第24話 サルマ・ユリスタス グラウンド・オルタナスの真実

ヤマト達がやって来たのは、シーロンの都市・チュンリャン。シーロン第3の都市であり、人口は1800万を超える。シーロンの中でも古風な文化が建築や道路に残っている。


石畳の道は牛や馬での移動が前提だ。ただジュベルより科学が発達しており、空飛ぶバイクが普及している。伝統と革新が混在している都市である。


 街中に狭い川が幾つも流れ、商人や漁師は小舟で川の上から商売をする。船上と道路で売買する風景は、チュンリャンの日常だ。人口運河は洪水の防止と観光に役立っている。


 建物は石煉瓦造りが多い。鳥居に似ている入口が設置されている家が多く、壁面に細かい彫刻がかたどられている。屋根の4角は天井に反るデザインで、先端に龍や虎・馬の彫刻が取り付けられている。


「お待ちしておりました。ご案内致します」


 ヤマト達を迎えの者が待ち構えていた。ヤマト達は素直に応じ、とある宮殿に到着する。石の階段を上り、屋根瓦付きの入口を跨ぐ。その先に、正方形の広場が広がった。ヤマトが修行した鷹火山の寺の造りに近い。


広場はかなり広く、一辺が50メートルくらいある。その壁沿いに等間隔で鎧を着た兵士が並ぶ。手に槍を持ち、背筋は真っ直ぐに伸びている。


「よく来たな、ヤマト・アストラル、ギラン・ザハス、ウォード・フォーカス」


 縁側の中央に1人の女が座っていた。髪は紫色で、背中で1つに纏めている。振り袖に似た衣装は黒色。勾玉に近い模様が入っている。


「ようこそシーロンへ。私の名はサルマ・ユリスタスだ」


 女だが声に迫力がある。ヤマトが一歩前に出た。憤りはずっと収まっていない。


「エリザは何処だ。エリザに危害を加えていないだろうなっ」


 ヤマトが怒気を含んだ声を出す。サルマは薄く笑った。


「厳重に守っているさ。大事な交渉道具だからな」


 エリザを道具扱いされ、ヤマトの怒りが膨らむ。


「交渉だと? お前達の目的は何だ」


「交渉と言ったらこの世には金しか無い。どの世でもな」


そこで初めてウォードが口を挟む。


「おいおい姉ちゃん。ワイも綺麗事は好きじゃない方やけどなあ。やり方があるやろ。女やのに引かれるぞ」


「ふはは」


 サルマが高笑いする。


「ウォード・フォーカスよ。まず私が女かどうか確かめたのか」


「――。ああ、そういうことかい」


ウォードが返す。


「いいから早くエリザを返せっ」


少しの間黙っていたヤマトだったが、待ち切れずに飛び出した。交渉するつもりは無い。此処にいる全ての敵を葬れば良いのだ。


プラチナソードで切り掛かるヤマト。その斬撃は、ほんの僅かなタイミングで食い止められた。


「よくやった、ゼフロン」


 ヤマトの前に巨漢の男が立ち塞がっていた。身長2・5メートル・160キロ。腕が車のタイヤくらいある男。肌の色がねずみ色に変色していた。


「丁度良い。お前達の実力を見させて貰おうか。やれ、お前達っ」


 サルマの一声で、戦闘が始まる。ヤマトはそのままゼフロンと対峙した。背後ではウォードとギランがサルマの家来数百人を相手にする。


今やヤマト達の実力はジュベルで突出している。ヤマトは簡単に側近のゼフロンを追い詰めていく。ウォードやギランは、後方で10人、20人と敵を蹴散らしていく。


「……」


サルマはその様子に見入っている。怒りの力が加わったヤマトは、もう神々や古代生物クラスでないと止められない。戦士としての能力は最大限にまで達している。


「エリザを解放しろ」


 ヤマトはゼフロンを圧倒した。サルマの喉元に刃を突き付ける。


サルマの家来はまだ残っているが、ウォードとギランが力の差を見せつけている。


「上出来だ」


サルマはヤマトの一騎当千の戦闘力を評価した。やはり服従させるしかない。


「ヤマト・アストラル、お前は使える」


「お前は何がしたいんだ、シーロンに覇権を握らせたいのか」


 刃先を前にしても、サルマは微動だにしない。冷淡なサルマの眼光がヤマトを捉え、高笑いを始めた。


「何がおかしいっ」


「そうか、私の目的を話していなかったな。ヤマトよ、私はな、シーロンやジュベルなどどうでも良いんだよ」


「どういうことだ」


「私が求めているのは私個人の利益だけだ」


「シーロンは関係ないと言うのか」


「ああそうだ。おかしいか」


 ヤマトにはすぐに判別できない。


「世界には思想の自由があり、何を信仰するかは個人に委ねられる。だから私は国も、神も、宗教も信じない。私にとっては私のビジネスが、この宮殿が国であり神なのだ。惑星シーロンには土地を借りているに過ぎない」


