魔女

 モリア王国に新たな国王が即位した。

 ジオット・ドヴェルフというエルダー・ドワーフの一人で、王位継承権を巡って争った数百年前に没落したドヴェルフ家の末裔だということらしい。

 それをアグラートがカザド山脈の中腹の山村から探し出して連れ出したのだとか。

 そんなわけで、魔族領に住む魔族や獣人たちがモリア王国を経由してバハムルとの交易を結ぶといったことが容易くなったわけだ。


 戴冠式にはケレブレスもやってきた。

 当日になってやってきて戴冠式だけ参加して帰るつもりだったらしい。


「シドル、健勝そうで何よりよの」


 俺を見かけた従者のエルフたちに囲まれるケレブレスが話しかけてきた。


「ケレブレス様こそ。相変わらずお美しいことで……」

「ん。それよりも以前にも増して、シドルの魔素はより濃密なものになったのう。随分と背も伸びた。ニンゲンの成長は早いものだな」


 ケレブレスと会ってからもう五年とか六年とか経ってる。

 その時の俺はまだ少年だったから、あれから比べたらだいぶ変わっているだろう。

 ケレブレスとの再会を楽しんでいたが、左に並ぶイヴェリアともケレブレスは言葉を交わした。

 ふたりとも似た体型。

 ケレブレスは森に居たみたいなエッチな服装ではなく、布面積がある程度多い格好で、幾分常識的に見えた。

 それでも、豊穣の女神とも言えそうなその豊かで白く輝く美しい膨らみは胸元が開いたドレスでその存在を誇張している。

 ケレブレスの大きな実りに向き合うイヴェリアのそれもハイエルフの女王に負けず劣らずの素晴らしい果実であることを強調。

 その二人を横目に見ていたフィーナはハイエルフのケレブレスを見て驚いていた。


「ハイエルフ──? 本当に居たんだ……」


 そんな声を漏らしたフィーナにケレブレスが気付いた。


「──余のことを二人から伺っておらなんだのか?」

「ケレブレス様──でいらっしゃいましたよね? シドルとイヴから伺ってはおりましたが、初めてお目にかからせていただいたもので──。あまりにもお麗しくて驚いておりました」

「くっくっく……そうか。余がケレブレス。貴女のことは伺っているが、ふむふむ、人でありながらその美しさ。イヴェリアもそうだが、シドルの身の回りには見目好い女が揃っておるな」


 ケレブレスはフィーナと、俺の後ろに控えているカレンを見て、そう言葉にする。


「そうですね。シドルは胸の大きな女性が好きなのか、ケレブレス様にも目移りしているようでして──」


 フィーナはきっと『婚約者として申し訳なく思います』なんて言おうとしたのだろう。

 それを察したのかケレブレスは俺の胸元に身体を寄せて胸を押し付けてフィーナに言う。


「良い良い。余もこのようにシドルのことを好ましく思っておる。人の身でありながら高祖に慕われるのは誇らしいことだと思わぬか?」

「それは確かにそうですけど──シドルは私たちの婚約者ですし、婚約者が目の前で美しく尊い女性に失礼な振る舞いをしないかと心配で黙って見ていられませんから」

「それは一理ある」


 ケレブレスはフィーナの言葉に同意は示したが、こう言い続けた。


「とは言え、余は長命種。ニンゲンとは異なる時間を生きておる故、たとえ無礼を働いたとてそれは瞬きほどの出来事でしかない。仮にシドルが余に無礼を働いたとしても、余は嬉しく感じても不快には思わぬ」

「それはケレブレス様はシドルに好意がある──ということですよね?」

「んむ。余はそう言っている」

「でしたら、シドルも人間の──男性ですし、エルフの王族とまで言われるハイエルフとは釣り合わないのではないでしょうか?」

「余はシドルこそ我が伴侶に相応しいと考えてる。ニンゲンであるならそれは誇らしいことであるべきであろう?」

「それはそうでしょうけど、でも、どうしてそこまでシドルに拘るんです?」


 そう。フィーナの言う通りだ。

 ケレブレスはどうしてそこまで俺に拘るのか。

 俺の【MP自然回復★】で漏れ出た魔素がエルフや魔族にとってとても利のあるものだというのは俺も理解しているけど、それがそこまで必要なものなのかがわからない。

 俺の左でイヴェリアはニコリと笑顔を見せて話を聞いているだけでフィーナを助けたりするつもりはなさそうだ。


「精霊に近しいエルフにとって濃密な魔素というものが生命力の一つとなる。つまりシドルの周囲の魔素は余にとって生命の息吹そのもの。シドルを求めるのは余の生き物としての本能であるな」


