祝賀会
魔族は人間たちから見れば異形そのもの。
魔王のアグラートを始めとして、リーリス、ナーマ、エインシェット、エストリという四天王と称される幹部の彼女たちは露出を控えめながら、人間の貴族──フィーナやイヴェリアの衣装と比べると明らかに色香を漂わせるほどに肌を見せて妖艶さな空気を生んでいた。
俺はフィーナと一緒にアグラートに声をかける。
「食事などは楽しまれてますか?」
彼女たちは食事を必要としない。
本来なら精を奪ったり、血を啜って精気を吸うはずだけど、高位の存在である彼女たちはその場の魔素で充分足りるらしい──のだが。
「まあ、ニンゲンが多いから物色には困らないわね」
さしずめ淫魔の血が騒ぐといったところか。
周囲は彼女たちに目を向けるものの近寄ろうとはしない。
なにせ角や羽を隠してないからね。
「シドルくんがくれるなら戴きたいわ」
そういう声も聞こえたが「それはご容赦いただきたいです」とこっそり返す。
フィーナは魔王たちの威圧に気圧されて、この場に居るだけで精一杯なのか、青ざめた表情で黙っていた。
「けれど、こうして来ていただいて感謝します。魔王様」
「あら、魔王様だなんてかしこまらないで良いのよ。アグって呼んでもらえると嬉しいわ」
「こういった場でなければそのようにいたしましょう」
「ふふふ。ニンゲンも大変ね。ところで、イヴちゃんは聖女のところ?」
「はい。積もる話があるようでして──」
「そう。私もあの聖女とお話してみたいわ。良いかしら?」
「ハンナはわかりませんが、イヴェリアでしたらアグラート様に声をかけていただいても大丈夫でしょう」
「あの子はハンナという名前なのね? ハンナちゃんとも話したいし、イヴちゃんのところにいくわ」
アグラートはイヴェリアのところに一人で向かう。
ではここに残った幹部たちは──。
青ざめてるフィーナに話しかけて、楽しんでいた。
「シドルは怖くないの?」
魔族領の幹部たちと話してから、次はケレブレスのもとへ向かう。そのすがら、フィーナが言った。
フィーナは【不撓不屈★】というスキルでレジストできるはずなのに彼女たちに気圧されている。
スキルの効果以外の感情的な部分で恐怖を覚えているのかもしれない。そう考えるとスキルというのは万能そうに見えてそうではないんだと実感。
「俺は大丈夫かな──けど、彼女たちは魔力や魔素が強大で平静を保つにはそれなりの耐性が必要みたいだよね」
「私、あんなに気圧されることはなかったけど、シドルはあの人達の【魅了★】に良く耐えていられたね」
「ニキとダンジョンに潜る前はギリギリだったけど、ダンジョンで鍛えてからは簡単にレジストできるようになったんだよ」
「シドルはまだ成長してるんだね。男の子って凄いわ」
フィーナが俺を褒める。珍しい!
今度はケレブレスと話すわけだけど、フィーナはケレブレスに羨望の眼差しで見てるわけだけど。
「ここは随分と良いところじゃの。魔素も充分だし、余のような存在のエルフでも霊格を損なうことなく生活できそうなほどよ」
式典でバルコニーに出てたから外の空気を吸ったのだろう。
それともバハムルの森の迷宮に視察にでも行ったか。
「ここは、迷宮から魔素が供給されているようでして、この高原一帯は迷宮の影響で崖下よりずっと魔素が濃いんです」
「それで、神樹に似た空気を感じるのか──」
森のエルフが神樹と呼ぶのは世界樹のこと。
その神樹と似た空気があるということは迷宮が召喚魔法を授けた女性──戴冠式のときに幻影で現れたあの女性が居るかも知れないということか。
「──似てるんですか……」
「ん。余も少し、あの迷宮に興味がわいたわ──それにしても……」
ケレブレスがフィーナに目を向けると息を一つ大きく吐いて言葉を続ける。
「この子も〝現象〟の一人なのか──」
「現象? なんですか? それは……」
「シドルはまだ知らなくても良いことだが、そう言ったものがあると心の片隅にでも留めておくと良い」
ケレブレスはそれ以上のことは教えてくれなかった。
「話は変わるが、あそこに居るのは聖女じゃな? 何やら魔王と話し込んでおるようじゃが、余もイヴェリアと話したいし聖女とも会ってみたいと思っておったのじゃ」
長い耳で白磁器みたいな素肌の美女は、イヴェリアのほうに歩いていった。
その間、俺がケレブレスと話している間、フィーナは無言でケレブレスを見ていたんだけど、
「ケレブレス様──お美しい……」
頬を赤く染めて見惚れていた。
それから今度はネイルに挨拶。
ネイルへの挨拶はフィーナから声をかけた。
「お久しぶりです。ネイル様」
「ん。健勝そうで何よりだ……が、エターニア王国から続くというしきたりもよくわからないものだな」
ネイルがここに来てフィーナに挨拶をしたいと言っていたが、慣習のためフィーナとネイルが顔を合わせたのは彼女がバハムルに滞在してからこの日がはじめて。
