第18話 グラウンド・オルタナスの情勢

「おっしゃっ。ほな行こかああああああああ」


 先頭に立つのはウォード・フォーカス。水色の髪の毛が踊る。


「ほらほらっ、2人共元気出さんかい。そらあエリザちゃんが居らんと華やかさに欠けるけどやなあ」


 ウォードが手を叩く。


「あのなあ、ワシらが低いんじゃない、お主が高過ぎるんじゃ馬鹿者。大体何故貴様は毎回先頭に立たないと気が済まんのじゃ」


 ギランが対抗する。


「何やあ、爺さん。そんなんじゃ早よ死んでまうで。もっと若々しく、エネルギッシュに! 行くでええええええええ」


 ギランは分かりやすく溜め息を吐く。


「はあ。こ奴のせいでチームの品格が下がってしまう……」


「まあまあ、ギランさん……」


 ヤマトはそれを見て苦笑する。ギランを気遣う素振りのヤマトだが、その表情は冴えない。現実世界で、礼子の事件に進展はない。その上あの紙の存在が気になっている。


あれは何なのか。誰が入れたのか。あの後ヤマトは慌てて玄関から出たが、その時には誰も居なかった。


もしかしたら、自分がこうしている間にもまた礼子が襲われるのではないか。という心配が、ヤマトの頭に浮かんでいた。


「ほら、ヤマト。お前も若者なんやから覇気を出せい、覇気を」


「はい」


「その意気や、もっとや!」


「はいっ!」


 ヤマトは自らを鼓舞しようと声を張った。


「よし、行くでえええええ」


「あ奴へのストレスで早死にしそうじゃ」


 ギランが今一度ぼやいた。


 ウォードがジュベルにやって来た時、ヤマトには彼の腹の内が見えなかった。


そもそも何故来たのか、ラゾングラウドは彼がジュベルに来るのを許したのか、信用出来ないのではないか。


 ジュベルにやって来た理由を尋ねた所、ウォードは軽い口調で答えた。


「こっち(ジュベル)のがおもろそうやん。あっちは堅苦しゅうてなあ。何かある毎に報告・統率・駆け引き・国の繁栄、や。此処は現実世界かあ言(ゆ)うて。あそこに居ったらワイまで堅物になりそうやったんや。


 それにこっちにはヤマトもおるし、エリザちゃんもおる。爺さんは煩そうやけど、まあそのくらいは我慢したるわ」


「貴様に言われたくないわっ」と、ギランが反発していた。


 ウォードのトサカ頭だった髪型は、現在はツイストパーマに変わっている。アバターの性能を誰より堪能している。


「まあ簡単には出させてもらえんかったんやけどな」


 ウォードがラゾングラウドを出ると言った時、上層部の者達は制止した。ウォードはその性格上重要な立場を任されていなかったが、見合う報酬さえ払えばどんな任務もこなす強力な兵器だった。彼を敵に回す脅威を、ラゾングラウド上層部は感じていた。


 だがウォードが意見を撤回することは無かった。自ずと、待機していたラゾングラウドの兵士達との抗争になる。そこでウォードは、1000人もの戦士を倒してラゾングラウドを脱出した。と、ヤマトは本人から聞いている。


