第42話 決戦5

惑星セントラル。


 エリザは悲哀している。今映っている光景が信じがたかった。


「今お伝えした通りです。私の役目はストレイン家、すなわちエリザ様の存在を守ることにあります。それが私の使命です。故に、私がこちらに着くのは当然と言えましょう」


「ギラン……」


「もう私の信念は変わりません、何があっても。例え貴女様の命令でも」


 ギランの意志は固い。


「私は貴女様を倒し、グラウンド・オルタナスに、ラントに輝く未来をもたらします」


 エリザの視界に映るギラン。今まで見て来た彼と何一つ変わらない。だがその忠誠心は変わってしまったのか? 


否。ギランは変わってなどいない。何の根拠も必要なく、エリザには分かった。


では何故? それこそ、口に出さずとも分かっていた。


ギラン・ザハスは私を救おうとしているだけなのだ。


観念したように口を割るエリザ。


「こうなることは、分かっていました」


 エリザが視線を落とす。


「予言の泉で占って貰ったのは、私の運命でした。そこで私は、どちらの未来を選択しても大切なものを失うと予言されました」


 エリザが予言の対象に選んだのは自分自身だった。


「1つはヤマトですね。そしてもう片方の私にとって大切なもの。それは、ギラン。貴方しか居ないでしょうから」


 ――エリザ様。


 ギランは静かに瞳を閉じた。


 


 ギランと妻・マドラが結婚したのは今から半世紀近く前だった。


まだエリザの両親が子供だった時代だ。ギランとマドラは成長したアーノルドとその妻・リレアに仕えており、やがてエリザが生まれた。


「ギラン、ギランっ。君が最初に抱いてくれ」


アーノルドに言われ、赤子を抱くギラン。生まれたばかりのエリザを最初に抱いたのはギランだった。


エリザ、Ⅰ歳の時分。 


「ねえ、ギラン。せいれいってなにい?」 


「エリザ様、聖霊というのはですね、この世界を守護する存在です。そして民を幸福に導くのです」


「ん~、よく分かんない」


「ほっほっ。いずれ分かりますとも。何せ貴女様はあのアーノルド様とリレア様のご息女なのですから」


 ギランが子供のエリザの頭を撫でる。


「へへへ」


 エリザはほっぺを紅潮させはにかんだ。ギランも自然と笑顔になった。


――。


「駄目だったか」


「ええ」


 無言がギランとマドラを襲う。


「……貴方」


「何だ」


「ごめんなさい」


「何を言う。お主のせいではない」


 エリザがこの世に生を授かった一方で、ギランとマドラは子宝に恵まれなかった。 


「そういう運命なのかもしれぬな……」


 2人は自らの運命を受け入れようと決めた。だが2人は決して寂しくなかった。


「ギランぅ、マドラぁ」


エリザが居たからだ。


エリザ、3歳の時分。


「ギランぅ、1人でだいじょうぶだからまいにち見にこないで。気になってえほんをよめないでしょっ」


 エリザ、5歳の時分。


「ギラン、1人で買い物くらい出来るから。食べ物を選びづらいの」


 エリザ、8歳の時分。


「ギラン。私は修行中です。集中出来ません」


 ギランはエリザに何度も怒られた。


アーノルドとリレアが亡くなった時、エリザはまだ5歳だった。1人で暮らすエリザが心配で、ギランは時間があればエリザの家を訪れた。


 その後、エリザは立派な精霊に成長した。


「ギラン、共にこの世界を護りましょう。協力してくれますね?」 


 ギランとマドラ夫妻にとって、エリザは主君であると共に血の繋がらない娘だった。


 


 私の判断は間違っているのだろうか? いや。断じて間違いではない。ストレイン家の当主を守る。それがザハス家の責務なのだ。


「戦いましょう、エリザ様。己の信念を懸けて」


 老爺は寂しく笑った。 


 2人の戦闘は、ヤマトとウォードにも引けを取らない壮絶なものとなった。


互いが互いに生きて欲しいと願う戦い。2人は自らの立場と宿命を理解しており、故に切実で、悲壮感が漂っていた。


 ギランはあまねく攻撃魔法を繰り出した。火・水・氷・雷・風。


対するエリザはこの世を創造するエレメントを扱う。光・闇・大地・生命・時空。


 現存する最高の魔法使いと、歴代最高の精霊の闘い。それはこの世で最も美しい戦いでもあった。


無数の光がこの世に現れ、衝突する。幾万の光が周囲を照らす。火は山々を大地に還し、氷雪が対象の活動を制止させ、風は万物の自由を奪い、雷が無慈悲に突き刺さる。それらの勢力を世界を創造するエレメントが食い止めた。


「メテオラっ」


「アマンダンテっ」


 宇宙から落下する彗星と、エレメントの集合体の激突。その間世界は眩い光に包まれた。時が止まっていた。


 激震が止み、大海の上で2人は浮揚していた。真下の海は割れていた。モーゼが紅海を引き裂いたように。


エリザは、親代わりだった相手を見た。昔に比べて髪の毛が後退している。皺も増えた。背中も縮んだ。だが彼の内側にある誠実さ、忠実さは些かも変わっていない。




幼少期の記憶。エリザは家でいつも1人だった。両親が殉職した後だった。いつも傍にはお節介焼きの男が居た。


修行中のエリザが挫けそうになる。


「エリザ様、立って下さいっ。それでは立派な精霊になれませんぞ」


 風が見える丘で両親の話を聞く。


「エリザ様、貴女様のご両親は誠に勇敢で、慈悲深い方達でございました。貴女様にはその高潔な血が流れているのです」


 エリザはギランの家によく遊びに行っていた。


「あっ、エリザ様。それは駄目です。まだ火が通っておりません、早く口から出して下さい」


 少し大きくなったエリザ。


「エリザ様、これは私の妻のお下がりです。良かったら着てやって下さい、妻も喜びます」


 エリザ様。


 エリザ様。


 エリザ様……。




「三大古代魔法、グラヴィオス!」


 ギランが唱える。


グラヴィオスは重力を自在に操る魔法だった。質量のある物なら何でも操作が可能だ。巨木・岩石・海水・山脈・魔物・民家・古城・怪鳥。地上の物体が次々に宙に浮かんだ。


木々が大地から飛び出し、島が地平線の向こう側から飛んできた。他に家・乗用車・武器・資源・食糧・魔物・動物・城。


 最大魔法には、エリザも自身最大の魔法で立ち向かうしかなかった。聖霊の最大魔法はアマンダンテ。だが、「予言の泉」で聖なるロッドを手に入れ、エリザの中に新たな魔法が生まれていた。


「ラストエレメント!」


 グラウンド・オルタナスに存在する全てのクリティアが、エネルギーを放出する。グラウンド・オルタナスの惑星の核は巨大なクリティアだ。大地の奥深くから、幾億の光線が放出される。ギランが飛翔させた物質を消滅させていく。


決め手は太陽だった。グラウンド・オルタナスの太陽は極大なⅠつのクリティアだったのである。エリザの力は、グラウンド・オルタナスの力そのものだった。


 世界が白い光に包まれ、それからゆっくりと溶けていった。

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