第2話 講義

犬型のベルキース、栗鼠リス型のラッツィー、鳥型のムルナは、ヘッセンの従魔だ。

魔石採掘士であり、魔獣使いでもあるヘッセンは、魔獣としては中ランクのベルキースと、最弱ランクに分けられるラッツィー、ムルナを魔石探索魔獣として使役している。



今日ムルナが発見した、魔石の埋まっていることが分かった岩壁の側に、ヘッセンは暫く留まることを決めた。

今日はもう日の入りの時刻が近いので、野営の準備に取り掛かっていた。




火を起こしていたテオドルは、思わず手を止めてヘッセンを振り返った。

「……は? あるじ以外から食べ物を貰ったら死んじまう?」


従魔に食べ物を与えてはいけない理由を尋ね、ヘッセンから返ってきた答えがそれだった。


「正確に言えば、契約違反で甚大なダメージを喰らうのですが、ムルナのような低ランクの魔獣だと即死も有り得ます。だから与えるなと言っておいたのに」

まるで、ちゃんと説明しておいたはずだと言わんばかりの言い方に、テオドルは噛み付く。

「アンタな、俺はそんな詳しいことまで説明されてないからな!」

危うくムルナを殺してしまうところだったのかとおののき、テオドルは少し離れた所で、ふんわりと座っている青い鳥を見遣る。


テントを張るヘッセンの側で、ローブを引っ張るベルキースや、邪魔な小石を拾って放るラッツィーと違い、ムルナは木の根元の柔らかな下生えの上に座ったままだ。

首を後ろにひねり、ふわりと膨らませた濃青の背中に、くちばしを突っ込んでいる。

そのまま動かないところを見ると、もしかしたら寝ているのかもしれない。



テオドルは僅かに頭を捻る。

「……だけど、前に別の魔獣使いが連れてた従魔は、誰の手からも餌を与えてもらってたぞ?」


テオドルは傭兵だ。

“冒険者”とやらを名乗る胡散臭い遺跡探索集団に雇われ、護衛として旅に同行したこともある。

その時のメンバーには魔獣使いがいて、従魔として猛獣型の魔獣を連れていた。

あの時は従魔に、主人がいない所で他の者が肉を放ってやるところを何度も見た。


「従属させる方法が違うのですよ。その従魔はおそらく、最近のやり方で従属させられてるのでしょう。私は古い方法を使っているので」

テントを張り終えたヘッセンは、膝に付いた土埃を払う。

「古い方法って、どんな?」

テオドルが尋ねると、ヘッセンはあからさまに面倒臭いという顔をした。

厚い眼鏡をかけているにも関わらず、そんな雰囲気だけははっきりと見せるのだからいやらしい。

「……これ以上説明して、何か私に得が?」

「飯食う間の雑談くらい、損得なしで付き合えよ!」

鼻の上にシワを寄せながら、小鍋に乾燥肉と乾燥野菜を突っ込むテオドルを見て、ヘッセンは口を歪めた。

手近な場所に腰を下ろしたのを見るに、取り敢えず食事の間は会話に付き合う気になったらしい。




「魔獣を従属させるには、必ず魔術での従属契約が必要です」

ヘッセンは、いつの間にか側に来て伏せているベルキースの背を撫でる。


魔獣は魔力を持った獣の総称だ。

その強さも大きさも、ピンからキリまで様々だが、魔界と呼ばれる、この世界とは別の階層で生まれたことだけは共通している。

彼等を従えるには魔術契約が必要な為、魔術素質のない者は魔獣使いにはなれないとされる。


「魔獣を捕らえて、従属契約に持ち込む方法は大きく分けて二つ。抵抗出来なくなるまで弱らせて契約を受け入れさせるか、魔力で強引に抑え付けて契約させるかです」

前者は昔からのやり方だ。

捕らえて餌を与えず、弱らせる。

魔獣使いの魔力が低くても、時間をかければ契約に持ち込めるのが利点だ。


対して、後者は近年広まったやり方だ。

魔術技術の向上によって魔術符や魔術陣が発展した現在、それらを使えば、上ランクの大型魔獣も従属させやすくなった為に、多くの魔獣使いが選択するようになった。



具が柔らかくなったスープをカップに注ぎ、テオドルが差し出す。

ベルキースが一度顔を上げて、クンと匂いを嗅いだが、興味なさげにすぐ顔を下ろした。


「昔からのやり方では、主が差し出した餌を食べることで、魔獣は服従の意思を示し、契約になります。その際、主以外が与えるものを口にしてはならないということが契約として刻まれるので、違反すればダメージを喰らいます」

「水も?」

「水もです」


その時、ラッツィーが軽やかに木の上から駆け下りてきた。

細い三本の尻尾で、幾つもの木の実が器用に抱えられている。

彼はベルキースの側まで来てちょこんと座ると、バラバラと木の実を地面に撒いた。

その内の一つを両手に持つと、カシカシと前歯でかじり始める。


テオドルは眉根を寄せる。

「アンタの手から餌もらうんじゃないのかよ?」

「自分で採って来て食べる分には問題ありませんよ」

ヘッセンは、パンの欠片を口に入れて、ズズズとスープをすする。

「手間がなくて良いでしょう?」

テオドルは、離れた所に座ったままのムルナを指差す。

「じゃ、なんであの鳥は自分で水を飲みに行かなかったんだ?」

ムルナは、今目が覚めたというように、ゆっくりと頭を上げて、こちらを見た。

小首を傾げてつぶらな深紅の瞳をパチパチと瞬く。

「私の姿が目視できる範囲に、水場がなかったからだと思いますが?」

「離れられる範囲が決められてるってことか? それに、アンタが古いやり方を選択するのはなんでだ?」



質問を重ねたテオドルの前で、ヘッセンは喉を反らすようにしてズズッと最後のスープを飲み干す。

そして、空になった器の中を、彼の方へ向けて見せた。


「無駄話の時間は終わりました。では、講義はまたの機会に」


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