第14話 残虐非道の勇者

 暗闇の中、青い炎がメラメラと燃え盛る。

 1人の少年がナイフ片手に片端から同胞を殺害していく。

 昨日まで仲良く遊んでいた友達、恋人だった女の子、大切な動物。

 父親、母親、それだけではなく、その日、一人の少年によって世界は幕を閉じた。


 少年が殺した人間は10億5千万8百2十3人であった。

 少年は人がほぼいなくなった世界でただ空を見上げていた。

 死ぬ事のない体。それは呪だった。

 無限転生。何度死んでも何度蘇る。心の安寧は存在しない。

 

 この世界ではスキルという概念は超能力だと思われていた。

 少年は10回死んだ。それだけで10個のスキルを得た。

 10個のスキルだけでこの世界は滅びた。

 

 なんとなくそれだけの数の人間を殺してみた。

 楽しくなかった。

 もっともっと正義のヒーローやりたかった。


「うぉええええええええ」


 少年は吐しゃ物を吐き散らしながら、地面を何度も叩いた。

 眼前に広がる建物。

 それはビルと呼ばれる長方形の建造物であった。

 東京タワーやスカイツリーと呼ばれる建造物もある。

 まだ生きている人間もいるだろうが、この世界は崩壊する。


 少しずつ、少年が生み出した呪が人々を殺す。

 この世界の全人口が滅びるのは時間の問題。


 その時が来れば、世界は終わり、少年も本当の意味で死ぬ事が出来るはずだった。


 世界がダーク色に染まり。

 全てが終わった。はずだった。


 どこかの玉座で蘇った少年は立ち上がり、目の前にいた生意気そうな青年を見た。

 彼は涙を流して少年を抱きしめてくれた。


「全て見ていました」


 それが皇帝陛下との出会いだった。


「全て見ていました。入島粕田さん、君の力を貸してほしい」


「俺は俺は死にたいだけなんだ」


「君の力が必用だ。異種族を滅ぼさないといけない」


「異種族? ここはあれか、異世界系ってやつか」


「異世界系? ああ、君の世界でいうネット小説の事だね、自己紹介が遅れた。おいらは皇帝陛下、【世界目】を持つ人間だ」


「世界目?」


「あらゆる世界を見る事が出来る」


「へぇ」


「近い将来、異種族が大量にこの世界に流れ込む、その時にこの世界にいる異種族はそれと結託し人間を滅ぼす。いやこの世界そのものもだ。その前に異種族を滅ぼす」


「そんなはどうでもいい、俺は死にてーんだよ、まだ10回しか死んでねーけど」


「なら大丈夫、君を死なせる方法が存在するから」


「それはなんだってんだい」


「それは、神に殺される事だよ」


「はぁ?」


「この世界にはそういったものがいるんだよ、君の世界にはいなかったかもしれないが」


「まじかよ、ふひひひ」


「君は、悲しいんだね、頭がおかしくなりそうなんだね、なんたって、君は自分の世界の人間を皆殺しにしたんだから」


「ああ、そうするしかなかった。人間達は俺が不死身だと知ると実験対象としか見なかったからな」


「それは、おいらも知っている。おいらの手をとってくれるかい?」


「もちろんだとも」


「勇者候補生、33人いるんだ。君は勇者候補生のふりの勇者だ。規格外の勇者候補生は異種族の世界に密偵に行ってもらっている」


「すり替わって大丈夫なのか」


「ああ、問題ない、勇者候補生の情報はおいらがブロックしてるからさ、どんなスキルでも覗く事は出来ない。でも勇者候補生から盗まれたらいたしかたない、だから勇者候補生にも内密で行こうと思う、そこは入島さんもよろしく、そうだいい名前をつけよう、イルカスなんてどうだい」


「俺の世界ではカスはひどい扱いをされるが、まぁいい、俺はカスみたいな存在だからな、くっはっはっは」


 そうして陽炎のように真実の斧が見せてくれた全てをオメガは見ていた。

 魔王ルウガサーは口元に手を覆って驚きの表情を浮かべている。


 勇者イルカスは片手から血を吹き出しながら悶え苦しんでいる。

 隣にいる灰人バイが灰でイルカスの片手を固めていた。


「まったく、それが真実か、だが、なぜ人間はさも楽しそうに異種族を殺すんだ? それが当然のように、皇帝陛下の意思とはまったく違うじゃないか」


「なぁ知ってるか、ありがとな灰人バイ、俺は何十億という人間を殺した。だけど楽しいと感じたり楽しくないと感じたりした。楽しいと感じるのはこちらを実験対象にしようとしたりして、俺を支配しようとした奴等だ。そんな奴等をぼっこぼこにするのは楽しい。だけど無抵抗の人間をぼっこぼこにするのは楽しくない、つまり、てめーらは羨ましがれてたんだよ」


「……」


「エルフは魔法に秀でて、ドワーフは製作に秀でている。アンデットは肉体から解放され、リザードマンは水中で呼吸できる。コボルトは臭いで遠くの獲物を判別したり、その他にもありとあらゆる力を持った異種族がいる。だが人間を見てみろ、繁殖力はある、知恵はある。だがそれは他の種族にもある。人間しかもっていないものはなんなんだろうな? それが分からなくなっちまった奴らが多い、そしてそいつらは、異種族を倒す。自分たちより秀でた種族を倒す快感。強気ものへの打倒。それが人間の本能だ」


