第21話 失踪
3人が雷神との激闘を終えラントに帰って来る。疲労困憊ですぐにでも休息を摂りたかった。
疲れ果てていた3人は、帰りの宇宙船で全員が眠りに就いた。いつもはウォードの鼾が真っ先に聞こえてくるが、今回は意外にもギランが一番だった。それだけ身体を酷使していたのだ。三大古代魔法の1つ・メテオラが無ければ、雷神に全員喰われていたかもしれない。
ウォードも獅子奮迅の活躍を見せた。向かい来る魔物に誰より早く攻撃を仕掛け、道を切り開いた。雷神との戦闘においても攻撃を出し続け、最後まで粘った。特殊能力の応用も見せた。
ヤマトはウォードより先に寝たかったが無理だった。雷レベルの鼾が聞こえてきた時は、ギランみたいにウォードを殴ってみた。が、余計に音量が上がり苛々した。なのでその後は耐えるしかなかった。
けれどヤマトの疲労も限界まで達していたので、その5分後には眠ることが出来た。ヤマトは質の良い耳栓を買おうと真剣に考えた。仲間に体力を削られている場合ではない。
「ヤマト、起きい。そろそろ着くで。いつまで寝てんねん」
ウォードに起こされた時には惑星ジュベルが宇宙船のモニターに浮かんでいた。惑星ジュベルの黄土色の球体を見て、ヤマトに懐旧の念が浮かび上がった。ヤマトにとってジュベルは第2に故郷になっていた。
「すみません、何かの騒音でずっと眠りが浅かったんです。あれは何の音だったのか」
「そうか。宇宙で爆発でも起きたんかなあ? それは不運やったな」
「……」
ウォードがヤマトの肩を叩く。ヤマトは寝起きでそれ以上言い争う気力が無かった。
「もうじき着くぞ。出る準備をせい」
ギランが2人に言った。
「ううう、なんや久々のラントやなあ」
整備されていないラントの土を踏みしめ、ウォードが伸びをする。3人は町の入口のアーケードを潜った。
エリザに報告し、その後ヤマトは現実に戻ろうかと考えていた。1つの大きな任務を終え、今度は現実世界が心配だった。礼子のお見舞いに行かなくてはならない。
が、そこで声を掛けられた。ラントの兵士の1人だった。ヤマト達を待ち構えていたようだ。
「ギラン殿、お待ちしておりましたっ」
「どうしたんじゃ」
兵士は切迫している。対応するギランは疲れを隠せない。
「エリザ様が、エリザ様が連れ去られました」
「何じゃと」
ギランの疲れが吹き飛んだ。
「数日前からお姿が見えず――」
「たわけっ、何故もっと早く報告せんのだ」
「ギラン殿は雷神との交渉の任務に向かわれており、上層部の指示でまずは自力で捜索をと――」
「小僧っ」
兵士の話が終わる前に、ヤマトは走り出していた。
「おい、エリザ様にもしものことがあったらどうする。あの方はこの町の守護者で、ワシは代々ストレイン家に仕えてきた魔法使いなんじゃぞ」
ギランが兵士の胸倉を掴む。
「も、申し訳ありません」
「くそっ」
ギランもヤマトの後を追う。既にヤマトとウォードの姿は視界から消えていた。
ヤマトはラントの西区を目指していた。ラントは町の中心に工場群があり、それを取り囲むように民家が建っている。南側が一般的にラントの出入口だが、東西南北それぞれに出入口はある。
町の外周には、高さ10メートルの石壁が立っている。魔物の侵入を防ぐ為に建造されたものだ。現在の町の端からはまだ数十メートルの空きがあり、このままラントが成長すれば壁沿いまで家が並ぶことになるだろう。
西区にあるエリザの家は、工場群から少し離れたなだからな丘の上にひっそりと建っている。坂は子供達が遊んで駆け回れるくらいの傾斜で、エリザはそこで読書をしたり、子供達と一緒に遊んでいる。
特に西地区はストレイン家の恩恵を受けている家庭が多く、西地区の子供達はエリザを第2の母親・姉と慕っている。父親・母親に叱られた子供達はエリザの家に逃げ込むのが習慣で、場合によってはエリザが一晩預かる。そして同じベッドに入り伝説の神話や精霊の話・恐ろしい魔物の話をして、家に帰りたくなるよう促す。ただそれが裏目に出て、エリザの元から帰りたくなくなった子供は何人も居る。
――エリザ。
ヤマトは何度かエリザを送ってきた経験があるので、彼女の家の場所を知っていた。家に入ったことも何度かある。他の住人より収入が多いエリザだが、家は質素だ。そこに彼女の慎ましさが表れていた。自分1人が贅沢な暮らしを出来ない、とエリザは貧しい人々に物資を与えている。
「待て、ヤマト」
後ろからウォードが着いてくる。ヤマトは速度を落とさない。丘の木の階段を1段飛ばしで駆け上がって行く。
「あ、ヤマトっ」
ベージュ色の屋根が特徴的なエリザの家。その前で沢山の子供達が家の中を覗いていた。
丘の上には長方形の花壇もあり、小さなスペースに黄や紫・赤やピンクの小振りな花が咲いている。ラントの地質では通常花は育たない。花壇はエリザの魔力によって栄養を与えられている。ラント唯一のオアシスだった。
子供達を振り切って、ヤマトは家の中に入っていく。
「スマンな坊主ら。非常事態や」
