第7話 傷の正体
鑑識の話から、被害者が異常性癖ではないかという話が浮上してきた。刑事は、まず被害者の身元を知る必要があるので、この店の女将がいないことから、番頭を呼んだ。
「番頭さん、すみませんが、ちっと」
と言って呼ばれた番頭は、訝し気に刑事と鑑識の前に横たわっている遺体を気にしながら、神妙に近づいていった。
「番頭さん、この被害者の身元なんですが、この被害者はどういうお方なんですか?」
と訊かれて、
「ああ、このお方でしたら、だいぶ前から注目されている作家さんですよ。ここは秘境の湯という名前の通り、寂れた温泉宿ということもあって、芸術家の先生方が、ここにお籠りになって、お仕事をされることが多いのです。このお方もそのおひとりで、オカルト小説をお書きになっている佐山霊山先生なんですよ」
というのを聞いて、
「佐山霊山先生? そういえば聞いたことがあるな。そういう作家の先生がよくこの宿を利用されるというわけですね?」
「ええ、佐山先生も、年に何度かここで執筆をなさいます。滞在期間はたいていの場合が数週間が多いかと思いますよ。ですから、我々にとっては大切な常連さんということになります」
「なるほど、では、佐山先生はこの滝のことも当然ご存じだったんでしょうね?」
「ええ、この滝をモチーフに何作品か書いたとおっしゃっておられたことがありましたね。佐山先生は長編よりも短編が多いですので、結構似たような作品が多いという話でした。ご自分でもそのあたりは自覚しているようで、『短い作品が多いので、数多く書かないといけないので、その分、アイデアを出すのが難しいんですよ』とおっしゃっていたのを思い出します。そういう意味で、私どもの宿では、作品のイメージ作りにも最適だとおっしゃっていただいて、光栄だと思っていたんですよ。それなのに、その先生がまさか、こんな形で殺害されてしまうなんて、私にはまだ先生が亡くなったことが信じられないくらいです」
と番頭がいうと、
「じゃあm番頭さんは、被害者とはよく懇意にお話されていたわけですね?」
と刑事に訊かれて、
「そうですね。佐山先生は、業界では、どちらかというと無口で何を考えているか分からないと言われていたようですが、作家というのは、そういうものなんじゃないでしょうか? 作品だけに限らず、特に先生のようにオカルト系の作品を書いておられる方は、そのイメージもオカルトっぽく感じさせるような雰囲気を醸し出すことが多いと、よく伺っておりました。もっとも、佐山先生の口から出ただけの戯言なのかも知れませんが、世間でもよくあることなのでよく分かります。『形から入る』と、よく芸術家の方は言われるではないですか。それと同じなのだと私は思っていました」
と、番頭は話した。
ここの番頭は結構饒舌で、話をするのが好きなようだ。そういう意味では、佐山という作家が彼に話をしたという内容にも信憑性がある。もっとも、いまさらこことで番頭がウソをいうのも考えにくいことで、そのウソを考えるにしても、あまりにも時間がなかったはずだ。そういう意味でも話に信憑性はあると言ってもいいだろう。
「ところで番頭さん。この宿には結構何人かの常連さんがおられるということですね? ということは、この宿は佐山先生のような作家の人であったり、湯治客のような常連さんでもっているような宿と言ってもいいでしょうか?」
「基本的にはそうですね。でも、時々、旅行ガイドのコラムなどでうちの宿を知ってこられるお客様もおいでです。今日も一組、コラムを見たということで来られている初めてのお客様もいますからね」
と、通称」柏木夫妻のことを番頭は話した。
「先ほど、ちょっと耳に挟んだ話としては、昨日までは、結構たくさんのお客様が逗留だったと伺いましたが、それは団体の湯治客だったんですか?」
「ええ、老人会の湯治だったそうで、三日ほどのご滞在でした。他ではそれほどでもないのでしょうが、さすがにうちのような秘境の宿に、十人近いお客様だとさすがに忙しかったですね。今日あたりから、少し落ち着いたところです」
「佐山先生のような芸術家の方が、最近もお泊りになっていますか?」
と刑事が聞くと、
「ええ、昨日までは、坂東あいりさんという女流恋愛小説家の先生が来られていましたよ」
「その方も常連さんなんですか?」
「常連といえば常連ですが、さすがに佐山先生ほど頻繁に来られることはありませんね。坂東先生の場合は、ここ以外にも他にいくつか、作家活動をするための場所を持っているなどとおっしゃっていたのを覚えています」
と番頭は語った。
その話を訊いて、ドキッとしたのは他ならぬ山内だった。
――昨夜、一緒に露天風呂に入ったのではなかったか?
