今日から始める悪役キャラの聖人化シナリオブレイク!

ナガワ ヒイロ

第1話 悪役キャラ、前世を思い出す



 僕の名前はユーヴェリクス。


 ユーヴェリクス・ド・ヴァレンティヌス。

 大陸のほぼ全土を支配する神聖ヴァレンティヌス帝国の第一皇子である。


 帝国には皇子が僕の他におらず、将来は皇帝となることが決まっている、いわば人生の勝ち組!!


 なのだけれど……。


 そんな僕を平然と叱りつけ、説教してくるうるさい奴がいる。


 僕の腹違いの姉、ユリーシアだ。



「リクス!!」


「わわ、なんだよ、姉上!!」


「また侍女に暴力を振るったのは本当ですか!!」



 ユリーシアが僕のほっぺを引っ張る。



「いたっ、この、離せよ!! 側室の娘のくせに、僕に手を上げて良いと思ってるの!?」


「今は関係ありません。人としての道理を説いているのです」



 ユリーシアは側室の娘だ。

 しかも、その側室の実家は爵位も持たない平民である。


 対して僕は正妻の息子であり、母上の実家は由緒ある公爵家!!


 たしかに年齢の話をすると僕が十歳で、姉上が十五歳だ。

 でも、年齢なんて些細な問題でしか無い。


 姉上なんかよりも僕の方が偉いのだ。


 何故なら僕は、将来ヴァレンティヌスを治める皇帝になるから。


 きっと姉上はそれに嫉妬して毎日のように嫌がらせしてくるに違いない。

 僕が皇帝になったら、姉上にどんな仕返しをしてやろうか。

 

 国外追放じゃつまらないし、キモデブ貴族に嫁がせるとか? 兵士たちに犯させるっていうのも面白いかも知れない。



「聞いているのですか!! リクス!!」


「もう!! うるさい!! 僕に逆らうな!! 半分は薄汚い下民の血が混じってるくせに!!」


「なっ、リクス……」



 言葉を詰まらせるユリーシアの隙を突いて、逃げる。



「あ、ま、待ちなさい!!」


「誰が待つもんか!! あっち行け!! ブサイク女!!」



 ヴァレンティヌス城の廊下を駆け抜ける。


 僕を止める者は誰もいない。


 何故なら僕は、未来の神聖ヴァレンティヌス帝国の皇帝になるんだから――


 つるっ。



「あれ?」



 足が滑った。


 それはもう見事なサマーソルトキックの如く。


 え? あれ? なんだろう、知らない誰かの記憶が頭に流れ込んできた。


 走馬灯? もしかして僕、死ぬの……?


 ゴスッ!!!!