ウォードがすぐに追い付く。子供達が群がった。
「ねえ、エリザ様どこに行っちゃったの」
「エリザ様が居ないんだ」
「あたしエリザ様にお花のお話聞かせてもらう約束したもん」
「エリザ様を返してよ」
「うわああ、エリザ様あぁ」
1人の子供が泣き出すと、他の子達も触発される。
「はいはい、分かった分かった。ワイらがエリザちゃんを絶対見つけだしたる。だから泣くな。な?」
ウォードは子供達を元気付けるが、簡単には泣き止まない。
――ホンマ、どこ行ったんや。ウォードはしゃがんで1番手前の女の子の頭を撫でた。
「エリザっ」
ベルも鳴らさずに中に入ったヤマト。
鍵は開いていた。家の中は静かで、誰の気配も無い。部屋の中からはエリザらしい優しい香りが漂った。
「エリザ」
もう一度大きい声で呼び掛ける。返事は無い。
居間にはエリザは居なかった。机の上には、薄いピンク色でチェック柄のシートが掛けてある。その上にブリキのオルゴールが置いてある。白色の家の模型で、以前来た時と変わっていない。
キッチンの方を探す。綺麗に整理されている。フォークやナイフ・皿とコップが乾かしてある。不自然な点は無い。
申し訳ないと思いつつ、浴室を覗く。やはり居ない。
「おい、勝手に覗いてええんか」
追い掛けて入って来たウォードが言う。その後ろには子供達が着いてきている。ウォードの言葉を気に留めず、ヤマトはエリザを探し続ける。
階段を上って2階へ。2つある部屋の内、1つを覗く。そこにも居ない。
この部屋は物置兼衣装部屋だった。木製の箪笥が1つと安楽椅子が窓に向かうように置いてある。それ以外には何も無い。
ヤマトはもう1つの部屋から微かな物音を聞き取った。急いで移動する。
「エリザっ!?」
しかしその部屋にもエリザは居なかった。
ベッドが1台と、木の机と椅子。部屋の窓は閉じ切っている。
机の上には、1冊の本が置いてあった。ヤマトはそれを手に取る。
教育に関する洋書だった。
「エリザ……」
ヤマトの声が本に向かって落ちる。
「居(お)ったかっ」
ウォードも2階に上ってくる。
「いえ……。居ません」
ヤマトは本を机に戻した。
「さよか――。取り敢えず出よか。勝手に人ん家(ち)に長居するもんとちゃうからな。あとは外探そや」
「――はい」
2人はエリザの家を出た。丁度ギランと先の兵士が到着した所だった。ヤマト達に近付いて問い質す。
「小僧。エリザ様は、エリザ様は居たのか」
「居ませんでした」
ヤマトの声は小さい。
「むううう。エリザ様。何処に行かれたのじゃ……」
ギランの声も振るわない。ウォードは冷静に兵士に詳細を尋ねた。
「兄さん、エリザちゃんはいつから居(お)らんのや」
「はい。エリザ様はお三方が惑星ムーに飛び立った明くる日の朝に居なくなりました。正確な時刻は分かっておりません。前日エリザ様が何をされていたかの情報が無く、お三方が惑星ムーに飛び立った朝から翌日の朝までに居なくなった、という認識であります」
「それだけか。他の情報は。いつまで居(お)ったとか、最後に誰が見た、とかそういうんは無いんか」
「げ、現在調査中であります」
ウォードは小さく息を吐く。
「分かった。ほんなら調査に戻ってええで。情報が入ったらすぐ伝えてや」
「はっ」
鎧の兵士は敬礼し、丘を下って行った。
「どうする」
ウォードが問い掛ける。
「手掛かりを見つけんことには何とも……」
ギランが答える。
「おい、ヤマト。どうすんねん」
ヤマトは俯いていた。色んな疑問が頭に浮かんでいた。何故エリザが。いつ、何処で、何の理由で。
礼子の事件があってからまだ日が浅いことも気掛かりだった。どうしてこうも立て続けに不幸が舞い降りるのか。
「……僕は、町の皆に聞いてみようと思います。誰か何か知っているかもしれません」
「よし分かった。ならワイも手伝うわ。ワイは町の東側から攻める、ヤマトはここら辺調べろや。じゃあまた後でな」
ウォードは来た道を駆け抜けて行った。
「ワシは上に掛け合ってみる。小僧、貴様も早く動くのじゃ。気落ちしている時間が無駄じゃ」
ギランも足早に去って行く。ヤマトは1人取り残された。
「エリザ、どうして……」
エリザは何処に行ってしまったのか。いつ居なくなったのか。
人々に癒しをもたらし、恵みを与えるエリザ。ラントの人々の為に活動してきた。余った食糧やアイテムを人々に施し、年に一度の祭りごとでは中央の広場でオカリナを披露した。
様々な色に光るクリティアで灯された中央広場、いつもより多い露店、はしゃぎ回る子供達。その優しい音色にラントの皆が聴き惚れた。勿論ヤマトもその1人だった。
エリザは何処へ行ったのか。もしかすると今正に誘拐犯に暴行を受けているかもしれない。それを想像すると、ヤマトの胸は張り裂けそうになった。
「エリザ、無事でいてくれ……」
ヤマトは丘を下り、周辺の住人に聞き取りを開始した。
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