グラウンド・オルタナス

N.F

第1話 メタバース時代の到来

「God does not play dice with the universe.(神はサイコロを振らない)、アルベルト・アインシュタインはそう言いました。今から100年前のことです。皆さんもきっとご存じでしょう。あまりにも有名な言葉です」


 男が壇上に立っている。


「量子力学について、同科学の父・ボーアとは見解が相違していました。20世紀最大の天才は、当然ながら相対性理論だけの人物ではありません。先程の言葉を簡潔に説明すると、物事は確率論的に起こるものではないと、EPR(アインシュタイン・ポドルスキ・ローゼン)は主張したのです。量子力学では一方が確定した時点でもう一方も確定する、『量子エンタングルメント』という事象が起きます。


Åの箱に物が入っていればBの箱には入っていない。Aの箱に物が入っていなければBの箱に入っている。物がどちらに入っているかは蓋を開けてみるまで分からない、それが現在も主流とされる確率論であり、この見解が量子力学の『過程』と言う者と『最終結論』と言う者に分かれます。


少なくとも、アインシュタインは確率論を『結論』とは考えなかった。数々の事象を科学と計算により解明してきた彼にとって、蓋を開けてみなければ分からないという、サイコロを振るような曖昧さで物事が決定してはならなかったのです。『神はサイコロを振らない』という言葉は、アインシュタインの学者としての誇り・あるいは実績が言わせたのです――。


 遂にアインシュタインは、確率論を覆せずこの世を去りました。プリンストンの病院で、1955年4月18日。世界大戦が終結してから僅か10年後でした」


 聴衆は固唾を飲んでいる。


「ですが皆さん。こう考えてみてはいかがでしょうか? この世界の神はサイコロを振っている、つまりその程度の粗雑さで世界の運命を決めている。その理論を逆説的に捉えれば、神ですら世界の運命を確定出来ないということではないでしょうか?」


 観客席から声援が飛ぶ。場内が熱を帯びてきた。


「それならば、我々が神になろうではありませんか! いや、神とまでは言いません。我々の運命は、人生は、自分達で決めようではありませんか! 


神はサイコロを振らない! アインシュタインが言った通り、我々は賽を振る気軽さではなく、確固たる信念で、揺るがない決意で、この世界を創造しようではありませんか! 我々が世界の創造主となるのです!」


 スタンディングオベーション。


「我々が創造する『セカンド・エデン』。これぞ新世界です。前人未到の領域です。


 メタバースが世の中に浸透し始めてから、いくばくかの時間が流れました。メタバースは多くの人々に活力を与え、希望を抱かせ、悩みを解決し、世界を豊かにしました。


今後、メタバースはより大きな影響力を持つでしょう。世界を主導するでしょう。我々はその先駆者となり、皆様はその当事者となるのです!


さあ、皆さん! 新時代の到来です! 我々の手で、世界を導きましょう! 我々の未来は小さな六面体ではなく、我々自身の采配で決定するのです!」


 オーディエンスの歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。



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