第8話 意外な発見

 第一発見者の新之助の話からは、新たに詳しいことは訊かれなかった。ただ、彼の耳が異常と言えるほどに研ぎ澄まされているということは、みんなの意見に一致したものだった。それに、彼が少しお頭が足りないということを分かっているだけに、あのような面倒臭い手間のかかる犯罪を犯せるはずがないことは、関係者のほとんどが分かっていた。

 これに関しては。佐々木巡査にも分かるくらいであった。

「新之助君は、従順で人を殺すようなことはしないですよ」

 と山田刑事に話をしていたが、それを聞いて山内は違和感を抱いた。

――従順? 従順なだけに、誰かの命令であれば何でもする可能性だってあるんだぞ――

 と感じた、

 それを、山田刑事は分かっているようで、

「ここの女将が行方府営になっているということではないか? 新之助というやつが、従順であるのは、誰かに対して従順だということだろう? もし女将に対して従順だということになれば、女将のためなら、何でもすると考えられないかい? 従順になっているその人のためであれば、何をやっても許されると思い込んでいるとすれば、これは恐ろしいことで、一種の洗脳だと言えなくもない。まるで悪徳宗教のやり口のようなものではないかな?」

 と言った。

 その言葉を聞いて、山内は、

――もっともだ――

 と感じた。

 由香は佐々木巡査と山田刑事の話に聞き入っている山内の姿をじっと見ている、その様子はきっとまわりから見れば、異様に感じられ、この場所だけ違った空気が漂っているかのように思われるかも知れない。

 だが、山内の勘では、

――女将と新之助は何か関係があるかも知れないが、今回の殺人に関しては関係がないような気がする――

 と感じられた。

 意外と山内の勘は鋭いものがあって、この勘の鋭さは、新之助の勘の鋭さと同じ種類のものであった。

 そういう意味では、もし、山内がここにずっといたとして、新之助が感じたような滝の微妙な音の近いを感じることができたかも知れないのだった。

 そのことを知っている人間は、いるのだろうか?

 山内は、急に空腹が襲ってきたのを感じた。この騒動で朝食を食べ損ねたのは山内だけではなく、この場にいる人皆そうであった。

 いつもであれば、一度空腹感に襲われても、それを通り越せば、しばらくはお腹がすくことはない。それを、

「胃下垂のせいなんだろうな」

 と感じていた。

 だが、今日は朝食の時間を通り越して、中途半端なところで空腹を感じるようになっていた。

 今までにこんなこともあったという意識はあったが、その時も何か問題があった時だったような気がしたが、それが自分の奴隷としての性格に関わることだったような気がするので、

――ひょっとすると、村上との別れの時ではなかったかな?

 と感じたが、本当にそうだったのか、自信がなかった。

 気が付けばお腹が鳴っているようだった。それに気づいた由香がビックリしていた。

「お腹が減ったの?」

 と耳打ちされ、頷くと、

「あなたが、お腹が鳴らしたのを初めて聞いたような気がするわ」

 と耳打ちされ、

「そういえば、由香は僕がお腹を減らしているのを見るの、初めてだっけ?」

 と聞くと、

「ええ、胃下垂だというのは分かっていたので、何も言わなかったのよ。自由にするのが一番だと思っていたからね」

 と言われ、

「僕は基本的に縛られることが多いんだけど、一部身体の反応からか、自由にしていないとダメな部分があるんだ。由香はそれを分かってくれていると思っていたんだけど、違ったのかな?」

 というと、

「そんなことはないわ。何となくだけどあなたのことなら何でも分かるのよ。そうじゃないと、私が支配できるわけもないからね」

 と、由香がいうのだ。

 それは、理屈云々よりも、山内という人間を分かっているということであろうか。ということであれば、由香が分かっているのは、男としての山内だから分かるのか、奴隷としての山内だから分かるのか、彼女の目線が山内という人間のどこを捉えているかということになるのであろう。

