第9話 修行2

敷砂の上に転げるヤマト。


「駄目だ駄目だっ。そんなんじゃ簡単に命を奪われるぞ」


「やる気が無いなら山を下れっ」


「この貧弱者、お前みたいな腰抜けは初めてだ」


 ヤマトは罵声を浴びせられる。鷹火山に来てから、1か月半が経過していた。


修業は想像を絶していた。初めは薙刀を持たせて貰えず、基礎となる肉体の強化からだった。山の奥深くに滝があり、僧侶達はその水で生活している。まずは水を運ぶ修行からだった。


15キロの水が入るバケツを、片手につき3つずつ持つ。その運搬作業を連続して5回繰り返す。水が少しでも零れたらやり直しだ。最後の5回目に、1時間の滝行を行う。滝の水は氷のように冷たく、魔力により鉄骨が落ちてきたような重さとなっている。中には頸椎が不能になる者も居て、ヤマトも何度か意識を失った。


滝行が終われば次は巨岩に向かって正拳突き。トラック大の大きさで、表面は鉛みたいに硬い。この岩を殴り続け、1日1つ破壊する。破壊できなければ次の段階には進めない(慈空はこの岩を一撃で粉々にする)。最初の数日間、ヤマトは破壊するのに日が暮れるまで掛かった。


それが終われば次は足腰の鍛錬。自分が運んできた水を肩や頭上・腕に乗せ、山頂と山頂の間に掛けられた極細の糸の上で片足スクワットをする。目を瞑りながら、片足につき100回を5セット。


そして全行程の何時も毒矢がヤマトを狙った。一撃喰らえば2・3日は動けなくなる毒が仕込まれている。山の中から常に誰かが狙いを定めていた。


 過酷な日々でヤマトの肉体は鍛えられ、精神は研ぎ澄まされていった。そして1か月が過ぎた頃、ようやく剣術の修行に入った。ヤマトも他の僧侶達と同じ作務衣を着用する。上半身は裸で、頬や肩、腕、腹部には切り傷が幾つも刻まれていた。


「どうでしょう、慈空様。彼は」


 エリザ達は縁側からヤマトを見ている。


1か月ぶりに見るヤマトは、肉体が硬くなり雰囲気が雄々しくなっている。戦闘のプロである慈空に評価を尋ねていた所だった。


「ええ。エリザ様が連れて来られた方なので見込みはございます。連れて来たばかりの頃は、軟弱さが残っていましたが。時間が経つにつれ改善されていきました。どうやら叩く程跳ね返してくるタイプのようです。特に武器を持ってからは目を見張るものがある。あの薙刀は重さが20キロあり、大抵の者は扱えません。それを彼は初日で振り回していましたから」


 慈空は正座している。2人の手前にはお茶が入った湯呑が置いてある。


「ではそろそろ修行は終了で?」


「いえいえ、そこまでは。あと1か月は必要でしょう。その後最終試験を行います。それまでに『開力』の効果が出るかどうか」


 ヤマトがまた敷砂の上に倒された。右の頬から血が出ている。


「どうしたヤマト。もう終わりかあっ」


 ヤマトはよろけながらも立ち上がる。


「……お願いしますっ」


「そうだ、掛かってこい」


 ヤマトが僧侶に飛び掛かっていく。何度か刃を交え、また砂の上に倒される。


「立て、ヤマト」


「まだまだぁっ」


 生まれたての小鹿のように立ち上がるヤマト。エリザはそこで立ち上がった。


「ではまた改めます」


「はい、お気を付けて」


 ヤマトの修行は続いた。




「この数か月よく耐え抜いた。これがお前の最終試験だ」


 修行開始から3か月が経った。ヤマトは総本山である不諍寺に呼び出されていた。


本堂は木造で、慈空の奥には巨大な大仏が鎮座している。小金色に輝いていた。その手前、内陣と外陣で2人は向かい合っている。ヤマトの背後には30名の僧侶達が正座していた。


 ヤマトはつい1週間前に「開力」の儀式を受けていた。「開力」の儀式は不諍寺の奥の洞窟で三日三晩行われた。周囲を2000度近い炎に囲まれ、延々と「開力」のお経を唱えられる。ヤマトは何度も脱水状態で意識が途切れかけた。儀式が終わり地上に出た時は、自然の息吹で「生」の実感をひしひしと覚えた。