「今回もワイがやったるさかいーーっ。いったらんかいーーーーっ」


 ウォードの本心はさておき、今は彼の豪放磊落な性格が有難かった。ヤマトはウォードに声を掛ける。


「ウォードさん」


「お? 何や」


「この任務が終わったらまた決闘して下さい。今度こそ僕が勝ちますから」


「はっ。お前はジョークのレベルが低過ぎるわ。全く笑えん。現状ワイの8戦全勝やぞ?もっと精進してからのがええんとちゃうか?」


「いやいや、ウォードさんこそ考えが甘いですね。僕は日々成長しています。その成長速度たるやマッハ5くらいだと巷で噂されています」


 ウォードがヤマトに顔を近付ける。


「はあ~? そんなん聞いたことありませんけど? 嘘はアカンぞお、坊や」


 ヤマトはウォードを下から見上げる。


「これが嘘って言う根拠はあるんですかあ? それって貴方の感想ですよね?」


 ヤマトとウォードが至近距離で睨み合う。


「お前じゃ無理や」


「いや、勝ちます」


 2人は数秒間停止した。それから狂気的に笑い出す。


「あっはっはっはっはっはっ!」


「わっーはっはっはっはっはっはっはっ!」


「黙れっ!」


 ギランの杖が2人の後頭部に突き刺さった。 


ともかくウォードはジュベルに住み始め、ヤマト達と行動を共にし始めている。


「あの爺さん短気過ぎるやろ……。絶対人生つまらんわ……」


「はい、そこは同調します。ああ、やっぱりエリザが居ないと……」


「全部聞こえておるからな!」


 ギランの声の雷が2人の鼓膜を破りそうになった。


ジュベルの上層部の人間は、奔放なウォードの取り扱いに困った。だから本人の願望に従い、ヤマト達のチームへの帯同を認めている。


「でも何やあれやなあ。お前らも辛気臭いけど、グラウンド・オルタナスの世界も最近湿っぽいよなあ」


 ウォードが口走る。


「誰が辛気臭いじゃ。貴様がアホみたいにやかましいだけじゃ馬鹿者。それに世界のことを勝手に決め付けるな」


ギランは言い返す。


「爺さんホンマに煩いねん。高血圧で早よ死ぬで。いや、でも絶対暗なってきとるわ。ワイには分かるねん。なんちゅうかその、ヒリヒリしとるんや世界全体が」


「……」


 ――コイツは本当にどこまで鼻が利くのか。ギランはウォードを訝しんだ。


 実はつい先日、ジュベルとアメルゴン王国間で会談が行われていた。ジュベルの首都・ハーディスで最も巨大な工場は、製造の他に会議室にも用いられる。ジュベルは鉄製の物を多く作っている。テーブル・時計・壁面・絵画の縁。貿易の主製品では鉄や銅・亜鉛を含む金属類のアイテムや道具が多い。鉄の剣・鎧・兜・盾・チェーン・鎌・斧・槍など、多くの装備品を他国に輸出している。


 また、空飛ぶバイクはジュベルの主力製品だ。法律上は2人乗りだが3人までなら何とか乗車可能。タイヤは無く、高く飛ぶことも可能だがその分エネルギーを消費する。車体の下部はアイロンみたいな形になっていて、その内部にクリティアを敷き詰めている。


 ハーディスでの本会議の後、ラントにも報告がきた。ジュベルの軍団長であるジドラが伝達した。


「先日のアルメゴン王国との会談で、我が国のクリティアの入手手段の変更が取り決められた。現在ジュベルは主に炎のクリティアを採取しているが、今後は氷・雷・風のクリティアを積極的に活用していく。それに伴い我が国の兵士達のモンスター討伐・クリティアの発掘場所が変わる」


 ジドラは白髪の老爺で、イギリス王室を彷彿とさせる格式高そうな制服を着用していた。黒字に赤や金のラインが入ったジャケットには威厳がある。ジドラはこの世界の最古参の1人だった。


「現在我々ジュベルは炎神フェルダスに貢ぎ物を納め、炎のエネルギーの注入を依頼していることは承知して貰っているだろう。これはジュベルの他にアメルゴン王国・ブリアヌス・ベルイーズ・バンクード・シドレイなど多くの国と競合している。そして、フェルダスからクリティアを受け取り過ぎた結果、惑星に異変が起こっているという研究結果が出た。各惑星が炎神フェルダスに引き寄せられているのだ。去年と比べ、ジュベルが0・8キロ、アメルゴン王国が2・3キロ、ベルイーズが0・9キロ移動している。


 どうやらグラウンド・オルタナスでは均等にエネルギーが引き合い、各惑星の場所が保たれていたようだ。よってこのまま同じエネルギーのクリティアを使用し続ければ、いずれかのタイミングでバランスが崩壊し、一気に炎神フェルダスに吸収されてしまうと推測となった。


 そこで我々は、炎神以外の神々からエネルギーを注入して貰えるよう交渉しなければならない。五大神の内、我々ジュベルは氷神レディアと雷神イエルディに交渉を図る。風のクリティアについては他国との貿易で入手する方針だ」


 ジュベル政府の方針に対し、ギランが苦言を呈する。


「言っていることは理解出来たが、氷はラゾングラウド、雷はシーロンが中心になって交渉している。そんなことをすれば2国との緊張が高まるのではないか」


「確かに……」


 周囲の戦士や軍団員から同調の声が上がる。


「無論承知の上だ。だが、現在の制度上他の神々への接触が禁じられている訳ではない。第一シーロンやラゾングラウドが1つの神に集中すれば、我が国と同じことが起こる。これは彼らにとっても避けられない事態であると言えよう。シーロン・ラゾングラウド両国への報告はアメルゴン王国を通じて後日行われる」


