第11話 ダンスパーティーと恋心
鷹火山から戻り、また1年が過ぎた。
3人が次に命じられたのは惑星マハールの調査だ。惑星マハールは広大な面積を誇り、まだ開拓されていない土地だ。温暖な気候の場所が多く、場所によっては雪が降る。海があって人が生活できる条件を満たしている。
少し前の調査で、豊富な資源があると報告されている。その時発見されたのは石炭や鉄鉱石・洞・すず・マンガン。亜鉛など。今回はメリダス(鉱石)や金・銀・ダイアモンド・プラチナが眠っているかを調査する。もし発見出来たなら、資源に偏りがあるジュベルにとって貴重な土地となる。
修行を終えてから、ヤマトは急速に成長した。ボス級以外の魔物なら数百は1人だけで倒せるようになり、ラント1の戦士と言われるようになっていた。
ヤマトは人生で称賛されたり、注目されるのが初めてだった。そんな自分が誰かの役に立てているのが嬉しく、グラウンド・オルタナスでの活動で人生が変化しているのを感じていた。
強くなると町中で声を掛けてくれる人が増えた。キュアル(回復アイテム)やリキーム(魔法力回復アイテム)を値引いて売ってくれる。期待していると言って貰える。数か月前には、ジュベルの首都であるハーディスで表彰された。
ヤマト達の活躍でジュベルは発展を続けている、3人は金の小振りなコンドルのペンダントを授かった。
「エリ、ザ」
贈与品よりヤマトの心を弾ませたのは、表彰式の後に開催されたダンスパーティーでの出来事だった。エリザは光沢のあるネイビーのドレス姿で現れた。出会った頃は肩までだった髪は背中近くまで伸びており、その日は後ろで束ねていた。普段は見せないデコルテラインや背中・項を覗かせ、首元にはサファイアのネックレス、耳に大きなイヤリングを身に着けている。まるでおとぎの国の姫君のようだった。
「似合わないですかね」
エリザが溢す。
「す、凄く似合ってるよ。とても綺麗だ。お姫様みたいで」
エリザが頬を赤らめて笑った。
「じゃあヤマト。1日限りの姫をエスコートして下さい」
2人の距離は、この数年で縮まっていた。協力して困難を乗り越えてきた甲斐があった。
海底神殿に潜むスプラッシュジェリーフィッシュの討伐に赴き、砂漠のピラミッドに眠る財宝を探索した。数々の冒険を乗り越え、絆が生まれていた。
また、2人の関係を強固にする要因となったのは学校の設立だった。学校では様々な分野を教えている。ジュベルの地理やメリダスの加工、商売の仕組みから一般的な家事まで幅広く。特別講師としてギランは魔法術の講師、ヤマトが剣術の講師、他に武闘術の講師、錬金術の講師、医療の講師などを揃えている。
学校の相談でエリザと2人で話す時間が増えた。ヤマトはエリザに対して抱いていた好意が明確な愛情になり、エリザの中にもヤマトに対する気持ちの変化が生まれていた。
ヤマトは自分の乏しい知識をエリザに与える。余った時間に現実世界で学校や教育について勉強したりもした。エリザはヤマトの助言を取り入れていった。だからもしかしたらエリザの年齢は自分とさして変わらないのかもしれないと、ヤマトは考えたりもした。
「よ、よし、じゃあ行こう」
ヤマトがエリザの手を取る。緊張しつつダンスフロアに出て行く。
豪奢なシャンデリアに真紅の絨毯、円形テーブルに純白のテーブルクロスで、絢爛な空間だ。そして目の前にはプリンセスみたいな女性。ヤマトにとっては人生のハイライトだった。
だがヤマトはダンスの経験が無く、たどたどしくなってしまう。結局エリザに先導される形になるが、それでもエリザは嬉しそうにしていた。
「うわ。えっ。あっ」
「大丈夫です。感じたままに動けば良いのです」
その2人のやり取りを傍から見ていたギラン。溜息を吐く。「しっかりせんか小僧……」と呟く。
「こ、こう?! これで合ってるの?!」
「ふふ。そうです、ヤマト。上手く踊れていますよ」
エリザは新鮮な感覚だった。これま村人の為に生きてきて、それ以外のことを考える余裕が無かった。だがヤマトと居ると、もっと話していたいと思う自分が居る。恋愛の感情かはまだハッキリしないが、自分自身が変化している自覚はあった。
こうして居ると、自らの使命を忘れてしまいそうになる――。
甘美なひと時が過ぎて行った。
「おい、小僧。貴様、エリザ様を1人にしてどうする」
ギランは額を机に密着させるヤマトの服を引っ張る。
「静かにして下さい、ギランさん。僕が一番気にしてるんですから……」
「何故お主はこんな所で傍観しておるんじゃ。早く連れ戻しに行かんかっ」
エリザは今ジュベルの兵士と踊っていた。その光景を見るのは、ヤマトは複雑な気持ちだった。その優雅な笑みを見ていたいと思う反面、そんな顔は見たくないと思ってしまう。
ついさっきも、別の戦士の1人に「彼女は君のガールフレンドか。彼女にはボーイフレンドは居るのか」とヤマトは聞かれた。ヤマトは咄嗟に「彼女にはラントに婚約相手が居て、明後日挙式を挙げます。絶対に他を出してはいけません」と答えていた。その戦士は、「そうか、残念だな。もの凄くタイプだったのに」と言い、立ち去って行った。
ふう、全く油断も隙も無い。と気疲れしていたヤマトだった。
