第5話 グラウンド・オルタナスの世界と出会い

ゴーグルを装着し、電源を入れる。次に目を開いた時には大和は異世界に降り立っていた。


「うわっ……」


荒廃した大地。些少な植物。吹き荒れる黄砂。黄金の太陽。紺碧の空を飛翔する新緑のドラゴンが上空を舞う。


ヤマトはグラウンド・オルタナスの世界に入り込んだ。


最初にヤマトが出現したのはラント。ゲーム内の始まりの町だ。この場所に来られたのは1ゲーマーとして感慨深い。現実世界と変わらない五感、現実世界には無い風景、実在しない魔物、どれもがヤマトの心を震わせた。


「本当にグラウンド・オルタナスだ」


 現在グラウンド・オルタナスの世界でR・J822年。感動するヤマトは、まずラントの町を駆け巡った。人々を観察したり、建物を眺めたりした。それから郊外に出て、初期装備で弱いモンスターを倒した。それだけで気分は最高だった。


「これを集めれば良いのか」


モンスターを倒せば消滅してメリダス(鉱石)が生まれた。メリダスはこの世界の資源でありお金にも代わる。メリダスは加工すると武器や防具、この世界のエネルギーであるクリティアになる。この世界はクリティアによって稼働している。クリティアが無ければこの世界は暗黒に包まれてしまう。


 この世界で報酬を得るにはメリダスかクリティアをGAG(グラウンド・オルタナス・ゴールド)に変換しなければならない。GAGは現実のドルと換金可能で、現在の為替は148:1だ。


 最初の1か月間、ヤマトは報酬が殆ど無かった。弱い魔物を倒しても価値の低いメリダスしか手に入らず、ただレベル上げをするだけ。1か月目の報酬は日本円にして2468円だった。


 辞める人の多くはまとまった報酬を貰えるようになる前に放棄する。が、ヤマトは辞めようと思わなかった。まがいなりにも労働であるし、何より楽しかった。1人で過ごすのが苦じゃないヤマトは黙々と魔物を倒しレベル上げに専念した。


「はい、リリー。どうぞ」


「わあ。ヤマトありがとう」


 その間に話せる相手も出来た。とは言ったものの、街に住む少女だ。メロン色の髪をツインテールにしていて、いつも抱いている小さなくまのぬいぐるみがトレードマーク。隣町からやって来た商人から彼女の母親が買ったそれが、リリーの宝物だった。


 他に宿屋のムックや道具屋のアサファ、武器商人のエイモスと知り合った。この町の住人も何処かの国から来ているのだろうが、ヤマトは知らなくていいと思った。ヤマト自身現実世界の話をする気は無かった。


3か月が経つ頃には、地道な努力の成果が出ていた。ヤマトは剣士として一端の腕前になっていた。


「調査団から招集? レアアイテムの探索って書いてあるな……」


その頃、世界の何処かに「ホワイトプラチナメリダス」が出現していた。グラウンド・オルタナスでは時折レアアイテムが投下される。その価値は未知数で、現実世界で5万ドルの時もあれば3000万ドルの時もある。


どの惑星に出現するかはランダムで、各国・各惑星は知らせを聞き即刻探索に動く。手に入れたアイテムは現実世界の通貨に換金するか、あるいはグラウンド・オルタナス内で加工するか、または国の兵力増強に使用するか、はたまたNFT化して保存するかは自由だ。


 これまで現れたレアアイテムの最高額は、日本円にして42億3000万。この価格から分かるように、グラウンド・オルタナスは現実世界にとって大きな経済圏となっている。最近ではメタバース世界の新規加入数で首位を走っている。