 山内自身は、

「自分を奴隷と思っているからなんじゃないだろうか?」

 と感じている。

 もし、これが他の男性であれば、屈辱感に震えているかも知れない。自尊心を著しく傷つけられたと思うことで、自己嫌悪に陥るだろう。

 しかし、山内にはそんなことはなかった。自己嫌悪に陥ることなどない。なぜなら、山内には、自分が奴隷であることで、傷つけられるという自尊心は持ち合わせていなかった。

 ただ、それは、相手は由香だから、というか、その時の主に対してだけのことである。自分が主人だと思ってもいない人から奴隷扱いされたとしても、それは必死になって抗わなければいけないものである。自分を奴隷として扱ってくれる人に対して失礼であり、自分が、

「皆が考えている奴隷とは違うんだ」

 と思っているからだった。

 要するに、

「飼われている」

 のである。

 歴史の中に出てくる奴隷は、一つの民族と戦争をして、敗れてしまった民族を、勝者である民族が奴隷にするということで、その民族全員の奴隷であるかのように思われることが多いが、今の時代の奴隷という感覚は、一人の人に飼われているという感覚で、まるでペットのようなものだ。

 SMの世界などでは、奴隷とペットとは同意語であるかのように思われるが、実は違っている。確かにペットというと飼い主との間に主従関係が存在するが、

「ペットは家畜のようなものであり、他の人間から見ても、奴隷は奴隷なのだ」

 と言えるのではないだろうか。

 それだけに、奴隷を他の人間も奴隷として見てしまう風潮がある。しかし、奴隷はペットであり、家畜ではないのだ。だから、他の人から奴隷扱いされれば自己嫌悪にも陥るし、それは自尊心というものを持っているからだ。だが、主に対してはそんな余計なものはない。そんな余計なものがない方が、奴隷として従順でいられ、ジレンマに陥ることもないからだ。

 それでも、由香に対しては彼女が山内を奴隷と感じているかどうかよくわからないが、山内にとって不安があるとすれば、そのあたりが分からないところだった。

 山内としては、

「由香には自分を奴隷扱いしてほしい」

 と思っていた。

 しかし、それを奴隷の方から主に願い出るのはお門違いである。主従関係には暗黙の了解と言えるルールが存在し。その中に、奴隷の方から、奴隷扱いをしてもらいたいと思うことは法度だということになる。

 今回のように、

「あなたのことなら、私は何でも分かる」

 と由香に言ってもらえたのは嬉しかった。

 その理由も、

「奴隷として扱う以上」

 という、奴隷の側にも納得できる、ハッキリとした理由を示してくれるからだ。

 奴隷として一番主を頼もしいと思うのは。

「自分のことを何でも分かってくれて、その理由が、奴隷だからだということを奴隷に対して分からせるように言ってくれる」

 ということではないだろうか。

 由香にそんなことを感じていると、昨日露天風呂で会った麗子のことを、どんどん忘れていっているようで、不思議な気がした。

――それにしても、昨日、麗子はどうしてわざわざ戻ってきてまで、自分と一緒にいたのだろうか? そして、今度の事件に、麗子はまったく関係ないのだろうか?

 と、考えたのだ。

 山内はいろいろと思い出していた、

 大きなことで思い出したのは二つだった。その二つが今回の事件に関係があるかどうか分からないが、なぜかこの二つのことを忘れていた。

 山内が近々のことを忘れてしまっていて、それを思い出した時というのは、たいてい、一度意識的に忘れようとしたが、実際に忘れてはいけないことであるがゆえに思い出すということ、そんな時、意識的なのか無意識なのかは自分でも分からない。その時々で違うのかも知れないとも思うのだった。

 まず一つは、昨夜、麗子と露天風呂に入ったあとのことである。

 その時、今回のように変な時間に翁長が減った。実際は夕飯に出た鍋が美味しく、胃下垂であるという自分を忘れて、結構食べたような気がした。実際に子供の頃から旅行で食べる食事はいくらでも食べれるという意識があり、実際に食べ過ぎて、夜になって腹が太って苦しくなることもあったが、ただ、そんな時はしゃっくりを伴わないので、二時間もすれば、お腹が減ってきて、すぐに何かを口にしていたものだ。