「ではこれより最終試験を始める。試験の内容は、『生き延びること』だ」


「生き延びる……」


「そうだ。お前の後ろに座る僧侶達が1週間お前の命を狙い続ける」


「1週間も」


 慈空が仏の笑みを浮かべる。


「お前は僧侶達の本気の殺意から生き延びるのだ」


「そんな」


 ヤマトは背中から殺気を感じた。殺意が炎のように蠢いている。あるいは蛇のように。殺意の触手が伸びてきて、ヤマトの髪や肩、背中、腰を掴んで引き寄せようとする。僧侶達は本気だった。


「手段は問わない。山の中なら何を使っても構わず、どんな武器を使用しても良い。お前が僧侶を殺しても罪は問わない。ただし、山の中から出てはいけない。出た瞬間修行を放棄したとみなし、寺の全員でお前を殺しに行く。また、いかなる理由があろうと降参は認めない。お前に許されているのは逃げ果すか死ぬかのどちらかだ。何か質問はあるか」


 ヤマトは衝撃を受け過ぎて言葉が出ない。


「それでは早速最終試験を開始する。ヤマト、お前がこの場を離れて15分後に僧侶達を解き放つ。では、始めっ」 


 ヤマトは反射的に飛び出した。一目散に本堂から出ていく。


本堂前の石庭を飛び越え、瓦屋根を踏み台にする。瓦の上から山に向かって大きく跳躍した。


そのまま深い緑の中に紛れて行く。ぶつかって木々の枝が何本も折れた。周辺の鳥達は、驚いて飛び立っていく。その間も殺意の触手はヤマトを絡め取ろうとしていた。


「くそ。どうする、どうする」


 突如始まった試練に、ヤマトは狼狽する。ただひたすら山の中を駆け、とにかく不諍寺から距離を取ろうとした。


「真っ向から戦うか? いや敵は精鋭揃いだ、一度に攻められれば勝ち目が無い。1週間どころか1日も保たない」


 もし付け入る隙があるとするならば、僧侶達は全員自分を殺したがっていることだ。己が一番強いと自負する者ばかり。だとすれば、敵は徒党を組んでこないのではないか。ヤマトはそう推測する。


「なんにせよ敵に見つからないのが一番だ」


 広大な山中を全速力で走り抜ける。


瞬く間に15分が経ち、法螺貝の音色が山全体に響く。僧侶解放の合図だ。ヤマトは一層気を逸らせた。


30分走り、木々の上に身を落ち着かせる。そこは一際自然が深い場所だった。檜は高さ30メートルあり、相手は地上から探すだろうと考えた。


「ふう」


 ヤマトは息を潜める。開始から1時間が経過していた。


今の所誰とも接触していない。僧侶達は派手な捜索はしていなかった。


ヤマトが音を立てないので、葉が擦れる音や空を舞う鳥の鳴き声、緑の中の魔物の声が際立つ。天気は快晴で、木漏れ日が注いでいる。ヤマトが立たされた状況と相反する陽気な日中だった。