という思いであったが、混乱する頭の中で考えたのは二つだった。
一つは、
「昨日の彼女は、確かに鳳麗子ではあったが、鳳麗子が、作家である坂東あいりという人の正体ではなかった」
ということである。
ただ、それであれば、麗子がどうしてこの温泉に入りにきたのかということが理解できないが、逆に何か山内と話をしなければいけない理由があったのか、それとも、聞きたいことがあったのかのどちらかであろう。
もう一つ考えられることとしては、これも、山内に作家として何かを確認したいと思ったからではないかと思えた。どちらにしても、山内と何かを話したいと思ったことに違いはないと感じ、昨夜の露天風呂の中での話を思い出していた。結構長く入っていたと思うので、些細なことを口にしたかも知れないので、そのことも思い出してみた。
――そういえば、あの話もしたっけ――
と、山内が思い出した話として、こんなことを話していた。
「山内さんは、確か今もあまり食事がいけないんですか?」
と言われた。
「ああ、そうだね、お腹が減ったと思って油断して食べると、その時はいくらでも行けると思って食べるんだけど、そこから数時間もすると、胃がもたれてくるようで、しゃっくりが出始めて、結構苦しいんだ。しゃっくりが出始めて、半日近くも止まらずに苦しいなんてこと、結構あるんだよ。でも、それを抜けるとまたお腹が減ってくるんだけどね。それはその前に食事をしてから、十二時間以上経っていることになるんだ。だから、僕は朝食は食べれないので、早い昼食を摂ると、その後はもう夜中にならないと食べれないということが多いんだ。だから、寝る前に食べることになるので、本当はいい食生活だとは言えないんだろうけど、これはしょうがないと思うんだ」
と話した。
それを聞いた麗子は、
「それって胃下垂ということなのかしらね? 病気には違いないんだけど、これと言って治療をしなければいけないというほどのこともないので、結構皆さん、放っておく人が多いんじゃないかしらね?」
と麗子は言ったが。
「確かにそうなんだろうけどね。でも、食生活という意味ではあまりいい傾向ではないし、本当は治療をちゃんと受けるべきなんだろうと思うんだけど、気持ちはあっても、なかなか行動に起こせないところが僕の悪いところなんだろうね」
と話した。
「じゃあ、今はどんな食生活になっているの?」
と訊かれて、少し答えにくいとも思ったが、
「お腹が減った時に、食べたいものを食べるという感じかな? どうしても後で苦しむのは嫌なので、胃がもたれるようなものはあまり食べないようにと思っているだけど、やっぱり空腹には耐えられないので、食べたいものを食べてしまう。ただし、腹八分目よりも少ない状態でやめるようにしているんだよ。意外とこの方が僕に合っていると思っているんだ」
と、昨日の山内は答えた。
その話を、麗子は結構興味を持って聞いてくれていたようだ。麗子が、山内のことが好きで、自分の身体を気遣ってくれているのだと思うと、山内は嬉しくなっていた。
山内は、自分が恋愛対象として考える相手を、自分の趣味趣向である。嗜好としての、「SMプレイ」、いや、いわゆる、
「奴隷としての立場」
を考えてみると、何か、身体がむずがゆく感じられた。
今までにはない感覚で、新しい快感にも思えたが。山内の中では、
「これも、奴隷としての感覚の延長に過ぎないんだ」
という思いにしかなっていなかった。
山内は奴隷としての感覚に限界のようなものを感じていて、それを分かってくれている人間との間の、結界のようなものだと感じるようになっていたのだ。
山内は、以前やっていた仕事では、不規則勤務を余儀なくされていた時があった。胃下垂が顕著になってきたのもその時で、今までの規則的な生活から、不規則勤務に移行した時はさすがにきつかった。
何がきついと言って。
「不規則とはいえ、同じペースの勤務が一週間は続いていたので、問題は切り替わりのタイミングだと思っていたのだが、実際にやってみると、それ以前に大きな問題があったんですよ」
と、腹側勤務がなくなってから、以前のことを思い出した時、由香に話をしたことがあった。