 今回の旅行でも、麗子と話をした時の温泉に浸かるという機会は、二度目だった。しかも温泉に浸かるということがお腹の膨らみを抑制したようだ、ただお腹だけが減り、温泉から出てくる時は、すでに腹が減った状態だったのだ。

 温泉から出てきたのは、確か十時すぎくらいではなかったか。すでに布団が敷かれていて、待ちつかれたのは、由香は寝息を立てて眠ってしまっていた。その時無意識に時計を見ると、やはり想像していた通り、十時半くらいだった。

 それにしても、普段であれば、カラスの行水に近い山内が、よく温泉に一時間以上も浸かれたものだ。話に夢中になったからなのか、温泉の効用なのか、おかげで胃下垂になることもなく。腹が空いた状態で、温泉を出ることができた。部屋に帰って、自販機に置いてあったカップ麺を購入し、部屋のポットで湯を入れて、縁側から夜景を見ながら食べたものだ。

――こんな感覚はいつ以来だったのだろうか?

 それまで、夕飯を食べて夜食も食べるなど、ほとんどなかったことだ。夜食を食べるなら、夕飯の時間にちょうど胃下垂状態で、腹は苦しい状態だったので。それが癒されるのが夜食の時間にならないと、解消されないという、悲しい習性のためだと言ってもいいだろう。

 そもそも、温泉でのぼせたかのように話をして、湯から上がるきっかけを作ったのは、自分ではなかったか。そのことと、部屋の戻った時間が、十時半を過ぎていたということで、彼女は自分と一緒に十時半までは一緒にいたということであった。

 さて、もう一つ気になったのは、

「鳳麗子という女の子の性格」

 であった。

 麗子は子供の頃から、ずっと同じような性格だとずっと思っていた。誰かの影響を受けて、コロコロ言っていることを変えたり、優柔不断なところのない、いわゆる「男前」な性格だったということを感じていた。友人はあまりいなかったが、彼女の友人は、皆彼女の緒精錬実直な性格を気に入ったことで、仲良くなった人たちだった。

 子供の頃からすでに奴隷を意識していた山内も、麗子のそんな精錬実直の性格を分かっていて、他の人同様、彼女の信者のようになっていた。

 ただ、それは彼女がお嬢様のように育ったことで、

「自分たちとは住む世界が違う」

 という感覚が、そう思わせたのだろう。

 しかし、それは普通の精神状態を持った連中にだけ感じることで、自分に奴隷を意識させたこの性格の下では、それだけにとどまらなかった。

「鳳麗子という女性は、精錬実直でまっすぐな性格とは裏腹な、別の性格も有しているのではないか」

 と思うようになっていた。

 数多くの人が信じて疑わない精錬実直な性格をウソだとは言わない。だが、彼女には正反対の性格を封印するかのように隠している。ジキルとハイドのようではないか。いつ、そのスイッチが入るのか分からないが、ハイドに変身した時の彼女は、きっと誰にも分からないに違いない。

 もし、犯罪などを犯したら、完全犯罪を成し遂げるかも知れない。

 と、性格的な意味での完全犯罪であれば、誰にも気づかれないという意味での、疑われることすらない犯行に、完全犯罪を見たのかも知れない。

 今、刑事が滝つぼで現場検証をしている、まさにそのタイミングで腹を空かし、この二つのことが頭によみがえってきた。

――なぜ今なんだろう?

