来客

 戴冠式を数日後に控えたある日から、バハムルにやってくる要人たちがぞろぞろと連なっていた。

 迎賓館に迎えた各国の要人のほか、貴族たちは宿屋に宿泊。

 そして、魔王アグラートと幹部たち、それと、森のエルフの女王ケレブレスは人間たちが宿泊する迎賓館では騒動にしかならなさそうなので離宮の南棟に招いた。

 彼女たちは人間から見れば異形のもので畏怖の対象でしかない。だから、あまりひと目につかない離宮にとどめてバハムル市街を回る時は俺が付き添って危害がないことを示す外ない。

 異種族が居るという社会はやはり珍しいので仕方ないにしろ、市街にはドワーフや小人族ホビット、ダークエルフの工房があるし、見慣れてもらうのが一番ということもあり、彼らが営む店はそのまま営業を許可している。

 ドワーフといえば、バハムル湖を挟んだ対岸にあるドワーフの国モリアからも国王となったジオットが来訪するのだが、おそらく前日入りとなるだろう。

 彼らには王城の一室を与えて宿泊してもらうことにした。

 バハムルは数ヶ月の間に大きな変化をしている。

 戴冠式などに向けて城下町の整備を行い宿屋や外食店などを作ったし、様々な店舗となる建物も建設した。

 まだ空き店舗となっているところも多いが整備はかなり進んでいる。

 それらの都市のインフラ周りはバハムルに移住したドワーフたちが惜しむこと無く力を貸してくれた。

 彼らは坑道を掘って都市を作っているため水回りに関してはドワーフの技術なくしては成し得なかったものだ。

 そのおかげで城下町には上下水道が張り巡らされており、生活水準が飛躍的に上がった。

 現在はこれらの水道設備を城下町の郊外にも伸ばしていて区画や道路の整理とともに工事を進めている。

 娯楽はないけど、生活そのものはそれなりに快適になりつつあった。

 なお、バハムル市内は多くの種族が行き交っている。

 様々な獣人族、魔人、淫魔、夜になれば吸血鬼なんかも外に出てくるし、その他に、ドワーフやエルフなども町中を闊歩。

 その中にバハムル村からの住人が和気あいあいと種族を越えたコミュニケーションを取りながら、バハムルの森の迷宮に挑んだり、酒場で飲み明かしたりしている。

 戴冠式への参加のためにバハムルにやってきた高貴な人間は他種族を下等生物として見る傾向があるが、ここに来て見方が少し変わりつつある。

 魔王アグラートの【魅了★】の効果もさることながら、彼女たちの妖艶さに惹かれる男たちが絶えなかった。

 それともうひとり。ハイエルフの女王ケレブレスである。

 透き通る白磁器に見紛う艷やかで白い肌が印象的な耳の長い彼女は豊穣の女神とも言えるその豊かな乳房を大きく揺らしながら俺とアグラートとともに並んでいるととても痛く突き刺さる視線を幾重にも浴びた。

 現在のバハムル城内は旧来の村民あがりの住人だけでなく、旧エターニアから続く貴族をはじめ、各国の王侯貴族が少なからず歩き回っている。

 そんな中、フィーナとイヴェリアという旧エターニア王国の美姫と公爵家のご令嬢を侍らせているにも関わらず、蛮族の女に現を抜かすとはと言った冷ややかな視線を彼らから向けられていた。

 彼女たちを連れて離宮を離れ王城に俺は向かっている。

 なお、フィーナは離宮で彼女の母親と姉と過ごしており、イヴェリアは迎賓館で両親、妹、弟と一緒だ。

 エターニア王国時代──それ以前からなのかもしれないが、婚前の風習の一つとして婚姻儀礼の日まで親族のもとで過ごすことになっている。

 それで俺はアグラートとケレブレスと一緒に行動することができているというのもあった。

 彼女たちを連れて王城に入ると、衛兵から報せを受ける。


「シドル様への謁見を希望する客人が参っております」

「わかった。今はどちらに?」

「一階のエントランスホールに待機させております」

「そうか。では、そちらに参ろう」


 謁見の間に通すこともできたが、エントランスホールで客人とやらを出迎えることにした。

 ホールに差し掛かると数人の見目好い女性が目に映る。

 褐色の肌を見せるネイル・ベレス・メネリルとその母親のラリシル・メネリルの二人に、離宮に居を移しているネイルの妹のルシエルと、ルシエルと一緒にバハムルに住んでいるモルノア・テルメシルがいる。