「まずは両国間の意志疎通をしてからではないのかと言っておる」


 ギランの提案をジドラはかぶりを振って拒否する。


「悠長にはしていられないというのが我々の下した判断だ。いつこのジュベルが破滅してしまうか分からない。時は一刻を争う。準備が整い次第神々の元へ向かって貰う」


 政府の意志は固く、ギランは閉口した。その数日後、ヤマト達に出発の指示が下された。


 現段階でもシーロン・ラゾングラウドとは緊張状態なのに、何故雷神や氷神を選んだのか。ギランには不可解だった。そしてその実態を知らないウォードの嗅覚が恐ろしかった。


「ん? 爺さん。今何か言うたやろ」


 前を歩くウォードが振り向く。ギランはギクリとした。


「何も言うとらんわ。ちゃんと前を見て歩け」


「いや、絶対言うたわ。口じゃなくて心で言うとった。ワイを騙そう思ったって無理やで。なあヤマト」


 ウォードに肩に手を回されるヤマト。


「ああ、エリザは今何処に……。え? あ、はい。そうですね」


「小僧、貴様にエリザ様は相応しくないっ」


 ヤマトはムッとした。


「決めつけないで下さいっ」


「黙れ!」


「嫌です!」


 仕方なくウォードが仲裁に入る。


「まあまあ、もうええがな。ゆくゆく考えれば」


「『よく(ないわ!)ありません!』」


 ヤマトとギランは互いにそっぽを向いた。


「行きますよ、ウォードさんっ」


「ワシに着いて来るのじゃ、ウォードよっ」


 ウォードは2人の間を歩く。


「何でワイが怒られてんねん……」


 3人は、宇宙船VK-255で雷神イエルディの住処である惑星ムーに向かう。この世界でメリダスを採取する方法は、大きく分けて3つだった。鉱山を掘るか、モンスターを退治するか、宝箱を発見するか。宝箱には高価なメリダスが入っているが、数は少ない。反対に鉱山からはメリダスが採れやすいが1つ1つの価値が小さい。モンスター退治は倒す敵のレベルによって手に入るメリダスが異なる。


 クリティアの力はメリダスの力×神々が注入するエネルゴーで決まる。入手困難な物ほど価値が高くなるのは現実世界と同じだ。また、メリダスの色によって神々のエネルギーとの相性がある。赤色のメリダスは炎のエネルギーが入りやすい。青色だと氷、黄色は雷で緑が風。現実の金やダイアモンド・レアメタルが、鉄鉱石やボーキサイトに比べて価値が高いのと同じである。


 グラウンド・オルタナスには多くの惑星があり、その数は数千億を超える。その内実際に人々が生活しているのは50程度。大国と言われるのは8つで、その中にヤマト達の住むジュベル、現在のグラウンド・オルタナスの中心であるアメルゴン王国、そして会議で名前が出たシーロンやウォードが居たラゾングラウドがある。


勢力図は大きく2つに分かれており、アメルゴン王国派とシーロン・ラゾングラウド派だ。8つの大国の内5つがアメルゴン王国派に属している。


ラゾングラウドは過激で好戦的、アメルゴン王国やジュベルの戦士を襲いメリダスを奪う。他国に比べモンスター退治によるメリダス確保率が高く、わざわざ協力国の惑星に赴きモンスター退治を行っている。かつてはアメルゴン王国とグラウンド・オルタナスの覇権を争っていたが、政治体制と外交能力の差でアメルゴン王国に差を付けられてしまった。


 もう1国のシーロンは急成長を続ける惑星だ。経済力の上昇が顕著で、時折人権問題や強権的な政治が批判の的になるが、同国は体制を変えようとしない。


 グラウンド・オルタナスはアメルゴン王国を中心に回っているが、一方でシーロン側に着く国が多いのも事実だ。シーロンは弱小国に歩み寄り、同胞を増やしている。その数が年々増加しているのをアメルゴン王国は危惧していた。


 トップの国は覇権維持の為に先進国を優遇せざるを得ない。よって、貧しい国々が後回しにされることが少なくない。全ての国にとって望ましい世界を創るのは困難なのである。


 その貧しい国に手を差し伸べるのが覇権の奪取を狙う国、つまりシーロンやラゾングラウドだ。貧しい国々を取り込むことにより、現在の体制に対する反感を煽ろうとしているのだ。


 こうしたシーロン派の動向に対し、ジュベルでも幾つかの対策がなされている。


まずは兵力の増強。二大派閥の緊張感が高まり、いつ戦争が始まるか分からない。強力な戦士を育てる為、アメルゴン王国に訓練を依頼している。他にはアイテムの確保。ジュベルや他の惑星分のキュアル(回復)やリキーム(魔法力回復)をアメルゴン王国が低単価で支給し、その浮いた分の資金をジュベルは兵力増強に充てている。高価な鋼やプラチナ・龍の鱗の製品はアメルゴン王国から輸入している。また、兵器や宇宙船・通信機器の販売もアメルゴン王国が中心となって行っている。