ゲームでは謎の設定で結婚前に妻はオナ禁するというしきたりがあるとされていたけど、どこかのスピンオフ作品で出てきた非公式設定だというのに、それがここで生きていた──。
「私も理解しがたいところはございますが、何分、旧エターニア王国の貴族が多いものでこのような方式を取らざるを得ませんでした」
「伝統というものは難儀なものだ……」
フィーナが「ええ、本当に──」と同意を示すと、ネイルは俺に顔を向ける。
「こうして見ると、本当に大きくなったし立派になった──将来がとても楽しみだ」
「お褒めに預かり光栄にございます」
ネイルは目を細めて俺を褒め、ニコリと笑みを見せた。
今更ながら、女性とは思っていなかったイシルディル帝国の皇帝だが、今日のこの胸元が大胆に開いた真紅のドレス姿は褐色の肌によく映える。
とても美しい──。
「ネイル様も以前からお変わりなく──いいえ、以前にも増してとてもお美しいです」
「ありがとう。私こそ、シドルに褒めてもらえて安心した。このようなドレスは滅多に着ないのでな」
そう言って頬を赤く染めて恥じらうネイルがとてもかわいらしく見える。
「ネイル様もシドルに───」
横で小さくフィーナが呟いたのが聞こえたが、そんなことはないはずだ。
ネイルも耳に入ったのか尖った褐色の耳をピクリと動かして嫋やかに微笑する。
彼女はハイエルフに近いからかケレブレスとそれほど変わらない耳の長さと透明度の高い美しさで周囲の男性陣を魅了する。
スキルがなくてもその見た目だけで周囲の視線が自然に集まるのだ。
赤と白──。
その白はケレブレスでなくフィーナだけれど、それでもフィーナの美しさは負けず劣らずで非常に目立つ。
それから俺は、ネイルにハンナが話をしたがっていたことを伝えると、ネイルは「此方からも聖女──教会にお願いがあったのだ、丁度良い。話の場を設けてもらえるだろうか?」と逆にネイルからのお願いを受ける。
俺とフィーナはネイルをイヴェリアやアグラートと話し込んでいるハンナのところに連れて行くと、イヴェリアが俺に話しかけてきた。
「ねえ、シドル。ハンナに新しい魔法を教えていただいたわ」
嬉しそうな表情のイヴェリアだけど、この場ですることではないんじゃないかと覆いつつ、
「シドル、鑑定で見てくれるかしら?」
と、イヴェリアが言うので【鑑定★】で見てみたら【神聖魔法★】というのが増えていた。
「神聖魔法?」
「そうよ。
イヴェリアは俺に明かす。
では何故【精霊魔法★】はドワーフやエルフを鑑定したらスキルとして出てくるんだとなるわけだけど、精霊魔法は属性に紐付いている関係でスキル欄に出てくるらしい。
こんなときに新たな学びがあるとは──。
ゲーム中では出てないから裏設定みたいなのがあるのかもしれない。
それはさておいて、と、ハンナとネイルを引き合わせないとと思っていたらフィーナが既に彼女たちを取り持っていた。
その後、ドラン・ファウスラーを始めとして国内の主要な貴族たちとも交流し、戴冠を称えられる。
ドランの娘のレーネは既に離宮に住まいを移していて、将来、俺の公妾として迎えることを約束していて、婚姻後、フィーナとイヴェリアに子ができたあとに正式に娶る手筈となっていた。
そんな感じでパーティーも宴もたけなわのままお開きまで盛り上がり、これからのバハムルの結束と繁栄に希望を持てる雰囲気で閉幕。
そして、翌朝───。
「シドルはいつの間にか【絶倫★】なんてスキルを持っていたのね。どこで覚えたの?」
新婚初夜を過ごした朝。
スズメがチュンチュンと鳴く声をバックグラウンドサウンドにフィーナが俺を揶揄う。
「まあ、良いんだけど、それにしても、その効果よね──」
精力増強、即時回復、強制避妊、強制受胎、強制堕胎──。
そんな言葉がフィーナの口から飛び出してくる。
彼女の【不撓不屈★】というのは自身に影響を及ぼすスキルの効果を分析し即時レジストまでできるために【絶倫★】の効果を直ぐに把握。
その横でイヴェリアが俺の唇をせがんで半ば強引にキスを迫る。
「私は淫魔じゃないから下からは魔素を吸えないのね」
イヴェリアは唇を離すと舌なめずりしてそう言った。
彼女の【魅了★】と【房中術★】のせいで俺は朝から元気らしい……。
「イヴが【房中術★】を覚えたおかげでいろいろと捗りそうね」
俺とイヴェリアのキスを見守ったフィーナがニコニコしてる。
きっとろくでもないことを考えてるに違いない。
こうして俺は正式に国王に即位してフィーナとイヴェリアを妻として娶った。
長かった………。
貴族や王族としては既に行き遅れみたいなところはあるけれど、戦時だったし仕方ないよね。
それから、朝食のために準備をして南棟の大きな食堂で離宮にいる親族や客人と食事をするんだけど、アグラートたちがやたらと言い寄ってきたのは言うまでもない。
攻略者が居ないせいで、俺が攻略対象みたいになってしまって居心地が良くなかった。
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