第19話
病院での点滴を終えて、家族3人は、
忘れものないかと荷物を確認し、
お世話になった看護師にお辞儀をして
退室した。
呼んでいたタクシーに乗った。
なぜか自動的に前に晃、
後ろに果歩と比奈子の席順になった。
タクシーの運転手に目的地を告げると
パタンと扉が閉まった。
果歩は窓を外を眺めた。
街灯が何度も反射して光っているのが見える。
比奈子は果歩の手を繋いで寄り添っていた。
バックミラー越しに晃は果歩の様子を
伺った。
タクシーの中ではラジオ放送が流れていた。
乗っている間はほぼほぼ沈黙状態。
何とも言えない雰囲気に包まれていた。
「今日は満月で綺麗ですね。」
気をきかせて運転手は声をかけるが、
みんな何も反応しない。
数秒、出遅れて晃が返事をする。
「そ、そうですね。
雲もないので
とても綺麗に見えますもんね。」
空気を読んでの返事だった。
「…トイレ行きたい。」
比奈子がつぶやく。
「え?!」
晃が驚く。
「すいません、あとどれくらいで
着きますか?」
「えっと、あと5分で着きます。」
「えーーーー、間に合わない!」
空気を読んでの最大の笑いを作ろうと
考えた作戦だった。
「え、比奈子。
もう少し頑張って。」
果歩が言う。
「乗る前にトイレ行ったはずだろ?」
「でも、ジュース飲んだから
出そう!!」
「待って。
あと少し、ここは遊園地だと思って。
そしたらトイレに行くまですごく
時間かかるでしょう。
はい、想像して。」
果歩は無理な提案をする。
東京の巨大な遊園地では、
アトラクションに乗るまでに何時間も
待たされる。
尚更、トイレも混み合っていたら、同じ。
その時を思い出す。
そもそも、
比奈子は遊園地に行ったことはない。
絵里香だったら、もちろん知っている。
想像で考えて尿意を我慢しろという話だ。
それができたら遊園地に連れていくという
約束を前からしていた。
「そんなの無理!!早くぅ。
もれちゃう!!」
「はいはい。もうすぐですよぉ。
着きます着きます。」
あの交差点の信号が青だったら
スムーズに自宅に着く。
晃は、信号が青のままで
あることを祈ったが、
黄色に変わるところでギリギリ
通り抜けた。
何とか目的地である自宅前にタクシーは
ついた。
「やっと着いたー。
すいません、ありがとうございました。」
晃は、会計を済ますと、
一礼をして、タクシーを見送った。
果歩は慌てて、比奈子を自宅のトイレに
誘導するが、靴を脱いですぐに
リビングに行く比奈子。
そのままお家ごっこ遊びに夢中になった。
「比奈子、トイレは?」
「え、今、遊んでる。」
「さっきもれるって言ってたでしょう。」
「もう、忘れた…。」
「どういうこと?
意味わからない。」
果歩はため息をついて、
持っていた荷物を片付けた。
晃も玄関について
比奈子の様子を見た。
「トイレ間に合ってよかったな。」
「比奈子、トイレに行ってないよ。」
「え、どういうこと?」
「きゃー、王子様、なんてことするの〜。」
お人形遊びのお姫様と王子様に
夢中になる比奈子。
果歩と晃は呆然と立ち尽くす。
わけがわからなくなって
クスッと笑いが起こった。
「比奈子…って面白いね。」
ニコニコと笑いが止まらなくなった。
その姿を見て、晃はホッと安心していた。
荷物を片付けた晃は、
果歩の横に移動する。
「果歩、ごめんな。
ずっと、気づいてやれてなくて…。」
「…別に期待してないから大丈夫。
自分のことは自分でできるから。」
ふっと無表情になる果歩。
今更そんなこと言われてもという
ことだろう。
でもそんなこと言いつつも、
果歩は倒れた。
こうやって、
病院に行って帰ってきたことに
改めて思い出した。
「……でも、病院、
連れてってくれてありがとう。」
「う、うん。」
その後の夫婦の会話は
なかった。
果歩は比奈子とテキパキとシャワーを浴び、
比奈子と2人でベッドで寝ていた。
何となく、晃は行ってはいけないんだろうと
察知して、いつも通りに
リビングで夜な夜な、スマホのアプリゲームに熱中していた。
何だか、居心地の良くなかった比奈子は、
1人で寝室を抜け出して
晃の様子を見にリビングを覗いた。
『晃さん、俺、もう、
このゲーム一緒にできないかもですよ。』
智也の声が響いていた。
「え、なんでよ。やめるなよ。
せっかく誘っておいて。」
『俺、彼女できたので
晃さんを構えないっす。』
「嘘だろ?
もしかしてこの間の合コンで?」
『嘘ぉ、そしたら、
私もできないじゃ無いですか!』
ゲームの向こうでもう1人の声も聞こえてきた。同僚の鈴木だった。
『そうっすね。
鈴木さんとも一緒にできないです。
ゲームは卒業します。
彼女にヤキモチ妬かれるので…。』
「あー。まじか。
楽しかったのになあ。
かと言って鈴木さんと2人はまずい
気がするし、俺もそろそろ潮時かな。」
晃はため息をつきながら、
お酒の入ったグラスの氷を揺らし、
ごくんと飲んだ。
『えー。小松さんもやめちゃうんですか?
寂しいですね。』
「あ、でも最後に話聞いてもらっていい?」
『何すか?』
晃が切り替えるように
話し続ける。
比奈子はコップを扉につけて
聞き耳を立てていた。
「あのさ、
最近、気になることがあって
娘の比奈子が、
元嫁に似てるんだけど
どう思う?
俺の勘違いかな?」
『え、それって何すか?
生まれ変わったってことですか?
前の奥さんって
亡くなってるんですよね。』
『えーなになに?
私、そう言うの好きです。
霊感とか全然ありませんけど。』
「まー、気のせいだと思うけどさ。
前世の記憶とか残ってるかもなんて
思ってしまったわけよ。」
『今、ネットで
調べたんですけど…
諸説あるみたいですが、
平均で4年5ヶ月で
生まれ変わるみたいですよ。
どうですか?』
パソコンを開いてネット検索した智也。
同じ内容を書いてるサイトは
たくさんあるが、1番上に出てくるものを
見て読んだ。
「確かに比奈子が生まれる3年前で
絵里香は33歳で、亡くなったから。
平均より少し早いけど、できなくはないって
ことだよな。」
『不思議ですね。
もしそうなら、小松さんと
元奥さんって切っても切れない
縁なのかもしれないですね。』
「色々あったけど、
俺、あいつと付き合う前から
知ってたんだよね。
親同士が友達だったから
写真見せ合ったりしてて、
先に知ってたから
何かビビッと来るものあって
結婚するかもって思ってたから。
確か、中学生だったかな。」
(その話、知らなかった。
高校は一緒だけど、
中学バラバラだったのに
先に私を知ってたのは晃の方だったの?)
リビングの扉にずっとコップをつけて
聞き入っていた。
「ずっとずっと、好きだったのに
裏切られた気持ちが半端なくて
ショックで信じられなかったんだよ。
俺は自信なかったんだな。
絵里香の気持ちを繋ぎ止める自信が。
もう戻れないんだけどさ。
神様はやり直せって言ってるのかも
しれないよな。
娘として…。」
『すごく感慨深いですね。
本当にそうなら面白いですね。』
鈴木は嬉しそうに答える。
「わあ!」
扉にコップを押し付けて聞いていた比奈子は、力余ってリビングの扉が開いてしまう。
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