グラウンド・オルタナスの緊張は、ここ数年でじりじりと高まっている。そして今回の雷神への交渉も、そんな世界情勢の一部だ。もし仮に雷神からシーロンへの提供を減少させられれば同国のクリティアは減る。だから雷神への交渉が決定されたのである。


「それでお主はどう思っとるんじゃ、ウォードよ」


 ウォードは後部座席で我が家のようにくつろいでいる。既に両手を枕にし眠りの体勢を執っている。


「知らんわそんなもん」


 ウォードの雑な回答。


「貴様な……。さっきまでごちゃごちゃ言っておったじゃろ。その真意を聞かせい、と言っておるのじゃ」


「爺さん声デカいわ、静かにして。んー、まあせやなあ」


 ウォードが考えた。


「ラゾンは前住んでたさかいある程度分かるで。良くも悪くもストレートに表現する国やからな。アイツらは「力」でものを言わせるやろ? やからその内他の惑星を侵略するかもしれんな、勢力拡大の為に。そんな話がちらほら出てたような気がするわ」


「それは誠かっ」


 身を乗り出すギラン。


「アイツらは元々そういう奴等やから――。でもワイが分からんのはシーロンの方や。不気味で何考えとるんか分からんねん。ラゾンが直接戦いを仕掛けるタイプなら、シーロンは策略で自分達に服従するよう仕向けるタイプや。それか他国使って攻撃するか。そやさかいシーロンが自分達で戦いに赴くとしたら、それは確勝の根拠がある時やな。それか大一番やな」


「大一番って何ですか?」


 ヤマトがオウム返しする。


「そりゃあ世界を牛耳る戦いの時や」


「世界を牛耳るって、そんな」


 ウォードは目を閉じる。


「言うてもこれはワイ個人の憶測や。実際はどうなるかは分からん。ま、なるようになるやろ」


 それからすぐウォードは眠ってしまった。5分後には地鳴りのような鼾が船内に轟く。宇宙船の稼働音を掻き消してしまうくらいの音量だった。


「ぐぐぐぐ。やかましいわ、この」


 苛立ったギランがウォードの足を蹴る。しかしウォードは起きるどころか、対抗するように鼾の音量が上がった。


「くそっ。どうなっとるんじゃ、こやつの身体はっ」


 ギランがウォードに小言を吐くのは最早定番だ。


「ウォードさん、もう完全にジュベルに馴染んでますよね」


 ヤマトが言う。


「ふん、どうじゃろうな。一度裏切った奴は何度でも裏切るからの。あまり信用し過ぎん方が良い」


 ギランが包み隠さず言うものだから、ヤマトが気を遣う。


「ちょっとギランさん。ウォードさんに聞こえちゃいますよ」


「何を言っとる。これだけ大きな鼾を掻いている奴が起きる訳ないじゃろ」


 ギランはもう一撃蹴りを入れる。鼾はまた一段と大きくなった。


「確かに……」


 ヤマトもギランを真似てウォードを蹴った。結果は同じだった。


「大体じゃ、こやつは己の欲に従って生きとるだけじゃ。国や人との繋がりなど考えとらん」


「ああ、それはそうかもしれませんね」


 ウォード・フォーカスは誰にも心を許さずに生きている。完全なる天上天下唯我独尊の男だ。それ故、他の人間と認識が噛み合わないことがある。ウォードが他国に移るのも傍若無人に振る舞うのも、「何処かに属した」意識が無いからだ。要するに、彼の目線では誰のことも裏切ってなどいない。初めから仲間になっていないからだ。


「ある意味羨ましいですけどね」と、ヤマト。 


 期待と怒りの大半は、他人への期待から発生する。期待するから、「裏切られた」と怒るのだ。これを自責思考にすれば、大体の怒りは自分でコントロール出来る。相手に期待を抱かなければ、怒りは格段に減る。だからウォードは他人に怒りを抱くことが少ない。


「どこがじゃ。誰も信用しない人生など虚しいだけじゃ。人は誰かに心を委ねて生きていく。その脆さや儚さが、思い掛けない奇跡と感動を生み出むのじゃ」


「ギランさん……」


 ギランは真剣な眼差しをしている。


「うむ。しっかり記憶しておくのじゃ」


「いや、クサイです。――痛いっ」


「馬鹿者」

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