第3話 仲良し

ヘッセン達が今いる谷底には、細いながらも川が流れている。

水質も問題なく、岩壁沿いに進めば、魔術に頼らなくても水に困ることはない。



朝、ムルナは、冷たい小川の水で顔を洗うテオドルの側に降り立つ。

首に掛けた布で顔を拭いていたテオドルは、ムルナが側に来たことに気付き、手招きした。

「ムルナ、水飲んでおけよ」


隷獣れいじゅうとしてテオドルの生命に紐付けされてから、ムルナの基礎体力は随分上昇した。

傷が癒えるのも早くなったので、以前の矢傷は消えて、翼の感覚はすっかり元通りだ。

しかし、呪いは別だった。

こればかりは、隷獣となったからといって 解呪出来るものでもない。

神聖魔法が魔獣に効果を発揮しない以上、その影響を増大させないよう、気を配りながら付き合っていく他ないようだった。


人間でも、思わぬ場所で不浄に当てられれば、心身共に健やかであるよう心がけるのが大事と言われる。

それ故に、魔獣であっても、まずは心身ともに健康でいることが一番だ、というのがテオドルの考えだ。

「脳筋の傭兵らしい考えだ」とは、ヘッセンの台詞だ。


その考えが妥当かどうかは置いておいても、ムルナの呪いは渇きに直結することが分かっているので、テオドルはこまめにムルナに水を与えるようにしていた。



ムルナはチャッチャッと軽く足音を立て、水際まで歩いた。

テオドルの横に並び、栗色のくちばしで水を掬う。

テオドルはその様子を微笑ましく見守る。


するとその横に、軽快に駆けてきたラッツィーが滑り込むようにして並んだ。

勢いよく顔を水面に突っ込んで水を飲むと、上体を起こして、小さな両手をくるくると巻くようにして顔を洗う。

長く伸びたヒゲの先に水滴が流れるのを見て、ムルナがくちばしの先でヒゲに触れる。

すると、気付いたラッツィーが、近付いたムルナの頭に抱きついた。


「お前ら、仲いいよなぁ」

口を拳で押さえてテオドルが笑うと、ヂッ!とラッツィーが声を上げ、ムルナをもっとぎゅうぎゅうと抱きしめた。

まるで、『オレの方がムルナと仲良しだもんね』と主張しているようで、テオドルは笑顔を引きつらせた。



後ろから突然、二匹の横にトリアンが音もなく身を寄せて来た。

そして、ピチャピチャと水を飲み始める。

水を飲んでいるだけではあるが、その深紅の目は、隣の二匹をじっとりと見ているようだ。


ふわりと膨らんでいたムルナの羽根がしぼみ、ラッツィーの尻尾の毛がブワと毛羽立つ。



不意に、テオドルがひょいとムルナの身体を掬い上げた。

ムルナに抱きついていたラッツィーも、そのまま一緒に地面から足を浮かせる。

慌てて手を離して降りようとしたが、その身体を、テオドルが大きな手で捕まえて自分の肩に乗せた。




◇ ◇ ◇




か、か、肩っ!?

人間の?

なんで、なんで?


ラッツィーは混乱して、思わずテオドルの金色の髪先にしがみついた。


「怖がっている」

しがみついた為に、この男は自分が怖がっていると勘違いしたのだろうかと思ったが、どうやらその言葉はトリアンに向けられたものだったようだ。

テオドルは、水際のトリアンを見下ろして、言い含めるようにゆっくりと言う。

「分かるか? 同じ従魔でも、コイツ等はお前より弱いんだ。むやみに怖がらせるなよ」


テオドルの言葉を聞いてか、トリアンはチラと目線を上げる。

〔フン〕

言ってツンと鼻先を上げると、くるりと身体を返して去って行く。

毛並みの美しい長い尻尾が乱暴に振られ、一度ビュッと空気を切る音を立てた。



トリアンが去ったことで、力が抜ける。

〔はぁぁ……〕

自然と息を吐いたラッツィーを、後ろからヒョイと誰かの手が掴んで持ち上げた。

「私の従魔に、勝手なことをしないで下さい」

ヘッセンがテオドルの肩からラッツィーを持ち上げ、頭をひと撫でしてから地面に下ろした。


ラッツィーの隣にムルナを下ろし、テオドルが呆れたように言う。

「よく言うぜ。アンタこそ俺のムルナを当たり前に使ってるだろうが」

ムルナはテオドルの隷獣れいじゅうとなったが、今でも前と同じように、ヘッセンの探索魔獣として働いているのだ。


「ムルナは元々仕事熱心でした。同行するなら役割を与えてやらなければ、逆に元気をなくすでしょう」

水際にしゃがんで顔を洗うヘッセンを睨み、テオドルが言う。

「あんまりこき使うな。ムルナは呪い持ちだぞ」

「だからこそ、負担を軽くするためにトリアンを従魔にしたのです。鼬鼠イタチ型は万能タイプですから、ある程度はムルナの代わりも出来る」


テオドルは口を曲げた。

魔獣使いのヘッセンの方が、魔獣についてはずっと理解が深い。

それだけでなく、彼は何だかんだ言っても、従魔たちをよく見ている。


……ただし、ムルナはもうヘッセンの従魔ではないのだが。




〔……『俺の、ムルナ』〕

ポソリとムルナが呟いて、ブワと羽根を膨らませた。

なんとなくソワソワして、嬉しそうにも見える。


ラッツィーもまた、ムルナの隣で、急いでくるくると腹の毛を撫でつける。

人間の肩に乗せられたなんて初めてのことで、金の毛先に掴まった手も腹も、ムズムズして変な感じだった。

ムルナと一緒にいたからだと分かっているが、テオドルに気遣われたことで落ち着かない気分だ。



腹の毛を大体撫でつけて終わると、今度は肩から脇腹にかけて、そっと毛を舐めた。

丁寧に、丁寧に、毛を撫でつける。

そこはヘッセンが両手で掴んだところだ。


あるじの手、固くて大っきいんだよね。


最後に頭を小さな両手で撫でつけると、ラッツィーは主人を見上げた。


〔今度はいつ撫でてくれるかな……〕


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