第2話 高校卒業後

2034年の春。新 大和は高校を卒業した。


 新家は母子家庭で裕福じゃなかった。父親は大和が幼い頃に他界しており、母親である礼子が四苦八苦して家計をやりくりしていた。少しずつ貯金を積み立て、大和の大学までの学費を貯めた。大和は礼子の期待に応えようと、大学受験を決意する。しかし受験した3校全てに落ちてしまった。


大和は2つの選択肢を迫られた。浪人するか、働くか。


大和はすぐに決断した。就職だ。大学でこれといって学びたい学部は無かった。大学に対しては「将来の為に出ておいた方が良いだろう」という、安易な想いしか無かったのである。


働くと決めた大和は、求人誌やネットから企業に応募していった。独学で企業の対策をし、着慣れないスーツで面接に挑んだ。が、結果はあえなく全敗。大和は面接が得意じゃなかった。というより、人類全般に対し苦手意識があった。


せめてアルバイトでもと、8件の面接を受けた。コンビニからスーパー、工場での仕分け作業に看板持ち。どれも受かりやすい求人だったが、大和はその全てに落ちてしまう。大和は社会に出る自信を無くしてしまった。


「何でだよ……」


桜は開花し、散っていった。高校卒業後も大和の進路は決まらなかった。


母・礼子に「焦らなくて良い」と言われ、大和は救われると同時に罪悪感を抱いた。礼子は仕事を掛け持ちしてまで大学の学費を工面してくれた。それなのに受験に落ち、面接に落ち、アルバイトすら出来ない。ただただ家計の負担になっている。時間が経つ程大和の自己嫌悪は膨らんでいった。


1か月が経った。人々はゴールデンウィークを満喫し、新たな人間関係を築いた。同級生達はキャンパスライフで新たな友人を作り、会社で社会の洗礼を受ける。ただし大和には、そんな近況報告をする友人は居なかった。


その頃には、罪悪感があるのに身体が動かなくなっていた。起きると倦怠感があり、暗澹たる気持ちで1日が始まる。昼夜逆転した生活を送り、眠るのはいつも明け方だった。寝ようとしても寝られなかった。


「あれ、もう無い」


 履歴書用の証明写真が切れた。すると履歴書を作成する意欲が失せ、家から出なくなった。日中に寝て、出歩くのは夜だけという生活になった。人に会いたくなかった。高校時代の知人にも、近所の人達にも。


この状況を打破したいのに動けないという状態に陥っていた。一種の鬱病に近かった。


「俺、何やってんだろ……」


 食事を摂る為にリビングに向かい、自室に戻って昼寝をする。間食して、テレビや好きなユーチューバーの動画を漁るだけの毎日。暗鬱な日々の中で、唯一大和が現実を忘れられたのがゲームをしている時だった。


それが「グラウンド・オルタナス」だった。世界を熱狂させた同ゲームは、空前絶後の売上数で断トツの世界記録を樹立した。発売されてから1年以上経過していたが、大和はまだ熱中していた。時間を忘れプレイし続けた。


「よし、行けっ。そこだっ」


 圧倒的な画像美に迫力満点の戦闘シーン。壮大なドラマ、魅力的なキャラクター。主人公は自国の姫に仕え、他国の侵略を回避するあらすじ。物語の終盤で、主人公は姫の命を救うか世界に平和をもたらすかの二択を迫られる。どちらも選択出来る仕様になっていた。


 大和は姫の命を選び、敵国が統治する世界が出来上がった。主人公と姫は、不便ながらも細々と暮らし、生涯を終えた。


操作する主人公のヤマトは無敵だった。全ての敵を蹴散らし、大和はゲームの中では強い自分で居られた。理想の自分で居られたのである。


こんな世界があれば良いのに。と、大和は何度も夢想した。食事や風呂以外の時間は、常にグラウンド・オルタナスの中に入り浸るようになった。


 そこから更に2週間、1が月、2か月と過ぎる。夢中だった大和だが、少しずつ飽きが出てきた。グラウンド・オルタナスを始めて、5ヶ月が経った頃だった。


消え去った筈の罪悪感が勢力を拡大し始めた時、とある企業のCEOのスピーチがテレビで流れてきた。新進気鋭のテック企業のデレック・サンチェスという男だった。1人の人間が持つ情熱を見て、大和は思った。自分も変われるだろうか。


大和は立ち上がった。それまで長い間動けなかったのに、重い腰を上げていた。見えない何かに導かれるように、夕飯のテーブルに着いた。 


「……母さん」


「何よ」


「俺、どうすれば仕事が見つかるかな」


 礼子が振り返る。大和はその一言を言うのに喉を震わせた。


最近では仕事の話をしなくなっていた。礼子から見放されていると感じていたからだ。


礼子は目に涙を浮かべた。感情を出さないよう返事した。


「んー、職安に言ったらどう? あそこに一番求人が集まっていると思うわ」


「職安か。見つかるかな」


「きっと見つかるわよ」


 大和はぎこちなく微笑んだ。


「でもまずはその伸びきった髪を切って来なさい。それじゃあ受かるものも受かりません」


「うん……、分かった」

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