第3話 10年の孤独


 今日は日曜日、朝早く起きると朝食を食べ一時間ほどまったりとしていると。最近では宮姫と散歩に出かけていることが多くなり、たまにはいつもと違う道を歩いていているのも良いのではとなり。初めて通る道を歩いていた。そこは街路樹の整備された高級住宅街であった。すると、洋館の前を通りかかる。


「うん?この廃屋、何か感じる」

「主殿、止めておけ、主殿には確かに霊能力があるが、下手に手を出せば酷い目にあうぞ」

「違う、邪悪なものではない―――もっと悲しいもの」


 何だろう?この寂しげで心の底まで響く気持ち、悪意とも違う、まるで誰かを求めているような感じである。


「そうか?我には分からぬが」


 宮姫には何も感じられないようだが、一言で表せれば『孤独』と感じられる。


「行こう、何か呼ばれている気がする」


 門や玄関に鍵はかかっておらず、すんなり入れた、まるで誰かを待っていたようだった。


「聞こえる……ピアノの音だ」


 その音色はとても悲しく切ないものであった。こ音色を出せるのは本当の『孤独』を持つものでしか出せないだろう。俺は導かれるように、二階に上がりピアノの音に導かれるように進む。


「聴こえる……この部屋だ」


 俺はゆっくりと扉を開ける。


「あら、お客さん?なんて珍しいのでしょう」


 そこに居たのは黒髪ロングの高校生くらいで、昔の華族の様な少女がピアノの前に座っていた。


「ごきげんよう。初めまして、私は『風夏』というものです」


 彼女は気品にあふれ、儚げとも言える清みきった目をしていた。そして、何より寂しそうであった。


「主殿、こやつこの世の者ではない」


 宮姫は警戒して俺に助言をくれる。この世の者でない者の中には、かなり危険な者がいて、こちらの命に係わることもあるからである。


「大丈夫だ、邪悪な気配は無い」


 俺も何度か危険なめにあっているので、直観的にそう思うのであった。


「あら、変わったお嬢さんをお持ちで」

「俺は西澤雄太、この人形みたいのは宮姫です」

「そう、それで私に何か用かしら?」


 風夏は少し首を傾げて質問してくる。たぶん、ここに来た客人は初めてなのだろう。


「それはこっちのセリフです。君のピアノに導かれて来たのだからだ」

「あら―――それは失礼しました」


 風夏は少し嬉しそうになり、硬い表情が柔らかくなる。そう、大切な客人をもてなすように、笑顔で接してきた。


「そうです私はあなたのような人を十年ほど待っていました」

「十年も待っていたのか?幽霊とはいえ長い時間をここで過ごしてきなのだな」


 俺は少し驚いた十年確かに、この世の者でない者たちにとって十年は短いかもしれないが、この幽霊にとって十年は長く感じていたようだ。


「死が訪れてからは時間の感覚が無くなり、毎日ピアノを弾いていました。ただ弾くだけの……」


 本当だろうか?明らかに寂しさを感じさせるピアノの音色であり。たぶん、本人も寂しさの感覚が強すぎて戸惑っているのだろう。


「何故、この世に留まる」


 宮姫は風夏を問いただす。どうやら永遠に存在する者同士分かるのだろう、何か理由がなければこの世に存在できないことが当たり前であるから。


「私は両親に先だたれ一人この館で暮らしてきました。やがて持病で私も一人寂しく死を迎えました。でも、ただ心残りなのは友達が居なかったこと。やはり、この世に留まっている理由はあるのか……きっと、ほとんど外出さえ出来ないでいたのだろう。そうですわ、せっかくお知り合いになれたのですから、お友達に成って下さい」


 かなり、積極的な発言。きっと、もう二度とこのような機会がないと考えているのか?


「いいけど、君ここから出られるの?」

「そうね、歌を一曲、聴いてくれれば。ここから解放されるかも」


 風夏は嬉しそうに笑顔で答える。これから最高の曲を演奏するつもりなのだろう。


「そんなことで解放されるのか?」

「大丈夫、本人が言っているのですよ」


 この屋敷に留まる自縛霊が解放される曲……少し、いや、かなり気になる。本当に彼女が解放される曲どんなものであろうか?


「分かった、聴こう」

「それでは」


 風夏はピアノに手を伸ばし弾き始める。



『千の夜を数え。ただ、寂しさ募る。ただ一人、月明かりに照らされ。ここは天国、それとも地獄。友を求め、奏でるピアノの音。ただ、鍵を開けて待ち続ける。そして、出会えた、愛しき友よ。どうか、この哀れなウサギをつれだして。きっと、外の世界は花で満ちているのでしょう。そして、私は生まれ変わる。放さないで、その手を。この悲しみが解けて、自由になる。その時まで』

♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪


 風夏は大きく深呼吸をしてピアノから手を放す。


「どうです?私の歌は?」

「良い歌だ、よし、友達になろう」


 確かに悲しげな歌であったが先ほどまでとは違い、何か癒される音色であった。たぶん、嬉しかったのだろう、今までどれだけの人が聞いたかは知らないが、今までで一番の曲のはず。


「主殿、このような者と友達に?」


 宮姫は明らかに不満そうだが、霊体の宮姫には分からないかもしれないが風夏のピアノの曲は心のこもった曲であった。


「嫉妬するな、宮姫」

「分かった」


 嫉妬という言葉に反応してしぶしぶ受け入れる。本当に素直になれない姫様だな。


「ありがとう、貴方のような、優しい方が訪れてくれて、私も幸せです」

「でも、ここを出たらピアノが弾けなくなるのでは?」

「大丈夫です、ピアノは霊体なので弾く時だけ具現化すればいいのです」

「すまり、幽霊のピアノを持ち出せると」

「そのような事です」

「しかし、ピアノを霊体かして持ち出せるのはかなり便利だ。どうせなら他の物も持ち出せないだろうか?」

「いえ、私にとって大切な物しかできないのです」


 それでも、便利な能力だ。世の中には変わった霊体もいるものだな。


「まったく、雄太お前を見ていると、あのお方を思い出す……」


 宮姫が何かつぶやく。少し寂しそうである。


「何か言ったか、宮姫?」

「何でもない」


 相変わらず素直でない姫様であったが、昔のことでも思い出しているのか、宮姫は少し元気がなくなったのであった。そして、風夏が我が家に居候することになった。

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