 僕は後頭部を地面に叩きつけてしまい、鈍い痛みに見舞われる。



「リクス!! ユーヴェリクス!! しっかりして!! 誰か!! 宮廷医を呼びなさい!!」


「ぁ……ね……うぇ……?」


「ええ、ええ!! そうですよ!! しっかりしなさい!! ああ、こんなにも血が……どうすれば……!!」



 姉上って、綺麗だなぁ。


 泣いてる顔も可愛いというか、全然ブサイクなんかじゃない。

 どうしては姉上にブサイクなんて言ったんだろ。



「ぅ……ぁ……」


「何をしているの!! 早く人を医者を呼びなさい!!」



 朦朧とする意識の中で周囲を見渡す。


 侍女も巡回中の兵士も、僕を見て「ざまあみろ」と言わんばかりに笑っていた。


 僕を心配しているのは、姉上だけだった。


 ……そっか。そうだよなぁ。

 別に自分が偉いわけでもないのに、将来は皇帝になるからって威張ってたら、そりゃ嫌われちゃうよね。


 でも仕方ないじゃん。


 悪いことをしなきゃ、誰も僕なんか見てくれないんだから。


 母上だって、父上が平民の娘を側室にしたことが気に入らなくて意趣返しのために皇帝になれって言ってくるだけ。僕には興味なんか無い。


 父上はそもそも僕に関心なんかないし。


 誰かの注意を引こうとして、酷いことばかりしてきたからかな。

 これは報いなんだと思う。


 どんな理由があっても人を傷つける方が悪いに決まっている。

 でも、子供の僕が人に興味を向けられるためには、酷いことをするのが一番だった。


 それがいつの間にか楽しくなってしまった。

 楽しまなくちゃ心が耐えられなくて、壊れそうだったから。


 うん、僕のことを心配してくれるのって、ユリーシア姉さんだけじゃん。



「……あね……うえ……」


「っ、何? どうしたの? 無理に喋っては駄目ですよ」


「……ぁの……ね……」



 僕の呼びかけに、ユリーシア姉さんが応じる。


 僕は声を震わせながら、精一杯の謝罪の気持ちを込めて言った。



「……ごめん……なさい……いつも……酷いこと言って……ごめんなさい……」


「っ、良いのよ。ちっとも気にしていないわ」


「……えへへ……良かったぁ……」


「リクス? リクス!! しっかりして!!」




 意識が落ちる。


 落ちて、別の意識が浮上する。

 まるで自分の中に眠っていたもう一人が浮かび上がってくるかのように。


 そして、まるで僕自身の記憶と混ざり合う。


 僕は直感的に、さっき脳裏に浮かんだ知らない記憶の持ち主なのだろうと理解した。


 僕は……は……ッ!!



「思い出したああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「きゃあ!?」



 俺はその場で飛び起きて、頭から流れ出る大量の血を無視しながら叫ぶ。


 おっと、ユリーシア姉さん。驚かせてすまない。


 僕は、俺は!!



「俺の名前はユーヴェリクス・ド・ヴァレンティヌス!! 大人気ロールプレイングゲーム『光の勇者と五人の聖剣乙女』に登場するラスボスキャラだ!!」


「ちょ、リクス? 大丈夫?」



 頭の中の記憶を整理する。


 これは、いわゆる前世の記憶だろうか。

 ユーヴェリクスとしての記憶の他に、日本という国で育った記憶がある。


 そして、その記憶によるとユーヴェリクスはとあるゲームのキャラクターとして登場していた。


 王道RPG『光の勇者と五人の聖剣乙女』だ。


 勇者の力に目覚めた主人公が、ヒロイン五人の好感度を上げながら、悪の帝王を倒す物語。


 その悪の帝王の名前こそ、ユーヴェリクス。


 つまり、このゲームのラスボスは俺。

 ユーヴェリクス・ド・ヴァレンティヌスだったのだ!!



「いやいや、待て待て!! 俺があのユーヴェリクスなら、まず間違いなく死ぬじゃん!!」



 実はこのゲーム、ラスボスの俺は主人公の踏み台でしかない。

 このゲームの真のラスボスはユーヴェリクスではなく、彼を裏から操っていた邪神だ。


 推測だが、誰からも関心を示されないことから生じたユーヴェリクスの孤独感につけ込んだのだと思われる。


 そして、踏み台である俺は真のラスボスの前哨戦として勇者に殺されてしまうのだ。

 周囲から嫌われ続け、親からは関心を示されず、最後は殺される。


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 俺は死にたくない!!



「……ぶっ壊してやる……そんなシナリオ……俺の手で!!」



 そうと決まれば、すぐに行動しなくてはならない。


 まずは周囲の好感度をどうにかしなければ。


 今の俺は嫌われまくりのクソ皇子だ。

 万が一、このまま勇者と戦うことになれば呆気なく殺されてしまうだろう。


 だからまず、俺の為なら死んでも構わないくらいってくらいの忠誠心を持つ部下が欲しい。


 いざという時の肉か――仲間として頼りたい。


 そのためには善人アピールをして、周囲からの信頼と尊敬を勝ち取らねば!!


 次に、俺自身が強くなる必要もあるだろう。

 邪神の誘惑を跳ね除け、むしろ邪神をワンパン出来るくらいに強く!!


 今日から始めるんだ。


 そうだな、作戦名は『今日から始める悪役キャラの聖人化シナリオブレイク!』としよう。



「そうと決まれば早速行動を開始し……なけれ……ばぁ……?」


「リクス!?」



 ガクンとその場で倒れ、動けなくなる。


 あ、頭から出血してんの忘れてたわ。

 ここはしばらくおねんねして、目が覚めたら行動を開始しよう。


 俺には一刻の猶予もない。


 絶対に、絶対に俺は生き残るんだ!! 死にたくないからな!!

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