 ネイルは背中に背負った漆黒の大きな剣が非常に目立つ。

 あれはいくら軽量な金属を使っているとは言え、非常に重いのでここでアレを持てる人間はいないだろう。

 武器を持って昇降機に乗ることができないから、エントランスホールに来て正解だった。


「ご無沙汰してます。ネイル様」


 俺は彼女に声をかけた。

 ネイルは褐色の素肌で今日のところは女性らしい服装に身を包んでいる。

 パンツスタイルではあるせいで細い腰から膨らむ臀部や太ももが艶めかしい。


「嗚呼、シドル。久しいな……。此方は多忙故、今日まで其方を尋ねることができずにいたが、本日、こうして再会を果たせてとても嬉しく思う」


 ネイルの瞳がうるうるしているのがよく分かる。

 以前、彼女に【魅了★】をかけてから、そういった目を向けられていたのを思い出した。

 あれから何年も経っているというのに変わってない。


「シドル様、お久し振りですね。私も娘と同様に、シドル様に焦がれてこの日をとても待ち遠しく想っておりました」


 ラリシルがそう言って俺に身を寄せ手を俺の胸に添えてきた。

 ネイルとルシエルの実母ではあるけれど彼女の姉妹と言ってもわからないほどの若々しさ。

 俺の祖父が懸想したという彼女は俺の嗜好にもドハマりしている。


「ラリシル様もお元気そうで何よりです」

「ええ、シドル様も──それに随分と逞しくなられて……とっても好ましい意味で、見違えましたわ」


 ラリシルがうっとりした表情を向けた。

 甘い香りが下から漂ってきて俺の若い身体を刺激する。

 ちょっと困った──と、思い始めたところ、ケレブレスが助け舟を出してくれた。


「久しいな。ネイル、ラリシル」


 ネイルとラリシルはケレブレスに会ったことがあると以前聞いた。

 それから定期的に交流をしているらしいけれど、俺の知るところではない。


「ケレブレス様──お久し振りでございます」


 ネイルとラリシルはケレブレスに頭を下げた。


「一国の長がそうそうに頭を下げるでない。それよりも、ラリシルは以前にも増して若々しさが増したな」


 白磁の素肌のハイエルフ、ケレブレスがラリシルに言う。


「ええ。数年前にシドル様より格別なものを賜りまして、それ以降、体の調子がとても良いの」

「そうか。それは余にも良くわかる。ネイルの力強さが増したのもそのせいかえ?」


 ケレブレスが口端を釣り上げてネイルにも問う。

 するとネイルは褐色の頬を赤らめて言葉を返した。


「恥ずかしながら──。シドルは此方にとっても既に特別な存在でございます」

「くっくっく……。やはりか──。シドルは隅に置けぬ存在じゃのう」


 ケレブレスが嗤うと、これまでおとなしくしていたアグラートが口を開く。


「この者らもシドルの魔素に当てられているのね」

「そう。アグラートだってそうであろう?」


 アグラートの言葉にケレブレスが返す。


「私は半年ほど前まではそうでもなかったけれど、ニンゲンのオトコって変わるのね……。私の本来の──淫魔としての本能をとっても強く刺激されているわ」

「であろう? そうでなければ余がニンゲンに授けたりせぬわ」

「やはり、貴女だったのね。ニンゲンなのにおかしいと思ったのよね」


 アグラートの言葉にケレブレスは「くっくっく……」と笑って、それから何やら細々と会話を重ねていた。

 アグラートとケレブレスは古くからの知り合いらしく、アグラートはケレブレスのことを〝姫〟と呼んでいたのを耳にした。

 ネイルはルシエルやモルノアと会話をしていておそらくバハムルの生活状況などを確認しているんだろう。

 何気に離宮に住めたことに対して、ネイルが「でかした」という言葉が聞こえた気がした。

 それから、ネイルが馬車を門庭に停めたというので、門庭で手土産を受け取り、ネイルに付き従ってきた帝国兵を城内で休んでもらい、彼女たちには城内の案内をして、バハムル城の最上階にある天守閣に通す。

