第19話 惑星ムー
惑星ムーは天気が常に悪い。雷神イエルディの力により、大気が支配されているからだ。
厳密には、自動的に天候が悪化してしまう。雷神イエルディが移動する場所には雷雲が生まれる。現実世界は雲が生まれて雨や雪・雷が降るが、雷神イエルディの前ではその法則が逆転する。自然が天候を作るのでは無く、雷神イエルディが自然を動かす。
だから雷神イエルディの周辺に、晴れはない。曇りか雨、あるいは豪雨、台風。世界の創造を司る神々の力は、あまりにも強大である。
また、神々にはそれぞれ性格がある。炎神フェルダスは頑固で真面目、礼儀を重んじる。神々の中では比較的寛容だが、憤懣するとマグマの隕石を降らせ灼熱の業火で全てを焼き尽くす。その1つ1つが100メートル単位の大きさで、人間のような動物は居ないも同然だ。
氷神レディアは泰然自若、唯一女の性を持った神だ。最も感情が希薄で、人間に興味を示さない。貢ぎ物さえしっかりしていれば逆鱗に触れないが、規則を守らない者には容赦がない。絶対零度の冷気で敵を凍結させる。山・海・島・大陸。それらを一瞬で凍結させる冷酷無比な一面を持っている。
そして雷神イエルディ。豪放磊落で、乱暴な気質。神々の中で最も攻撃的で、気に食わない人間を食べてしまう、羊の姿をした神だ。雷を自由に操り、左右の角から飛び出る雷の鞭で敵を感電死させる。また雷のフラッシュ効果で、敵の視力を数十分間奪う。雷神が本気になれば、小さな惑星を雷で粉砕してしまう。神々の中で最高クラスの攻撃力を誇るのが雷神イエルディだった。
その雷神イエルディが棲処にしているのが、惑星ムーの最果て・イリヤ平原だ。付近は天候が悪過ぎて着陸不可能。よってヤマト達は、随分手前からイリヤ平原を目指さなくてはならなかった。
「おお、きたきた。どんどん来いやっ」
ウォードが叫ぶ。魔物が現れていた。
今回はエリザが居らず、攻撃的なパーティー編成となっている。エリザはジュベル政府で別の任務に派遣されていた。その為回復魔法が使えないので、ヤマト達は速攻で敵を倒す作戦をとった。
「小僧、杖を」
ギランが叫ぶ。
「え。杖はジュベルに置いてきちゃいましたよ」
「なんじゃとっ」
ギランが激昂する。
「だって、ギランさんが言ったんじゃないですか」
「違うっ。船の中に置いておけと言ったんじゃ」
ヤマトはかぶりを振る。
「そんな。聞いてないです」
「ワシはちゃんと言ったぞ」
「ならギランさんの言い方が悪いです」
「何じゃと」
「僕はちゃんとそう聞きました」
「何を、ではワシのせいと言うのか」
「そうです」
「小僧、貴様あ」
ギランがヤマトの服を引っ張り、ヤマトは抵抗する。2人を見たウォードが叱咤する。
「おい、お前ら何してんねんっ。敵いっぱい居(お)んねんぞ。口論は後にせい」
そんな訳で、今回はギランの杖が無い。
「あの杖はな、アスクレピオスの杖と言って魔法界最強の杖なんじゃっ」
「……」
ヤマトは戦闘の後で散々叱られた。ただ思い出しても「置いておけ」としか言われていない。ヤマトは不貞腐れて三角座りする。
「まあまあ。そう拗ねるな。爺さんはもう歳やから自分が言ったことを覚えとらんだけや。気にすんな」
「僕は絶対聞き間違えたりしてません」
ヤマトは納得していない。
「おい、ウォードよっ。貴様今ワシの悪口を言っておったじゃろ。聞こえておるぞっ」
ギランが怒鳴る。
「爺さん、落ち着きいな。ただの方便やがな」
ウォードが取り繕う。
「絶対冤罪ですよ」
ヤマトとギランは、少しの間口をきかなかった。
杖が無いのでギランの魔力は半減している。後々のことを考え、ギランの魔力は残しておきたい。キュアルやリキームは限界まで持参してきたが、温存するのが賢明だろう。従って、いつもよりウォードとヤマトの肉弾攻撃が重要となった。
「お、強そうなん来たで」
ウォードが嬉しそうな声を出す。暗雲立ち込める草原にライトニングタイガーが出現していた。ライトニングタイガーは疾風の速度で駆け抜け、爪から電磁波のカッターを飛ばしてくる。魔法は使わないものの直接攻撃の威力が高く、1匹と遭遇すればすぐに仲間を呼ぶ。
