バハムル城

 五百階層のボスを倒した俺とニキは更に深層を目指した。

 五百階層を越えると徘徊する魔物のレベルが跳ね上がり、これまで以上に手こずり始める。

 俺とニキは五百二十階層ほどまで進んで引き返すことを選んだ。

 これ以上は魔物強さ的にも時間的にも攻略が簡単ではないため戻ることにしたのだ。

 それから数週間で地上に戻るわけだけど──。

 ここまでの成果はなかなかのものだった。

 俺はあるタイミングからレベルアップが早くなったが、久しぶりの迷宮で随分と成長を遂げたのではないか。

 そんな期待で何度かステータスをチェックする。


───

 名前 :シドル・メルトリクス

 性別 :男 年齢:19

 身長 :176cm 体重:68kg

 職能 :オールラウンダー★

 Lv :567

 HP :22740

 MP :101900

 VIT:1137

 STR:1703

 DEX:1703

 AGI:2269

 INT:5104

 MND:5104

 スキル:魔法(火★、土★、風★、水★、光★、闇★)、

     無属性魔法★、召喚魔法★、魔力感知★、詠唱省略★、

     MP自然回復★、気配察知★、認識阻害★、解錠:8、

     鑑定★、房中術★、魅了★、催眠術★、上限解放★、絶倫★

     剣術★、盾術★、槍術★、斧術★、弓術★、

     棒術★、杖術★、体術★

───


 数値は随分と高くなったし、今回はスキルが一つ増えた。

 今までは自分のスキルじゃなかったからそれほど深く気にしなかったけど、アルスが持っていた固有のスキル【絶倫★】の効果。

 行為時に発動するスキルで自身に対する効果は言うまでもないけど、相手には強制受胎、強制避妊、強制堕胎などの副次効果があった。

 フィーナと相対するときにバレるやつ。フィーナには俺の【房中術★】も既にバレているからね。


 地上に出ると周囲は緑々としていて夏が近いことを感じさせる。

 日差しが強く流れる風が生温い。


「あったかーいッ!」


 一緒に地上に出たニキはこの暖かさを喜んだ。


「バハムルはこれから夏なんですよ」

「夏がこんなに暖かいのは羨ましいッ! アタシらんとこんなんて夏でもここまで暖かくならないからね」


 そう言う割に真冬でも彼女たちは露出度が極めて高い。

 淫魔の矜持だと言う話を聞いたりもしたけど、魔法で温めているという話も聞いていた。

 そして、家に向かおうとすると視界の中央に大きな建物が聳えている。

 バハムル城か!?

 どうやら既に完成しているらしい。


「さあ、戻りましょうか」


 俺は気が逸ってニキを伴って急いで家に戻った。


 森を抜けると、目の前に大きな城。

 やはりあれがバハムル城だ。


「あ、半年くらいで随分と大きな城になったねー」


 ニキも驚いている。

 王が変わってドワーフたちの助力と土の精霊たちの協力があって、この短い期間でここまで仕上がったんだろう。

 ファンタジーの世界は凄い。俺の前世の高村たかむらたすくはきっとそう声にするはずだ。

 だけど、ここは俺にとっては現実の世界。

 とはいえ、ニンゲンの能力なんてたかが知れている部分もあって、これほどの大きな建造物を仕上げるなんて難しいはずだ。


 家に帰ろうとしていたが、途中、壮大な城門に阻まれた。

 城門には衛兵が見張りをしていて、俺とニキに気がついた彼らが声をかけてくる。


「おかえりなさいませ。シドル陛下。どうぞ、お通りください」

「ん。ありがとう」


 とりあえず顔パス。

 城門は黒い金属製の──おそらくガルヴォルンを使ったのだろう──大きな扉でベヒモスをモデルとした意匠が施されていた。

 門を潜ると右手には見慣れた屋敷。

 俺はニキを伴って城に入らず、小さく粗末な屋敷を目指した。


「シドル。おかえり!」


 最初に出迎えてくれたのはフィーナ。

 屋敷に入り、居間に行くとちょうどフィーナとカレン、それとソフィさんが談話していた。


「シドル様。おかえりなさい」

「おかえりなさいませ。シドル様」


 カレンとソフィさんも俺を見つけると立ち上がって出迎える。

 それから居間に入ってきたイヴェリア。

 久しぶりに見る彼女は少しばかり露出度が上がったローブに身を包んでいた。

 それにしても───。


「久しぶりだね。それにしてもイヴェリアは随分とこう禍々しいというか魔力が人間離れしたね」

「ふふふ。アグラート様にいろいろ教わったのよ? 何なら見ていただいてもよろしくてよ」


 そう言って以前より数倍も艶かしくなった笑みを俺に向けてきた。

 俺はクラクラする頭で何とかスキルを発動させてイヴェリアを鑑定。


───

 名前 :イヴェリア・ミレニトルム

 性別 :女 年齢:20

 身長 :164cm 体重:52kg B:96 W:58 H:84

 職能 :大魔女★

 Lv :99

 HP :4020

 MP :23720

 VIT:201

 STR:100

 DEX:100

 AGI:395

 INT:1186

 MND:990

 スキル:魔法(火★、土★、風★、水★、光★、闇★)

