第15話 2038年

《あちらをご覧ください。あちらの集会所ですが、1か月前に建てられたばかりだそうです》


 テレビに映るのは、アフリカのウガンダ。ウガンダはアフリカの北東部にあり、アフリカ内で中位くらいの経済力の国である。まだまだ貧困な暮らしをしている国民が多く、男性リポーターが村民にインタビューしていた。


《素晴らしい建物ですね。お聞きしたのですが、何でもあの集会所を建てたのは1人の少女だとお聞きしましたが》


 村長が映し出される。名前はオコト。年齢は映されない。


《ああ、そうだよ。この子が建てたんだ》


 オコトの傍らに少女が立っていた。少女は14歳で、名前はアダリヤ。


 リポーターがアダリヤにマイクを向ける。


《あの集会所は貴女が建てたのですか?》 


《ええそうよ》


 少女は優雅に微笑む。照れや迷いを感じさせない対応。少女は人前に立つことに慣れ、大人びていた。


《どうして集会所を建てたのですか》


《村の皆が集まれる場所を作りたかったの。この村には人が60人くらいしか居ないんだけど、全員が集える場所が無かった。村はどんどん貧しくなっているし、若い人は大人になったら皆村を出て行く。このままじゃ村が壊れちゃう。だから私は村を変えたかったの》


 少女は的確に受け答えする。かなり早熟で大人達が舌を巻く知識の持ち主のようだ。


《アダリヤさんはどうして村の為に活動しているのですか》


《ナンセンスな質問ね。自分を育ててくれた村に恩返しするのは当然だわ。私はグラウンド・オルタナスで収入を得ているんだけど、その機械は村の皆がお金を出し合って買ってくれたの。


私は村の代表なの。私が頑張らないとこの村が存続できない。村の為に生きることが、自分の為になるの》


リポーターがカメラの方を向く。


《アダリヤさんは、今後村に水道と電気を通したいそうです。ゆくゆくはウガンダ全体を担う仕事に就きたいそうです。ウガンダからは以上です》


 グラウンド・オルタナスによって世界の貧民達が救われている。ニュースを見て大和は誇らしくなった。画面の左上に表示されている時計を見ると、出掛ける時間が迫っていた。


「そろそろ行こうかな」


 テレビの電源を切った。


 2038年、現実世界。大和は22歳になっていた。メタバース空間に入って4年が経っている。世界情勢は2020年代から変遷していた。


2020年代に世界を混沌に陥れたコロナウイルスは終息し、マスク無しでの生活が戻ってきた。ロシアのウクライナ侵攻・中国の台湾統一問題は、国際連合やNATOの仲介で何とか治まった。が、各国間の完全なる和解にはまだ時間が掛かりそうだ。現在はパキスタンとインドの国境問題や、イスラエルとパレスチナの独立問題が世間で取り沙汰されている。こちらの問題は20世紀から継続中だった。


 2010年代から世界の最大の関心だった温暖化問題は、現在も促進中だ。温暖化問題の先進国であるヨーロッパではほぼカーボン・ニュートラルを達成済み。ヨーロッパの立場からすれば、温暖化問題を通してアメリカと中国の2大国にプレッシャーを掛けられるチャンスだった。温暖化問題はヨーロッパがアドバンテージを保てる数少ない分野だった。


 まずヨーロッパは、「炭素税」を定め製造段階でCO2を排出している場合量に応じて税金を取った。「国境炭素税」では、輸入品のCO2量に応じて税金を徴収。「排出量取引制度」では企業によって量を定め、超過した企業は節約出来た企業から買い取らせて目標を達成させた。他に「カーボン・プライシング」で炭素の価格を意識させるなど、これらの政策はまとめて「欧州グリーンディール」と名付けられた。


 再生可能エネルギーの1つである洋上風力発電は、北海に面しているデンマークやイギリスの北欧諸国が得意とした。それらの欧州企業は日本にも進出を果たし、千葉や茨城、東北と北海道に発電所が建設された。これらの地域は年間平均風速6メートルを超える地点が多く、取り入れるのに適した土地だった。


 デジタル化も更に進んだ。中・高の「デジタル」の授業で満を持してメタバースが取り入れられる。他、eスポーツが授業で取り入れられ、子供達のデジタル化への慣れと好奇心向上を促している。