ヤマトが視線を上げる。5メートル先にエリザの笑顔が見えた。心臓がきゅうっ、となった。
「はあ、もう駄目だ」
羨望と嫉妬がせめぎ合い、ヤマトの中で後者が勝った。居ても立っても居られず席を立つ。
「おい小僧。何処へ行くんじゃ」
酔ったギランがすかさずヤマトを引き止める。片手にアルコール瓶を掴んでいる。
「夜風に当たってきます」
「小僧、エリザ様の護衛はどうする。小僧っ」
「黙ってて下さい。酔っ払いさんは」
「小僧ーっ!」
叫ぶギランを振り切り、ヤマトは城の外へ抜け出す。もうあの場に居たくなかった。エリザを見ていられなかった。
誰がダンスパーティーなどというものを発案したのか。そんな文化この世から抹消してしまえば良い。信じられなかった。
「うああああ、切り替えろ、切り替えろ。そうだ、母さんに何か買ってあげようとしてたんだ。それを考えろ」
ヤマトはグラウンド・オルタナス内での活躍で高額の収入を得られるようになっていて、礼子に親孝行をしようと考えていた。抜群に快適なマッサージチェアか、最高級の寝心地を提供できるマットか、あるいは果物が豆腐みたいに切れる包丁か。
「母さん、あんま物欲が無いんだよなあ」
そんなことを考え込んでいる内に、エリザが探しにやって来た。
「ヤマト、こんな所に居たんですね。探したんですよ、ギランは酔い潰れてしまいますし」
ヤマトはエリザの顔を直視しない。顔を見たら収めた筈のジェラシーがふつふつと湧いてきそうだからだ。
「ああいう場所は苦手なんだ。こういう所が気楽で良いんだよ」
「……そう」
ヤマトの気持ちも知らず、エリザは隣に立つ。健やかな沈黙が広がった。
「……」
「……」
ヤマトの想いは、もう明確だった。エリザへの愛情は日々膨らんでいる。
好意は恐らく気付かれているが、エリザからは反応が無い。男女という間柄においては出会った時から一定の距離を保っている。
こちらの気持ちを察した上で何の素振りも見せないということは、やはり脈は無いのだろうか。いや、でも恋愛の進行速度は人によって違う。
でも。もしかして。ひょっとすれば――。
冷涼な風が吹いた。城の庭にある木々や芝生が揺れ、エリザの後れ毛が風に舞う。城内からは、人々の笑い声や品のあるオーケストラが聞こえている。その音色がBGMとなっていた。
「エリザ、俺のことをどう思ってるの」
「……ヤマトには感謝していますよ」
エリザが答える。
「ヤマトのお陰でジュベルやラントは潤い、人々の生活は豊かになっています。学校も好評です。有難いことに、他の町でも授業を開催しています。これは革新的なことです。学校というコミュニティを通じてジュベル全体の知識と結束が高まり、人々の生きる力となっているのですから」
「うん……」
エリザの役に立てて光栄だった。だが、ヤマトが一番気にしているのはそこじゃない。
「エリザはどうなの。エリザは今は幸せ?」
「勿論です。人々が豊かになり、私も務めを果たせていると実感し、」
「いや、そうじゃなくてさ」
ヤマトがエリザの話を遮る。
「エリザ個人はどう思っているの、って聞いてるんだ。町とか皆とかを抜きにして」
「それは、」
エリザはすぐには答えない。
「俺は、エリザのことが好きなんだ」
ヤマトはエリザの顔を見つめる。エリザの瞳が揺れた。
「もう誤魔化さないでくれよ」
エリザはヤマトの目を見て、すぐに逸らす。
「私は、ヤマトがラントに来てくれて幸せです。ギランも、同じだと思います。皆助かっています。だから、」
エリザは自分でもどう答えて良いか困っていた。彼の情熱を受け入れていいのか。自分には守護者としての役目がある。
エリザが懸念しているのは一点だけだった。
――果たして彼は、本当に自分達の味方だと言い切れるのか?
対するヤマトの想いは、膨らみきった風船だった。好意は絶え間なく放出され、容量オーバーで爆発する寸前だ。
今も心臓が爆発するくらい暴れている。エリザの本当の気持ちを知りたかった。
「ハッキリ、して欲しい」
ヤマトは欄干に置かれたエリザの手を掴む。強く引き、エリザの身体を自分の方に向けさせた。
「エリザ」
ヤマトが念を押す。
2人の間に沈黙が生まれた。
ヤマトは全身から熱を発していた。きっと重ねている掌も熱いだろう。
エリザは、今何を感じているのか。迷惑なのか。それとも喜んでくれているのか。
自分は愛情を持っている。エリザにもそうあって欲しい。
エリザの全身の力が抜け、ヤマトはか細い腕を引く。
その華奢な肢体を抱き締めた。
「……」
「……」
ヤマトは強く抱きしめる。自分の想いが全て伝わるように。
数十秒経って、ようやくヤマトはエリザの身体を放す。
エリザの反応が気になった。
「そろそろ、中に入りましょうか」
「う、うん」
エリザが振り向いた。
「今度は勝手に離れないで下さいね」
ヤマトの全身は噴火しそうになった。エリザの前に立ち、手を引いて行く。
何も考えられなかった。
「ふう……」
その様子を見守っていた人物が居た。ギランだ。
「これで良かったのかのう……」
朧気に浮かぶ月に向かい、小さく呟いた。
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