当日

 新興国バハムルの戴冠式を二日後に控えたその日。

 女神教の教会から使者がやってきた。


「ロセフォーラ王国のサンミケール修道院から参りましたハンナと申します。この度はシドル新陛下の戴冠の儀の授与役を賜り光栄にございます」


 俺の目前で片膝をついて両手を重ねて胸元で握り、頭を下げる聖女。

 謁見の間で玉座に座り、彼女を見下ろしている。

 三年ぶりくらいにみたハンナはとても見違えていた。

 薄かった胸元はふっくらとしていて、大きすぎず小さすぎない絶妙なバランスを保っている。

 エターニア王国で対峙していたころから比べて随分と短くなった髪の毛だが、それがとても可憐さを増していて、絶世の美女風に見える。

 彼女の後ろに控える二人の女性は同じくらいの年齢だが、彼女たちの見た目も麗しく人目を引くことは間違いない。

 この三人の女性がこの大陸の西から馬車でやってきた。


「遠方よりご来訪くださいまして感謝いたします。長旅の疲れもあるだろうから本日のところは迎賓館に部屋を用意しているので、ゆっくりと休んでください」


 俺は顔を上げてもらってから、彼女にそう伝える。

 膝をついたまま身体を起こして正面を向いた彼女の表情を見ると、以前よりもずっと魔力に深みが感じられたのが気になって【鑑定★】でハンナを覗く。


───

 名前 :ハンナ

 性別 :女 年齢:20

 身長 :154cm 体重:48kg B:82 W:60 H:84

 職能 :聖女★

 Lv :72

 HP :2920

 MP :10000

 VIT:146

 STR:72

 DEX:217

 AGI:216

 INT:500

 MND:644

 スキル:魔法(火:3、土:1、風:3、水:3、光★)

     無属性魔法:4、詠唱省略:2

     杖術:7

 好感度:20

 ︙

 ︙

───


 ハンナのレベルは以前から比べて5も上がってる。

 しかも、【職能:聖女】だったのが【職能:聖女★】になり、習得してる魔法も増えていた。

 修道院で聖女として覚醒したのだろうか。それが魔力を高めた原因なのかもしれない。

 それに加え、ハンナの後ろに控えてる女性もふたりともが【職能:聖騎士】という職能ジョブ

 光属性魔法が使えて、更に特殊な身体強化が働くらしい。彼女たちはレベルも高く護衛には充分。

 それで外に従者を伴わずに女性だけの三名でここまで来れたのか。

 あと、どうでも良いことだけど、ハンナの俺に対する好感度が20もある。

 あのときはゼロだったのに、今は20。

 この差は大きいな。

 その他にも性癖や捕捉なども見えているが、その内容についてはあえて言うまい。


「お気遣いありがとうございます」

「あ、ああ……」


 おっと、ハンナのステータスを覗くのに一瞬、忘れてしまうところだった。

 俺は左手を上げて衛兵を呼び「カレンを呼んでくれ」と頼んだ。


「迎賓館に案内するのだが、案内のものが来るまで楽にしていてくれ」

「承知いたしました。あの……ところで、大変恐縮なのですが、一つお伺いしたいことがございまして……」


 ハンナがおずおずと聞いてきた。

 承諾するとハンナが言葉を続ける。


「こちらに到着したときに、イシルディル帝国の皇家の方がいらっしゃると伺ったので、できればお話をさせていただく機会をお与えいただけないでしょうかと思いまして……」


 そう来た。

 イシルディル帝国はこの数年で、旧エターニア王国──つまり、現バハムル王国内への往来が再開。それから、隣国のセロリア王国へと渡ることができる。

 これまで閉鎖的な国だったイシルディル帝国の人間がロセフォーラ帝国やサンミケール修道院にまで旅行するから気になったのかもしれない。

 これは俺も気になるからネイルに確認したいところだな。


「ネイル皇帝には私の方から伝えておこう。ただし、戴冠式──婚姻儀礼のあとになるだろうがそれでも良いだろうか?」

「ああ、恐悦至極にございます。私としましては儀礼のあとで構いませんので、どうかよろしくお願いいたします」

「ん。あ──」


 俺はここで一つ思い出した。

 バハムルには教会がない。

 最近、もともとの住人以外が増えて特に他領から移住してきた者たちが婚姻や鑑定を受けるときにバハムルから出て断崖を降り、ヴェスタル領で儀礼などの行事を済ませている。

 これをどうにか是正しなければならないと思っていたところだった。

 それで、俺はネイルとの面会を設ける代わりと言っては何だけど話を持ちかける。


「このバハムルには教会がありません。それで、こちらに聖職者を派遣いただき教会を開いていただきたいと考えています。差支えなければ教団内で検討いただきたいのですが──」

