第20話 雷神イエルディ

「2人共、もう戦いが始まってますっ」


 3人がイリヤ平原に着いた時、ジュベル軍と雷神イエルディとの戦闘が始まっていた。交渉に送り出された兵士はヤマト達だけで無く、のべ3000人以上だ。ジュベル政府は出来れば穏便に済ませたのだが、交渉は上手くいかなかったようだ。


 どこまでも広がる草原。山々より高く雷神イエルディは聳えている。空には立体的な雷雲が立ち込めている。台風並の風が吹き、今にも豪雨が降りそうだ。


「あれが雷神イエルディ」


 ヤマトは初めて神を見た。とにかく圧倒的なスケールと威厳だった。


 羊の神でもある雷神イエルディは、頭部から2本の角を生やしている。瞳は黄色く、捻れた角はダイアモンド級の硬さで、強靭な胴体は黒鹿毛色。雷神が吠えるだけで、地面が揺れた。


《愚かな人間共よ。もう終いかあ》


 雷神イエルディの声が雷鳴の如く轟く。同時に雷雲が鈍く光った。


 ジュベルの戦士達は次々に突撃していき、虫けら同然に蹴散らされる。雷神が前足を振るだけで100人近い兵士が宙を舞った。その上、雷神に従う魔物達が何百匹と周囲を取り囲んでいる。


 軍団長のギドラが雷神に抗議した。


「雷神よ、何故我々を追い払う」


 雷神はゆっくりと顔をジドラへ向けた。その動作だけでジュベルの兵士達が後退る。


《いつも来る者にそう言われているからだ。他の奴等との交渉には応じないでくれ、その分の報酬を貢ぐと》


「それって、」


「シーロンの連中じゃろうな」


 シーロンは他国が乗り込んでくる前に先手を打っていた。


「雷神よ、その者達に何の見返りを提供された」


 雷神イエルディは兵士の1人を飲み込んだ。戦士の悲鳴が獣神の口の中に消えていく。


兵士の下半身が地面に落ちた。その下半身に他の魔物達がたかり始める。兵士を飲み込む際雷神の喉仏が嚥下した。


《貴様らだ》


「どういうことだ」


《奴等はお前達人間を差し出しているのだ。死んだ者の遺体をここへ運び、我への貢ぎ物にしている》


 その場の人間が凍り付いた。ジドラが返す。


「それは国際法違反だ。世界で禁止されている行為だ」


《そんなこと我が知るものか。貴様ら人間が決めたルールが、我に通用すると思うのか愚か者め》


 雷神の言い分に返す言葉が無い。


《我は差し出される物は受け取る。それが財宝であろうと食物であろうと人間であろうと。近頃奴等は生きている人間まで運んでくるようになった。やはり生きた肉の方が美味いからな、特に若い肉は極上だ」


「人間の子供って」


 ヤマトが反応する。


「やっぱりラントの子供ら誘拐してたんはシーロンの連中やったみたいやな」


 慈空から聞いていた通りだった。シーロンは雷神が人間を食べる性質を逆手に取り、交渉に利用した。これまでに千を超える遺体が雷神に差し出されている。ジュベルの行方不明者の中にも提供された者が居る。


 遺体の処理は国によって違う。火葬・土葬・凍葬・水葬(人体を溶かす)。グラウンド・オルタナスでは、精霊葬といって肉体をこの世から完全に消滅させる方法もある。これは精霊の中でも最上位の者にしか出来ない。


 ジドラが雷神に訴える。


「今後は我々が貢ぎ物を差し出す。だから我々を受け入れてくれ」


《駄目だ》


「我々はシーロンよりも多くの貢ぎ物を提供する。それでどうだ」


 ジドラの提案に、雷神が一瞬思考した。


《良かろう。ならば貴様らの力を示してみよ。我は強い者が好きなのだ。弱者は滅ぶのみ。己の力で我を納得させてみせよ》


 そこで真っ先に駆け出した者が居た。


「話が早い羊やな。ほんなら人間様の力見せたるわ。爺さん、ワイを飛ばせっ」


 ウォードだ。


「貴様はワシをもっと敬えっ」


 ウォードの身体が宙を舞う。


「羊ちゃん、これでも喰らえ」


 勢いのまま飛び蹴りを突き刺すウォード。雷神の胸板に直撃した。


 あれは相当強力だ、受けたことのあるヤマトには分かる。


「どや」


《効かんな、下等な人間よ》


 雷神は首の角でウォードを追い払う。それだけで風速50メートル近い風が吹く。


ウォードは一旦距離を取った。


「何やあの硬さ。尋常じゃない硬さやで」


 ウォードが自分の脚を押さえる。ウォードの全身は青白く光っているので、能力を発動している状態だ。それでも雷神にダメージを与えられない。


「僕も行きます」


 ヤマトが地面を蹴る。ヤマトの剣は、以前より進化していた。鋼の剣からプラチナの剣に変わっている。金属ですら容易く切れる極上品。スピードに乗ったヤマトが、雷神の右前脚に切り掛かった。


