第10話 修行3
2日目から、ヤマトは積極的に僧侶達を狩っていった。それが最善策に思えた。昨夜みたいに敵に取り囲まれ、その間に他の僧侶達が集まってきたら逃げ場が無くなる。2日目、ヤマトは4人の僧侶を倒した。
3日目は3人。倒した敵の武器は奪い、身柄は木に巻き付けた。こうしておけば目を覚ましても動き出すまでに時間が掛かる。個人戦と化しているこの試験では、僧侶同士が助け合うことは無い。何度か倒した僧侶の前を通ったが、誰も救出されていなかった。
そして4日目、5日目と過ぎていく。ヤマトは段々試験に慣れてきた。体力は厳しくなっていったが、敵の戦力を削いでいたのが功を奏した。脅威は下がっていった。最も厳酷だったのは、初日だった。
6日目、山中に号令が轟く。「単独行動を止め、団体でヤマトを始末しろ」。それはヤマトにとって最悪の事態だった。発見され次第僧侶達が集結する。矢・薙刀・木・投石・落とし穴・ワイヤーの罠。あらゆる手段でヤマトの命を奪いにきた。
ヤマトは片時も休まず逃げ続け、思考が麻痺していった。夜も休息は無い。残り2日となった僧侶達は、体力を振り絞り追い掛け回してくる。ヤマトは死ぬ気で山の中を逃げ回った。
「残り、1日……」
迎えた最終日。ヤマトの体力はもう空だった。木の上で束の間の安息を享受していると、アナウンスが入った。
「ヤマト。ここまで生き延びたことを称えよう。不諍寺に戻って来なさい。これより最後の試験を行う」
慈空の声だった。
「終わった、のか?」
ヤマトは疲労困憊により意識が朦朧としている。何はともあれ、これ以上事態が悪化することは無いだろう。卒倒しそうになりながら不諍寺を目指した。
「よく戻った」
ヤマトが不諍寺に着く。追手だった僧侶達は、死んだ者を除いて全員揃っていた。
疲れ果てるヤマトと違い、皆ある程度回復している。僧侶達にとっては昨日が最終日だった。
「それではヤマト。最後の仕上げに1対1で戦ってもらう。時間はたったの1時間だ。最後まで生き残れれば合格だ」
「1対1ですか?」
それも1時間。今までよりよっぽど楽だった。
「楽だと思ったか? だがそんなに甘くないぞ」
慈空がいつもの笑みを浮かべる。
「なにせ最後の相手はこの私だからな」
「な」
瞬間的にヤマトは全身に恐怖を走らせた。
慈空の力は、修行中に垣間見ていた。恐るべきはその剛力。巨岩を一突きで破壊し、僧侶より3周りも大きい薙刀をプラスチックバットみたいに振り回す。刃だけで13メートル、総重量100キロを超える代物を。
「初めていいか?」
ヤマトは息を飲んだ。慈空の眼から瞳孔や角膜が消え、真っ青に染まっている。顔全体に皺が刻まれ、般若の様相を満たしていく。
「では、開始」
号令と同時に慈空が切り掛かる。ヤマトは剣で受けようとした。
が、ヤマトは寸前で判断を覆す。慈空が大仏に見え、胃が縮んでいた。
慈空の斬撃を回避し、寸前で後方に跳躍した。慈空の薙刀は地面に突き刺さった。20メートルのひび割れが、石庭を分断していた。
「嘘だろ」
人間とは思えない力に、ヤマトは咄嗟に不諍寺の敷地を飛び出す。再び山の中へ逃げ込んだ。慈空はすぐに後を追ってきた。
――殺される。逃走する山中でヤマトの脳裏を恐怖が埋め尽くす。
「掛かってこい、ヤマト」
慈空が薙刀を一振りする。それだけで実直に伸びた檜数十本が切り落とされた。檜は地面に落ち、山に轟音が轟く。
今度は切り落とされた木がミサイルみたいに飛んできた。太さ数メートルの木がまるで重力を受けていないみたいだ。振り返ると、後方から慈空が手で放り投げていた。
ヤマトは飛んできた木を剣で両断しようとする。木はチーズみたいに裂け、途中で勢いを無くし地面に落ちた。