「それでしたら、修道院に戻った折に枢機卿に伝えておきましょう」

「ん。では、教会の件については式典後に書簡を渡せるように用意するので検討のほどお願いします」

「かしこまりました」


 話が纏まったところでカレンが後ろから出てきた。


「シドル様。参りました」


 俺が座る玉座の横に来て俺の前に居る聖女たちに目を配る。

 すると、ハンナの後ろにいる騎士の一人に目線を向けた。


「カレン……ダイル様?」


 意外にも向こうから声が出る。


「グレーテル・ザイル……」


 どうやら知り合いらしい。

 エターニア王国のときの顔見知りかな?

 カレンはフィーナのもとで働いていたからその時の。

 まあ、それはさておいて、やるべきことをやってもらって、知り合いだったら迎賓館の道すがらにでもやり取りしてもらおう。

 俺が居なければ話も弾むだろうしね。


「カレン。彼女たちを迎賓館まで頼む」

「はい。承知いたしました」


 カレンはそう言って頭を下げると俺の横を離れてハンナに近寄った。


「では、案内いたしましょう」


 カレンが声をかけると、


「お願いいたします」


 と、ハンナが応じる。

 俺は彼女たちが謁見の間を出るまで後ろ姿を見守った。


 そして、戴冠式の朝──。

 俺がリビングに行くと母さんのシーナ・メルトリクス・エターニア、弟でメルトリクス領の領主のトール・メルトリクス、妹のジーナ・メルトリクスが既に準備を終えて俺を出迎えた。


「シドル様、おはようございます」


 最初に声をかけてきたのはソフィ・ロア。

 いつもはソフィさんと呼ばせてもらっている彼女は前世の俺、高村たかむらたすくの推しである。

 フィーナとイヴェリアと別行動をとっている間、彼女が俺の世話役として付き従ってくれている。


「ソフィさん、おはよう。今日もよろしくおねがいします」

「いいえ、こちらこそ」


 ニコリと笑顔を向けてくれたソフィさん。

 彼女の笑顔はとっても癒やされる。コテンと首を傾げてたゆんと揺れる大きな乳房に俺はいつも目が釘付け。

 今日は戴冠式と婚姻儀礼もあるというのにおかしな話である。


「シドル、早いけど、即位おめでとう。貴方にはとても酷いことをしたけれど、私は貴方を心から誇りに思っているわ」


 母さんが近寄ってくると俺を抱きしめて目を細めた。

 背が伸びた俺だから母さんは上目遣いで、まるで少女みたいに可愛らしく見える。

 もう熟女の領域だというのにこの美麗さが眩しい。

 彼女もまた、前世の俺の推しである。

 そんなだから、幼少期から下卑た目で見ることもあった。

 そのせいでシドルは性の目覚めを彼女で迎えたんだ!

 俺は前世の俺にすべてを押し付ける。

 彼女の胸もまた立派なもので、前世の記憶から彼女の痴態が閉じた瞼の裏に何度も再生させたものだ。


「お兄様。即位おめでとうございます。私もお兄様の弟として、本日を迎えたことも、本日に至るまでのことも誇りに思っています」


 俺の三歳年下の弟のトールは正装に身を包んでいる。

 スラリとした長身で、実は俺よりも背が高い。羨ましい話だ。

 兄のほうが背が小さいので俺はトールを見上げるわけだけど、本当に良くここまで育ったものだ。


「俺もトールがここまで立派になって嬉しいよ。神様に感謝をしないとね」


 父親によく似たトールは若いのに領地をまとめ上げるほどまで成長を遂げた。

 イケメンだし良い嫁を探してあげないとな……。

 俺に褒められて頬を赤くして照れてるところもまだ可愛らしいところがあるんだと思わせてくれるけど、俺みたいに君臨すれども統治せずを信条にしている人間と比べちゃあいけないな。


「それにしてもこうして家族が集まるのは久しぶりよね」


 母さんが言う。

 アルスの【主人公補正★】の影響がなかなか抜けなかった父さんは、アルスの死後、数ヶ月経ってようやっと正気に戻ったかと思えばその後気が狂い日常生活にも支障をきたすほどの──記憶障害とかそういった類の──後遺症が残ったらしい。