「どうだ」


だが薄く筋が入っただけで、血すら出ない。しかもその傷は瞬時に回復していく。


「くそ」


 ヤマトの剣でも効果が無い。


《さあやってみよ。今のままではお前達には何も与えんぞ――》




 草原に兵士の雨が降る。雷神との戦闘が始まり、半日が経過した。


 大量のジュベル兵士が戦闘不能になっている。命を落とした者は500人を超え、重症者は千人以上。ジュベル軍は壊滅的だった。


 雷神はと言うと、ほぼ無傷だ。どれだけダメージを与えようとしても傷が殆ど付かない上、何かを「食す」ことで体力と傷を回復させている。ジュベルの兵士や周辺の魔物を喰らえば、雷神は無限に回復できる。雄叫びを繰り出せば、敵を竦ませて聴覚を麻痺させる。角で雷雲を操作して落雷の雨を降らせ、暴雨が兵士達の体温を奪う。


一度だけ口から放出したプラズマ砲は、最大の脅威だった。山を消滅させ、海を割り、そのまま宇宙空間に飛び出して、小さな彗星を数十個破壊して宇宙の彼方まで突き進んだ。


 「神」の力は異次元だった。


《どうした人間どもよ、もう終わりか》


 この鬼神を倒す方法が全く見当たらなかった。


「どうすれば」


 ヤマトが弱音を吐く。


「流石にアカンで。勝てる見込みあらへん」


 一騎当千のウォードも苦言を呈する。2人は後方で回復を図っていた。


 持参したキュアルも底を突き掛けていた。雷神の攻撃は、掠るだけで皮膚が切れ、直撃すれば一撃で瀕死に追いやられる。攻撃から発生する「圧」だけで何度もヤマト達は飛ばされた。それだけで体力と精神力が削られた。


「ワシの杖があれば……」


 強いて言うなら、雷神には魔法攻撃の方がよく効いた。しかしギランの杖が無いので攻撃魔法があまり使えていない。ギランはヤマト達を含む大量の兵士の空中浮遊や防御魔法で手一杯だった。ここへ来て杖が無いハンデが大きな意味を持ち始めた。