 と感じたが、ピンとくるわけでもなかった。

 滝つぼの付近を調査していた警察が、新たな、そして重大な発見をしたのは、それから少ししての夕方くらいのことであった。宿泊客は、全員が足止めを食らっていた。アリバイと言っても、犯行時刻がハッキリしない以上、誰もこの現場から離れることを警察から許されなかった。

 湯治目的で来ていた人の一人に、会社を経営している人がいて、

「どうしても、明日は会社に戻らないといけないんだ」

 と言って、話をしていたが、

「どういうことなんだ?」

「明日、会社の命運をかけるような大きな商談があるんですよ。そこに私が顔を出さないと、他のところに持っていかれてしまう可能性が大きいんです。相手はうちと競合他社の二企業に絞って、商談を考えているので、ほぼ拮抗している我が社としては、ここで後れを取るわけにはいかないんです」

 と言って、訴えたのだ。

 最初は、警察も渋っていたが、

「商談終了後には、またこちらに戻ってきてもらうということと、商談には警察が刑事が近くで、見張っていることを許していただければ、許可します。もちろん、商談に対しては、こちらも話が聞こえないように考慮しますので、そこはご心配はいりません」

 と警察から言われ、

「そういうことでしたら、それでお願いします」,

 ということになったようだ。

 湯治にきている会社社長の会社は、零細企業とまではいかないが、細々と頑張っている会社で、今回の商談は、会社存続にも関わるほどの問題だということで、かなり焦りがあったようだ。警察から許可が出たことで、少しホッとした社長は、ホッと胸を撫でおろしたのだった。

 足止めを食らうというのは、さすがに皆、大小の差こそあれ、日常生活に何らかの影響があるようだった。そのことを思い知らされたのが、この会社社長のことからだった。

 さすがに警察はそのあたりは心得ているようで、どこかの施設で事件が起こると足止めというのは、今も昔もあったようで、小説やドラマなどでも、よくあるシチュエーションだった。だが、そのあたりをあまりクローズアップして作品は作られていないので、実際にどういうものなのかは、身をもって体験するしかないようだった。

 ただ、一番の直接的な被害としては。この宿の経営であろう。

 確かに、一般客と常連をそれぞれ持っていて、今のところ経営は順調だったが、このまま警察の捜査が続いて、事件が進展しないようでは、経営がひっ迫してくる可能性もあるだけに、宿の方は気が気ではない。しかも、女将が行方不明というのは、大きかった。今のところ、新規の予約は事件が一段落するまでは少なくともお断りするしかないだろう。女将が不在ということもあって、事件と女将がどのような関係にあるか分からないということで、従業員にも不安が広がっている。

「もし、英牛を再開しても、殺人事件の起こった場所として、お客さんが来てくれるだるか?」

 という不安があった。

「人のウワサも七十五日」

 ということわざもあり、一定期間を過ぎれば、世間も忘れてくれるであろうが、事件の解決が長引いたり、女将の行方が依然として分からないなどということが続けば、宿の存続も難しくなるのではないだろうか。

 とりあえず、女将の仕事は、番頭が兼務するということで、番頭の雑用的な仕事は、仲居が手伝うということになり、臨時で従業員を雇う必要にも駆られていた。現状の全権は番頭が握っているので、番頭が募ることになるだろう。

 だが、こんなスタッフの気持ちを知ってか知らずか、世の中というのは、むごく容赦のない結果を用意していた。それは、警察の捜査によってもたらされたもので、前述の、

「滝つぼの付近を調査していた警察が、新たな、そして重大な発見をした」

 というものであり、時間的には、夕方のことであった。

 午前中に宿の方で、善後策に対しての会議が開かれ、おおかたの道筋が決まった矢先のことだっただけに、かなり大きな衝撃と戸惑いを宿のスタッフに与えたのか、その大きさは計り知れないものがあったことだろう。

 警察は滝つぼという場所、そして、行方不明者の捜索という二つの観点から、すぐに警察犬の出動を要請し、昼過ぎには警察犬が入り、そこから警察犬を交えた捜索が行湧得れたのだが、何と警察犬が見つけた新たな発見というのは、その死体発見現場から、ほとんど離れていない場所にあった。もっとも、これは警察犬でなければ発見することができなかったであろうと思われる場所であり、

