第34話 逡巡

それから1年。


 大和はサルマの任務をこなし続けた。工作員排除の任務が減り、魔物退治やレアアイテムの探索が増えた。工作員排除の任務の減少は、サルマと結託する組織・惑星の増加を意味していた。


 サルマ達「第三勢力」がまず結束し、その後グラウンド・オルタナス内の国々を取り込んでいった。グラウンド・オルタナス内の人間は、現実世界の母国を裏切っていった。


 端から見れば、惑星間はこれまで通り争い、政治・貿易・外交をしているが、大いなる野望に関しての認識は一致している。


サルマの計画は、着々と進行していた。


「大和、さっさと食べなさい。下げるわよ」


 礼子は大和を急かす。2人で夕飯を食べていた。


 礼子はあの後、サルマ達に無事東京の自宅に送り届けられた。本人にはタワーマンションに住む人間を狙った誘拐事件と説明され、ニュースにもならなかった。


 東京に戻ってから1週間は、礼子は憔悴して仕事を休んだ。それ以降は日常生活に戻っていった。礼子には、サルマ達は秘密警察で口外禁止をお願いしている。


 夕飯は大和の好きな麻婆豆腐だ。だが箸は止まっている。大和は最近こういう時間が増えていた。


「ちゃんと食べるよ」


 大和は蓮華を麻婆豆腐に伸ばす。意識はテレビに向いていた。流れているニュースに釘付けになる。


《こんにちは、アダリヤさん。4年ぶりにインタビューさせて頂きます。前回のことを覚えてらっしゃいますか》


《ええ、もちろん。日本のテレビよね。とても親切にしてくれたから勿論覚えているわ。あの時はありがとう》


 インタビュアーと褐色の肌をした少女が握手する。


少女はこの4年で大人になっていた。身長が伸び、しっかりメイクを施している。垢抜けた印象を感じさせる。前回は民族衣装を着ていたが、今回はチャコールのスーツを着用している。敏腕なキャリアウーマンのようだ。


《あれから変化があったようですね》


《ええ。まず私が村の村長になったわ。とは言っても、やることは前と変わらないんだけどね》


 アナウンサーが頷く。


《それからアダリヤさんはNGOでも活動をされるようになったとか》


《ええ。この村を宣伝しつつ、同じような境遇の貧しい人達を助けているの。アフリカもそうだけど、中東や南米、東南アジアにはその日のご飯も食べられない人達が沢山居る。一部だけを貧困から脱出するんじゃなくて、全体で水準を上げられる仕組みを作りたいの》


《それから村にも変化があったんですよね?》


《ええ》


 アダリヤが壁面のボタンを押す。室内に灯かりが点いた。


《電気が開通したわ。これは大きな一歩よ。村の生活はとても便利になって皆喜んでる。まだ水道は通っていなくて、川の水を使ってる。でも水道もいずれ開通させるわ。あと、個人で塾を作ったの。村の近くには学校が無かったから。今では皆大喜びよ》


 インタビュアーが笑顔を作る。


《では最後に。アダリヤさんの将来の夢は何ですか》


《そうね……、私の夢はこの村に世界中から観光客が訪れるようになることね。この村を沢山の人に知って貰いたいし、好きになって欲しい。……その夢が叶うまでは、私はこの村から出られないわ。村の皆が私の家族だから》


 アダリヤは一瞬寂しそうな目をしてみせた。


《アダリヤさんは村が一番大切なんですね》


《ええ》


 アナウンサーがカメラに向き直った。


《メタバースによって、多くの人々の生活は潤っています。アダリヤさんのような若い女性でも収入を得られる世の中になりました。


 その一方で、こんな問題も生まれているようです》


 場面が切り替わった。


《私は現在〇〇区に来ています》


 次に映し出されたのは、東京の有名な下町だった。


年明けの初詣で参拝客数が毎年上位の寺があり、大和も何度か行ったことがある。いつ訪れても風情と賑わいがあり、日本の伝統を感じられる。


 由緒ある建物や、ここが発祥の料理・飲食店がある。それ以外にも、路上に面する飲み屋街や歌舞伎、漫才協会、夏に有名な花火大会が行われる河川、東京ツインツリーに近かったりと、魅力満載だ。


 現在この歴史ある町で、最も有名な通りの飲食店や小売店・サービス店が次々に閉店している。今月末に閉店する、120年間続いた飲食店の女性店主がインタビューに答えていた。店主は哀愁を滲ませる。


《そうですね。この店は先々代から続く店で、何とか存続させたかったんですけど……》


 店主の声は弱弱しい。


《いつ頃からお店を畳むことをお考えになられたのですか》


 30代前半の、グレーのスーツ姿の女性アナウンサーが尋ねる。


《ここ10年くらいですかね、採算が取れなくなったのは。うちは具材や献立に拘っているので仕入先とも関係が長くて。だから中身は変えなかったんです、この味がウチの持ち味だから。


 20年前のコロナウイルスの時は何とか凌いだんですけど、それからまた物価が上昇したりして、経営が厳しくなりました。1番は単純に町から人が減りましたね。昔は毎日人が溢れてたんですけど、最近は町中が寂しくなりました。周りのお店の人ともそう話していたんです》


《それは残念ですね。実は私もプライベートで食べに来させて頂いたことがあって、とても美味しかったので残念です》


《そうでしたか。ありがとうございます。悲しいですけど、時代の流れですかね――》


 女性店主が自分の店を見上げる場面が映し出される。白いハンカチで、涙を拭った。


《さて、続いてのニュースです》


 サルマの野望を聞いてからと言うもの、大和は現実世界の動向が以前より気になるようになった。その映像を見て大和は危機を感じ取っていた。


だが、一緒に見ていた礼子は「綺麗な街並みねえ」と言うだけで、世界の裏側で何が起こっているか、気付いていない。世界の国民の大半も、礼子と同じ認識で居るだろう。


過去に侵攻が起こった時も、実情を知っている人からすれば起こるべくして起こった。だが世界の人々の多くは、それが勃発するまで深く考えていなかった。


もし今世界の何処かで戦争が起きれば、人々は武力行使した国を批判し、侵攻された国を擁護するだろう。勿論それがセオリーなのだが、その前後の歴史や戦争が起こるに至った原因まで追究する人はごく一部だ。


 普段から危機感を持って生活している人は、そんなに多くない。


「もういいわ。下げます」


「あっ」


 すっかり冷めてしまった料理が、礼子によって奪われる。 


「残りは明日食べなさい」


そこで食事は強制的に終了した。


大和は立ち上がる。


「ちょっと出掛けてくるよ」


 リビングから出て行った。

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