第6話 惑星ボロルと初任務

宇宙空間に出てからは退屈な時間が続いた。VKー255は途轍もない速度で進んでいるが、景色はあまり変化しない。エスカレーターの10分の1くらいの体感速度だった。


 宇宙には色とりどりの惑星が幻想的に浮かんでいる。オレンジ色にまだらな模様が入った星、水色と白でボーダーになっている星、円盤状の星、黒ずんで干からびている星、楕円形で外側の環がギザギザになっている星。高級な百貨店のチョコレートみたいだと思いながら、ヤマトは新種の星々を眺めた。


 フライト中は主にエリザと会話し、(ギランはまだ警戒しているのかあまり話してくれなかった)疲れたら眠りに就いた。眠りから覚めた時には、目的地の周辺だった。宇宙船が着陸する時も、離陸時と似たような負荷が掛かった。


「ヤマト、大丈夫ですか」


 エリザが気遣う。


「はい、大丈夫、です」


 ヤマトは乗り物酔いした。


「若いのに貧弱な奴だのう。先行きが不安じゃわい」


 ギランはヤマトに幻滅する。壁に寄り掛かりながら歩くヤマトは、妙な違和感を覚えていた。


 惑星ボロルに降り立つ3人。見渡す限り山地で、随所にクレーターみたいな穴がある。全体的に視界が赤く、穴からマグマが噴出していた。


湧き上がるマグマはスライム状だが、とても触れられない。1500℃以上の高温になっていて、触った箇所は瞬時に焼失する。気温は異様に高く、平時40℃を超えている。上陸してから数分で、ヤマトは全身に汗の粒が浮かんだ。


「ギラン」


 と、エリザ。


「はい。――リフレム」


 ギランの杖の先端から黄色い光が放たれた。光は3人を包み込み、周囲の熱気が無くなる。


「ありがとうございます」


「エリザ様に言われたからじゃ」


 ギランは全く素直じゃない性格だった。


「進みましょう」


 レアアイテムは、いつも立ち入り困難な場所に現れる。洞窟の奥深くや城の玉座の裏の隠し階段の下、あるいは雲の高さまで聳え立つ塔の頂上や、奈落の谷の底。レアアイテムの探索で毎回と言っていいほど死人が出る。調査団数百名が全滅することもあった。


「むっ。敵じゃ」


 魔物やモンスターは何処からともなく現れた。1メートル以上の爪を持つ鷲と鷹のキメラ、全長5メートル・舌で敵を絡めとるポイズンスネーク、最高時速120キロで走り口から火炎を吐くブレイズヴォルグ。


 センスを買われて調査団に選ばれたヤマトだったが、まだ実戦の数は少ない。苦戦しながら経験を積んでいく。


「ヤマト、大丈夫ですか。――サファム」


腕の傷が癒えていく。


「ありがとう」


エリザは精霊だ。ヤマト達が住むラントの村を守護している。魔法に特化し、特に回復系の魔法は精霊にしか使えない。エリザはラントの守護者だった。


「小僧、ワシに任せよ。――アルガ」


ギランの杖から吹雪が吹き荒れる。熟練の魔法使いである。背の低い老爺で、茶色のローブを纏っている。ローブは薄っぺらいが特殊な魔力が備わり、敵の特殊攻撃を防ぐ。直接攻撃にはそこまで強くない。ギランは魔法使いの一族で、長年ストレイン家に仕えてきた。