     無属性魔法★、精霊魔法★、契約魔法★、魔素探知★、詠唱省略★

     魔法カウンター★、鑑定★、魅了★、房中術★、吸精★

     剣術:4、弓術:8、杖術★、体術:8

 ︙

 ︙

───


 いろいろと新しいスキルを彼女は覚えていた。

 これらはどうも【職能:大魔女★】の恩恵があって覚えられるものらしいが、俺の【魅了★】と違ってイヴェリアの【魅了★】は常時発動型っぽい。

 それが俺の頭を幻惑させているのか。

 【契約魔法★】は悪魔に連なる種族が覚える種族固有の魔法。だけど、イヴェリアはそれを覚えてきた。

 精霊に連なるエルフやドワーフが使う【精霊魔法★】と似たものだろう。

 契約魔法は奴隷契約の魔道具に用いられているが、イヴェリアはこれを一人でできるらしい。

 それと【房中術★】や【吸精★】といったふしだらなスキルを覚えてきているのに、その他欄には処女と記されている。

 一体どこでどうやって覚えてきたのかが気になったが、誰の手ほどきを受けたとも言わないし、そういった経験もないのは彼女の目を見ればよく分かるけど、アグラートを始めとした魔王幹部とも随分と親しくなったのか、魔王城での半年を俺に伝えてくれた。


「ニキ様には、当面、バハムルに滞在しても良いとアグラート様より伝言を賜っているわ」


 イヴェリアはアグラートからニキの扱いについて伝えると、ニキは応諾してバハムルへの滞在を選んだ。


「イヴェリア様。ありがとうございます。では、私はしばらくの間、バハムルの森の迷宮で鍛錬に励まさせていただきますね」


 ニキは迷宮に潜ることにしているのか。当然、ソロで行くんだろうな。

 それから何やら会話をするイヴェリアとニキ。

 イヴェリアは以前より露出が増えて胸元が開き大きな胸をカップが覆って全体的にタイトに纏まった服装。

 下半身は太ももまで生足が露わでこれまでローブで覆われていて目にすることのないイヴェリアの体の線がはっきりと映る。

 こうして見るとイヴェリアは全体的にほっそりしていて、胸が大きなせいで若干損をしていたのか。

 それでも細いとは思っていたけど、なるほど、魔王のもとでの研鑽はスキルのみではなかったということだったんだな。


「シドル? そんなにジロジロと見られるといくら私でも恥ずかしいわ」


 イヴェリアを上から下へ、下から上へと視線でなめていたのがバレていたらしい。


「や、随分見違えたなと思ってさ」

「うふふ。この服、ちょっと恥ずかしいけど私の魔力や魔素ととても良く馴染むの」


 イヴェリアが身に纏うこのローブはアグラートからの贈り物だそうで、こういった服が何着もあるのだとか。


「シドルもとても見違えたわ。前よりもずっと禍々しいほどに濃い魔素を帯びてるもの……」


 イヴェリアはそう言って身を寄せてきて鼻をスンスンと鳴らす。

 ニキと一緒にバハムルの森の迷宮の攻略を進めたから、レベルも上がっている。


「あら、今度は淫魔の匂いがするわね」


 イヴェリアがニキに視線を向けるとニキが


「迷宮の攻略で魔素を使いすぎたので唇をお借りさせていただきました」


 と、イヴェリアに答える。


「そう。シドルの魔素はとても濃密で魔族にとっても素晴らしいものでしょう? 淫魔でしたらシドルの傍に居るだけで〝食事〟が要らなくなるのではなくて?」

「イヴェリア様の仰るとおりで──」


 イヴェリアとニキが言葉を交わし始めると、フィーナが傍らに寄ってくる。


「とにかく。おかえりなさい。約束通り半年以内に戻ってきてくれて嬉しいわ。──でも、早速で悪いけど、バハムル城もほぼ完成していてこれから数日内で離宮に移ることになるんだけど、その前に下見が必要だから一緒に見に行くよ」


