第8話 修行
グラウンド・オルタナスの世界には、多数の惑星がある。ヤマト達が住んでいる惑星はジュベル。その中のラントという町だ。
ジュベルは工業が盛んで、メリダスを建材や武器に加工している。だからラントの町の中央には巨大な工場群があり、煙突からいつもスモッグが噴出している。
グラウンド・オルタナスの中にも貧富の差はある。ジュベルは惑星の中で5~6番目の経済力だ。現実世界と同じで惑星によって主産業が異なり、食産業に強い惑星・観光に特化した惑星・モンスターの討伐を経済の中心とする惑星などに分かれている。
ジュベルは先進惑星の一つだが、ラントの開発はまだ進んでいない。ラントはジュベルの中で最古の町で、規模は小さい。地面は土で、だから何処でも砂埃が舞っている。家屋はスレートの入ったプレハブや、木材か鉄の平屋。2階建て以上の家に住んでいるのは裕福な者だけ。町の中央にある工場群は金属が剥き出しで、鈍色の城のように君臨している。
ヤマトとエリザはラントを出て郊外を歩いている。修行の地に向かっていた。
郊外は土の地面と凸凹な道のりがどこまでも続く。自然は少なく、建造物が基本的に無い。たまに簡単に折れそうな看板や、変わり者の木こりが住む小屋があるだけだった。
「エリザはさ、よく本を読んでいるよね」
ラントを出て2時間が経った。
ヤマトは旅に必要な荷物を全て持っている。魔法を使えばもっとコンパクトに纏められるが、修行の一環で重いままにしてある。ヤマトは登山者が背負う10倍くらいの背嚢を背負い、体の前にも両手で荷物を抱えている。視界は荷物で覆われていた。
「ええ。家に書物が沢山あるので。時間があれば家の前の丘で読んでいますね」
その姿をヤマトは一度見たことがある。他に、花に水を与えたり、子供達と遊んだり、町の人々と話す姿をヤマトは見ていた。
「それは、エリザらしいね」
息も途切れ途切れに答えるヤマト。
「そうでしょうか」
「うん、そう思うよ」
「……。私らしいとはどういうことでしょう」
「え?」
ヤマトが立ち止まる。
「私は私の中からしか物事を見ていません。要するに、客観的に私を見たことが無いのです」
急に話が難しくなり、ヤマトは返答に困る。
「ん~、そうだな。何と言うか、エリザは女性らしいし、可憐で、清らかで、奥ゆかしくて……」
ヤマトは答えながら照れた。好意が伝わってしまわないかと、恥ずかしくなる。
「ありがとう。ですが、私はそんな褒められる人間ではありませんよ」
「そんなことないよっ」
ヤマトは反射的に否定した。ヤマトの頬が赤く染まった。
「いや、エリザは素晴らしい人間だよ。自分が思ってるよりずっと」
エリザはヤマトを見る。彼の真剣な瞳に、肩の力が抜けていった。
何もそんなにムキにならなくても――。そう思いつつ、彼の言葉は素直に嬉しかった。
「ありがとう。私はラントの守護者で、町を護る責任があります。その為に尽くさねばなりません」
2人がまた歩き出す。
「特に子供達ですね。私は子供達に生き抜く力を授けてあげたいです」
「……少し前に起きた事件だね」
「はい」
数週間前、ラントで3人の子供の誘拐事件が起きた。
その内1人はラント郊外で殺されていた。服や全身が引き裂かれ、見るも無残な姿で見つかった。ラントの警備隊とジュベル政府が調査しているが、まだ犯人は捕まっていない。残りの2人の子供もまだ見つからない。
話を聞いたリリーは泣きじゃくっていた。ヤマトは少女を抱き寄せて慰めた。
「大丈夫だからね。大丈夫」
「ヤマト、もっと強くなって皆を守って……」
「分かった、約束するよ」
エリザが言う。
「世界の未来は子供達が創ります。私はその芽を育てたい。世界で一番豊かな国にしようとは言いません、ただ子供達が安心して暮らせる町を作りたいのです」
エリザの遠い視線から、その想いが伝わってきた。
「エリザならきっと出来るよ」
「はい。私はやり遂げます」
もしエリザのような人間が指導者になれば、国は豊かになるだろう。人々を正しい方向に導ける――。と、そこでヤマトは閃いた。
「そうだっ、エリザが子供達に教えれば良いんだよ」
「教える?」
「うん。この世界にはまだ学校が無い。あっても良いと思うんだ、グラウンド・オルタナスの学校が。戦闘の基礎から、魔物の倒し方、各職業について、それ以外に商売でも資源でも何でも良い。それを子供達に伝えてあげれば良いんじゃないかな? そうすれば子供達に生きていく力が身に付くと思うんだ」
「学校、ですか」
「うん。どうかな」
「それは、素晴らしい発想かもしれません」
エリザが溢し、ヤマトは表情を明るくした。
「僕も協力できることがあれば手伝うからさ」
「ええ。ありがとう」
更に数時間歩き、山が現れた。これまで土色の風景が続いていたが、現れた山には木々が密生している。外へ外へと膨張し、山自体が生きていると感じさせた。