他にはサンダーユニコーン。一本角のサンダーユニコーンは胴体がイエローでたてがみが黒。目からレーザーの電磁波を飛ばし、額の角で敵を突きさす。強烈な後ろ蹴りは人間の骨を簡単に破壊するので注意だ。
手足の生えた雷雲は、雷雨を無差別に降らし範囲の広い攻撃を放つ。何処に振ってくるのか分からないので防御がしづらい。降らせる雨にも少量の電気が流れていて、若干身体を痺れさせる。加えて、高さ10メートル以上の高さを飛んでいるので攻撃が当たりづらい。
惑星ムーは全体的に攻撃力の高い魔物が多く、ヤマト達は回復しながら先を目指した。先の見えない草原を抜け、高層ビルより高い崖を上り、奈落の谷を渡る。
雷神イエルディの居場所は、遠目からでもすぐに分かった。雷神イエルディが居る近辺は落雷の強さと頻度が他の比じゃない。ヤマト達はその轟音と白い光が地面に突き刺さる方向に進めば良かった。
「明日には雷神イエルディの元に着く。しっかりと休んでおくのじゃ」
2日目の夜。3人は草原でテントを張る。ギランの魔法で完全防水にしたいところだが、明日に備えて節約した。惑星ムーで何も降らない日は7%しか無い。ウォードは既にテントで眠りに就いていた。
ヤマトとギランと2人きりだった。杖事件以来殆ど話していないので、ヤマトはやや気まずい。正面にある大樹を延々と見つめていた。すると、ギランがおもむろに話し始めた。
「小僧」
「……はい」
ヤマトはまだ大樹を見ている。
「貴様、エリザ様のことをどう思っておるのじゃ」
視線を老爺に移した。
「エリザのことは、好きです。これからもずっと一緒に居たいです」
ヤマトは正直に答えた。直接伝えるのはこれが初めてだった。
「そうか」
ギランからの返事は意外に素っ気なかった。もっと厳しい言葉が返ってくるかと思っていた。
「どうして聞いたんですか」
「……貴様のことは、今や多くの者が認めておる。ジュベルやラントにとって必要な戦力じゃ。
じゃがの、これはまた別の話じゃ。ワシはもうずっと長い間エリザ様に仕えておる。半端な者に、あの方は任せられんのじゃ」
「――はい」
ギランの意志をヤマトは図り損ねていた。託されたのか、否定されたのか。
ギランが立ち上がった。
「小僧。貴様はこの世界をどうするつもりなのじゃ」
質問の中身が一転し、ヤマトは反射的に答える。そんな大それたことを考えたことが無かった。
「僕は、エリザやギランさん達と一緒に生きていきたい。それだけです」
ギランは雷が鳴る方を見た。
「それでは駄目じゃ」
落雷の方角を指差すギラン。
「雷は自然に発生する。不可抗力じゃ。じゃがワシらはその厄災を未然に防ごうとせねばならん。例えそれが不可能に近くても。
そしてもし雷が降り注ごうものなら、身を挺して愛する者を守らねばならん」
「はい」
ヤマトは理解出来たような、出来なかったような気持ちだった。
「そんなことじゃ、やはりエリザ様は貴様に託せんな」
そう言って、ギランはテントへ入って行った。
「……何が言いたかったんだろう」
ヤマトはギランの去り際の一言が気になっていた。もしかしてギランはエリザと自分の関係について話をしたのだろうか。その上で否定的だったのか。
2人で居る時、エリザはいつも前向きな言葉を吐く。希望だけを語る。だからヤマトは2人の関係が順調なのだと思っていた。
でも違ったのか。自分との未来を、エリザは思い描けないでいるのか。
「何で決戦を前にあんなこと言うんだ、石頭っ」
ヤマトは木の枝を大樹に向かって投げた。枝は木に当たらず地面に落ちて止まった。
礼子の事件と言い、近頃風向きが悪くなっている。ヤマトは何も考えないよう努めたが、突発的な思考の雷が次々に脳に突き刺さった。
エリザのことも、礼子のことも考えなければならない。その上この世界をどうするのかと言われても……。
ヤマトの頭が掻き乱れる。雷を人間の意志で止めるのは不可能だった。
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