「ヤマト、もう少し動けるか」


ウォードが聞く。


「はい、まだ全然いけます」


ヤマトは強がる。2人共体力は限界に近かった。


「どうでしょう。ここは残りの力を使って一斉攻撃しませんか」


「おお、ええな。もうそれしか無さそうや。爺さんは? どや」


 ギランは少しして答えた。


「……それしか無いか。分かった、ワシが少しの間時間を稼ごう。お主らは力を貯めい。言っておくがこれが最後の力じゃぞ」


「ありがとうございます。雷神をやっつけましょう」


 ヤマトとウォードが立ち上がった。目を瞑り、力を練る。残された力を集結させていく。


「ジドラよ、残った兵士を使えるか。ワシの魔法もちょいとばかし時間を要する」


「……もうそれしか無いのだろう。やるしかあるまい」


 ジドラが兵士達に告げる。


「ジュベルの兵士よ、全軍で雷神に総攻撃だ。これが最後の攻撃となる」 


 その号令で、兵士達が雷神に突撃していく。その数300以上。ジュベル軍最後の人員だった。雷神は向かって来た小さな虫達を、悠々と見下ろしている。 


《人間にしてはやる方だったが、力の差を思い知っただろう。貴様ら程度では神は倒せんのだ》


 雷神は引き続き猛威を振るう。風が吹き荒れ、雷を数百か所に落とす。


その中でギランは集中していた。両手に力を込める。ギランの全身に物凄い魔力が練られていく。宇宙の星々が、惑星ムーに吸い寄せられ、大きな地鳴りが起こる。


「爺さん、とんでもない魔法を残してたみたいやな」


 目を瞑りながらウォードが言う。


「はい。なんせギランさんはジュベル1の魔法使いですから」


 ヤマトも目を瞑ったまま返す。


 ギランの魔力が最大まで凝縮された。


両手を天に向かって大きく広げる。ギランの特殊能力は「三大古代魔法(トリプルエンシェント)」。その内の1つ、宇宙に存在する彗星を引き寄せ、地上に降らせる魔法。


「メ テ オ ラ っ!」


 ギランが唱えると、空が赤く染まっていく。雷・雨・風が急激に弱まった。


緋色の空から、無数の彗星が隕石となり落下してくる。


「に、逃げろおおお」


ジュベルの兵士達が逃げ惑う。


 降り注ぐ炎熱の隕石。その1つ1つが100メートルからキロ単位。


《ぬおおおおおおおっ》


 雷神は、空に向かって雄叫びを上げた。隕石が、間髪無く地面に墜落する。


 大地に幾つもの穴が生まれた。山が吹き飛び、海が蒸発した。地上の生物は押し潰された。


これが、三大古代魔法の威力だった。


 数十秒の轟音の後、やっと視界が晴れてくる。


「やったか」


 とジドラが声を発する。


雷神の方を見遣ると、そこに大きな影が浮かび上がる。


「まさかまだ立っているのか」


 狼狽える軍団長。姿を現した雷神が唸った。


《貴様ら、よくもやってくれたなあ》


 初めて実感するダメージの跡。雷神の肉体に傷が刻まれ、火が乗り移っている。


だが、まだ倒せていない。雷神が回復するまでに仕留めなければならない。


「後は任せて下さい」


 そこでヤマトが叫ぶ。


「おう。ワイらに任せえ」


 2人は同時に能力を発揮する。


 ウォードは己の「氣」を具現化し、数千の氣功弾を捻出した。


「喰らえ、羊」


 バスケットボール大の青白い闘気の塊が、雷神に飛んでいく。回復の隙を与えない。


 再び雷神の唸り声が轟く。今度は視界が青の光に包まれた。


「今やっ。行け、ヤマト」


 雷神に向かって走るヤマト。足元まで近付き、武器を放出する。


 ヤマトが放出したのは、全長5キロの巨大な斧。その刃が雷神の眼前に現れる。


 ウォードの闘気弾の上から、ヤマトの斧が雷神に突き刺さった。その威力で、木や魔物、草が吹き飛ぶ。制御不能な衝撃に、誰も身動きが取れなかった。


 ――。


「これでも、駄目なのか……」


 そう溢したのはジュベルの兵士の1人だった。


 雷神の肉体が再度煙の中から浮かび上がる。ヤマトとウォード、2人の総攻撃を喰らっても、雷神を倒せなかった。


 豪雨の中で雷神の瞳が怪しく光っている。その瞳はヤマトとウォードを見据えていた。


「はあ、はあ」


「ホンマに、これは流石に」


 2人はもう倒れる寸前だった。


 雷神が首を伸ばし、2人の手前まで近付けた。


 ――喰われる。2人が諦め掛けた時、雷神が言い放った。


《合格だ》


「――え?」


 雷神は笑っていた。


《貴様らにも我の力を恵んでやると言っている》


「本当ですかっ」


 ヤマトが羊の神に向かって叫ぶ。


「おっしゃああああああっ」


 ウォードは喜びを爆発させた。


《構わん。誰に力を注いでも我にとっては同じだからな。貴様らは我の身体に傷を着けた。久々に滾る戦いだった。その褒美だ。次からは鉱石を持ってくるがいい》


 ジュベルの兵士達が歓喜した。


《また来るがよい、人間どもよ》


 雷神イエルディは、山の奥へ消えて行った。 


「駄目かと思いました」


「ああ、今回は流石のワイも疲れたわ。ありゃバケモンやな。どんだけ強なっても勝てるかどうか」


 ヤマトとウォードが座り込む。そこにジドラがやって来た。


「諸君ご苦労だった。今回は君達の手柄だ。褒美は国に戻ってから授けるとしよう」


「ありがとうございます」


「おお、爺さんのツレやん。下民も中々やるやろ」


 一瞬ジドラの表情が崩れた、気がした。


「ではまた」


 すぐに表情を引き締め、ジュベルの軍団長は颯爽と去って行った。


「爺さんと違ってクールやなあ」


 ジドラを目で追うウォード。ギランが傍まで近付いていた。


「馬鹿者、ワシだってクールじゃ。アイツは昔からああいう奴なんじゃ。真面目で根暗で頑固で。だから女性にもモテなかったんじゃ」


「え。ギランさん昔はユーモアがあったんですか。――痛っ」


 ヤマトが溢し、ギランがすかさず小突く。


「どう見てもワシはユーモアに溢れておるじゃろうがっ」


 ウォードは大笑いする。


「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。ヤマト、今のはええボケや。ええセンスやで」


「面白くもなんともないわっ」


 ギランはウォードもはたく。


「いや、ウォードさん。今のはボケじゃなくて正直な気持ちを、――痛いっ」


 またヤマトは叩かれる。ウォードは腹を抱えた。


「つまらんジョークを言うな、ションベン小僧ども」


「いや、だから冗談じゃないんですってば」


「ひゃっひゃっひゃっ」


「ぬうう、貴様ら許さん! メ テ オ、」


「『うわああ、止め(えや、爺さん!)て下さい、ギランさん!』」



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