「どういうこと?」
「それまでは、規則的な生活が絶対に正しいと思っていたわけじゃないですか。だから、勤務が変わっても、変わったなりに、規則的に寝る時間や諸記事を摂る時間を決めてやれば、できると思っていたんですよね。でも、実際にやってみると、思うようにできない。なぜかというと、不規則なりの自分で決めたリズムを守っていて、一度そのリズムが崩れた時、どうするかというと、必死に自分の決めたリズムを守ろうとしてしまうんですよ。それがストレスになってしまい、例えば睡眠時間を七時間と決めていた時、一時間くら寝て、目が覚めたとすると、そこから眠れないことがあるんですよね。なぜなら、『寝ないといけない』という思いがあるんですよ。起きるまでにあと何時間あるからという逆算をするんですよ。そうなると、気が立ってしまって、眠れたかも知れないものが眠れなくなる、気が付けば、一時間、二時間と、寝ないといけないという思いだけでいたずらに時間が過ぎていくんですよ。そうなると、残りの時間しか頭にはなくて、もう残り香に時間くらいになると、このまま起きていた方がいいということになる。結局ストレスを抱えたままで眠れずに、中途半端で仕事に行かなければいけない。そうなると、まず精神的に溜まったストレスを解消することができず、頭痛に繋がったりすることになりますよね」
と言った。
すると、彼女は、
「それはそうよ。寝なければいけないというプレッシャーは、裏を返せば、寝ようと思えば寝られるんだという思いに繋がると思うんですよね。それでも眠れないということは、その時だけでなく、今後同じことが起こった時、まったく同じことを繰り返してしまうということを意味している。だったら、どうするかということなんでしょう?」
と、由香は言ったが、
――どうやら、由香は分かってくれているようだな――
と感じた。
「そうなんだよ。つまりは、眠れないものを無理に寝ようとするからダメなだけで、眠たくなったら寝るという方が気も楽だし、起きていてテレビでも見ていれば、そのうちに眠くなるかも知れない。それは六時間眠れるはずのものが、四時間でも、何とかなるというもので、強引に寝ようとしてしまうと、最後は二時間しかなくなって、このまま起きていても一緒という風に、毎回同じことになる。何よりも、それがトラウマになって、眠っている時に目を覚ましてしまうと、二度と眠りにつくことはできないという思いに駆られてしまうのではないかと思ったんだよ」
と、山内は言った。
「要するに、普段であれば、規則正しい生活が正解なんだろうけど、それが崩れてしまった時は、いかに臨機応変に対応できるかということが問題になるということですよね。私も似たような経験があるわ。そういう意味でストレスを感じるくらいなら、規則正しい生活というのは、その人にとっては逆効果になるということよね。皆すべてに当て嵌まることなんて、しょせんこの世には存在しないものなのよ」
と、由香は言った。
「だから、僕の胃下垂も同じようなもので、気を付けておかないと、しゃっくりが止まらなくなった時の苦しみは結構なものだからね。最初に食べた時、原八分目くらいでも、四、五時間立ってしまうと、胃が苦しくなって、しゃっくりが止まらなくなることもある。想定できないんだよ。今では少しは分かるようになったけど、それでも気をつけているからで、それとストレスを感じないようにすること、それが大切なのかも知れないと思うんだ」
と、山内は言った。
「SMプレイや異常性癖にしても、似たようなことがいえるんじゃないだろうか。まわりからは汚いものを見られる目で見られたり、問答無用で否定されたりするものだけど、同性愛に関しては、性同一障害のような一種の病気の人もいるくらいなので、一口に否定するというのはどうなのかと思うのよ。ほとんどの人は、SかMの人だという人がいるようなんだけど、私ははそうなんじゃないかって思うな。例えば、欲というものがあるじゃないですか。いろいろな欲というものがあって、必要な欲もあれば、なくてはならない欲も7ある。食欲、睡眠欲、性欲などのように、生きていくには必要不可欠なものもあるでしょう? 