「天然の隠れ場所」

 とでも言っていいかも知れない。

 ひょっとすると、この場所が昔の落ち武者伝説が残っている場所ということもあり、

「落ち武者によって作られた場所だったのかも知れない」

 と、刑事は感じていたことだろう。

 捜査に当たっていた警察犬は、警察犬とともに行動している捜査官が頭を傾げる状態にあった。女将の匂いのついたものを嗅がされてから、捜査に入ったが、いつもであれば、死体発見現場を起点として始まった捜査の中で、徐々にその半径を広げていくことで、捜査を行うか、最初から匂いで場所が分かれば、そちらに向かって一気に突き進むかのどちらかであっただろうに、どちらでもない中途半端な行動をしていた。

「こら、一体どうしたんだ?」

 と捜査官が警察犬を突っつくが、死体現場のあたりを何度もぐるぐる回っていて、一向に範囲を広げようとはしない。

 かと言って、どこか一つを目指しているというわけでもなさそうで、何となく迷走しているのが分かるのだ。

 見かねた刑事が、

「どうしたんだい?」

 と訊いてみると、

「何とも言えないんですが、どうもこいつは、この場所から遠くには離れたくないようなんですよ。私はこいつのことを信頼しているので、無理に他に引っ張るという気はないんですが、こいつを信じるということは、この付近に何か大きな手掛かりがあるように思えてならないですね」

 と捜査官は言った。

 日頃から、ずっと一緒に警察犬と行動を共にしている捜査官がそういうのだから、信憑性はあるだろう。そう思うと、もう少し様子を見るしかないと感じた山田刑事だった。

 すると、昼過ぎというよりも、夕方という方がいいくらいの時間に差し掛かった時、警察犬がいきなり吠え出した。そして。滝つぼの激しく流れる水に向かって吠えたてていたのだ。

 捜査官は、不思議に思って、滝つぼに入ってみた。被害者が置かれていたその場所の奥をまさぐってみたが、その奥にあるはずの絶壁がなかったのである。

「ん? これはどういうことだ?」

 と呟くと、

「どうしたんだい?」

 と、山田刑事は近寄ってくる。

「いえ、山田刑事、ここ、少し変ですよ。どうやら、この奥に隠し洞窟のようなものが存在しているのかも知れないですね」

 というではないか、

「さっそく入ってみよう」

 と言って、数人の捜査員が中に入った。

 水を打ち付ける音のものすごさが、奥に入った時には感じられ、少々叫んだくらいでは、何も聞こえないのではないかと思われるほどであった。まっくらで中は湿気を帯びている空間では、警官が普段から携帯している懐中電灯が役に立つ。懐中電灯でまわりを照らし始めた佐々木巡査は、一瞬、

「わっ」

 と叫んで、腰を抜かしてしまった。

 反射的に他の捜査員も驚いて、少し我を忘れたかのようになったが、すぐに正気を取り戻すと、

「どうしたんだ? 何を見つけたんだ」

 と言われた佐々木巡査は、腰を抜かしたまま無言で、懐中電灯を落としてしまったので今は真っ暗になった先を指差した。

 懐中電灯を拾った山田刑事は、今佐々木巡査の指差した場所に懐中電灯を向けると、こちらも、

「わっ」

 というリアクションを起こしたが、さすがに佐々木巡査ほどに腰を抜かすことはなく、懐中電灯を向けたまま、硬直してしまっていた。

 そこに浮かび上がっているのは、後ろにい鶴シルエットの影響が恐怖を煽ってはいたが、一人の人間が倒れている姿だった。シルエットのせいで大男に見えるような錯覚だったが、よく見ると、小柄な人であった。長い髪が乱れて顔が分からなくなっている和服の女性であることが分かったことで、

「女将さん」

 と、今まで腰を抜かしていた佐々木巡査が、変わり果てたように動かないその人物を見て、そういったのだった。

 朝から行方不明となり、今のところ、事件の最重要容疑者と目された女将がこうやって動かぬムクロとなってしまったことで、事件がどうなっていくのか、この時点では、誰も想像できるものではなかった。

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