 今日は秋晴れで雲ひとつない快晴。

 どこまでも遠い景色を見られそうだけど、残念ながら南側だけは断崖が地平線となっていて地上の様子を伺えない。

 北はカザド山脈が見えて対岸のモリア王国では湖岸に壮大な帆船が停泊していることから、こちらに来る準備をしているだろう。

 西は森が広がっていてその中にバハムルの森の迷宮の入り口が見える。

 迷宮に繋がる道はこの数年で整備したものでそこに行き交う人の姿が小さく映る。

 なお、アグラートの幹部たちはニキの手引で迷宮に潜っている。見学という名目で迷宮に入り、俺の戴冠式までには戻ってくるそうだ。

 東の対岸は深々とした森林が地平線まで埋め尽くしている。その中にちょこんと見える世界樹。離宮の物見塔だと頂きしか見えないけれど、ここからだと全容が小さいながらも見ることができる。


「ここから、世界樹が見えようとは、これは驚いた」


 ケレブレスの一声。

 実際、俺も世界樹がそこまで見えるとは思ってもなかった。

 世界樹はとても大きいけど、バハムル湖は北と南東に山峰があり、俺は世界樹のあるエルフの森の郷がもう少し南に位置しているのだとばかり思っていたからね。

 実際はここから山峰に邪魔されずに地平線上にひっそりと姿が見える位置にあることをバハムル城と離宮ができてから知った。

 まあ、あのエルフの森自体が精霊魔法によって認識を歪められていたり空間が湾曲してたりするから実際の位置を知ることなんて出来やしない。

 それが、何故かここからだと見ることができた。

 以前、エルフの森に行った時は南回りだったし、その時はめちゃくちゃ遠くに感じたけど、ここから見える世界樹はそこまで遠くに感じない。


「地上から見る景色とここまで違うのだな。今まで空からということは考えたこともなかったから対策を講じねばならぬな」


 エルフの森は閉鎖的で外からの来客を拒むもの。だけど、こうして上から視認できるということがケレブレスは不満に思ったのだろう。


「土から離れられぬ生物というのは難儀よね」


 アグラートは空を飛べるから飛べないものと物事の捉え方が異なる。

 アグラートがバハムル城に来たときに昇降機に乗りたがったので、その日にここに一度アグラートたちと一緒に来ている。

 彼女たちは空を飛べるし、居城もバハムル城とそれほど変わらない大きさらしい。

 ただ、昇降機が物珍しくて燥いでいたのをよく覚えてる。


「余は空を飛べぬし、空から見る森なんて思いもつかぬわ」


 と言うケレブレスの言葉はご尤も。

 こうして話している間、ネイルを始めとした帝国の皆さんは南側の窓に張り付いてイシルディル帝国が見えないかと騒いでいた。

 残念ながら、見ることができない。

 だいたい、めちゃくちゃ遠いのだ。フィーナが帝国に行くというときだって移動速度二倍のソフィさんを必ず連れて行くくらいだから。


 ちなみに──。

 アグラートは北の窓の左側に見える一際高い山を指差して俺にこう言った。


「霊峰ミンドールと呼ばれる山で、そこにエルフが住んでいるのよ。機会があったら探してみてはどうかしら?」


 アグラートのその言葉に、


「山のエルフじゃな。霊峰の頂き近くに集落を築いているとは聞いたことはあるが、余は見たことがない」


 と、ケレブレスが付け加えた。

 ここから見えるその山は色がとても薄くてかなりの距離があることが予想される。

 山エルフか──。

 どんなものなのか、興味は唆られるけど、今はそれどころじゃないよなと、俺は抱いた好奇心を胸の奥に仕舞うことにした。

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