バハムルの森の迷宮
イヴェリアは魔族領の魔都マハラに行き、バハムルには
ニキはイヴェリアの部屋という使われていない一室を貸し与えて領城と言うには小さな屋敷で世話をしている。
「──というわけで、今日から森の迷宮に潜ることにしたよ」
俺はフィーナと相談をして、ニキと二人でバハムルの森の迷宮に潜ることにした。
アグラートの前では丁寧な言葉づかいの彼女だけど、ここでは少しばかり砕けた言葉づかいが印象的。
「アタシ、オトコが居ないと生きていけないからって言ったらシドルっちが迷宮が良いよって言うからさー」
要するに迷宮に連れ込んでいけないことをするつもりだと彼女は考えていたらしい。
「イヴェリアも居ないし、正装の採寸も終わらせたし、あとはしばらく融通できるから良いけど、長くても半年だよ?」
フィーナは注意を織り交ぜつつ迷宮に潜ることを許してくれた。
イヴェリアとニキが入れ替わって数日で迷宮に潜る準備を済ませて、今日、久しぶりにバハムルの森の迷宮に挑む。
俺はワクワクする気持ちを抑えきれていないのか、フィーナにはやれやれといった表情を向けられていた。
それから数日──。
淫魔がパートナーだから貞操が危ういと思っていた時期もあったけど、そんなことは全くなく。迷宮内でのニキは吸精を必要としていなかった。
「やー、アタシ、シドルっちとヤらないとダメなんじゃないかって思ってたけど、吸精しなくてもお腹が減らないなんて。ここ、最高っすね」
艷やかな顔でニキは言う。
迷宮は既に八十階層より深く、迷宮内で出会う魔物たちのレベルもとてつもなく高い。
だと言うのに、ニキは涼しい顔で適切に処理をして俺の手を煩わせることがなかった。
つまり、彼女は強い。
一度、踏破した階層の進行は早い。
俺は一番深くまで潜ったのでも四百階層より少し行った程度。
ニキのレベルから考えると彼女は四百階層近くまでは苦労なくす進めるはず。
その予想は正しく、数週間のうちに四百階層のボスを撃破して更に深く足を踏み入れることに成功している。
「シドルっち、ニンゲンのくせに強すぎじゃね?」
ボスを撃破した直後のニキの言葉だった。
ここのボスはキマイラ──なのだが、ニキがひと目見たときに「あれ? シメール様?」などと声を漏らしてる。
このバハムルの森の
百階層までは十階層ごとにボスクラスの魔物が出現するけれど、百階層以降は百階層ごとにボスが出現する。
そのボスというのはどれも今まで潜ったダンジョンで出会った魔物が強化されたものだったり、ボスを複製して強くなったやつだったりと見覚えのある魔物が多かった。
ところがここに来て見たものは俺はここでしか見たことがなかったけど、ニキは見たことがあったものだったらしい。
「知ってる人だったんですか?」
人というには語弊があるが、ニキはまるで意思を疎通できる生物としてコミュニケーションを取ろうとしていた。
それを見て俺は撃破後にニキに訊くと、ニキはあっけらかんと答える。
「ま、知り合いっちゃ知り合いだけど、アタシらって魔族じゃん? 力比べは大好きだから──けど、アレはなんか違ったけどね」
アレというのは対峙したキマイラのことだろう。
違うと言ったのはきっと実際に知っている者と違うということだな。
「本物の方はマハラでオトコを侍らせてだらけてるだけだしさ」
ニキはこのキマイラに似たものについて言葉を続けて締めくくった。
「それにしても──」
俺は不思議だと感じていたことを言葉にする。
俺よりも長い時間を生きるニキからなら良い答えが返ってくるかと期待はしたものの、
