第13話 ウォード・フォーカス
5人の中で、声を掛けて来た男だけが異端だった。男は背が高く、全身筋肉の鎧を纏っている。紺色の武闘着に鎧を重ね、腕にはリストバンドを着けている。水色の毛髪は、パンクロッカーみたいにモヒカンにしていた。
「ラゾングラウドの方達でしょうか。ここで何をしているんですか」
「あ? 何ってそりゃ調査やろ。ここはまだ誰の土地でも無いからなあ。ほんでお前らは何者やねん。ワイはウォード・フォーカスや、お前の言う通りラゾングラウドから来た。大体そういうんは自分から名乗るもんとちゃうんかあ?」
コテコテの関西弁だった。音声はプレイヤーが自分で選んでいる。
「……僕はヤマト・アストラルです。ジュベルから来ました」
「ふん。ギラン・ザハスじゃ」
「エリザ・ストレインです」
ウォード・フォーカスはニヤリと笑った。
「ふうん、ジュベルね。此処はな、ラゾンにとってもええ土地なんや。ウチは寒くてこういう温暖な土地が少ないねん。冬は寒くて農作物が育たんから売上が下がるんや。国家の弱点を潰すにはもってこいっちゅうわけや。
それとな、シーロンの奴等も来とるで。アイツ等は海側を探索しとる」
「ふん。共同作業という訳か」
ギランが反応する。ウォードは鼻で笑った。
「はっ、そんなんちゃうわ。爺さん分かってないなぁ、別にワイらはシーロンの奴等と仲良しこよしやないで? 衝突は国から禁止されとるけど、一枚岩でもない。だから此処の土地も早いもん勝ちや、アイツ等だっていつ敵に回るか分からんからな」
「シーロンとラゾングラウドは互いをパートナー国と認めておるじゃろう。その言葉をワシらが信じるとでも?」
「信じる・信じひんは好きにしたらええ。お前らがどう思おうが事実は変わらんからな。大体やけどな、俺から言わせれば惑星間で仲間やどうこう言ってるんがハナから間違ってんねん」
「何じゃと」
「なんで今ラゾンとシーロンが手を組んでるって、自力じゃ頂点に立てへんからやろ。だから自分らのどちらかがトップに就く為に同盟組んどるんや。つまりアメルゴン引きずり降ろしてどっちかがトップに立ったら、同盟は決裂するかもしれん」
「そんな単純な話ですか。じゃあ両国はそうなると思いながら今協力し合ってるっていうんですか」
ヤマトが会話に加わる。
「そうなんとちゃうか」
「別にこれまで通り協力し合えば良いじゃないですか」
ヤマトとウォードの視線が合った。
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
ウォードが嘲笑した。小馬鹿にされた気がして、ヤマトは腹が立った。
「何が面白いんですか」
「いやあ、若い思ってな。お前は分かってない。人間いうもんをまるで分かってないわ」
「……意味が分かりません」
ウォードは愉快そうだ。
「じゃあお前に聞こうか。例えばそうやなあ。あるスポーツで世界2位の奴が居(お)るとしよう。どうや世界2位や、どう思う」
「素晴らしいです。国民的英雄だと思います」
「そう、そいつはヒーローや。母国では何回も一番になって、レジェンドや言われてるような奴や。でもそいつはまだ競技を続ける。それは何でや」
「それは1番になりたいから、でしょうか」
「そうっ。それや!」
ウォードの声が弾けた。
「何が言いたいんですか」
「お前の言う通りや言うとんねん。1番になりたいねん。分かるか? トップに立ちたい、それだけや。つまり自分より上が居(お)ると気が済まへんねん」
全員ウォードの言葉に聞き入っていた。
「ワイのが強い。戦(や)ったら絶対勝てる。何でお前が一番高い位置に居(お)るねん。そこはワイの場所や。ワイより上に立つな! ワイがナンバーワンや! ワイがルールを決める!
