第16話 骨卿
「た、たすけてくれぇええええ」
黒い屋敷の迷宮のあちこちで同じような悲鳴があがる。
ボーン・スレイブ卿の現在のレベルは10000となっているが、骨召喚により10000体出現している。
憑依玉の効果により10000レベル×10000体=100000000レベルとなっている。
骨1体につきレベル100000000レベルが10000体いるわけだ。
もはや終末の世界そのもの。
スケルトン1体の攻撃スピードはもはや達人を越えて神域に達する。
一撃で迷宮が吹き飛ぶくらいはあるが、この黒い屋敷の迷宮はボーン卿の支配下なので、吹き飛ぶ事はない。
「はぁはぁ、あんなのありかよ、ただのスケルトンがレベル0でありえない動きってあれは剣聖の動きそのものざぎゃああああ」
「こっちくるな、迷宮から出られない、あれは出口か、はぁはぁ、なんでだよ、なんでスケルトンが弓矢を構えて待ってんだよ、はは、弓矢ぐらいえ」
矢1本で兵士の体が消し飛んだ。
その隣でそれを見ていた兵士は。
「う、そだろ」
【ザシュ】
という音とともに、その兵士の体はぺちゃんこにつぶれた。
ただのロングソードだけなのに、ほぼレベル0のそれなのに。
レベル1億のスケルトンが使えばそれだけの威力となる。
ボーン卿は全ての兵士を殺害し終えた事を知覚すると、右手と左手の間に握りしめられている1本の大剣を構えた。
「さて、大掃除は終わった。お嬢さん家に帰ってはもらえぬだろうか、お主はまだ若い、わしはもう年でな、若いもんの」
支離滅裂パンは七色に輝く髪の色をしている。
お化粧はめちゃくちゃにしている。だぶだぶのドレスを着用している。
それはボーン卿にも理解出来る。
一瞬のぶれ、一瞬の微笑み、一瞬の怒り。
風のように流れ風のように静まる。
いいえて妙だが、そこには7人いる。
1人の体の中に7人の支離滅裂パンがいる。
「ある時はパン屋、ある時は武器屋、ある時は掃除屋、ある時は殺し屋、ある時は郵便屋、ある時は肉屋、ある時は服屋、1人の人間に7つの仕事は結構辛い。なら7人にしてしまえばいい、それが支離滅裂だとしてもね、えへ」
ボーン卿はその光景を見て不思議に思った。
まるで鏡のように分身を増やしていくようだ。
7人の支離滅裂パンが現れると。
彼女達はにかりと笑って見せる。
まるで狂ってる。
7人は踊り始める。
何がしたいのか理解不能。
そして7人はさらに14人になる。
また踊り始める。14人が28人になる。
そうして踊りがやみ始めると。
彼女達はまた微笑む。
「ある時、男性に振られたの、だからその男性に金塊の山をプレゼントしたわ、山奥で困っていたおばあさんがいたから、とりあえず埋めてあげたの、頭だけ出してあげてたら喜んでくれた。毎日お花を届けにいってあげたのよ、おじいさんが隣に埋めてほしいっていったから埋めてあげたの。とってもとっても喜んでくれたわ、きっと地獄で余生を過ごしているのね」
ボーン卿は頭を悩ませる。
それが28人も同時にしゃべりだすものだから頭が痛い。
「しかるに、お主は頭が狂っているのかな? それとも支離滅裂なだけなのかな?」
「わたしは狂った世界から抜け出せない、いつかやってくる死神を待ってる。わたしを狂った世界から出してくれるのは骸骨で紳士なあなたね」
「それはうれしゅうございますなぁ、この老いぼれ、お主を開放してあげましょう」
「だけど、わたしがあなたをご臨終させてあげるわ」
「お主はわしが1人でお相手しようかのう」
「さぁ、わたしの愛人」
ボーン卿は大剣を振りぬきざま振り落とすだけで、体が居合抜きの容量で高速移動する。
抜き打ちざまボーン卿はふむと頷き。
「レベル10000で得たスキル抜刀切りはいいものじゃて、居合と高速移動は最高じゃ」
一瞬の出来事、28体の支離滅裂バンは消滅したのだが。
そこには小さくなった最後の支離滅裂バンがいた。
「わたしはそこには存在していない、そんざいしていないのよ」
「だろうな、斬った感触がなかった。レベル1億でもこれでは難しいのう」
「ならどうやってわたしを殺してくれるの?」
「ふむ、困ったのう、なら食べてしまえばいいのじゃよ」
「はへ?」
ボーン・スレイブ卿。
アンデット族王であり、1000年前の人間。
1000年間いなくなった家族の骨と家族ごっこをする。
ひたすらの孤独。
いくらアンデッド族だからと言って、食べ物を食べる必要がある。
それがなんだったのか、それは魂そのもの。
いわゆるゴーストを食べる必要がある。
アンデット王であるボーン卿は人々に愛され動物にも愛され自然にも愛された。
家族ごっこをしながら、死に絶えていく人々の魂を無意識で食らっていた。
それを1000年間続けた。
食らって食らって食らいつくした。
スキル【ゴーストイーター】というスキルを習得していた。
「お嬢さん、わしのお腹の中で余生を送ってもらえんかのう」
「そこに安らぎがあるのならね」
支離滅裂パンの体がさらに増殖する。
もはや100を超え、1000体を超え、10000000体を越えていく。
それに触れる事が出来ず。
精神に異常をきたした方が負け。
「ほう、わしはな1000年間家族ごっこをしていたものじゃ、頭がおかしいならわしの方がおかしいじゃろう。さて、食事の時間じゃ」
ボーン卿は口を大きく開ける。
口の奥から死神のおうな鎌が無数に伸びる。
その鎌は牙そのものであり、一瞬にしてぺろりと数えきれない支離滅裂パンを食する事に成功する。
だが精神を支配しようと支離滅裂パンが動き出す。
頭の中に支離滅裂がよぎる。
見たこともないぐちゃぐちゃした世界。
信じられないような悲劇。
支離滅裂パンがなぜこうなってしまったのか理解した。
そして優しすぎるアンデット王のボーン・スレイブ卿は笑い声を上げて全てを受け入れる。
「いいじゃろう、支離滅裂パン、お主は今日からシパンだ。男でも女でもないお主、生きものでも亡霊でもないお主、お主の正体は【存在】という意識そのもの。わしの中で生きるがよい、対話しようぞ」
「……」
無言。それが答えであった。
ボーン卿の体内の中で生き続ける意識集合体のシパン。
「さて、まったく、団長の考える事はえげつないのう」
黒い屋敷の迷宮のあちこちで流される映像。
勇者が泣きべそをかいて鼻水を垂らして全裸で見た事もない世界で逃げまとっている姿であった。
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