大円団
「八百屋の娘。一つ勝負をしねぇか?」
卒業式の日。私のところに来たアホ島の奴が、そんなことを言いにきた。
「なんだ?喋りかけるな。貴様と言葉を交わすのがすでに時間の無駄だ。」
「結構な言いようじゃねぇか。だがそんなにツンケンした態度だから誰もお前に告白しに来ないわけだ。ケッケ♪」
危ない。カッターナイフでも持っていたら、衝動的に、この男の腹部に突き刺すところだった。
とりあえず殴りはするが。
"ボグッ!!"
顔面に一発良いのを喰らわせてやると、アホ島の鼻から夥しい量の鼻血が出始めた。それを見ても全く罪悪感は感じないのは不思議だ。
「ぐはぁ、相変わらず暴力的な女だぜ。そういうところがテメーを独り身にしてる原因だぞ。」
「また殴られたいのかしら?」
「い、いいや、もう結構だ。」
「なら、もういいな。帰らせてもらう。」
「待てよ!!勝負内容をまだ言ってない!!」
勝負、勝負とうるさい奴だ。私たちはそんな間柄でもないだろうに。思えば三年間常にコイツの暴走に振り回されて、私の高校生活は波乱に満ちたものになっていた。
その上で勝負なんて受ける必要は全くないのだが、なんかしつこいので聞くだけ聞いてやろう。
「勝負って何かしら?ストリートファイトならしてあげても良いわよ。」
「そ、そんな野蛮な勝負、知的な俺がするわけねぇだろ?勝負するのはお前がいつまで独り身で居るかでだよ。」
「なにそれ?意味が分からないんだけど。」
「要するにタイムリミットを決めて、お前がその時まで独り身だったら罰ゲームだ。そうだな、三十路前の29歳とかどうだ?売れ残り感半端ないだろ?」
ふん、片腹痛し。私のような完全無欠のスーパーレディが、そんな歳まで独り身なんて有り得ない。きっと素敵な旦那様が居て、子供は二人、休日は家族でピクニックに行く幸せな家庭を築いてる筈よ。
つまりやる前から勝ち確定じゃない。
「その勝負乗ったわ。勝ったらアンタから500万円貰う。」
「け、結構な要求出してきたな。だが良いだろう、その代わりお前が29歳で独り身だった場合は、お前は俺のモノになってもらう。」
「うぇ、キモい。」
本当に気持ち悪いなコイツ。どういう思考回路だとそんな罰ゲーム思い付くのだろう?エロい雑誌の見過ぎじゃない。
まぁ、でも勝つから良いか。
「いいわ、その条件で勝負に乗ってあげる。」
「フッフ、あとで吠え面かくなよ。」
こうして学校一のアホ男と大勝負をすることになった私。
結果は火を見るより明らかで、500万円貰えたらどうするかばかり考えてしまうわ。
私の人生薔薇色ね。
〜10年後〜
まさかあれから10年経って、バカ島のヤツに居酒屋で出会うとは思いもしなかった。
「隣、良いですか?向島さん。」
「えっ?……ええ、どうぞ。」
整えられた髪型に、茶色いブランド物のスーツ。こんな紳士風の男がバカ島だとは到底理解できない。顔は何処となく面影があるけど、そもそも纏ってるオーラが全然違う。
「マスター、熱燗とネギマを2本下さい。」
「はい。」
言葉遣いも丁寧だし、一体どうしたというのだろう?あまりの豹変ぶりに、こっちはたじろいでしまうじゃないか。
「ん?僕の顔に何か付いてる?」
「い、いやなんでも無いです。」
この私がバカ島に敬語を使う日が来るなんて思いもしなかった。しかし、不思議と屈辱感は無かった。
「僕、変わったでしょ?昔はバカなことしたけど、親父の後継ぎにならなくちゃって思って、心機一転して頑張ったんだ。今は親父の会社で課長やらしてもらってるんだ。」
「へ、へぇ、そうなんですね。」
いやいや変わりすぎだろ。スッポンが月になってるじゃんか。現実にこんなこと起こるのかよ。実は双子の弟じゃないのか?