 その影響は父さんや叔父のダルムだけでなく、彼に深く関わりその影響を長く強く受けた者に見受けられた。

 これはトールからの情報だけでなく、旧王都エテルナを治めるフィーナの弟のシモンからも報告が上がっている。

 そんなことがあり、エテルナの学校ではアルスの影響を受けた生徒が使い物にならないとか、シモンが城内のアルスに近しい人間たちがもうダメだとか、そんな話ばかり。さらには、ファウスラー公爵家──ドラン・ファウスラーもまた同じ内容で近況を知らせてくれていて領兵の大半が職を辞することになったとか。

 あれからもう三年経っているというのにこういった人的損害はそんな短い期間では解決しないものだ。

 猫の手も借りたいほどだったバハムル領ではイヴェリアを始めとして俺の母さんやフィーナの母親と姉が多くの領民に教育を施したのもあり、バハムルから他領へ運営のお手伝いとして派遣できるところまで人材の確保が進んだ。

 そんな感じで周囲の貴族とは持ちつ持たれつの関係を築けていた。

 なお、こういった機転は俺よりもフィーナのほうが優れている。俺は話を聞いてフィーナに相談し、方針を仰いだだけだったりする。

 さすが王族。

 イヴェリアも領民に物を教え始めたきっかけが文字だったりするし、彼女は魔法があるけどそれ以上のことはさすがに難しかったのか、社会的な知識は母さんやフィーナの母親のマリー・エターニアとフィーナの姉のリアナ・エターニアに頼っていた。

 領地や国の運営なんかはイヴェリアも母さんのシーナやマリーから教わっていたけれど、覚えた割に興味がなかったのか、その方面に口を挟むことはせず、フィーナに任せっきり。

 そんなことを脳裏で巡らせていたら母さんが言葉を紡ぎ始めた。


「今、思えばここに来た頃は随分とフィーナちゃんやイヴちゃんに嫌われちゃっていたけれど、最近は良くお話するのよ」


 母さんはイヴェリアが領民に文字や計算を教えたり、魔法を教えているのを見て感動したらしい。

 当時、イヴェリアは死んだことになっていたからきっと傷ついてしょげてるんじゃないかとも考えていたけど──。


「イヴちゃんはシドルのためになると確信してたみたいなのよね」


 母さんの言葉によるとイヴェリアは当時、バハムルの森の迷宮やその周辺でパワーレベリングする領民を見て、これだけの強さで読み書きや計算ができればきっとバハムルは繁栄すると感じ取っていたのだとか。


「それで、私が来てからあまり話してくれなかったけど、イヴちゃんを手伝ってるうちにもう少し教えたくなって──」


 で、教えたのが王家で学んだ国の運営をする知識だったり、領地運営だったり、それに準ずる知識を教授した。


「だから、この国としての体を成したバハムルはフィーナちゃんやイヴちゃんの願いなの。ずっとシドルのことを想ってたんだもの。苦しい時期でもシドルとの未来を掴みたくてイヴちゃんは特に必死に考えて行動し続けた。たとえ表に出るようなことでなくても──ね」


 俺はイヴェリアは何でもできると思ってたけど、実のところ、俺とそれほど変わらないと母さんは言う。

 考えてみたらイヴェリアも学校を途中で終わってしまっているし、公爵家としての教育も俺と同じで行儀作法や貴族として身につけるべき教養も俺と同等レベルのはずだ。

 死んだことになっていて表に出られないから、限られた範囲でできることを彼女は必死に取り組んだ。

 その結果が今なのだから、イヴェリアには足を向けて眠れないな。

 まあ、物理的に足を向けることなんてできないけど、普段は一緒に寝てるわけだし。

 そんな感じで一家の談話を重ねていると、リビングの扉を叩く音が響いた。


「シドル様、失礼します」


 カレンの声だ。

 返事をすると彼女がドレス姿で入ってきた。

 あまりの美しさに目が点に──。

 普段はサラシで押さえつけて控え目な双丘が、今日は二つの大袋である。

 ほっそりしているが筋肉質で無駄がない体型。

 はっと、気がついたら、俺の傍にいるトールもカレンに見惚れていた。

 いや、普段はここまで着飾らないし化粧も彼女はいつも適当だからな。

 まさかここまでとは──。

 それはともかく、カレンがここに来た理由は──。


「時間だね?」

「はい。ご家族で団らんのところ恐縮ですが、もうお時間です」


 カレンは俺を呼びに来てこっと笑みを向けてくれた。


「ん。では、参ろうか」


 というわけで俺は離宮から戴冠式が催される王城の表のバルコニーへと向かう。

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