「うあっ」


 一匹のブレイズヴォルグが飛び込んできて、ヤマトは仰向けに押し倒される。


「小僧」


 援護しようとするギランを、エリザが制した。


「このまま戦わせましょう」


「しかし、ブレイズヴォルグは兵士3人掛かりでやっと倒せる魔物。新米の小僧には、」


「ここで負けるならそれまでの者だったということです」


 ギランはまだ何か言いたげだったが主の忠告を優先させた。


「くっ」


 2人から5メートル先で、ブレイズヴォルグがヤマトにのし掛かっている。


 ヤマトの頭上にブレイズヴォルグの牙が迫った。唾液が垂れてくるが、ヤマトはそれを避ける余裕が無い。右の頬にスライムの液体が粘り付いた。


 ブレイズヴォルグが、大きく息を吸う。


「あれは」


 とギラン。


 ヤマトは瞬時に危機を察知する。ブレイズヴォルグが大きく口を開き、火炎を吐く。ヤマトは咄嗟に上半身だけ左に避けて躱した。


 下から敵の腹部を蹴り、横に飛ばす。自身はすぐに反転して体勢を整えた。ヤマトが視線を上げた時には、ブレイズヴォルグはもうこちらを向いていた。再びブレイズヴォルグと向かい合う。


「避けよった」


 ギランはヤマトに感心している。


「……」


エリザは冷静に戦局を見据えていた。


 ブレイズヴォルグの荒い息遣いと、射殺す視線。ヤマトは身体を硬直させた。


生まれて初めて殺気をぶつけられている。ヤマトの人生でこんなピンチは無かった。誰かとトラブルにならないように生きてきたからだ。


目の前の猛獣は自分を明確に殺そうとしている。それがヤマトに伝わった。だが不思議と尻尾を巻いて逃げようとは思わない。ゲームの世界であるということが、ヤマトに勇気を与えていた。


 ブレイズヴォルグが体勢を沈める。四つの脚で踏み切り、5メートル離れた場所から跳躍する。ヤマトは前転して攻撃を避ける。すぐに立ち上がって次の攻撃に備える。ブレイズヴォルグは既に眼前まで詰め寄っていた。


「小僧っ」


 ギランの檄が飛ぶ。ヤマトは敵の爪を躱した。髪の数本が餌食となり、宙に舞う。頬の皮膚も切れて血が飛んだ。


 攻撃の後、ブレイズヴォルグの動きが一瞬鈍った。ヤマトはその瞬間を見逃さない。


 敵の懐に飛び込み、思い切り剣を振り下ろす。ヤマトの刃がブレイズヴォルグの首元を切り裂いた。黄金色の狂犬が、天に向かって咆哮を上げた。


ブレイズヴォルグはよろめき、数歩進んだ所で横向きに倒れる。光に包まれ、そのまま消滅した。やや大きめの朱色のメリダスが赤土の地面に落ちた。


「やりおった。あの獰猛なブレイズヴォルグを1人で倒すとは」


 ギランは驚嘆している。


「見事です、ヤマト」


 エリザ達が寄ってくる。


「たまたまです。死ぬかと思いました」


 エリザは会話しながら治癒する。


「それでも素晴らしいです。貴方はまだ戦いを始めたばかりなんでしょう」


「今で3ヶ月です」


「3ヶ月……」


 エリザは神妙に頷く。もしそれが本当なら、急激な成長だった。ブレイズヴォルグに命を取られた戦士は多数いる。それを僅か3か月の戦士が――。


 これはもしかしたら世界の秘密を関係が?


 エリザはここ最近世界に対して疑問を抱いていた。いつからか世界が急速に変化し始めた。惑星同士の緊張は高まり、険悪だ。この分だと、いずれ戦争が勃発しかねない。だがエリザにはその変化の源泉が分からなかった。


「少しはやるようだの、小僧」


「はは。ありがとうございます」


 エリザは若年の戦士を観察する。


ひょっとすると、彼と世界の謎は結び付いているのか――。根拠は無かったが、何かが隠されているような気がした。そうでなければ不自然だった。


「ヤマト、期待していますよ」


「えっ、はい」


 3人はホワイトプラチナメリダスの探索を再開した。


夜になり、一時探索を止める。マグマが辺りで赤く光っているので、そこまで暗くなかった。


「ヤマト、ジュベルについてどう思いますか」


「ジュベル? えっと、そうだなあ。広くて土地が余っている印象かな」


「そうですね。ジュベルは惑星としては大きい。けどまだ開発されていない土地が多く、資源を使い切れていません。もっと発展出来るのです」


「うん」


 ヤマトはこれまで国の在り方について考えたことが無かった。現実世界でも国単位で物事を考えるのは政治家くらいだ。多くの人間は自分の身の回りのことを考えるだけで精一杯だ。


