第4話 2034年
「なんかよく分かんないけど決まった……」
面談を終え、大和は職安を出た。時計を見ると、時刻は正午前。空腹だったので、近くのスーパーに寄って帰ることにする。礼子は仕事に出ているので昼食を自分で用意しなければならない。
「料理出来ないし、簡単に弁当で済ませよう」
大和は真っ直ぐに1番奥の惣菜コーナーを目掛けた。アメリカ産のとうもろこしやお米を使ったおにぎりの棚を横切る。
最近はほぼ自動で料理してくれるAI家電が普及している。設定した通りに具材を切るフードカッター、調味料を入力した通りに調合してくれるシーズニングミキサー、スタートを押すだけで適度な温度まで温めてくれるパワーレンジなど。が、質素な暮らしの新家にはまだ置いていない。
大和が1人で済ませる場合はレンジで温めるだけの物ばかりだった。もしくは冷凍食品かカップ麺。
豊富な種類の弁当を見比べていく。以前よりも値段が高くなっていることに大和は気付いた。ここ10年で米や小麦、大豆の値段が大きく上昇した。野菜や果実は戦後から値段が上昇していたが、米や小麦の主品目はあまり値段が上がらなかったのに。感染症のパンデミック以降、物価の上昇が激しい、と礼子が言っていたのを思い出す。
物価の上昇は、感染症だけのせいではなかった。日本では2010年代後半に種子法が撤廃され種苗法が改正された。それまでは米などの主品目は国が種子を管理し、安全で低コストを維持していた。それが法の改正で国の管理下を離れ、民間企業(海外を含む)が開発を手掛けるようになった。それが主品目の物価上昇の原因だった。
「賃金はそんなに上がってないのに、って母さんが嘆いてたな」
悩んだ末、大和はハンバーグ弁当を選択した。値段は税抜き499円。コンビニに比べれば安いが、200円台もあったこのスーパーにしては高い。
「えっと、このボタンを押して、っと」
レジは全てセルフだ。2034年のコンビニやスーパーのレジはほぼ無人で、業績の良い大手企業の小売店ではレジという概念すら無い。入り口にあるセンサーがスマートデバイスを検知し、商品を持ったままゲートを潜ると、自動的に銀行口座からお金が引き落とされる。
大和は誰とも関わることなくスーパーでの買い物を終えた。
「ねえ、これ見て」
「え~超格好いい。見せて見せて」
「一緒に見よ、一緒に見よ」
大和がスーパーから家に帰る途中、2人の女子高生とすれ違う。彼女たちの手には最新のスマートデバイス。空中で指を動かし操作している。AR技術(拡張現実)で立体的なバーチャル映像を生み出し、好きなアーティストのライブ映像を見ていた。映像も音響も臨場感も昔とは比べ物にならない。
「あら、私家のテレビ消し忘れたかも」
「そうなの? でもIOTでしょう。スマートデバイスから操作して消せば?」
「ああ、そうだった。便利になったわよね」
女子高生の後は、井戸端会議中の主婦の横を通過した。
この10数年で街のデジタル化が進んだ。先のスーパーに見られたような小売店や市役所・銀行・ホテルの無人化、電気自動車の導入、無人タクシー、医療のAI・ロボット導入、遠隔手術。様々な物とのIOT化が進んだ。
他、中学・高校では生徒一人につきタブレットとVR・ARゴーグルが配布されている。現在では小学校中学年から「デジタル教育」が必須科目だ。教科書は紙からタブレットに移行し、理科や音楽・美術・体育の授業ではARゴーグルで立体的な映像を参考にする。
また、授業の統合が進んだ。オンラインで他校と合同授業が行われるようになり、その分教師の採用枠は減った。
タブレットにはマイナンバーが紐付けられ、生徒の成績を始め家庭環境、生徒が検索した情報から分析が行われる。様々なデータを基に、どういった教育や指導が効果的か導き出す。そのデータが次の世代の子供たちに適用され、データの収集と分析を繰り返す。各子供に合った教育が施され、国全体の学力の押し上げが図られた。
現在ではメタバース内の学校が検討されている。ただ人とのコミュニケーション不足が懸念されるなど、批判的な意見も多い。逆に登校時間が減り、登校中の事故や事件・虐めが無くなるなどのメリットもある。今後議論される予定だ。
教育面のデジタル化が進んだことで、登校回数は減少した。多くの科目がオンラインで済むので、体育などの授業の日以外は登校しなくても済むようになった。
「もしもし。はい、今から向かいます。ええ。20分くらいで着きます」
駅前にやって来た大和の前を、1人のサラリーマンが駆けて行く。ロータリーに並ぶバスに乗り込んだ。完全自動の無人バスだった。
レベル5の全自動車はタクシーより先にバスで始まっていた。バスは定期のルートを通るので、行き先が掴めないタクシーより実用化が早かった。現在ではレベル5の無人タクシーも大都市で使用されている。数年以内に地方にも普及するだろう。
燃料はガソリンから電気に移行している。電気自動車の普及でガソリン車はかなり減った。日本はまだカーボンニュートラルを達成出来ていないが、あと5年以内に達成する見込みだ。
大震災が起こった2010年代、日本では火力発電が90%近くを占めていた。原子力発電の危険性が見直されたからだ。その後世界で温暖化問題が重視され、風力発電(洋上を含む)や太陽光発電の導入が進んだ。
日本では原子力発電の割合が再び上昇した。原子力発電は国民からの反対が大きかったが、火力発電と違って地球温暖化に影響を及ぼさない。世界の流れと天秤に掛け、カーボン・ニュートラル達成の為に原子力発電に頼るしかなかった。
また、法の改正により再生可能エネルギーに取り組みやすい環境が作られた。漁業権の改正により民間企業の洋上風力発電が参入しやすくなり、民有林・国有林の法の改正で太陽光発電に取り組みやすくなった。
現在日本では原子力発電が23%・風力発電が16%・太陽光発電が21%と、化石燃料(石炭・石油・天然ガス)を用いる火力発電は31%まで減少している。更に火力発電でも、CO2を発生させないアンモニアや水素を燃焼させる割合が増加している。
因みにカーボン・ニュートラル先進国であるヨーロッパ諸国では大半の国が達成済みで、反対に世界のCO2の3割近くを排出していた中国は2060年までの達成を表明しており、まだ時間を要しそうだ。
地球温暖化への対策が中国の財源を削る効果もあった。軍事力や宇宙科学、AIなどにあてがえる予算を削減した結果となっていた。
「世界はどんどん変わっていくな」
駅前に並んでいるタクシーの中にガソリン車は無い。大半が電気自動車で時折水素が燃料の車が混じっている。客待ちのタクシーの半数は無人だ。全自動運転車の普及でタクシードライバーの数は大幅に減少した。
大和は自宅マンションに到着した。入り口の自動ドアを顔の認証システムが解錠し、エントランスへ入って行く。エレベーターは扉の前に立てば自動で反応して下りてきた。音も立てずに扉が開く。
「エレベーター、5階へ」
大和の声に反応してエレベーターは稼働する。5階で降りて、廊下を左へ曲がる。一番奥が新家だった。
10メートル手前からスマートデバイスを取り出し、それをインターフォンの上部にかざした。鍵が解錠され、大和はドアを引いて中へ入って行った。
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