第33話 ウォードと新世界

サルマとの対談が終わり、大和とウォードは解放される。


時刻はまだ15時過ぎ。陽の光は柔らかく、屋外は心地良い風が吹く。春の陽気を感じられる気候は、大和の気持ちを幾分か落ち着かせた。


「良いんじゃねえのか、サルマに着いて行けば。生活に苦しまないぜ。奴は悪人だが言ってることは理解出来る」


 ウォードの強引な誘いで、2人は大阪の新世界にやって来た。


新世界は大阪を象徴する街だ。カラフルな看板が雑多感を醸し、心なしか住人達のキャラクターも濃い。由緒ある蕎麦屋やうどん屋、パチンコ屋、水商売、お土産屋が並び、古き良き街並みが残っている。


 高齢者も活発で、囲碁や将棋に励む。そんな新世界メインスポットは、通天閣だ。もう最先端では無くなったが、新世界にマッチするのは通天閣しかない。


 ウォードと大和は同じ企業が開発したイヤホンを耳に差している。相手の言葉を瞬時に指定した言語に訳してくれる優れ物だ。アメリカのベンチャー企業・ダイアログが開発した商品で、世界で爆発的に売れた。


「あれは串カツかっ。一度食べてみたかったんだよ。ヤマト、良いだろっ」


 ウォードは更に言語翻訳サングラスも装着している。目に見える文字を母国語に訳してくれるサングラスで、イヤホンと共に10年前に発売された。ダイアログはこの2つの商品だけで一気に時価総額で世界のトップクラス入りを果たした。サングラスは見た目もスタイリッシュで、世界的ハイブランドとのコラボ商品が多数発売されている。


 現実世界では、多くの国のGDPは減少している。が、アメリカは数少ない上昇を続ける国だ。アメリカは常に未来を読み、世界の変化に備えている。いや、世界のトップだからこそ未来をある程度操作出来ているのかもしれない。


日本に関しては、GDPは平行線を辿っている。が、その中身は変化している。日本企業のGDPは下がり、アメリカを始めとする海外企業のGDPが増加しているのである。実質日本企業の競争力が年々低下しているのを、日本国民の大半は気付いていない。


「いい感じの店構えだな」


 ウォードはずっと大和の肩に手を回している。人目を気にする大和だったが、ウォードは義足で歩きづらいからそうしているのかもしれない。そう思い当たったので大和は何も言わなかった。


 ウォードは単体で人目を引いた。奇抜で美人でスタイルが良く、現実世界に居れば他人のままだっただろう。学校なら学年で騒がしい奴と陰キャラ。そんな2人が繋がれたのもグラウンド・オルタナスないしメタバース空間の効果だった。現実世界であれば、大和はウォードとまともに話すことすら出来なかっただろう。 


 2人は紺色の暖簾を潜り、スライド式の玄関を引いて中へ入る。「いらっしゃいませ〜」と礼子くらいの年齢の女性が出迎えた。


「お2人?」


 白い割烹着を来たお母さんだ。ふくよかで愛嬌がある。


「はい。お願いします」


「あら、背がおっきいわねえ」


 お母さんがウォードを見る。ウォードはお母さんの身振りで言葉を読み取り、「アリガトウゴザイマス」と日本語で返した。


 中は傍目の印象より広々としていた。テーブルと座敷はどちらも木造で、テーブルは4人掛けの物が縦横平行に8つ並ぶ。テーブルの上には箸や爪楊枝、取り分ける皿が置いてある。


ウォードが座敷に慣れていないかと、テーブルにする。2人は対角になるよう席に着いた。


メニューには「全品天然物を使用!」と書いてある。近年では肉は培養肉や植物ミート、野菜や海鮮物は養殖や工場生産が増加している。質や値段も天然と変わらなくなっているが、反対に天然物を推す店もある。 


「美味ええ。本当に日本は何でも美味しいよな、もう住みたくなってくるぜ」


 2度漬け禁止のルールを守り、ウォードは次々に串を平らげていく。元スポーツ選手だからか、食べっぷりが良い。


「それでヤマトは何が心配なんだよ。エリザか。ほら、食えよ」


 ウォードが豚肉を頬張る。


仕草や話し方が男っぽいのは元からだった。グラウンド・オルタナス内でエリザを「エリザちゃん」と呼んだり、女性をはべらせているのは、ウォードなりの現実の身分を隠す為だったようだ。他の者達も自分なりに身分を隠す工夫をしている。