 フィーナは俺とイヴェリアが居ない間、カレンとソフィさんでこの国の運営に携わっていたのだろう。

 ありがたいことにフィーナはこういった国の運営や政治に通じていて助かってる。


「私たちも行きますよ」


 カレンとソフィさんも続く。

 そうして落ち着くまもなく、小さな領城を出て新しいバハムル城に向かった。


 それにしてもデカい。

 正面真下から見ると見上げるほど。

 敷地内では村の農民が庭の手入れを手伝ってくれていて庭木を整えていた。

 彼らバハムル村の農民たちはレベルが非常に高くて一人一人が一大隊に匹敵する。

 バハムル王国を興してエターニア王国を攻めたときにはとても助けてくれて勝ち取った暁には貴族にとフィーナも含めて準備をしていたのに、彼らは固辞して農民でいることを選んだ。

 農民として、時には、迷宮を攻略する冒険者として、彼らは生活しているけど、迷宮で身につけたスキルもたいそうなものだろうに、彼らには出世欲というものが驚くほどに持ち合わせていなかった。

 そんな彼らと挨拶を交わして通り過ぎ、城内に入ると大きなエントランスの中央に目を引く昇降機エレベーター

 こんなものがこの世界に存在するのかと思っていたら──。


「これはモリア大坑道で使われている昇降機を基にバハムル城での使用できる強度と実用性を備えたものを設置させていただきました」


 ドワーフのおじさんが機嫌の良い表情を俺に見せていた。

 なんでも、彼らだけでは使うことのできない材料がふんだんに使われているため、ドワーフにとっても大きな刺激になっているのだそうだ。

 昇降機の動力は魔道具。つまり魔力で動く。

 魔法がある世界だと前世の世界で蒸気や電気といったエネルギーの代用に魔力を使えるというのは便利な話だ。

 なお、この魔力で昇降機を動かすのはドワーフたちがモリア王国の坑道では日常的なことらしい。


 城内は日が差し込むとその光が反射して割と隅々まで明るく見える。

 光量が足りなくなると魔道具の燭台が明かりを灯すわけだけど、これは前世みたいに明るい蛍光灯などではないから過度な期待はできない。

 昇降機に乗り、謁見の間まで昇る。

 二階、三階は吹き抜けで昇降機を止めて降りることもできるが今回は昇降機の中から見るだけ。ここには行政の受付が所狭しと並んでいた。

 まるで前世の役場みたいに。

 人口の少ないバハムルでここまでのものがどれだけ使われることだろう。

 しばらく閑散としてそうだ。

 四階は客人や騎士の控室。応接間なども四階にあるらしい。そのうちにお目にかかることだろう。


 エントランスから乗れる昇降機はここまでだ。

 昇降機はエントランスで乗ったときの反対側が開いて正面に謁見の間に続く扉が目に入る。

 両端には衛兵が立っていた。


「敬礼ッ!」


 彼らは胸に手を当てて頭を下げる。

 両開きの重い扉が開かれると先のエントランスホール並みに広い一室──謁見の間に入る。

 正面には立派な玉座が鎮座していて玉座の頂に戦象を象った彫像があしらわれていた。

 玉座を通り過ぎて奥の扉から出ると、ここからは関係以外立ち入り禁止みたいな感じだが、そこにも昇降機が設けられていた。

 この昇降機は地下一階から地上八階の間で降りることができるらしく、今回は八階に行く。

 八階は天守閣みたいで降りると周囲を見ることができる大きな窓が設置。

 ここからだとバハムル湖の対岸──モリア王国の湖岸が何とか見られる。


「私、ここから見たときにとっても感動したんだよ。こっちは迷宮の入り口が見えて──」


 フィーナが西側の窓に俺を連れて行くと、たしかに窓越しにバハムルの森の迷宮の入り口が緑々とした木々の間から覗いていた。

 南を見るとバハムルの断崖が地平線となって綺麗な青空が広がる。

 北東にはバハムル湖が広がっているわけだ。

 北にはカザド山脈が見えるし、東は小高い山峰が並んでいるが南から伸びるバハムルの断崖と同じく、空を眺める景色。

 改めて西側を見ると城下は綺麗に区画が整理されていて町並みが構成されつつある様子だ。

 今後数年もすれば建物が増えて現状のちょっと大きな村から大きな町くらいには広がりそうだ。

 まだ、小さなこのバハムルの王都には過剰な城ではあるけれど、きっとこのバハムルはこれから大きな都市に発展するのだろうと、俺は期待を寄せた。

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