生きていくうえで必ず必要とはいえないけど、征服欲であったり、出世欲などは、これも生活には必要なものよね。それが性格を形成するのだから。当然だと思うんだけどね。それと同じで、SMプレイや異常性癖などは、この生活に不可欠なものだと思うの。それをまわりが勝手な解釈で、倫理などという言葉を持ち出して否定しようとするのだから、病気になったり、肩身の狭い思いをしたりと、誰もが持っているかも知れないものを否定するということは、自分で自分の首を絞めることになる。それと同時に、自分が異常性癖だということに気づいて苦しむというのは、自分がこの間まで、そういうものを否定していたという証拠なのかも知れないわね。自分で否定していたものを、自分が有しているからと言って、手のひらを返したように認めてしまうことは、自分の中の倫理に反するという思いよね。これがいわゆるジレンマとなって自分を苦しめる。自分で自分の首を絞めることになってしまうんでしょうね」
と由香はいった。
まさにその通りだと、山内は感じた。それはまるで、ヘビが自分の尻尾に噛みついて。尻尾から飲み込んでいくかのような感覚である。
――最後にはどうなるんだろう?
と感じた。
死歩のあたりを飲み込むくらいは大丈夫だとしても、
「人間でいえば、首くらいまで飲み込んでしまったら?」
と考えるのだ。
異次元的な捻じれはこの際気にしないとして、自分の頭を飲み込もうとしても、そこには、飲み込まれる自分の頭が迫っている。まるで、メビウスの輪のようなものではないか。
つまりは、不可能なことは、結局メビウスの輪のような、異次元の発想に集約されてくるのだ。逆にいえば、ヘビが自分を飲み込む時、異次元的な捻じれを考えずに策に進もうとしても、結局は異次元の捻じれの発想に繋がるメビウスの輪に行き着いてしまうのだ。
「どこを切っても金太郎」
と言われる、金太郎飴のようではないか。
不可能なことはいくら、少し強引に捻くって考えたとしても、行き着くところは同じなのだ。それを、
「人間の限界」
と捉えるか。
それとも、
「踏み込んではいけない結界が存在している」
と捉えるかの問題ではないだろうか。
「僕の胃下垂の問題も、奴隷のような感覚も、どこかで繋がっているような気がするんだ。世の中。どんなに捻じれたとしても、結局同じところに繋がってくるというのは、メビウスの輪でも証明されているではないか」
と、山内は言ったが、それを聞いて、
――この人は私と同じような考え方をしているに違いない――
と思った。
いや、ひいては、数が少ないだけで、同じような考え方の人は結構いて、皆世間体やまわりの人にこんな考え方を知られたくないという思いを抱いているのかも知れないと感じていた。
「ねえ、今度、温泉に行ってみない?」
と言い出したのは、由香の方だった。
そういえば、これまで付き合い始めてから、一緒にどこかに出かけたということはなかった。山内の方で。
――僕は由香に拾ってもらった奴隷であり、彼女には恋愛感情を抱いてはいけないんだ――
と思っていたからだった。
だが、恋愛感情を抱いてはいえないと、誰が決めたというのだろう? 由香の方では、山内を奴隷のように飼っているという思いではいるが、それはあくまでも、山内の自尊心というべきか、本性を生かすためであった。本当の由香は。
「男性には委ねたい」
と思っていたのだ。
それでも山内を奴隷として扱うのは、
「これが自分たちにとって自然な姿だ」
と思えるからであって、由香にとって山内がどういう存在なのか、山内は知る由もなかったことだろう。
二人の間で、そういう関係が同居できると思っている由香と、できないと思う山内と、二人の違いはそこだけだった。逆にいうと、その思いがあるから、二人の間で均衡が保てているのであって、どこまでこの関係が保てるか、それを試したいという思いがあっての、由香が計画した温泉旅行だったのだ。
麗子との話を思い出そうとしたが、なぜか思い出すことができない。元々、由香とこの旅館に来たのは、由香が連れてきてくれたのだ。
――それをどうして麗子は知っていたのだろう?