 ヤマトは、そのホワイトプラチナメリダスの探索チームに選出された。もっと外の世界を覗いてみたかったヤマトは、招集の任務を受けることにした。


「あの人達か」


ラントの町の外れには果てしない荒野が広がる。乾燥した土と角張った山が続き、自然の割合は極端に少ない。黄土色の風景だった。


「あの」


 ラントは常に砂が舞っていて視界が微妙にぼやけている。黄土色の景色の中、彼女は立っていた。


彼女が風と共に振り返る。ヤマトの胸は瞬時に高鳴った。


プラチナの髪。ルビーの瞳。華奢な身体。


こんなに端麗な女性を見たことが無かった。


精巧な人形であり、現実世界の人間には無い神聖さを醸している。


 その瞬間ヤマトは息を止めていた。


「何じゃ、お主は」


 凍結するヤマトを氷解したのは、老人の声だった。声は下から聞こえ、背中の曲がった老人が下からヤマトを睨んでいた。ヤマトと女性の間に立ちはだかった。


「……あ。え、えっと僕は」


 ヤマトは上手く答えられない。ゲームの中と分かっていても対面のコミュニケーションはまだ不慣れだ。


「ん? 何じゃ、答えられんのかっ」


 老人が圧を掛ける。


「待ちなさい、ギラン。貴方はもしかしてヤマトですか?」


 初めて聞く女性の声。ヤマトは胸が疼いた。


「は、はい。そうです」


「そうでしたか。私はエリザ・ストレインです。今回共に旅する仲間です。そしてこちらが、」


 エリザが老人に話を振る。


「ふん。ギラン・ザハスじゃ」


 悪態を隠さず答えた。尚ヤマトに詰め寄る。


「良いか小僧、先に言っておくが絶対にエリザ様に変な気を持つんじゃないぞ。分かったな!」


「は、はい……」


 ヤマトは苦笑いを浮かべた。


「ギラン、止しなさい。彼は調査団に選ばれただけです。私達はチームなのですよ」


「ふん」


 ギランは悪びれる様子も無くその場を離れる。エリザが話を続けた。


「ヤマトは戦士ですね」


「あ、はい。そうです」


「では隊列の先頭を任せますね」


「え」


 いきなり? ヤマトは狼狽する。


「ええ。私達は補助がメインです。この通り、武闘派ではありません」


 ヤマトは2人を交互に見た。言われてみればそうだった。可憐な女性に高齢のお爺さん。2人の背後に隠れるのは情けない。


 ヤマトの思考を察知したギランがすかさず釘を刺す。


「小僧、決してワシを見くびるんじゃないぞ。貴様なぞワシの魔法に掛かれば一撃で消滅させられるんじゃからなっ」


「はいぃ」


「止めなさい、ギラン」


 再度エリザに注意されたギランはぷいっとヤマトに背を向けた。ギランは背丈より高い杖を手にしている。杖の先端の丸まった部分には真紅のクリティアが詰まり、魔法はこの部分から放出される。


「ごめんなさいヤマト。ギランは正義感が強くて」


「いえ、大丈夫です」


 物は言いようだ……、ヤマトはぎこちない笑みをエリザに向けた。


「では行きましょうか。場所は惑星ボロルです。5時間程で到着します」


 移動は宇宙船だった。荒野にポツンと小型の機体が停まっている。


「凄い、近未来だ」


 ヤマトは感激する。


「何を言っておる、正しく現代ではないか……」


 ギランは呆れていた。


宇宙船は流線型でシャープなフォルム、鉛色のボディがくすんで光っている。全長は10メートル程度。ヤマトは初めての宇宙船に興奮した。


中は前方一面に大きなモニター、その画面に理解不能な英数字が羅列している。モニターの下には多種類のボタンや操縦するレバーとスイッチ。その数は100を超え、素人には操縦不可能だった。


「ここで良いのか」


 ヤマトは後部にある2席の内左側に腰を下ろす。隣の席は空席で、船は4人乗りだ。座席は厳重な造りで、かなり硬い材質。内装は全体的に眩しいくらい白く、壁の側面に丸い窓とモニターが付いている。この機体が1つのコンピューターだった。


「早くベルトを閉めよ」


「ベルト、えっ、あの、どこをどうすれば、」


「席の横に赤いボタンがあるじゃろう。そこを押せい」


 ヤマトは座席の側面を覗き込んだ。そこにボタンが3つ並んでいる。左から赤・青・黄。


その内の赤いボタンをヤマトは押す。座席の両端にある穴が開き、そこから装置が飛び出した。


ベルトが腹部の前で結び付き、締め付けられていく。適度な位置で停止した。


「おおぉ……!」


 ヤマトが感嘆していると、「他の船も大体この構造じゃろ」とギランに小言を言われた。エリザはヤマトを見て微笑んだ。


「では、出発しますよ」


 宇宙船が静かに稼働する。機体に光の波が流れた。音も無く垂直に浮上し、前方に進み出す。そこから一気に加速した。


「うわぁっ」


「静かにしておれっ」


 規格外の加速力だった。振動はあるものの動力源によるものだけで、揺れは殆どない。スケートリンクを滑るみたいに無抵抗で進む機体。宇宙船・VKー255は、僅か5秒の間に時速300キロに達する。気付いた時には空と宇宙の境界線にまで到達していて、そのまま大気を切り裂いていく。惑星ジュベルを一瞬にして置き去りにした。


「ああああああーっ!」


「黙れ、小僧っ」


宇宙船の性能と異次元の速度、それから宇宙。何もかもがヤマトにとって未知の体験だった。


「ああああああーっ!」


「うるさい、小僧。黙らんかっ」


興奮したヤマトの叫びは、宇宙の彼方に吸い込まれていった。



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