「近頃ジュベルだけじゃなく世界全体で急激に人口が増えています」


 グラウンド・オルタナスへの参入人数が急増しているのは、ヤマトにとっては喜ばしかった。自分の好きなグラウンド・オルタナスに興味を抱く人が増えているのだ。


「そうだね。良いことだよね」


 しかしエリザは違う見解だった。


「私は、それが良いことなのか分かりかねます」


 ヤマトはエリザの横顔を見る。


「それは、どうして?」


「上手く答えられませんが、何か大きな力が働いている気がするのです」


「大きな力……」


 ヤマトはまだグラウンド・オルタナスに来たばかりだ。以前から居るエリザとは違う。グラウンド・オルタナスへの参入者は、先日4億人を突破した。現実世界で、5億人を超える人口の国は2国しか無い。中国とインド。この2国だけが10億人以上で、3番目に多いアメリカが4億人。そう考えれば膨大な数字だった。グラウンド・オルタナスの参入者は数あるメタバース空間の中で現在3番目に多い。


 メタバース空間は自由に行き来できる世界が多い。それは相互利益を生むからだ。行き来を可能にすることで両世界はユーザーを増やせる。現実のEUみたいな制度だ、EU 加盟国間では国境を超える時にパスポートが要らない。それにより枠内の人や物の移動を活性化させた。その点グラウンド・オルタナスは、他世界との移動を認めていない。 


「何か嫌な予感がしています。人々の増加は基本的に幸先が良いと私も知っています。世界が繁栄しているということですからね。


ですが、その分関わる相手が増えて問題や軋轢が生まれる可能性も増える。私は何故かこの流れが悪い方向に向きそうだと感じています」


 エリザの言わんとすることは、何となくだが理解できた。人が多くなるだけ統率が執れなくなる。人数と比例して意志が生まれるからだ。


 ヤマトは反対にエリザが心配になってきた。グラウンド・オルタナスが繁栄して困る理由でもあるのだろうか。例えば今のグラウンド・オルタナスに満足していて、その関係や立場が崩れるのが嫌だとか、あるいは現実世界に繋がる何かがあるのか――。


「エリザ、もしかして何か悩みでもあるの」


「……」


「エリザ?」


 エリザは答えない。


「何かあったら言っても良いよ。俺で良ければ聞くからさ」


「……いえ、止めましょう。ただの杞憂でしょう」


 ヤマトはエリザの真意を読み取れなかった。ヤマトは現実世界でのエリザを全く知らない。自分自身についても話していないが。


「それよりヤマトの話を聞かせてくれませんか。何故ヤマトがラントに来ることになったのか。どのように生きてきたのか。それを知りたいです」


「え、僕の話なんかつまらないよ」


「人の人生につまらないものなどありません。さあ」


 エリザは時折強引だ。


「う〜ん、分かった」


 やや戸惑いながら、ヤマトは話し始める。


「僕は日本から来たんだ。首都の東京から」


「日本ですか。前にイギリスから来たという人が居ましたね。あとルワンダ? という人も居ました」


「ルワンダ? 聞いたことないなあ、何処だろう。そうなんだね」


「その方はアフリカの東部だと言っていました」


 グラウンド・オルタナスで現実世界の話をする者はあまり居ない。ルール上規制されている訳では無いが、誰も現実世界の話をしたがらなかった。全体的に暗黙の了解が漂っている。


 メタバースが人気を博した要因の1つに、現実世界との隔離がある。現実世界の人間関係や外見、人種、国、年齢を取り払えるからだ。自分の知られたくない部分を隠せる秘匿性がある。