山の奥深くには寺があり、そこの僧侶は戦いに特化した戦闘集団である。所謂僧兵だ。普段は温厚だが、いざ戦闘になるとスイッチが入る。相手を殲滅するまで戦う、バーサーカー(狂戦士)と化す。本来僧侶は死者を成仏させるのが仕事だ。が、この山の僧侶は人間を死者にする。彼らは「狂僧兵」と呼ばれていた。
山の名前は鷹火山(おうかさん)と言う。山の中には7つの寺があり、総本山は不諍寺(ふじょうじ)だ。「人の業は永久に不滅であり、故にこの世から諍いが無くなることはない」という意味が込められている。他の寺は滅法寺・風龍寺・玉悪寺・業徳寺・闇陽寺・霊壊寺。
戦闘に特化した寺院ということで、力自慢や戦闘好きの入門希望者・道場破りが度々現れるが、その全員が返り討ちに遭っている。
また、不諍寺の住職には代々「開力」の力が受け継がれる。認められた者だけが「開力」の儀式を受けられ、けれど能力が開花するとは限らない。能力が開花する者は100万人に1人と言われる。
「ラントから参りました、エリザ・ストレインと申します」
山に入口は1つしか無かった。2メートル間隔で石柱が建てられ、その手前に2人の僧侶が立っている。僧侶は濃紺の作務衣で足元は下駄を履いている。見た目は簡素だが、魔力によって作務衣は20キロ・下駄は片足5キロの重さになっている。いかなる時も彼らは修行中だ。
山全体に結界が張られている。この入口以外の場所から侵入した場合、即刻7つの寺院に伝達がいく。伝達を受けた手練れの僧侶達は、血を沸かせ侵入者の抹消に飛び出す。その際の僧侶達の表情は法悦としている。仲間同士の殺し合いは即破門で(修行中の死は許される)、彼らは合法的に敵を殺せる機会に飢えているのである。これまでに侵入して殺されなかった者は2人だけ。その2人も最終的には取り押さえられ、山の外に投げ捨てられた。因みに寺院側は入口以外からの侵入を禁じておらず、侵入者歓迎のスタンスを示している。
「エリザ・ストレイン様とヤマト・アストラル様ですね。お待ちしておりました。上で住職がお待ちです」
僧侶は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
挨拶を済ませた2人は、石畳を歩き始めた。すぐに石段が現れ、先を見遣る。が、頂上は見えない。石段は山の中へと吸い込まれていた。
「なんか、身体が急に重くなったような」
「結界の中に入ったのでしょう。普段の力が出なくなっています」
ヤマトは腕を回してみる。身体に力が入らない。
「本当だ。ここからもう修行に入っているんだね」
「そういうことです」
2人は石段を上って行く。
「もしかしてエリザも此処で修行を受けたの」
「いえ、私は受けていませんよ。どうしてですか」
「僧侶さん達と知り合いみたいだったから」
「ああ。私ではありません、何名か此処に連れて来たことがあるからです」
ヤマトは腑に落ちた。
「その人達はどうだったの。修行は成功した?」
「人によりけりですね。1人は途中で断念しました。その後戦士を辞め、商人になりました。余程ここでの修業が過酷だったようで。もう1人は修行を完遂しましたよ。ただし左腕を失っていましたが」
修行と壮絶さを聞き、ヤマトは気持ちが重くなった。
石段は蛇行していた。左右にうねり、上がり下がりが激しい。その道中に幾つもの仕掛けが施されていた。蛇や鳥の魔物が待ち構え、山の中から矢が飛んできて、足元に落とし穴が仕込まれていた。
山の自然は深く、道以外は全て緑で覆われている。空へ一直線に伸びる檜が延々と屹立している。それが神聖且つ淡々とした恐怖を覚えさせた。
石段を上ること3時間。やっと1つ目の寺に辿り着く。風龍寺だった。
本堂の手前に、一辺が30メートルの石庭が広がる。敷砂の上では僧侶達が修行に励んでいた。僧侶達は上半身裸で全員スキンヘッド。手には先端が鋭く尖った薙刀を手にしている。刃は真剣で、彼らは日々命懸けの特訓を行っている。修行中に誰かが意識を失うのは日常茶飯事である。
「エリザ様。お待ちしておりました」
そこに1人の僧侶が現れる。60代でかなりの巨躯、法衣を着用した男だ。
「彼がヤマト・アストラルですね。初めまして、私は不諍寺の住職をしております、慈空(じくう)と申します」
慈空は一例した後握手を求めてくる。ヤマトは右手を差し出した。慈空の手は厚く、長編小説の本くらいあった。にわかに畏怖を覚える。
慈空は手だけでなく肉体全体が厚かった。首・胸板・腕・太腿・背筋、どの部位も筋肉隆々で、法衣が浮き上がっている。猟奇的な鍛錬の賜物だった。
「では慈空様、私はこれで。あとはお願い致します」
「かしこまりました」
「ではヤマト、早速修行を始めよう」
慈空は柔和な笑みを浮かべた。
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