第17話 恋

 ある日、ダビンチに呼び出される。


「どうした、ダビンチ?」

「お主に話しておくことがある」

「話すこと?」

「宮姫の事だが……」

「宮姫?」


 そして、ダビンチは語りだす。


―――時は豊臣秀吉が死に石田三成と徳川家康との摩擦が深まっていた時代である。


 吾輩はある陰陽師に飼われていた。その陰陽師は占師いという名のもとに城主に進言して政治的に大きな影響力を持っていた。そして、その陰陽師の名を明星と呼ばれていた。


 今日は城主に呼び出され、相談を受けることになっていた。


「明星、おぬしに頼みがある。我が娘『宮』の面倒を見てくれぬか?病弱で家臣者に心を開こうとせぬ、お主の力を見込んでの頼みである」

「殿、分かりました。この明星必ずや姫様の病を治そうと思います」

「頼んだぞ」


 そして、主は姫様と出会った。


「姫様、私は殿に使える陰陽師の明星です」

「そうか、父上が気を使ってくれたのか」

「そうですね、姫様にはまず。この城外の話をしようと思います。聞いてくださいますか?」

「城外か……城外にはどのような世界が広がっているのですか?」

「まずは、この城下町についてお話します」

「はい、面白そうですね」


 やがて、我が主は禁断の恋をしていた。姫様の優しい言葉、その儚さ、純粋さに魅かれていった。そして、城の姫様として生まれてきても決して幸せでないことを思い知らされてしまい。貧しい家庭に育った我が主はそんな姫様にさらに魅かれていった。


「姫様、体調の方はどうですか?」

「明星さま、また来てくれたのですね」

「はい、今日はお土産があります、今の私にできることはこれくらい」


 それは貝に詰まった『紅』今で言う口紅であった。


「ありがとう、早速つけてみますね」


 宮は嬉しそうに紅を付ける。


「どうです?」

「とても、美しくなりました」

「ありがとう、そう私を理解してくれるのはそなただけじゃ、もののけが見えても誰も信じてくれぬ」

「姫様には人と違う力があります。でも、それはあまり言わない方が良いかと」

「そうか」


 宮は少し寂しげになる。人とは違う能力があると。さらにそれを秘密にせねばならない現実は受け入れがたい物であった。


「そんなことより。また、城外の話を聞かせてくれぬか?」

「はい」


 明星は何時間も城外でのことを話続けた。


 大きな海の事、白い雪山の事、にぎわう町並みの事を……。


 我が主は姫様に外の世界を話す時間が一番楽しいといつも言っていた。ただ好きな人と話すだけの時間なのだが、姫様もきっと明星の事が好きなのだろう。


 それは暗黙だがお互い通じあっていた。でも、立場上お互い好きということが出来ないのであった。


 そして、吾輩の寿命が尽きようとしていた時、我が主は吾輩を永遠に生かす術をかけると言った。


 その代り姫様の話の相手になってくれぬかと。


 吾輩は快諾し、霊的存在として、姫様に仕えることとなった。姫様はいつも嬉しそうに我が主の話をしていた。本当に好きなのだろう。


 しかし、決して結ばれぬ恋、お互いどんなに想いあっても時代が許してくれなかった。

 

 そして、時がきて宮様は天命をまっとうした。我が主と姫様は死して、初めて一緒に居られるように、術をかけ。永遠に生きる者として姫様をそばに置くことになった。それからいろんなことがあった。朝氷柱なる者とのいざこざなど平和な日常とは言えなかったが、つかの間の幸せであった。


 しかし、やはり死した者と生ある者との距離が遠く、哀しいしい恋であることには変わらなかった。


 そして、石田三成が動いた、我が主はどちらに付くかを進言しなくてはならないこととなり、悩んだすえ三成に付くことを進言した。


 そして、戦に負け、我が主は責任を取らされ切腹を言い渡された。


 我が主は吾輩を野に放ち自由に生きることを吾輩に命じた。そののち、吾輩は佐藤殿に仕える式神として『ダビンチ』」と呼ばれるようになり。


 また、人と関わることとなった。そして、西澤どのそなたが姫様いや宮姫を目覚めさせた。


 残念なことに姫は吾輩の事を忘れているようだが、明星様の事は覚えているようじゃ。


「それで、俺に何が言いたい?」

「西澤殿には知っていて欲しかったのじゃ、宮姫の悲しい恋の話を」

「……」

「西澤殿、宮姫をよろしく頼む、この平和な時代でせめて、幸せにしてやってくれ」

「分かった、努力する」


 そうか、宮姫があの方というのはその陰陽師のことか。


 俺にできるだろうか?


