第4話 肩の上
地面のムルナとラッツィーを見ていたテオドルの側を、ベルキースが歩いて水際へ進む。
水を飲んでから、ブルルッと周囲に水を飛ばすと、二匹は驚いて距離を開けはしたが、ベルキースを怖がってるようには見えない。
「なあ、なんで
この間から気になっていた事を尋ねれば、ヘッセンは顔を拭きながらベルキースを横目に見る。
「ベルキースがいるので、最弱の小型魔獣はなかなか捕らえることが出来ないのですよ」
小型魔獣は警戒して近寄らないらしい。
ベルキースがヘッセンの側に寄って、お座りした。
くわ、と大きく欠伸をすれば、口中に鋭い牙が覗く。
確かにこの牙を見れば、捕食される側の生き物は速攻で逃げ出したくもなるだろう。
「じゃあ、ムルナとラッツィーはどうやって捕らえたんだ?」
「ムルナは、見付けた時弱っていて逃げられなかったのです。ラッツィーは、岩場で掘削中に、自ら飛び出して来ました」
「飛び出して来た?」
「ええ。岩壁を駆け下りて」
ムルナは、たまたま弱っている時に巡り合ったのだとして、ラッツィーはどうして自分から飛び出してきたりしたのだろうか。
テオドルは、地面の上の二匹を見下ろす。
疑問に思って見つめてみても、ラッツィーは毛繕いするばかりで、目が合ってもプイと逸らされた。
……どうもラッツィーには、あまり好意を持たれていないらしい。
「そういえば、なんでアンタはあの採掘方法なんだ? 岩壁に張り付いてやる意味があるんだろう?」
ラッツィーが駆け下りたところを思い浮かべ、テオドルがまた疑問を口にすれば、ヘッセンはあからさまに面倒臭そうな顔をする。
「何でもかんでも、よく質問する人ですね」
「……あのなぁ。アンタは何でも、圧倒的に説明不足なんだよ」
呆れたような顔で、テオドルがヘッセンを指差した。
「従魔に食べ物を与えてはいけない理由も、ムルナに
「……全部私のせいだと?」
「そういうことじゃねえ!」
テオドルはガシガシと金髪の頭を掻き、一度息を吐いた。
「……採掘方法の意味が分かってりゃあ、あの時邪魔することもなかったってことだよ」
「あの時俺が大声で驚かせたことで、何かしら採掘の予定が変わった。そして、そのせいで不利益を
ムルナを心配して、大声でヘッセンを呼んだ時だ。
あの後から、急にヘッセンは採掘方法を変えた。
一般的な採掘作業になったわけだが、悪い言い方をすれば、雑になったように見えた。
つまりは、繊細に作業する必要がなくなったということだ。
「アンタから見れば、従魔についても魔石採掘についても、俺に説明するだけ無駄だと思えるのかもしれない。だが知ることで、これから先アンタの面倒を減らせるかもしれないだろ?」
言って、テオドルは鼻の下をグイと擦った。
想像もしていなかったことを言われた、というように、ヘッセンが驚いた顔で固まっている。
「……ヘッセン?」
テオドルが声を掛けると同時に、ベルキースがヘッセンの
「あ、いえ。これから先のことを、貴方が前向きに考えているとは思わなかったので……」
「何でだ?」
「…………勝手に
テオドルは下を向いて苦笑する。
「まあ、驚いたが、ムルナが助かったんだから結果的には感謝してる。それに、俺は魔術素質もないし、難しいことは分からない馬鹿だからな。前もって説明されても理解出来なかったかもしれねぇ」
「貴方を馬鹿だとは思っていません」
顔を上げれば、ヘッセンは色素の薄い水色の目で真っ直ぐにテオドルを見ていた。
しかし、目が合うと、ぎこちなく視線を逸らす。
「……少なくとも今は」
「前は思ってたのかよ!」
は、とヘッセンが軽く笑った。
目線は逸らしたままだったが、楽しそうに。
◇ ◇ ◇
ラッツィーとムルナは、地面から二人を見上げていた。
〔……
〔うん、
主人は今までも護衛を連れて魔石採掘に出掛けていたが、その相手とこんな風に話して笑うところは見たことがない。
いや、同じ護衛を連れて、二度目の採掘に出たことも初めてだ。
いつも街に帰れば契約は終了で、また別の護衛を探すのに苦労していたのだ。
〔……
ラッツィーが呟けば、ムルナが
〔テオドル〕
〔え?〕
〔名前。“コイツ”じゃなくて、テオドルだよ〕
つぶらな瞳を柔らかく細めて、ムルナが首を傾げる。
ラッツィーはそれに合わせて、わざと首を傾けて見せた。
〔ふ〜ん? ムルナはテオドルのこと、“主様”って呼ばないのか?〕
〔えっ! だって、主様は
ブワと羽根を膨らませて、ムルナはしどろもどろだ。
〔ムルナったら、カワイ〜!〕
ラッツィーは笑ってぎゅうと抱きついた。
「ホント仲いいなぁ、お前らは」
テオドルが二匹をヒョイと持ち上げる。
さっきと同じように勝手にラッツィーを肩に乗せ、ムルナを前腕に止まらせたテオドルを、ヘッセンが睨んだ。
「だから、私の従魔に勝手なことをしないで下さい」
「ハイハイ。じゃあパスするよ」
テオドルは肩のラッツィーを摘んでヘッセンの肩に向けて投げた。
身ごなしの軽いラッツィーは、空中でくるりと一回転して、難なくヘッセンの肩に降り立つ。
か、肩!?
主の肩っ!
主人の手が伸びてきたので、降ろされると思い、
「……どうした? 降ろしてやるだけだ」
手を止めて怪訝そうに尋ねられ、ラッツィーは握る手に一層力を込めた。
「降りたくないんじゃないのか?」
笑い含みにテオドルに言われて、ヘッセンは横目でラッツィーを見る。
その視線は、「そうなのか?」と尋ねるようだったが、ラッツィーはここで頷いて良いのか分からず、ただ強く髪の先を握ったまま固まっていた。
ヘッセンはしばらく黙って見ていたが、ラッツィーを降ろさないままテントの方へ歩き出した。
オレ、主の肩に乗ってる…。
爪が当たらないように気をつけながら、でも髪から手を離さず、主人の頭にラッツィーは鼻先を寄せる。
少しの汗と、掘削時の嗅ぎ慣れた岩場の匂いが混じる。
ラッツィーはなんだかくすぐったい気持ちで、そのまま主人の肩で揺られていたのだった。
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