「駄目だ。勝てる訳が無い」
ヤマトは真っ向勝負での勝利を諦め、逃げに専念する。試験は生き残れば合格。正面から戦わなくても構わないのだ。
20分が経過する。慈空との鬼ごっこで山の大部分が開けていた。力では敵わないが、スピードにそこまでの差は無い。鷹火山の木々を隠れ蓑に、ヤマトは逃走を続けた。このまま残り40分を耐え凌ごうとしていた。
「おーい、ヤマト。何処だあ」
何処かから慈空の野太い声が届く。子供に呼び掛けるくらいの穏やかさだ。相手の命を狙っているとはとても思えない。
ヤマトは答えない。自らの居場所をわざわざ教えたりしない。
「ヤマトよ。生き残れば良いと言ったが、本当にこれで良いのか」
慈空が語り始めた。
「お前はあのエリザ様を護らなければならないんだぞ。そんな逃げ腰で大役が務まるのか」
「……」
「あの方はラントだけでなくジュベルに必要な方だ。そのエリザ様を強敵から逃げるお前が守れるのか」
ヤマトは慈空の呼び水には誘われない。
「仕方ないな……。とっておきの話をしようか。少し前にラントで起きた児童誘拐事件の犯人、私はその犯人を知っている」
え――、と心の中でヤマトは漏らす。
「もしお前が出て来るならその犯人を教えてやる」
ヤマトは思案した。エリザやラントの町の人々は事件の犯人を捕まえたがっている。ヤマト自身同じ想いで、リリーの泣き顔も脳裏をよぎる。しかし、慈空に勝てるとは思えない。
「このままではお前は成長できんぞ。良いのか」
そこでヤマトはこの修行の意味を思い返す。これはエリザが折角自分の為に用意してくれた舞台で、自分はもっと成長する為に来た。自分の殻を破る為に。
この恐怖に逃げていては強くなれないのではないか。体力や筋力、技術が成長しても、大成出来ない。もし今後強大な敵と対峙した時、尻尾を巻いて逃げるのか。エリザやギランに命を任せるのか。それで良いのか。
ここで逃げていては、先は見えない。
ヤマトは木陰から姿を現す。3秒後、檜が飛んできた。ヤマトはそれを片手で切り落とす。
連立する檜の奥から、慈空が出てきた。
「そうだ、ヤマト。戦士はそうでなくてはならない。敵に背を向け逃げるなど言語道断。敵を討ち破り、道を切り開くしかないのだ。真の敵との殺し合いはそんなに甘くないぞ。さあ、私を倒してみせよ」
50メートルの距離に居た慈空。薙刀を振り払って接近してくる。
どうする。退くか。いや、それじゃさっきと変わらない。ヤマトは慈空に向かって走り出した。
「そうだヤマト。お前の力を見せてみろ」
慈空の薙刀が垂斜めに降ってくる。強烈な風圧と威圧感。それに合わせ、ヤマトも剣を振るう。
2つの刃が衝突した。ヤマトの剣がすぐに弾かれる。体勢を整える前に慈空の正拳突き。ヤマトは両腕で防御するが、木々の間に吹き飛ばされてしまう。
身体の節々が、たった一撃で打撲した。
「何て馬鹿力だ。でも、受けられた」
意識はしっかりしている。ヤマトは慈空相手でもやれると自覚した。
檜の幹をクッションにし、飛んできた方向へ跳ね返る。慈空との距離を一瞬にして縮めた。
スピードに乗った一撃をお見舞いする。ヤマトの渾身の一撃は慈空を数メートル後退させた。地面に慈空の巨大な身体を引き摺った線が生まれた。
「どうだ」
慈空がゆっくり顔を上げる。仏の左の頬に、薄っすら切り傷が浮かんでいた。その顔には快感が浮かんでいた。
「良いぞヤマト。そうだ、もっと来い。お前の力を限界まで発揮しろっ」
慈空は戦術を変更し、「突き」を多用してきた。慈空とヤマトの距離は10メートル以上。ヤマトの剣の長さは1・5メートルしか無く攻撃が届かない。慈空の突きを受けるだけになってしまう。
「さあ、どうするヤマト」
