第11話 同業者

「……多少マシになったな」

木の幹にもたれ掛かり、両手を握ったり開いたりしながら、溜め息混じりにテオドルが呟いた。


ヘッセンの言った通り、毒消し薬の効果だろう。

休憩前よりは感覚が戻ったように思える。

しかし、やはりマシになったという程度だ。

じっとしてると、全身に細いものがゆっくりと這い上がっていくような、不快な痺れを感じる。

思わず大きく声でも上げて、この不快感を解消したい衝動に駆られるが、そんなものはただの気休めにしかならないのは分かっている。

第一、ここで無駄に大声を上げるようなことをすれば、ヘッセンに睨まれる前に、今度こそベルキースに食い千切られるかもしれない。

その想像に、思わず苦笑いして空を仰ぐ。



上げた視界に、枝に止まる青い鳥が入った。



すぐ側の枝ではなく、かといって様子が分からないほど遠くでもない。

そんな微妙な位置。

その距離が、まるで鳥の心の内のように思えて、テオドルは眉を下げた。


「よう、ムルナ。ごめんな、せっかくお前がくれたのに、こんなざまになって」

情けなくそんな台詞を吐けば、ムルナは驚いたように一瞬ブワと羽根を膨らませた。


「お前は食っても平気だったんだよな?……なら良かったよ」




◇ ◇ ◇




傭兵の彼が笑うので、ムルナはどうして良いか分からなくなった。


どうしてこの人間は、魔獣のワタシを悪く思わないのだろう。

どうして今も、憎々しい目を向けないの。

どうして自分が苦しいはずなのに、ワタシの心配をする……?


ムルナの胸はザワザワと落ち着かない。

こんな気持ちは初めてだった。

それなのに。

戸惑って、落ち着かないのに。


彼が怒っていないことに、心の底からホッとしている……。



〔…………ごめんなさい〕


聞こえない声で呟き、ムルナはクル…と喉を小さく鳴らす。

届くはずのない声であったのに、金髪の傭兵は、まるで「いいんだ」と言うように、赤味がかった茶の瞳を細めて……。




◇ ◇ ◇




バサッと突然ムルナが羽根を広げ、木立の向こうにフッと警戒の声を上げた。

テオドルは反射的に右手で長剣の柄を握る。


複数の気配がする。


警戒して目をすがめれば、木立の間に人影が見えた。

三人、そして、猛獣型の魔獣が一体。



近付いて来る三人は、全員男だった。

一人は見るからに剣士の風貌で、テオドルと同じように長剣を下げている。

年長であろう年嵩としかさの一人は、魔獣をかたわらに歩いているのを見るに、魔獣使いだろう。

そして、もう一人は苔色のケープを羽織り、背中にやや大きめの荷袋を背負っていた。


まだ距離が空いている内に、テオドルは口を開く。

「止まれ。魔獣を連れているからには素性を明かしてから近付いて貰おう」

立ち止まって辺りをザッと見回した男達は、警戒した様子のテオドルと、遠く離れた岩壁にいるヘッセンを見て表情を緩めた。

一歩前へ出たケープの男が、愛想の良い笑顔を見せる。

「ああ、同業者だな。驚かせたようですまない」

「同業者?」

「魔石採掘士さ」

そう言って、後ろの二人を示す。

「魔石探索魔獣と、護衛だ」


テオドルは剣の柄を掴んだまま、三人を観察する。

年嵩の魔獣使いが連れている魔獣は、茶味の強い虎のように見えるが、四本の足から生える爪は虎のそれではなく、黒い鋼の色で一本一本が鎌のようだ。

猛獣型は高ランク。

能力が低いものでも、中ランクではない。

“魔石探索魔獣”と言ったということは、この魔獣が魔石の探索をしているということなのだろうか。

いや、見えてはいないが、他にも低ランクの小型魔獣が付近にいるのかもしれない。


魔石採掘士と魔獣使いと護衛。

よく見る組み合わせだが、三人という少人数で動く者は、決して多くはない。

最小の二人で動くヘッセンのような採掘士など、極稀ごくまれだ。

いや、他にいるのかどうかも怪しいが。



テオドルは目線を逸らさないままで、軽く顎でヘッセンの方を指した。

「見ての通り雇い主採掘士は作業中だ。先行採掘権があるはずだ。邪魔はしないでもらいたい」

魔石採掘士は採掘士組合ギルドに所属することが義務付けられている。

組合規定では、魔石採掘可能な場を発見した者に、先行して採掘を行う権利が与えられる。

採掘士なら、それを覆しはしない。


ケープをまとった採掘士は、軽く手を上げて頷いた。

彼は変わらず笑顔だったが、止まっていた足は前へ進み始めている。

「もちろん邪魔なんてしないさ。ただ挨拶くらいはさせてくれ。大型の採掘現場以外で同業者と偶然会うなんて珍しいんだ、それくらいは構わないだろう?」

「悪いが作業中は声も掛けるなと言われている。……偏屈な雇い主なんでね」

余計な一言を足したテオドルは、決して右手を剣の柄から離さなかった。


採掘士の足が止まり、一瞬ピクリと眉が動いた。

「……やれやれ、警戒心の強い護衛だな。分かったよ、じゃあ声は掛けない。だがここを通るのは構わないだろう、この森はお前達だけのものじゃない」

譲歩するというように、採掘士が肩をすくめて三度みたび歩き出すと、少し遅れて残りの二人も進み出た。



途端、テオドルが長剣を抜いた。

その切っ先が、近付いていた採掘士の喉元に向く。


「それで? お前等が採掘するのは何だ。俺達の荷物か、それとも魔石か!?」

喉元に切っ先を向けられた採掘士がわずかに仰け反る。

「バ、バカを言うな。何を根拠にそんな疑いを…」

「根拠? そりゃ荷物だろ。まともな採掘士なら、そんな軽々運べるような荷物だけで探索に出るわけがない。しかもその細っこい腕!」


探索士の背負った荷袋は確かに大き目だが、彼の動きからそれ程の重みはないと分かる。

採掘道具は、どれだけ種類を絞ったとしても軽いものにはならない。

そしてそれを扱う腕は、剣を握る者に引けを取らないだけの筋肉を付けているものだ。


「お前はどう見ても偽物なんだよ……っ!」


左側から、高く飛び上がった虎型の魔獣が、その鋭い爪を振りかぶりながらテオドルに向けて降りた。

飛び退すさって避けたテオドルは、痺れの為に普段通り踏ん張りが効かず、左足が滑って地面に左手を付いた。

素早く舌打ちしたところに、頭上から剣士の斬撃が迫り、右手の長剣で受ける。


ギャリと耳に痛い音が響いたが、テオドルはそのまま受け流して身を引き、間を開ける。

途端、テオドルが立っていた所に、魔獣が鎌のような爪を突き立てた。



「さぁて、護衛さんよ、一人でどこまでつかな?」

せせら笑うように言った剣士を睨み、テオドルは細く息を吐いた。

「さぁな、そんなもんはやってみなきゃ分からねぇよ!」

痺れの為に感覚の狂う右手に力を込め、テオドルが踏み込んだ。


魔獣より後ろに控えた魔獣使いが、金の腕輪魔術の発動体を着けた右腕を上げる。

虎型の魔獣がその動きに沿うように飛び上がった。


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