 その反面、教師の採用枠は減った。オンラインでの授業が進み、他校との合同授業が増加。各地方を分割し、隣接する2~4県を1つのグループとして授業を行った。栃木・群馬・茨城で1グループ、埼玉・千葉で1グループ、人口の多い東京と神奈川は単体で、といったように。


 偏差値に応じて、授業は分けられた。50~55・55~60など偏差値が近い学校をまとめて合同授業を行う。今後3・4県から1つの地方へとグループを大きくし、いずれは複数の地方で1つ、最終的には全国を偏差値で分け、オンライン授業を行うようになると言われている。グループが減るだけ教師の仕事は無くなる。大半の教師の仕事が授業後の質問の回答や相談がメインになりつつあった。


 AI・ロボットも日進月歩している。商業施設の従業員は大半がロボット店員だ。ロボットにデータを打ち込むor声を掛ければ商品まで案内してくれて、説明してくれる。小売以外でロボットの導入が積極的に行われているのは、介護業界だ。


 少子高齢化が先進国の中で最も早く訪れた日本では、他国より果敢に開発が進められた。入浴や排泄・食事・歩行・ベッドからの起き上がり動作の補助。ロボットにはセンサーが付いていて、対象者の血液や呼吸器官・脈拍に異常をきたせば家族に連絡が入る。モニター付きのロボットであればいつでも被介護人の様子を確認でき、遠隔操作で屋内の何処でも移動してくれる。家族を安心させる効果も大きい。


 他、工場での単純作業から警備員、経理や人事・総務の各事務職員、市役所の窓口業務までAI・ロボットに切り替わると予測されている。


 日本政府は、今後無くなるであろう職業・職種に対しては注意を促している。既にタクシー運転手や教師の採用枠は減り、その人達が次に工場や事務職員に転職している。だが、その人達はまた5~10年以内に再び職を奪われかねない。これから社会に出て行く学生は、今後淘汰されない職業を選ばなければならず、しいてはそれ以前の進学先を選ぶ段階から将来を見据えなければならない。


 国では、インドとアフリカ各国の台頭が著しい。インドは2023年に人口が世界一になり、その後も増加を続けている。現在は16億人を超え、世界人口の6人に1人がインド人という統計だ。


 インド経済は高成長を続け、今ではアメリカ・中国に次ぐ第3位のGDPを誇っている(長年3位だった日本は後退し現在は6位)。GDPは人口の多さに比例するので、1人当たりに換算するとインドは先進国に比べてまだ水準は低い。これは絶好の雇用・投資先を意味していた。


 賃金が低く(他国は雇いやすい・投資しやすい)、今後所得が増えれば世界一の人口の市場を期待できる。それ故海外企業は積極的にインドに参入し、それがインド経済の急成長を促進させた。


 アフリカもインドと同じ理由で経済が伸びている。人口増加+低賃金だ。


 医療体制が整っていなかったアフリカでは、病院が少なく感染症や生活習慣病で命を落とす人が多かった。寿命より先に命を落とす人が多かったのである。最寄りの病院まで数時間掛かる地域も珍しくなく、それ故自宅医療・出産が多かった。これらの問題が2020年代以降改善されていき、アフリカの人口増加に繋がった。


 テクノロジーは一気に最先端のものが導入された。「リープフロッグ」現象だ。


 例えばスマートフォンでの決済・送金・融資は20年代初めには導入されており、運送業ではドローンが使用されていた。注文された商品をドローンに括りつけ自動飛行させ、目的地の上空で荷物を落下しパラシュートを開かせる。


アフリカでは先進国みたいに全国を網羅する配送業者が無かった。それまでは毎回業者を探していたが、その非効率をアプリで解決した。距離や荷物の量・種類を入力し、対応可能な業者が見積もりを返してくる。配送業界のマッチングアプリだ。その他、先述したように病院が遠かったのでアプリでの遠隔受診が普及。症状を入力すれば病院側から対策が返ってくる。それで解決されなければナースがオンライン上で対応し、それでも回復しなければ医師が対応する。これらのシステムは20年代前半からアフリカで導入されていた。


つまり人口の増加と、需要や賃金の条件が重なれば経済は膨らむということだ。グラウンド・オルタナスは、正にこの条件に当て嵌まっている状態だった。

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