 宮姫はいつもツンツンしているが、時々寂しそうにするのはその陰陽師のことを思い出しているのかもしれない。


 数日後

 最近、主殿の様子がおかしい妙に優しい、少し問いただしてみるか。


「そうか、あの式神のダビンチがあの猫とは」


 宮姫は部屋の窓を開け青い空を見上げると語りだす。


 今日は明星様が来る日、このドキドキは何なのだ。あのお方の事を考えると何も手が付かない。早く来ないかな。


「姫様、こんにちは、お久しぶりです。体調はどうですか?」

「明星様が来てくれたので体調は良くなりました」

「それは良かった」

「あぁの……明星様に聞きたいのですが、私は胸が苦しくてたまらないのですが、私の病は悪化しているのですか?」


 勇気を出して明星様に聞くが心が苦しくてたまらない。心臓は高鳴り、顔は熱ってくる。


「姫様それは誰にも語ってはいけません。黙っておいてください。私も聞かなかったことにします」

「そうか……」


 何だろうこの気持ち、苦しくてたまらない。明星さまも苦しそうだ。まるで、私ではなく自分に言い聞かせているようだ。


 私も分かっていた、少し明星様を困らせてしまったようだ。これも運命として受け入れるしかないのか……。


 しかし、明星様は言葉をつまらせていた。


「姫様……」


 明星様がその先を言えないでいる。その先を聞きたい、でも……。


 ここは少し、話題を変えてみよう。


「また、城外の事を話してくれないですか?」

「はい、喜んで……」


 私は明星様の話に夢中になった、城の中では分からぬ物事が外の世界にはあるのですね。


 でも、私は外の世界を活き活きと話す明星様が一番好き。叶わぬ想いとはいえ、この私を外の世界に一緒に連れて行っておくれないかと、何度も願う。


 そして明星様から貰った紅……。本当はつけて会いたいのだが恥ずかしくてできない。この気持ち何所へぶつければ良い?


 いっそ好きと言えたなら、どれだけ幸せだろう。


「あ、もうこのような時間、私は帰らねば……」


 明星は寂しそうに言う、今まで楽しく話してき来たのに私は……。


「またいつ会えます?」

「そう、十日もすれば」


 十日か……すごく長く感じる。明星さまのいない日々は、寂しさが募る。


「姫様、こんど姫様の為に猫を連れてこようと思います」

「そんなことをしたら大変なことになります」

「大丈夫です、姫様にしか見えない猫でございます」

「そのような者がおるのか?」

「はい、います」

「そうか……楽しみにしていいます」


 十日後


「姫様、こんにちは、お約束通り、猫を連れて来ました」

「本当じゃ、他の者には見えておらぬようです」

「これで、少しは、寂しさを紛らわせると良いですね」

「ありがとう、大事にする」


 すこし、変わった猫だが頭は良いみたい。


「今日もまた、外の話を聞かせてくれぬか?」

「はい、よろこんで」


 そして、幸せな時間はすぐに過ぎて行った。そして、今日は言うことがある。自分の病気の事を伝えなければ。


「明星さま、医者の話では私は長くないと」

「そうですか、では私の花嫁になってはくれないか?」

「明星さま、なにを言っているの?」

「死した姫様を陰陽の秘術により私の花嫁するのです」

「そんなことできるのか?」

「はい」

「では、その時はよろしく頼む」


 そして、私は『陰陽の髪飾り』として明星様と暮らすことが出来た。しかし、陰陽師の仕事は大変でなかなか落ち着くことも出来なかった。


 死した私と生きた明星様とのどうしようもない、距離を感じる。


 叶わぬ恋でしかないのか、そんな時、大きな戦が起きたらしく。我が大名は負け責任を取って明星様は死罪を言い渡された。


「姫様、私がこの世を去れば秘術の効果が無くなります。遠い未来に新しい主が現れるまで姫様には長い眠りについてもらいます」

「そうか、別れの時がきたのですね」

「はい」

「明星様、あなたの事は忘れません、そして新しい出会いを待ちます」

「さすが姫様、心がお強い。きっと未来でも素敵な出会いがあるでしょう」


 それが明星様との最後の会話だった。


現代

 宮姫は悲しい話を語り終わると、沈黙する。


「……」

「どうした宮姫?」


 俺の問いに宮姫は普段の表情に戻るがまだ悲しそうである。


「少しな」

「大丈夫か?」

「こう見えても我は強いで。あの猫に何を言われたかは知らぬが安心せい」

「あぁ……」


 俺は『安心せい』の言葉に迷いが無かったことを感じた。


 どうやら、宮姫に気を使う必要は無いらしいこれからも前みたいに接するか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る