「アタシも知りたいくらいだよ」
と、ニキもわからないらしい。
四百階層以降には魔族領に住んでいるはずの獣人族が頻繁に出現。
どれも魔獣みたいで本能のままに襲いかかってくるものばかり。
とてつもなくレベルが高くて強敵だし、何ならここまで強い獣人族は魔族領にも居ないそうだ。
ニキはそんな強敵と戦闘を繰り広げるこのダンジョンが気に入ったらしく、絶えず「楽しい」と言っていた。
そうして、数ヶ月──。
迷宮の攻略は難航したが、何とか五百階層に辿り着いた。
俺とニキは目の前の大きな両開きの扉の前で息を整え扉の取っ手に手をかける。
「開けますよ」
俺がそう言うと、ニキは親指を立ててニンマリと笑う。
この数ヶ月。布面積が狭くて際どい服装のニキに何度か欲情することはあったが、ニキから襲われたことは一度もない。
つまりそういうことは一度もなかった。
淫魔とは──と、思ったものの彼女は迷宮内の魔素により吸精を必要としないどころか食事を一切摂っていない。
口に含むのは水分だけという人間の俺から見てとても節制した食生活を送っていた。
それでいて色艶の良い素肌のニキはにこやかな表情で俺の言葉に応じる。
「りょー」
ニキの声を聞いて俺は重い扉に体重をかけて押し開く。
ゆっくりと開いた扉の先──大きな広間の中心に人が立っていた。
盾と剣を構えたその人はどことなく見たことのある風貌。
俺は【鑑定★】を使う。
───
名前 :プロトタイプ・ブレイヴ
Lv :555
︙
︙
スキル:魔法(火★、土★、風★、水★、光★)
絶倫★、無属性魔法★、詠唱省略★
鑑定★、魔力感知★、気配察知★、認識阻害★、解錠★
房中術★、魅了★、催眠術★
剣術★、盾術★、槍術★、斧術★、弓術★、体術★
───
勇者と称されたアルスとそっくりだ。
スキル構成なんかもゲームでの
だけど、年齢や性別の表示がない魔物と同列の扱いらしい。
俺とニキが広間に入り切ると背後で音がして扉が閉まる。
ボス部屋はどこもこんな感じだ。
壁に取り付けられた燭台とおそらく魔法の効果であろう光源で広間はそれほど暗くない。
「手強そうだぁー……」
ニキの言葉の通りで、俺のレベルは512でニキは502。
アルスにそっくりな魔物はタンっと軽く床を蹴ると物凄い速度で突進してきた。
「危ないッ!」
俺は咄嗟にニキの肩を押して何とかボスの突進を避けきった。
直後、再びタンっと軽い足音で切り返すと俺に剣を振り翳す。
ヒュンッと風切り音が耳元を掠った。
何とか避けきれた──。
「アルスにそっくりなくせにめちゃくちゃだな」
声に漏れていたが俺もニキも既に戦闘態勢を取っている。
今度はニキがプロトタイプ・ブレイヴに攻撃。
ダンッと力強く踏み込むと拳を軽く構えてボスの懐に飛び込む。
剣を振った直後のボスは反応が遅れニキの突きと回し蹴りを食らった。
だが、それほど大きなダメージではなく、軽く体勢を崩す程度。
逆にその反動を利用して足を踏み込んで身体を切り返しニキに盾を押し当てる。
ニキは避けきれずにシールドバッシュを喰らい後退った。
「その盾とか剣とか重そうなのに、軽そうに振り回して……」
ニキも声を思わず漏らす。
それから、直ぐに魔物は剣を掲げて勇者の固有魔法とされる雷撃を無詠唱で俺に放つ。
ズガンと鋭い音を立てて俺に向かう稲光だが魔力の気配を感じ取っていた俺は即座に魔法をブロック。
代わりに幾重の石礫を顕現させて魔物にぶつけた。
ボスは盾を構えて石礫を防ぐが、動きが止まったところでニキが追撃する。
魔物は剣で牽制するもニキの動きを捉えきれず、彼女の攻撃を執拗に受けていた。