「俺はそんな事は考えた事はない、だが、勇者イルカス、お前は一回死んでおけ、それで皇帝陛下の所に戻り、俺達と徹底抗戦だ」


「はは、お前らがレベル0だろうとどんな手品を隠していようと、俺はスキル334個でおめーをぶちのめすさ」


「スキル自己再生発動」

「スキル強化バフ発動」

「スキル魔剣ディオニソス発動」

「スキル神のお告げ発動」

「スキル剣神発動」


「灰人バイ、おめーは魔王ルウガサーだ。やるぞ」


「まったく、これだからあんたについていくのはたのしいのよー」


 灰人バイの全身が灰色に覆われて粉のように崩れる。

 鷹の嘴が体のあちこちから突き出て、灰人は空中を舞う。


「オメガ団長、彼は私が相手します。あなたは勇者イルカスを」


「ああ、もちろんだ」


 勇者イルカスの全身は青い炎で燃え盛っている。

 地面が青色の焦げのように変色していく。

 片手は再生されており、その片手で魔剣ディオニソスを握りしめる。

 地面を蹴り上げた瞬間、爆発が起きて、地面が吹き飛ぶ。

 その衝撃を元に風に舞うようにしてオメガの足元に飛来し。


「これでもかあああああ」


 勇者イルカスは剣を振り上げて振り落とす。剣神の力を振り絞って、その剣の扱い方は神々が剣を舞う演舞と同じであった。


 オメガはそれをドワーフの祠にある絵画で見た事があった。


 レベル80、それでもスキルを発動しまくっている。

 オメガはシャツとズボン、だがレベル9999の防具。

 皮膚にあたろうと防具は反映される。無敵の鎧のようにバリアは発生しない。

 レベル80とレベル10000では初期ステータスの差が歴然としていた。


 魔剣ディオニソスはぽっきりと折れて粉々に砕けた。

 ドワーフの無骨な右手。

 それに握りしめられただけだった。


 左手でグーにして勇者イルカスの腹にただ拳を繰り出す。


「かはっ」


 唾と血を吐きながら悶える勇者イルカス。

 スキルを発動させて即座に回復して立ち上がり距離を開ける。


「レベル10000だ。レベル0はレベル10000。お前はレベル80。勝てる訳がない」


「ああ、勝てないさ、勝てねーけど、こっちは神に殺される必要があんだよ、それまで諦められるかよ」


「なぜそこまで死にたい。俺は同胞が死んでいくのを助けられなかった、とても悲しかった」


「俺は俺は、1回死んだ時、確かに生きたいと思った。でもあらゆる拷問を受けた時、早く死にたいと思った。本当の意味で大事な存在、それはきっと俺自身だ。俺自身が俺自身の人生に幕を閉じたい」


「なら俺が幕を閉じさせないさ」


「は?」


 オメガは心の底から笑っていた。

 こいつにとって苦しむとは生きる事。

 なら永遠の生を与えよう。


「イベントリ発動」

「レベル9999:世界終わり盾扉」


「なんだそれは」


 オメガはまだまだうんうんと笑い。


「発動、世界の終焉へようこそ」


 世界終わり盾扉が起動した時。

 そこから無数の白い手が伸びてくる。


 その顔は全て、勇者イルカスが殺してきた生きものたち。


「は、はははっはあ、死んでまでしつけーなああおめーらはああ、俺を実験体にしやがってよおおおお、おい、ドワーフ見逃してくれ、頼む、おめーが強かったから」


 白い手は無限に伸びてくる。死者の顔はぐちゃぐちゃになっていて、生きものの魂を吸い込んでしまうのではないかと思えるくらいの脱力感であった。


「ちょ、それきいてねーよ、攻撃があたらねー剣神でもダメか。なら、このスキルでって、うわああ、やめてくえええええ、たのむよ、また実験はやだよおお、ぎゃああああああ、こっちくるなああああ、たのむううううう、ずっと拷問はあああ、ああああああ、な、なんで、滅びたはずの世界があるんだよ、誰もいなく何もないところじゃねーかよおおお」


 白い手は勇者イルカスの体をがんじがらめにして盾扉に引きずり込んでいく。

 ばたんと扉がしまわれたとき、大きなゲップを盾扉がした。

 盾扉は円卓の盾に飾られるようにしておかれている。

 勇者イルカスが入った場所、かつて彼が滅ぼした世界を勇者イルカスの知識で模倣した世界であった。


 仮想の世界で仮想の独りぼっち、そこにはかつて殺して来たであろう人々の亡霊がずっと追いかけてくるのだ。


「安心してくれ灰人バイさん、勇者イルカスさんは俺達が無限の苦しみの中で保護したから」


「はは、あれが保護ね」


「ルウガサー後は任せた。他の仲間たちが心配だ」


「そんな心配はしなくても、こっちはこっちで片づけるわよ」


「そうだな、少し疲れた。眠らせてもらおう徹夜で幸運製造したから疲れてしまった」


 ドワーフ族のオメガ。

 傭兵団の団長であり、一人の青年でもある。

 それでも沢山の人の死を繰り返した勇者イルカスを許すわけにはいかない。

 彼を殺すには神の力が必用。

 それまで【世界終わりの盾扉】で今まで殺して来た人達に呪われながら保護されている。

 いつかくる皇帝陛下との交渉の時に使う為に。


 そこまで頭を回転させていると、ゆっくりと眠たくなってきた。


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