前々からヤマトが弱点と認識していたのは遠距離戦だった。ヤマトの武器は現在剣だけで、距離を取られればどうしても後手に回らされる。当然敵との距離を詰めようとするのだが、それすらさせて貰えない相手も居る。その場合エリザやギランに頼らざるを得なかった。
時空に押され続けヤマトは崖に追い込まれていた。
「そこから落ちれば致命的だな」
ヤマトは反撃の手段が浮かばない。
「打開策が無いならそのまま死ね」
これ以上後ろには引けない。頭にエリザが思い浮かんだ。
約束がある。ラントに学校を作るんだ。
「俺はまだ死ねない!」
ヤマトの剣が淡く光る。剣が形を変え、慈空の薙刀に引けを取らない大きさに変化した。
「大きくなったっ!?」
困惑するヤマト。だがどうして剣が巨大化したか、それは後回しだ。ヤマトは巨大化した剣で慈空に切り掛かる。
先程までは簡単に弾かれた攻撃が、今回は膠着した。
よし、いける。この慈空とだって俺はやれる。
ヤマトは次々に斬撃を繰り出し、一進一退の攻防を繰り広げる。力で負けないようになった今、スピードと技術力の勝負。その土俵だったら勝負出来た。
ヤマトは慈空を押し返し、断崖からの脱出に成功する。慈空はにこやかに笑んでいた。
「『開力』したようだな」
「これが、『開力』」
「そうだ。『開力』の効果は人によって異なる。どうやらお前は武器の性質を変化させることが出来るらしい。面白くなってきな」
残り時間はあと5分。だが未だ劣勢は続いており、一歩間違えれば死が待っている。
「油断するなよ、ヤマト」
「負けないっ」
ヤマトは相手の懐に飛び込んでいく。「開力」の力でさっきは剣を巨大化させた。ならばこの能力はもっと自在に扱えるのではないか。
ヤマトは一種の賭けに出る。巨剣を手放すと、消滅した。
「武器を手放すとは何事だ、命乞いでもする気か?! 悪いが私は情けは掛けんぞ。ヤマト、ここで死ねっ」
ヤマトは慈空の斬撃を避けながら距離を縮める。不思議と恐怖は無かった。
残り数メートルになり、手をかざす。ヤマトの右手にコンパクトな短剣が出現した。
相手の武器が巨大なのは脅威だが、逆に間合いを詰れば有利になる。ヤマトは短くなった剣で慈空の胸元に飛び込んだ。
刺さった、と思ったと同時に横から衝撃を受ける。慈空の右の拳が肋骨を殴打した。ヤマトは遠くに吹き飛ばされる。
地面にぶつかり、転げ回るヤマト。酷い痛みだった。身体の内側で骨が破裂する音が聞こえた。
痛みを堪えながら、ヤマトは起き上がる。もう一度相手の攻撃は受けられそうになかった。
だがヤマトに次の攻撃が飛んでくることは無かった。視線の先で、慈空が動きを止めている。彼の腹部を短剣が貫いていた。大量の血が流れ出ていた。
慈空が傷口を押さえながら片膝を着く。
「大丈夫ですかっ」
「ああ、大丈夫だ」
そこで1時間経過の合図が鳴った。
「慈空さん」
ヤマトが駆け寄る。
「ヤマト、素晴らしい戦いだった。最終試験は合格だ。―これにて全工程を終了とする」
「ありがとうございます」
慈空はこんな時でも笑っていた。
「ヤマトよ」
「はい」
「お前はこれから更に強くなるだろう。お前に授けた能力がお前を強くする。
だがこれだけは覚えておけ。その力は、使い方によって『善』にも『悪』にもなる。いや、『善』であるものは総じて『悪』なのだ」
「……はい」
ヤマトにはその言葉の意味がまだ理解できない。
「今は分からんかもしれん。しかしお前はいつかその本当の意味を知るだろう。その時お前がどんな戦士となるのか……。楽しみにしているぞ」
数か月に渡る鷹火山での修業が終了した。
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