 国と企業は一心同体では無い。現実世界の中国と台湾は1世紀近く対立関係にあるが、21世紀最重要分野の1つである半導体事業の最大手企業は台湾にあり、その1番の顧客は中国企業だった。その関係はアメリカの圧力・政策によって引き離された。


 企業は自社の利益を最優先させ、そこに政治的意図は含まれない。自社の成長と拡大がそもそもの目的だからだ。反対に、政治が企業を操作することはある。前述のアメリカ政府による中国企業への規制や、侵攻を実行した国への輸出禁止など。


 企業側と政府の思惑は必ずしも一致しているとは限らない。


「いや、お前に国に対しての愛国心が無くても、シーロン(国)はお前(企業)が得た利益の中から税金という形で金銭を得る。お前に利益をもたらすということはシーロンを強力にするのと同義だろう」


「そう言われてしまえば反論は出来ない。それは間違いではない。だがそれは仕方がないだろう。税を収めなければ私は活動できないのだ。


 ではヤマトよ、少し話を変えよう。お前はこのグラウンド・オルタナスが大事か」


 話が大きく変わった。


「大事だ」


 ヤマトはラントでエリザやギラン、ウォードと生きていきたいと思っている。


「アメルゴンもか」


「そうだ。惑星ジュベルにはアメルゴン王国が必要だ」


 サルマが嘲笑する。


「お前は分かっていない」


「何がだ」


「アメルゴンはお前達ジュベルなど何とも思っていないぞ。利用価値があるから傍に置いているだけだ」


「何だと」


 サルマがニヤリと笑う。


「分かるかヤマト」




「現実世界と同じだ。ジュベルの下の人間は気付いていないだろうがな、お前らは隠れた植民地なんだよ。ジュベルはな、アメルゴン王国にこう突き付けられているんだ。


『お前達だけではシーロンやラゾングラウドと戦う力が無い。ならば我々が守ってやる。その代わり、お前達が持っている金・権力・権益を我々に差し出せ』とな。


 お前達は単国としての虚弱さを盾に、搾取され続けているんだよ」




「果たして本当の『悪』は誰なのか。いや私からすれば『悪』など存在しない。存在するのは『強者』と『弱者』だけだ。お前達が無知で虚弱だから奪われ続けているだけなのだ。そして奪っている者を『悪』と断定しているだけなのだ」


 サルマの宣告に、ヤマトは脳内が真っ白になる。


 ジュベルはアメルゴン王国からアイテムや武器を輸入している。戦士達の訓練費と国の防衛費を払い、インフラの整備を委託し、他の惑星との通信料を支払っている。食糧の権利を奪われ、反対に実験段階の質の低いアイテムを流されその効能を試す土台にされている。


「だから分かっていないと言ったのだ。アメルゴンはお前達が使い物にならないと判断すれば、すぐに切り捨てるぞ」 


 ヤマトは信じられなかった。アメルゴン王国とジュベルは最も固い信頼で結ばれているパートナーではないのか。その関係が一方的に断ち切られるとは思えない。だがウォードも過去に同様の話をしていた。


「デタラメを言うな」


 サルマは薄笑いを浮かべている。


「なら次の質問だ。お前はシーロンが嫌いか」


「嫌いだ。シーロンは死んだ人の遺体を雷神に捧げている。人間が許される所業じゃない」


 サルマの笑いが大きくなった。


「お前は本当に面白いな」


「何がだっ」


「この世界が現実だと思い込んでいる発言だ。死んだ人間? そうだ、ただゲームの中で死んだだけだ。現実世界では支障なく生きている。忘れたのか? この世界はただのゲームだ、ビジネスだ。それならば死んだ人間も有効活用するのが得策ではないのか。


