第4話 果実 ⑵
「……これは?」
夕食に出されたスープの具に、ゴロゴロと
湯気で曇りかけた丸いメガネが、つられて動く。
「ああ、ムルナが見つけたんで、具に足したんだ。味に深みが出て、美味いだろ?」
火の加減を見てから、テオドルが得意気に言った。
野営の時の食事は、いつもテオドルが何かしら作る。
そうでなければ、ヘッセンは冷えた携帯食しか口にしないのだ。
野営には火を焚くことが欠かせないのだから、ついでに温かいものを口にしたいと思うのは当然だと思うのだが、ヘッセン
それで必然的に、いつもテオドルが調理することになるのだった。
「調理するのは勝手ですけど、現地調達の食材は注意して下さいよ。正しい知識がなければ、食べて害のあるものかどうかは分かりませんから」
言いつつ茸を口にするヘッセンを、テオドルが軽く睨む。
「そう思うなら
「
テオドルが大きく口を歪めた。
◇ ◇ ◇
〔ねえ、あの茸探してやったのムルナでしょ?〕
焚き火から少し離れた草の上で、木の実を
念話で話しかけられたムルナは、ふわりと膨らませた羽根に埋めていた顔を上げた。
〔水分を摂れるものを探してたら、たまたま見つけただけ〕
〔……なんかムルナ、
〔そんなんじゃないけど、
ラッツィーは可愛らしく首を傾げたが、確かにそうだと納得したようだった。
再び羽根に
深紅の瞳は何か言いた気に見える。
〔……なに?〕
〔ここ数日、調子が良さそうだな〕
ムルナはつぶらな目を瞬く。
そういえば、最近はあの灼けそうな程の喉の渇きを感じていない。
〔うん、調子がいい〕
〔良いことだ。その分なら、まだヘッセンの役に立てるだろう〕
言われて、ムルナはホッとする。
役に立てない従魔など、契約しておく価値などない。
〔だが、ムルナ。お前が役に立つべき
冷えた声に、ムルナはぷるると羽根を震わせた。
〔そんなこと、分かってる〕
〔…………なら良い〕
ベルキースは地面に頭を下ろし、フスンと鼻を鳴らした。
ムルナもまた、羽根に嘴を埋める。
二人を見比べるように見ていたラッツィーが、ムルナの背をポンポンと軽く叩いた。
◇ ◇ ◇
相変わらず岩壁から魔石を採掘するために、ヘッセン達はこの場に留まり続けている。
ヘッセンが採掘して市場に出すのは、高級魔石のみだ。
その品質の高さから、採掘士
質が良い魔石ほど、採掘作業は慎重に時間をかけて行われる。
僅かにでも傷が付けば、その魔石の質は格段に下がるからだ。
ヘッセンが狙うのは高級魔石なので、必然的にその作業時間はとても長いものとなるのだった。
テオドルは、ヘッセンが貼り付いている岩壁から離れた大木の側で、長剣に付いたばかりの血を振り落とした。
その色は黒味の強い赤。
魔獣の血の色だ。
テオドルの側には、絶命したばかりの狼に似た魔獣が二体転がっている。
テオドルの役目は護衛だ。
魔石を探して旅をする間は勿論、こうして
なぜなら、魔石採掘をしている間には、少なくない邪魔が入るからだ。
人や荷物を狙う獣は勿論、採掘が進む程に魔力の高まる場につられて、魔石を取り込みたい魔獣も現れる。
魔獣にとって、魔石はご馳走なのだとか。
そして、一番厄介なのは、人間だ。
採掘した魔石を横取りしようと、盗賊まがいの人間がどこからともなく現れるのだ。
過去には、それで命を落とす採掘士も多かったというから、彼等が必ず護衛を雇って仕事をするというのも頷ける。
テオドルは二体の魔獣を担ぎ上げる。
野営地に運んでおいて、後でヘッセンに魔術の炎で焼いてもらわなければならない。
倒した魔獣を放置すれば、他の魔獣を呼んでしまうというのは、この世界では周知の事実だ。
魔獣同士であっても、
魔石を取り込むのと同じだろうか。
絶命してすぐに川などで血抜きをすれば、魔獣が惹かれる程の魔力は消え失せる為、種類によっては獣肉と同じように扱えることが、長年の研究で分かっている。
しかし、あいにくこの近くには川がない。
処理出来ないのなら、残念ながら食用には出来ない。
バサリと羽音をさせて、青い鳥がテオドルの側に舞い降りた。
ムルナだ。
テオドルは魔獣を担いだまま、身体を僅かに強張らせた。
ヘッセンに雇われてから何度か魔獣を倒したが、こんなタイミングで従魔が近付いて来たことはない。
そして、ふと気付いた。
ムルナは見た目は害のなさそうな鳥だが、れっきとした魔獣だ。
テオドルが担いだ魔獣の血に惹かれて側に来たのだとしても、おかしくないはずなのだ。
コロ…と、ムルナが足で掴んでいた拳ほどの丸い物を、テオドルに向けて転がした。
橙色の丸い果実。
数日前に、テオドルがムルナに落としてくれと頼んだ実だ。
ムルナが僅かに首を傾げるのを見て、テオドルは警戒を保ったまま、恐る恐る果実を拾った。
その手触りは以前の物よりも柔らかく、握っただけで芳醇な香りが辺りに散る。
完熟しているのだ。
テオドルは瞬いて顔を上げる。
「……落とせば潰れるから、持って来てくれたのか?」
青い鳥は、クルルと鳴いた。
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