それが戦う理由や。人間が敵を潰そうとする理由なんてそんなもんなんや」
――何なんだこの人は。
ヤマトは気圧されていた。このウォードという人間は、ヤマトが今まで出会って来たどんな人間とも違った。ただ、このウォードは人間を信じていない。それだけは明確だった。
「だからラゾンかシーロンか、まあ多分シーロンやろうけど、覇権握ったら両国はいずれぶつかるかもな。まあシーロンのラゾンに対する待遇次第やろうな。
反対に言えば、そうなったらジュベルもアメルゴンもラゾンの仲間になるかもしれんぞ?」
「だからそんな単純なことじゃ、」
「いや、単純や」
ウォードが一刀両断する。
「同盟結んでた国を切るなんて歴史上で何回もあったやろ。中国の台頭で台湾は国連の常任理事国から下ろされた。ドイツは条約無視してソ連に攻めこんだ。独ソは不可侵条約結んでたにも関わらず、や。
ええか? 要するに互いに利益を提供できるかで決まるんや。そらそうやろ、見返りが無い国と仲良くしてても意味無いからな。それやったら利益を提供してくれる国と仲良うするに決まったる。お前らジュベルやって将来アメルゴンとどうなるか分からんぞ?」
ヤマトは言い返す。
「ジュベルとアメルゴンはそんな関係性じゃない」
「ふ~ん。でももしジュベルが裏切られたら、お前らはアメルゴンを非道・邪道と呼ぶんやろ」
「それは、そうなんじゃないですか。一方的に外交関係が切られるならそうだと思います」
ウォードはやれやれといった様子でかぶりを振る。
「それじゃアカンねん。そんな考えやといつまで経っても憎しみを募らせるだけや。
じゃあ逆にや、ジュベルがどっかの国との外交を切ったらどうすんねん」
「それも……、一方的ならジュベルに非があると思います」
「ホンマか? 自国のことやったら我が身可愛さに許すんとちゃうんか?」
「そんなことしませんっ」
反射的にヤマトは大声を出していた。
「へえ、そうか。でもな、それも全部お前らの為なんやぞ」
「どういうことですか」
「何処かと手を組むのも、切るのも、国家の繁栄・存続の為やろ? すなわち国民の為や。それでもお前はジュベルが何処かと同盟を切ったら『最低や』言うて母国を糾弾するんか? 国の為の、お前らの為の決断やのに?」
ヤマトは口論で押される。
「それだったら然るべき手続きを踏んでから処理すれば良いじゃないですか」
「相手が簡単に納得すると思うか? 例えば外交が何世紀も続いてきた国が相手やったとして、すんなり受け入れるか? そんなこと直接言ったら多額の賠償金か見返りを要求されるだけやろ」
「……」
「だからや、他国なんてハナから仲間やと思わんことや。まあ思ってもええけど、期待するだけ損やぞ。母国の為に裏切らなアカン場合もある。逆に裏切られることもな」
流れが悪いと読んだギランが前に出る。
「貴様、今は小難しいことを話すつもりはない。調査が終わったのなら此処から早く立ち去れ」
「何やじいさん、そんなん言われんでも――」
そこでウォードは目を細めた。今気付いたが、ウォードはヤマトをどこかで見た記憶があった。
ん~、何処や。あれはラゾンの何で見たんやっけなあ。ん~、ああ、そうや! こいつ確かジュベルで注意人物に挙げられてた奴や。中々の勢いで力を着けてきてるっていう。ふうん――、こいつが……。おもろそうやんか。
「まあ待ちいな爺さん。このまま帰ったら此処がどっちの土地か分からんのとちゃうか。そやろ?」
「まあ、そうじゃが」
「ほなこうしよや。サシの決闘で勝負や。それで勝った方がこの山の土地権を得る。それでええやろ」
ウォードが提案を持ち掛ける。
「貴様何を勝手に。そんな要求は飲まんぞ。第一お主ら此処の調査依頼を正式に申請しておるのか。こんな風に調査が被ることは無い筈じゃ」
「出しとるで。なあ?」
ウォードは背後の男に促す。
「……ああ」
年配の指揮官らしき男が低い声で答えた。
「じゃあ悪いけど此処はワイらの領土ってことでええな。折角お前らにもチャンスを上げたろう思ったのに断るんやからなー。帰って国に伝えるで」
ウォードは勝手に話を進める。
「それとも何や、自信無いんか。特に――、そこの若い兄ちゃん」
ヤマトが指を差される。
「兄ちゃん、そんな綺麗な嬢ちゃんと爺さんを護衛しとるのにこの場面で尻込みか。それはちょっと格好悪いんとちゃうか」
ウォードの挑発にヤマトは触発されてしまう。
「僕は別に尻込みしてる訳じゃ、」
「いやいや。じゃあなんで黙ってんねん。『じゃあ僕がやりますっ』、くらい言えるやろ。情けない……」
「じゃあ、いいですよ。分かりました、やりますよ」
「待て、小僧。挑発に乗るな」
ギランがヤマトを諫める。ウォードはこれ見よがしに挑発を続ける。
「ほら、どないすんねん。爺さんの言うこと聞いて引き下がるんか。若いのに威勢が悪いのお。ホンマに情けない……。一端の戦士名乗ってんのにただの腰抜けやとは。なんや、いつもそっちの爺さんか姉ちゃんに守って貰ってるんか? まあ見た目からして弱そうやしな……」
ウォードが消えた。と思えば、いつの間にかエリザの隣に移動していた。
「な」
ギランとヤマトは目を見開く。ウォードの動きがまるで見えなかった。
「エリザっ」
咄嗟にヤマトはエリザに手を伸ばす。しかしその手は空を切った。
ウォードとエリザは瞬時に元居た場所に戻っていた。
――速い。
「このお嬢ちゃんを返して欲しいか。ほんなら戦えや。弱い奴はなあ、搾取されるだけなんや。それが嫌ならワイと戦え。戦って奪い返してみせろ」
ウォードがエリザを後ろから抱き寄せる。ヤマトの怒りは膨張した。
「ギランさん、我慢出来ません。これだけ侮辱されてエリザにまであんなことを……。僕も男として引き下がれませんよ」
「じゃがしかし……」
珍しく怒っているヤマト。答えたのはエリザだ。
「ヤマト、勝てるんですか」
ヤマトがエリザを見た。
「勝てる。絶対に勝つ」
ヤマトの真剣な眼差しを見て、エリザは決めた。
「――分かりました。では戦って貰いましょう」
「エリザ様っ」
動揺するギラン。
「案じないで下さい。責任は私が持ちます」
「ですが、」
ウォードが割り込む。
「よっしゃ、じゃあ決まりやな。爺さんは黙っといて。ほな早速やろかあ」
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