「エリザのことは勿論心配です。ですが、それよりも事態が大きかったことに困惑しています。ウォードさんは知っていたんですか、サルマさんの野望を」


「いや、知らなかったな。beer please!」


 ウォードが右手を上げる。


「聞いて何とも思わなかったですか」


「そりゃ少しは驚いたけどよ。そこまで取り乱したりはしなかったな。きっと俺はお前みたいに他人に期待してないんだよ。前にも話したけど、父親はクソファッキン野郎だし、ツレに裏切られた経験があるからな。ある意味あの時の方がキツかったよ、だって俺はサルマのことを元から信用しちゃいねえからさ。


唯一親戚にモリー伯母さんっていう人が居るんだけどよ、その女(ひと)は強えから何ともない。家に入った空き巣を1人で追い返しちまう女だからな、そこらの男より頼りになるよ。Thank you」


ウォードは届いたビールを豪快に胃に流す。


「だからこっちの世界がどうなろうと、俺は知ったこっちゃねえんだ。それにこっちの世界が崩壊する訳じゃねえ。ただ主導権を握ろうってだけだろ。そんなの下々の俺らには変化は感じねえし、今までだってどの国もやってきただろうよ」


 ウォードはサルマ寄りの意見だった。


本当に世界の主導権がグラウンド・オルタナスに移るのは、大したことではないのだろうか。事態が大き過ぎて大和には理解しかねる。


世界の構造が丸っきり変わってしまうかもしれないのだ。それが起きるのが恐ろしくないのか。


「世界の覇権が移行するなんて今までだってあっただろ、俺達が体験してないだけで。ムガール帝国とかオスマン帝国とか? そんで産業革命のイギリスに、第二次世界大戦くらいからはアメリカだ。それから100年だろ、丁度そのくらいの時期だったんじゃねえか? 大体決まってんだよ、一国の覇権が続く期間ってのはさ」


「……それはどうしてですか」


「え? 何でかって、1位を引き摺り落とす為に2・3位辺りが手を組むからだよ。2・3か2・4かそれ以外かは知らねえが、世界は、いや人間がそういう生き物なんだよ。一番にならねえと気がすまねえのさ。最初に会った時もこんな話をしたよな。


だから覇権は移り続ける、その時期が今だっただけだ。それだけなんだよ」


 ウォードは楽観的だが、大和はそんな風に軽く捉えられない。


「そんな単純なことなんでしょうか」


「俺はそう思うよ。俺から言わせりゃ、お前は世界が変化するのを怖がってるだけだ。例えば現実で、アメリカから中国に覇権が移行したら、その世界が不幸かなんて誰にも分かんねえだろ。もしかしたらアメリカの時より豊かになるかもしれねえ。


お前は『好奇心や期待』より『変化への不安』が上回ってるだけなんだよ。グラウンド・オルタナスが主権を握るのが悪いかなんて、誰にも分かりっこねえのにさ」


 そう言われればそうなのかもしれない。サルマはグラウンド・オルタナス内の同業者や各惑星に、現在協力を求めていると言っていた。今後計画は隠密に進められるのだろう。


「ごちゃごちゃ考えたってよ、どっちにしろお前に選択肢は無いだろ」


「はい」


 ウォードは日本の串カツを飲むように胃に流していく。


「いざとなればサルマを消せばいいじゃねえか。お前だったらそのくらい出来るだろ」


 大和は現実世界も考慮しなければならないので、そんなに単純な話ではない。


「まあ食えよ。今日は俺が奢ってやるからさ」


 ウォードが串を勧めてくる。うずらの卵、玉葱、豚バラ。


 テーブルの上には裸の串が大量に積み上がっていた。


「また日本に来た時には寄るよ!」


ウォードが英語で店員のお母さんに言う。2人は軽くハグをした。


外に出ると、辺りはもう暗かった。


「じゃあな、ヤマト。またグラウンド・オルタナスで」


 ヤマトとウォードは通天閣の前で別れる。


彼女は大阪の夜を楽しむのだという。数日観光してイギリスに帰る。彼女の背後では、通天閣が青く光っている。


 昔より本数が減った新幹線で、大和は東京に帰って行った。



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