「あれは」


 ヤマトは1人の僧侶を発見する。僧侶は長さ5メートルもの薙刀で周辺の雑草を払っていて、1人だった。


ヤマトは逡巡する。ここで1人狩った方が良いだろうか。敵は30人も居るのだ。


1人ずつでも敵の数を減らした方が良いかもしれない。期間は1週間もあるのだから、逃げ続けるだけだと後々不利になる。


 地面の僧侶はヤマトに気付いていない。相手はどんどんヤマトが隠れる檜の真下に近付いて来る。あと10メートルの距離。9、8、7、6、5――。


「何だっ」


 僧侶のすぐ側に何かが落ちた。僧侶は薙刀を構える。恐る恐る近付くと、落ちていたのはただの巾着だった。


「木に挟まっていたのか」


僧侶の警戒が解かれた瞬間に、ヤマトが飛び降りる。


「貴様、」


 僧侶が言い終える前に、ヤマトは後ろから首を絞める。僧侶は苦悶の声を漏らす。抵抗しようとして、ヤマトの腕や顔を爪で引っ掻く。


ヤマトの手から血が流れた。僧侶は尚抵抗する。段々と僧侶の身体から力が抜けていく。10秒くらいして、僧侶の意識が途切れた。ヤマトは眠った僧侶を地面に横たわらせた。


「よし……」


 ヤマトが一息吐こうとする。


「ヤマトかっ」


 山の奥から別の僧侶の声がした。


見つかるのが速い。ヤマトはすぐにその場を離れる。


一瞬の判断で、ヤマトは僧侶の薙刀を奪った。当分は目を覚まさないだろうが、起きた時に武器は無い方が良い。


 ヤマトは一まずこの作戦を続行することにした。身を隠し、単体の僧侶を発見したら相手を狩る。その日の内に3人の僧侶を倒した。奪った薙刀は使えないよう領域の外へ投げ飛ばした。


「夜だ」


初日の夜がやって来た。ヤマトは檜の枝の上から、空に浮かぶ三日月を眺める。


 静かな夜だった。鳥達が活動を止め、木々が風で揺れている。ヤマトは夜をどう過ごそうか思案する。一か所に留まるのか、動き続けるか。


相手は夜に襲撃してくるのか、それとも休息するのか。もし敵が休んでいても、ヤマトはある程度身構えていなければならないので負担が大きい。


 考えた末、ヤマトは一定時間留まっては移動することにした。夜が更け、三日月が少しずつ傾いていく。夜中は回復に努める者達が多いようで、誰とも遭遇しない。あと2・3時間で朝日が昇ってくる頃合いになった。


「このまま夜が明けるか」


 ヤマトが呟く。山はまだ眠っている。


直後、右側から殺気がした。ヤマトは即座に上体を逸らす。一本の矢が通過する。


「そこか」


 1人の僧侶が叫んだ。山そのものが目覚めたみたいに、慌ただしく動き始める。


「見つかった」 


 ヤマトは枝の上を飛び移って行く。「居たぞ」、僧侶の声がこだまする。何人かがヤマトを追って木の上に飛び乗ってきた。枝に踏み込み、次の枝へ飛ぶ。


「ヤマト、捉えたりっ」


空を見上げると、作務衣を着た僧侶が三日月と重なっている。僧侶は振り被った薙刀を力任せに振り下ろしてくる。その斬撃を、ヤマトは剣で受け止めた。山の中の地面に叩きつけられる。 


 続けざまに敵の薙刀が襲い掛かってくる。ヤマトはそれを寸前で躱す。薙刀が地面に突き刺さった。直撃していれば、ヤマトの顔面は真っ二つに切り裂かれていた。


「どけ」


 ヤマトは下から敵の脇腹を蹴り飛ばし立ち上がる。気が付けば、3人の僧侶に取り囲まれていた。全員が薙刀を構え、ヤマトの命を刈り取ろうとしていた。


 4人の乱れた呼吸だけが聞こえている。誰も動かない。間合いを窺っている。ヤマトは五感を研ぎませた。


 そこに、木々を搔い潜った矢が飛んでくる。ヤマトはそれを躱す。それが発端となり、場が動く。背面側に居た僧侶がヤマトに切り掛かる。ヤマトは左に飛んで避けた。


「貰った」


別の僧侶が右から襲い掛かってくる。ヤマトは最初の僧侶を盾にして防ぐ。僧侶の身体の上半身が地面に落ちた。血が無惨に飛び散った。


もう1人の僧侶が切り掛かる。ヤマトはその太刀を剣で受けた。薙刀を受けている状態で、もう1人の僧侶が突きを繰り出してくる。その突きを皮一枚分で躱した。山の中から僧侶が2人現れ、今度は4人に囲まれた。


今にも飛び掛かってきそうな僧侶達。血眼になっている。獲物を見つけた猛獣と化している。


分が悪いと瞬時に判断したヤマト。深く踏み込み、その場で高く跳ぶ。木の中に紛れようとした。


「待て」


 逃げ惑うヤマトに矢や薙刀が飛んでくる。ヤマトはそれらを躱しながら、敵の居ない方角へ飛び去っていく。敵の猛攻は断続的に続いた。逃げている間に、夜が明けていく。空が青くなり始め、朝日が昇ってきた。


「待て、ヤマト!」


最終試験の初日が、終了した。



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