死んだ者達のお陰で、シーロンは年間1200億もの資金が浮いているんだぞ」


 サルマの発言はグラウンド・オルタナスを愛する者にとっては聞き捨てならなかった。


「ふざけるな。これ以上グラウンド・オルタナスを侮辱するな」


「じゃあ更に踏み込もうか。このグラウンド・オルタナスと現実世界、この2つの世界は完璧に分断されていると思うのか」


 ヤマトはすぐには答えられない。


「教えてやろう。この2つの世界はな、分断などされていない。何故なら、この世界には現実世界から送り込まれた工作員が介入しているからだよ」


 ヤマトは硬直する。


「まさか」


「理解したか、かヤマト。つまりこの世界は、現実世界の政治やビジネスの、新たな戦場に過ぎないのだ」


 ヤマトは言葉を失くす。


「残念ながらこれは事実だ」


 サルマの冷淡な声が落ちる。


ヤマトは信じたくなかった。サルマの言っていることが真実なら、グラウンド・オルタナスの、メタバース空間の存在意義が揺らいでしまう。現実の国や政治、性別・人種に関与されない、新たな世界。それがメタバースの大きなアイデンティティーの1つだった筈だ。


 その自由でこれまでの現実と隔絶された世界を求め、現実の多くの人々がこの世界に足を踏み入れた。新たな世界を、人生を夢見たのだ。サルマはその人々の願望と夢を打ち砕く発言をしている。


 グラウンド・オルタナスは現実世界の政治や経済・世界情勢の一部でしかない? もしそれが本当なら、この世界は。


 ヤマトの動きが完全に止まってしまった。


 では自分は何の為に戦っているのか。ジュベルの為? しかしジュベルにも現実の工作員が潜んでいる、のだろう。もしそれが、母国である日本が敵対している国の人間だったら? ジュベルを繁栄させる程日本を妨害していることになる。


 現実世界と隔たっている、その前提があるからこそ、誰も身分を明かさないまま関係を築けた。エリザやギラン、ウォード、リリー……。サルマの言っていることが本当ならば、ジュベルを守り、成長させるべきなのか分からなくなる。


 それどころか、もしかしたらエリザ達が工作員の可能性も。エリザだけじゃない。ラントに住むあの人やあの人も。


 今後どうやって関係を築けば良いというのだ。


「落胆したか、ヤマト」


「……黙れ」


「世界とは、人間とはそういうものなのだ。最も金が動く場所に集まる。当然の摂理だ、国を潤す為、他国にリードする為そうするのが最適だからだ。これまでもそうだった。


 蒸気機関車・石油・自動車・家電・パソコン・携帯電話・スマートフォン・SNS・電気自動車。流行が変化するのはそこに金が生まれるからだ」


「……」


「失望したようだな。ならばヤマトよ、お前が私に協力する理由を与えてやろう」


 ヤマトがサルマを睨む。


「お前が何をしてくれると言うんだ」


「工作員の情報を教えてやる」


「工作員?」


「ああ。現実世界から来た工作員を見つけ出し、それをお前が処分する。これだったら互いに利害が一致する。お前はこのグラウンド・オルタナスを守りたい。現実世界の関与を無くしたい。私も同じだ。この世界は金になる。だから私はお前の守ったこの世界で利益を得る。お前にとっても悪くない話の筈だ」


 サルマの言っていることは辻褄が合う、……のだろう。


「エリザ・ストレインを捕えてお前を呼び出したのはこの交渉をする為だ。私と契約するならエリザ・ストレインを解放してやる。そしてこの契約は、あくまで私とお前だけのものとする。エリザ・ストレインやギラン・ザハス、ウォード・フォーカスは無関係だ、その方がお前にとっても良いだろう」


 ヤマトは逡巡する。だが、この条件を飲む以外に選択肢は無かった。この提案を断れば即座にエリザが。


「卑劣だぞ」


 サルマは冷笑する。


「それを強さというのだ。ビジネスでもスポーツでも、相手の弱点を躊躇せず攻撃できる者が勝ち残るのだ。それが出来ないお前は弱い」


 ヤマトが下唇を噛む。


「分かったか、ヤマト」


 ヤマトは表情を歪ませたままで、首を横に振れない。それが交渉成立の合図となった。


「決まりだな。おい、エリザ・ストレインを連れて来い!」


 戦闘は終わった。


「エリザ」


「ヤマト」


 牢獄から解放されるエリザ。ヤマトの元に駆け寄る。


「大丈夫か? 何もされてないか?」


「ええ。危害は加えられていません」


 エリザは安堵していた。


自分が思っている以上に、彼を必要していると認識させられる。それはエリザにとって幸福であり、呪縛だった。いずれ、その分だけの劇場が身を襲うかもしれないのだ。


「お前達にもう用は無い。ジュベルに帰るがいい」


 妖艶な女が、壇上から命令を下した。



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