているので」
ヘッセンが言って、地面に立つラッツィーを見下ろせば、ラッツィーはちょっと得意気に柔らかな胸を張った。
少し離れた所で、人間同士の講義には全く興味のなさそうなトリアンが寝そべっていたが、ラッツィーの様子を横目で見て、ゆるく尻尾を振った。
側にいたベルキースが、そろそろ作業をしようと誘うように、ヘッセンのローブの裾を
ヘッセンは頷いて、手にしていた石塊を落とした。
今回、高品質の魔石が埋まっている可能性のある場所は、巨大な岩の塊の上になる。
見つけたのはトリアンだ。
作業中は、テオドルは離れた場所で周辺を警戒することになる。
「それにしても、今回は丁寧に説明してくれるんだな」
「貴方が説明しろと言ったのでしょう」
「そうだが、前は聞いても詳しく説明しようとしなかっただろ」
従魔について聞いた時、手早く食事を済ませる間しか話そうとしなかったことに比べれば、今回は相当
作業に邪魔なローブを脱ぎながら、ヘッセンはバツが悪そうにした。
「あの時は、まだ慣れていなかったので」
「慣れてなかったって、何に?」
「貴方に。……私は人見知りですから」
ブフッとテオドルが噴いた。
「人見知りって、アンタの偏屈さは、そんな可愛いもんじゃないだろうが!」
爆笑するテオドルに向け、半眼になってヘッセンが口を歪めれば、ラッツィーがテオドルの身体をスルスルと駆け上がった。
そして、三本を強めに撚り合わせた尻尾で、ベシッとテオドルの後頭を叩くと、そのままの勢いでジャンプして、岩壁の小さな段に着地する。
「イテッ」とテオドルが後頭を押さえて睨むと、岩壁から不満気にヂッとラッツィーが鳴いて、ベーと舌を出した。
ふ、と笑ったヘッセンがラッツィーの頭に軽く触れると、ラッツィーの尻尾が、ピッと真っ直ぐに上を向いた。
「では、作業に入ります。
重い道具類が入った荷袋を担ぎ、巨大な岩の塊を、ヘッセンは意外と軽々と登りきる。
ベルキースが跳び上がってそれに続く。
「ラッツィー、来なさい。トリアン、お前もだ」
寝そべっていたトリアンは、大きく一度伸びをしてから、滑るようにベルキースの後を追った。
「そういえば、どうして前回は採掘方法を変えたのか、結局聞くのを忘れたな」
ヘッセン達から距離を開けながら、テオドルが呟いた。
テオドルが大声で叫んだ為に、高品質の魔石を掘り出す繊細な作業を台無しにしたことは分かった。
だが、その後に石塊を切り出すやり方に変えた意味は分からないままだ。
切出してしまえば、さらに品質は下がるはずであるのに、良かったのだろうか。
バサ、と羽音がして振り向けば、ムルナが飛んできて地面に降り立った。
岩ばかりのこの辺りには、大きな木などない。
「一緒にいるか?」
聞くと、ムルナはクルと鳴いて返事をする。
先行探索が役割のムルナは、掘削作業が始まってしまえば、テオドルと同様に周囲警戒の為の見張り役だ。
「じゃ、来いよ」
腕を伸ばして前腕を指せば、ムルナは瞬いてから、ふわりと飛んできてその腕に止まる。
テオドルが笑ってまた歩き出したので、ムルナは揺れる腕から落ちないように、袖の上の足にそっと力を入れたのだった。
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