盾で受け、いなすボスに対して、反撃する隙をできるだけ抑えた連撃に徹するニキ。
俺は魔力の動きを隠蔽しながら氷塊を生じさせると、ボスの頭目掛けて連発。
プロトタイプ・ブレイヴは横殴りに吹き飛びゴロゴロと転がった。
「んぎぃっ……がああああッ!」
少しばかり音程が高い呻き声。その気色の悪い声色は
こんなところまでそっくりなのに──鑑定をするとプロトタイプ・ブレイヴという名前の魔物なんだよな。
魔物は立ち上がる。
剣先を向けると雷光が俺とニキに向かってきた。
魔力の動きを感じていた俺はニキと俺の前に岩壁を作って雷光を遮断。
直ぐ様に魔法を解いて岩壁を無数の岩塊に変転させてボスを囲い、高速で放つ。
盾で防ぎきれないため全身で食らう魔物。鎧がボコボコに凹み始めてダメージを受けている様子も伺えた。
幾度となく撃つ岩塊の衝撃にプロトタイプ・ブレイヴは姿勢を蹌踉めかせると、ニキはその隙を逃さず一気に間合いを詰めて鎧の腹部に掌底を当てる。
ニキが触れる手のひらに魔力が集中すると大きな破裂音が響いて魔物の硬い鎧から血が吹き出して流れ出す。
力が抜け落ちた鎧の塊をニキが仰向けに倒すと俺にトドメを刺せと促した。
鑑定をすると死んではいる。それでも生き返られては面倒だ。俺はニキに従って剣先を魔物の首に突き立てて刃を入れる。
「アタシの実力じゃ、ここが限界っすねー」
魔物の胴と首が離れたことを確認したニキはその場に尻をついてへたり込んだ。
「シドルっち単独だったら加減しないでヤっちゃうっしょ? ニンゲンのくせに半端ないわー」
言葉を続けたニキは血色の悪い顔をして大きく肩で息をする。
俺はニキの言う通りでここまでそれほどいっぱいいっぱいの戦いをしてきたわけではない。
レベルこそ及ばないかもしれないが、魔力や魔法では負けない確信はあった。
ここまでニキを主体に戦ってきてこれだけできれば充分だ。
俺はそう思いながらニキとプロトタイプ・ブレイヴの死体の傍に歩く。
すると、ボスの死体は光の粒になりはじめ、俺がニキの隣でしゃがむときには魔石とドロップアイテムを残して消え去った。
「ここのドロップアイテムは何でしょうね」
ドロップアイテムと言ってもボス部屋で落ちるアイテムはたいていスキル結晶石だ。
鑑定で見ようとしたら、ニキが俺に襲いかかってきた。
「シドルっち、アタシ、お腹ペコペコー。さっきめっちゃ魔力使ったからもう我慢出来なーい」
ニキはそう言って俺の股間を弄り、唇を奪う。
「ん──ッ!」
俺の口の中にニキの長い舌が侵入して、蹂躙を始めた。
長いキスをすると、何故か股間を弄る手の力が緩み、やがて手が離れていく。
これはこれで生殺し……。
「シドルっちとキスしただけでお腹いっぱいになれたわ。満足しちゃった」
唇が離れて身体を起こしたニキはとても満足そうに血色の良い肌を見せていた。
なお、ドロップアイテムはスキル結晶石で鑑定をしたら【絶倫★】と【鑑定★】──。
「アタシ、こっちにするー」
と、ニキが【鑑定★】をその場で使い早速俺に使ったけど、俺にはステータスを偽装することができるので、全てを明かすまでのことはしない。
残った【絶倫★】は持ち帰ったとして、誰かの手に渡ったときのことを考えると、ここで使ってしまったほうが良いと判断した。
俺は渋々【スキル結晶石:絶倫★】を使う。
この【絶倫★】というスキルにいくつかの副効果があるということを知るのはまだ先の話である。
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