 と、そこでヤマトは1つの可能性に思い当たった。そこにエリザが恐れていることが関係しているのではないか。


 例えばグラウンド・オルタナスで信頼している仲間でも、現実世界の母国が敵対する国同士、最悪戦争中の国同士だったら、親密にしてはいけないかもしれない。エリザが住んでいる国・地域でそういった問題を抱えている可能性もある。


 他に、対立する宗教の派閥同士や民族間で紛争が起こっている、あるいはもっと小さな規模で学校での虐めの加害者と被害者、仕事の上司と部下など。考え出すと色々浮かんできた。


だからエリザはグラウンド・オルタナスの変化を恐れているのだろうか。現状を変えたくないから。自分にとって不都合な相手が現れる可能性が増えて欲しくないからか。


「ヤマトは学問が好きでしたか」


「僕は勉強もスポーツも苦手だったよ。将棋は好きだったけど」


「将棋?」


「そう。日本には将棋っていう競技があるんだ。海外のチェスに近いのかな」


「チェスなら分かります」


「後はそうだな……。僕は、あまり友達が居なかった。皆と上手く馴染めなくて、それで――」


 ヤマトは言葉を詰まらせる。


「どうしました?」


「いや、あまり人に誇れる人生じゃなかったんだ。言えば、エリザも幻滅するかも」


 ヤマトは視線を逸らす。


「そんなことありませんよ」


 エリザが言う。


「私も過去に辛いことがありましたが、過去は過去です。ですから心配せず話して下さい」


 優しい声だった。何となく、エリザなら受け止めてくれるような気がした。それに此処は現実ではない。


「じゃあ――、」


 ヤマトは、自らが抱いていた悩みを打ち明けていった。


学生時代はいつも1人で行動していた。小学校高学年から中学まで無視されたりした。何かを買わされたり、物を隠されたり、変な渾名を付けられた。だから学校という場所が好きじゃなかった。出来るだけ誰にも興味を持たれないよう、気付かれないよう過ごしていた。


 そんなヤマトの救いだったのがアニメやゲームだった。それらは絶対に自分を傷付けず、拒まない。ヤマトにとってはアニメやゲームが一番の友達だった。


「ごめん。つまらなかったよね」


 エリザはかぶりを振る。


「いいえ。ありがとう、話してくれて」


 ヤマトは安堵する。エリザが自分の過去を聞き入れてくれて心が軽くなった。言って良かった。


「だから僕は『グラウンド・オルタナス』の世界がもっと発展して欲しいんだ。エリザとは違う考えかもしれないけど」


「構いませんよ。ヤマトの考えが正しいのかもしれませんから」


 ヤマトは気になっていたことを聞く。


「エリザもそうなの」


「何がですか」


「エリザもこの世界に救われた?」


「――はい。私もです」


「……エリザ。もしその、悩みがあるなら言ってね。出来ることは協力するから。エリザが僕の話を聞いてくれたように、僕も君の力になりたいから」


 エリザは自分の過去を受け入れてくれた。だから彼女がどんな風に生きてきたか知りたい。もし悩みを抱えているなら力になりたい。


「いつかヤマトには言いますね」


 エリザが微笑する。


エリザが何処に住んでいるのか、本当は何歳なのか。例えエリザの母国が日本と外交で問題を抱える国であっても、エリザとは良好な関係を築いていけるとヤマトは信じていた。


何故ならこの世界はメタバース空間で、現実世界と一線を画しているからだ。現実世界の問題を持ち込まずに済む。性別も肌の色も、宗教も、国際関係も、何も気にしなくていいのだから。


エリザと話し終え、ヤマトは眠りに就いた。


「どうでしたか」


「現状、判断しかねます。彼が持つ特異な力、それがどこから来ているものなのか、確かめなくてはなりません。もしその根源が私達に仇名すのであれば――」


「はい、仕方ありませんが」


「注意していきましょう」


「はい」

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