私は疑いの気持ちを持ちつつも、バカ島……いや毒島君と酒を酌み交わしながら談笑した。
昔の問題児とは思えないほど理知的で落ち着いた物腰に話していて、とても有意義で楽しい時間を過ごせた。
こんな人が私の彼氏にだったらな、なんて昔の私が聞いたら卒倒しそうなことまで考えてしまったぐらいである。
小一時間程楽しく会話を楽しみ、一緒に居酒屋を出ることに、飲み過ぎでふらつく私の肩を毒島君が掴んで支えてくれて、なんだか良いムードになって来た♪
「あのさ、向島さん。あの時の約束覚えてる?」
「約束?」
そういえば卒業式の時に何か約束した覚えがあるけど、なんだったっけ?
「あの言うの少し恥ずかしいんだけど、君が29歳になるまで独り身だったら僕のものになってもらうって話。君が付き合ってる人が居るなら僕が500万円払わないといけないんだけど。」
「あっ!!」
そうだ、完全に思い出した。彼氏なんてすぐ出来ると思ってそんなこと言ったわ。うわっ!!私29歳で独り身だし!!凹むわー!!
「そ、そういえば、そんな約束したような…。」
背中に伝う冷や汗。まさか あの賭けに負けるとは思わなかった。絶対勝ち確だと思って、500万円で欲しい物リストとか作ったの思い出したわ。
「それでさ、もしその約束が生きてて、君が独身ならさ。僕と付き合ってくれないかな?」
「えっ?」
突然のラブロマンス展開に、久しぶりにときめく私の乙女心。毒島君と私が付き合うなんて、そんな棚からぼたもち展開良いのかしら?
「ダメかな?…昔の僕のイメージ強いだろうけど、僕は本当に心を入れ替えたんだ。だからお試しでも良いから、お付き合いお願いします!!」
彼は頭を下げて、交際を申し込んできた。
私はあまりのことに気が動転しそうだったけど、深呼吸を一回してから彼の申し出に、こう返答した。
「喜んで♪お付き合いしましょう♪」
「ほ、本当に良いの?」
「えぇ、29歳独身で賭けに負けちゃったし、毒島君みたいな素敵な人と付き合えるなんて夢のようよ♪」
私が29歳まで独身だったのは、彼を待っていたからなのかもしれない。そう思うと苦渋に満ちたこの十年間も良い思い出だ。
「本当に良いんだね?」
「うん、だから顔上げてよ。」
恥ずかしいからか、毒島君は顔を下げたまま、うふっ♪そう言うところも可愛いなぁ♪
「ケケッ♪言質取ったからな。」
「えっ?」
昔に聞き覚えのあるゲスな声が聞こえたかと思えば、顔を上げた毒島君の顔がゲスな顔で笑っていた。
そうして信じがたい真実を私に突き立ててくるのであった。
「ウケケケッ♪まんまと騙されたな八百屋の女。俺も社会人になって外面の良さを身につけたんだよ。だがあくまで外面だからな、中身の俺はなんら変わってない、自分の欲望に実直なロマンある男のままだ。」
えっ、ちょっと嘘嘘。これって何かの嘘よね?
「ふぅ、探偵を雇ってお前を探し当て、29歳になったあとに会いに行く作戦成功だな。杏サワー飲みながら酔っ払ってるお前を見たら笑い堪えるのが大変だったぜ♪ウケケケッ♪」
あー、コレ現実だわ。コイツやりやがったな。偶然を装って私に接触してきやがったな。
「まぁ、約束通り、お前には俺の下僕になってもらうからそのつもりで♪さぁて、何して貰おうかな♪」
このゲスな笑顔を見る限り、この男は何も変わらない。一つだけ深いため息をして、夢から現実に戻った私は、対応も昔に戻すことにした。
「おい、バカ島。今度の日曜はディズニーランドでデートするぞ。」
「はっ?お前何言って……」
何か言おうとするバカ島に私はツカツカと歩いて近づいて、奴のネクタイをぐいっと掴んで引っ張った。
「異論は認めん。安心しろ、私がお前の彼女として、しっかり手綱を握っておいてやるから。あぁ、逃げられると思うなよ。逃げても地の果てまで追って行くからな。分かったな?」
「えぇ…なんでお前が主導権を…」
「分かったら返事!!」
「は、はい!!」
ピンチはチャンス、こうして私は玉の輿に乗ることに成功した。
おしまい
屈辱の元風紀委員長!!元エロ男子の軍門に下る!! タヌキング @kibamusi
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