第6話 呪い
偉大なる太陽と月の兄妹神がこの世界を創造した時、太陽神の両手から火の精霊と風の精霊が生まれ、月光神の両手から水の精霊と土の精霊が生まれた。
兄妹神は精霊と共に七つの世界を創り、それぞれに別の生き物を育て、それぞれが進化した頃、七つの世界を融合させて一つの世界にしたという。
しかし、一つは融合出来ずに消滅し、一つは部分的に融合し、残りの五つが溶け合い、ひとつの世界となった。
それがこの世界の成り立ちであり、神話として今も変わらず語り継がれている事実だ。
―――そして、部分的に融合した世界こそが、“魔界”と呼ばれる、魔獣達の世界だとされる。
テオドルは、今日も変わらず護衛に立っていた。
ヘッセンは今朝も、太陽が光を放ち始めるとすぐに岩壁に張り付いた。
魔石採掘というのは、その名の通り岩盤や地表から魔石を掘り出すものだ。
大体において、複数人で魔術具を使って大まかに掘り出し、そこから細かく作業を分けて魔石のみを抽出する。
しかしヘッセンは、全ての工程を自分と従魔のみで行う上、大まかに掘り出すところも非常に慎重に進める。
よってその作業時間は、通常考えられるよりも相当長くなるわけだが、何故その方法を採るのかは尋ねても答えてはくれなかった。
もっとも、彼が偏屈であるために、一緒に作業を出来る採掘士が見つからないのではないかと、テオドルは考えたりもしているのだが。
ガサ、と頭上で葉の鳴る音がして、テオドルは反射的に長剣の柄を握って上を見た。
数歩分離れた位置にある大木の枝に、鳩ほどの大きさの青い鳥が止まっている。
ムルナだ。
羽繕いをしているのか、片方の翼を持ち上げて、
翼を伸ばしたり畳んだりする度、側の細い枝に当たって葉が鳴った。
「……こうして見ると、ただの鳥なんだよな」
テオドルはそう言って、その仕草を微笑ましく眺めた。
ヘッセンは、例え従魔であっても人間を襲うこともあると言ったが、少なくとも彼の従魔がそんなことをするようには見えない。
陽光の下で羽繕いするような姿を見れば、警戒する気持ちなど消えてしまうというものだ。
しかし、しばらく見ていると、ムルナの羽繕いはどうにも様子がおかしかった。
少し苛立っているように見えるのだ。
「ムルナ?」
呼ばれて、ムルナは下にテオドルがいたことに、初めて気付いたようだった。
ビクリと身体を震わせて上げた顔は、嘴がわずかに開いている。
その隙間から、ハ、ハ、と荒い息が感じられて、テオドルは眉根を寄せた。
「お前、苦しいのか。水がいるんじゃないのか?」
『ムルナは、呪われているんですよ』
昨夜、ヘッセンはそう言った。
魔力の流れから魔石の存在を感知し、その場所を特定するのがムルナだ。
三匹の従魔の中では、先行探索が役割となる。
テオドルが護衛に雇われる前、魔力の微弱な流れから、小さな洞窟の中に魔石の存在を感知したムルナは、先行して一羽で中に入った。
そして、その奥の“呪い”に触れたのだという。
多くの者が命を落とし、残された怨みや悔いから気が淀み、場が汚されることを“不浄”と呼ぶ。
多くの場合は聖職者によって清められるものだが、場所によっては見つからないままで年月が経ち、その怨念が凝り固まって“呪い”となる。
ムルナが触れてしまったのは、そういうものだった。
その日から、ムルナは耐え難い渇きに脅かされ続けているのだという。
水を飲んでも飲んでも、渇く喉。
洞窟の奥で亡くなった者達は、おそらく渇きに苦しんで逝ったということなのだろう。
「解呪してやらないのか!?」
「解呪? どうやって?」
テオドルの問い掛けを受けながら、ヘッセンはムルナが飲みきった器に水を足す。
「どうやってって、もちろん神聖魔法でだよ」
「神聖魔法?」
ヘッセンは、呆れたような表情でテオドルを見上げた。
「魔獣に神聖魔法は効果を発揮しません。まさか知らないとか?」
そこで生まれた魔獣は、世界が繋がる突発的な現象によって、魔界からこちら側にやって来る。
言わば別世界からの召喚のようなものだ。
神聖魔法は、神の
それを受け付けない魔獣は、神々の生み出した者でありながら、進化から外れた存在であると位置付けられた。
そういう理由も手伝って、魔獣は
「神聖魔法は効かないのに、呪いは適用なのかよっ」
「…………神々の行うことなんて、理不尽なことばかりでしょう」
悔しさを滲ませるテオドルから目線を逸らし、ヘッセンは感情の籠もらない声で言ったのだった―――。
枝の上のムルナを見て、水筒に手を伸ばしかけたテオドルは、手を止めて舌打ちした。
「待ってろ、今ヘッセンを呼んで来る」
その一言に、ムルナは驚いたように飛び上がってテオドルの前に降りた。
キュキュッと聞いたことのないような声で鳴き、バサバサと翼を動かしてテオドルの行く手を
「わっ、やめろムルナ、無理して動くな! お前苦しいんだろうが」
テオドルが言うまでもなく、ムルナは力なく地面に伏した。
そのまま、ハ、ハと苦し気に息を吐く。
見ていられない。
テオドルは大きく息を吸い、叫んだ。
「ヘッセンッ!」
岩壁に張り付くようにして掘削作業をしていたヘッセンは、突然大声で名を呼ばれて、集中を乱した。
わずかに手元が狂い、岩肌に魔力が散る。
ヘッセンの足下で共鳴していたベルキースが、瞬時に振り返り、後ろに距離を詰めていたテオドルに向けてカッと牙を剥いた。
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