という疑問が頭に浮かんだ。
麗子は、自分を追いかけてきたようなことを言っていた。何が目的なのか分からないが、麗子にもどこか異常性癖のようなものがあったような気がしたが、自分と同じ感覚であることを思い出して、小説に書こうとでも思ったのだろうか?
それにしても、麗子はどこに行ってしまったのだろう? 昨日で帰ったということだが、一度帰ったふりをして、再度戻ってきたかのような面倒臭いことをなぜしたのか、それを考えると、今由香のことを考えた時、
――由香と鉢合わせるのを警戒したのだろうか?
と思った。
由香と麗子の関係というよりも、二人を並べて想像することができなかった。なぜなら、麗子を知っているとすれば、それは子供の頃の麗子であり、昨日話をしたと言っても、今から思えばまるで夢を見ていたかのような感覚であり、あっという間の出来事だったような気がして仕方がなかった。
麗子のことは、意識の中でずっと残っていたのは覚えているが、自分が奴隷だということを女性では彼女だけが知っていたのではないかと思っていた。だから、子供の頃が顔を合わせるのが恥ずかしかったし、お互いに遠慮があったような気がする。
だが、山内は、麗子が小説家としての坂東あいりの作品は読んだことがあった。読みながら、ところどころ、
「これは読むに堪えない」
と思う部分があったのも事実で、そんなところは読み飛ばしていたものだった。
由香も坂東あいりの作品は好きらしく、彼女と坂東あいりの作品の話をした時、時々、まったく違った発想を持っていたことを気にしていた。
――由香とは、感じ方が違うのかな?
由香がSであり、自分がMであることで、正反対の意見になると思っていたが、どうも違うような気がしていた。
由香の方が正論を言っているように見えて、それがMというアブノーマルな人間には、自分もSであるくせに、正論をいう由香が許せない気分になっていたのかも知れない。
今から思えば、山内が見るに堪えない部分を読み飛ばしたために、肝心なところを見逃したことで、正反対の意見になったのだろう。逆にいえば、それほど坂東あいりの作品には、二人の核心を突くような話が組み込まれていて、それを理解できなかったことで、正反対な意見になるのだと感じたのではないだろうか。
由香という女は、確かにSであったが、Mの自分と正反対なのかも知れないが、足りないところをお互いが補うという意味で、かっちりと組みあうとも言えなくないだろうか。それは、ノーマルなセックスにも言えることで、アブノーマルな性癖は、その形を包み隠さずに露骨なところが、SMの関係をうまくいかせるのかも知れない。
由香と山内はお互いに、ちょうどいい距離にいた。SMのような微妙な関係では、その距離感が微妙に影響してくる。ちょうどいい距離感が保たれなければ、お互いにうまくいかないというのも理屈に合っていて、その距離は、一歩間違えて、噛み合わない部分が生じると、正反対の考えに持っていくものなのではないか。その考えが、坂東あいりの小説を読んで、正反対の意見を生み出す要因だったのかも知れないのだ。
それを思うと、由香と山内にとって、坂東あいりはお互いのことを考えさせるためには不可欠な存在だった。
――その坂東あいりの正体が、麗子だったなんて――
と、山内は本当に夢を見ているのではないかと思うのだった。
由香が、坂東あいりの小説をどういうつもりで見ているのか、山内にはいまいち分かっていない。一度由香が、
「彼女の小説に出てくる男の子って、どこかあなたのイメージが強いような気がするのよ。主人公でありながら、しっかりしているはずのその男の子が、M性を帯びているように見えて仕方がないのよ。まるで過去に知り合いだったんじゃないの?」
とふざけて言っていたが、
「まさか」
と言いながらも、どこか玲子の言葉に信憑性を感じることができなかっただけに、坂東あいりという作家を意識してしまいそうで、意識できないでいたのだ。
ただ、どうやら生きている麗子を最後に見たのは、何と山内が最後だったようだ。
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