 ケレブレスはそこまで言うと、


「余は他にも挨拶をせねばならぬ者がおるから、これにて失礼させていただこう」


 と、俺から離れてこちらの様子を伺っていたアグラートのほうに向かって歩いていった。


 それから──。

 戴冠式は恙無く終了。

 ジオットとは社交辞令的に簡単に言葉を交わしただけ。後日、改めて会談を行おうということになった。

 ケレブレスは戴冠式が終わるとそそくさとモリア城を出て森に帰ったのだろう。

 姿が見えなくなって気になったところ、イヴェリアに聞いたら教えてくれた。


 で、俺たちは迎賓館に戻って帰りの支度と船の手配をするわけだけど、またもアグラートたちと遭遇。

 そのアグラートが俺を視認すると、話しかけてきた。


「ちょっと良いかしら?」


──と。


 迎賓館の一室。

 アグラートに用意されたであろう豪華絢爛で広い客室。

 そこに俺はアグラートと向かい合って座っていて、彼女の側仕えらしいニキという淫魔の給仕でもてなしを受けていた。


「先にシドルくんに話しておこうと思ってね」


 アグラートが言い始めると、ニキがアグラートが座るソファーの後ろに立つ。


「なんでしょう?」


 と、俺が声を出すとアグラートが用件を言った。


「まず、私の都、マハラとの交易を結んでもらいたいの──」


 そんな言葉で始まって──。

 俺としては特に交易の幅が広がることそのものは歓迎している。

 なので二つ返事で応じたいところだけど、俺の一存だけでは決められないだろう。

 だから、アグラートの話を最後まで聞くことにした。


「──それと、そちらに私の配下を数名、派遣しても良いかしら?」


 アグラートは俺に、先にそれらを伝えたかったと言う。

 バハムルとの交流を結び、叶うのであれば魔族の中から血気盛んな種族たちをバハムルの森の迷宮ダンジョンに送りたい。

 魔人や高位の魔族を派遣することはないだろうが、獣人などを中心とした魔族は人間とそれほど変わらない寿命を持ち、種族ごとに個性や固有の技術を持っている。

 魔族領は好戦的な種族が多いから、それらの欲求を満たすために迷宮を使いたいのだろう。

 そんなニュアンスをアグラートは伝えてきた。

 それと、バハムルの森の迷宮はその周辺から魔素が濃い。

 アグラートが住むマハラも魔素が濃いらしいがアグラートが言うには迷宮周辺の魔素も濃く淫魔や吸血鬼など吸精を必要とする種族との相性も良い。

 それに淫魔であれば迷宮に挑む猛者たちに安息を与えられると言う。

 要するにちょっとずつで良いから人間の精を与えてくれということなのだろう。

 吸血鬼に関しては迷宮の周辺に住めれば吸精はほとんど必要ないらしい。もし、それで魔素が足りなかったとしても迷宮に潜ってしばらく過ごしていれば半年程度は血を奪って精を吸うことがないのだとか。

 とはいえ、危害を出さないと言われても、俺の一存ではいと言えることではないし、これについては持ち帰って検討することにした。


「──私の言いたいことはここまでだわ。嗚呼、それとイヴェリアちゃんと少しお話をさせてもらいたいわね」


 話を聞き終えて最後に、アグラートは付け足す。

 イヴェリアはアグラートや幹部たちに興味津々な様子もあったから、きっと喜ぶことだろう。


「わかりました。イヴェリアには伝えておきましょう」

「ええ、お願いするわ」


 俺が応じるとアグラートは目を伏せて言葉を返し、ソファーから立ち上がった。

 もう戻るのだろうと思い俺もソファーから腰を上げて扉に向かおうと足を進めると、アグラートが隣に近寄ってくる。


「ねえ、シドルくん?」


 艶のある声で俺に身を寄せ、胸を押し付けてきた。

 彼女の【魅了★】の効果なのか、それが強く働いたせいなのか、俺は身動きが一瞬取れないまま、アグラートの顔が俺に近付くと、甘い香りと唇の柔らかい感触──そして、ぬめりを帯びた舌先が口の中に侵入してきた。


「──んんッ」


 強い陶酔感に襲われて俺は声を漏らしたが、ここで何とかレジスト。

 アグラートが満足して口を離すと、


「素晴らしいわね。キスだけでこれほどまでとは──」


 魔王が恍惚とした表情で舌舐りを俺に見せる。

 それがなんとも色っぽい。

 このうら若い肉体でそれはとても刺激が強かった。


「やめてくださいよ……本当に」

「ふふふ。キスでシドルくんから吸精できてしまったわ──これ以上は、私のほうがヤバくなりそうよ」


 どうやら俺は攻略されそうになっているらしい。


「戻りましょうか」


 と、アグラートは先程より艷やかになった唇を動かしてホールへの移動を促した。


 部屋を出てフィーナたちに合流すると、彼女たちは魔族の女性たちと何故か和気藹々と話し込んでいた。

 こういう女性の会話に近寄るのはどことなく憚られる。


「あ、シドル」


 俺に気がついたフィーナが女性たちの輪から抜けて俺に向かってくると、イヴェリアとカレンもフィーナに続いてきた。

 魔族の幹部の女性たちはアグラートが彼女たちに烏合して少さな声で話を始めている。


「あら、また、女の匂いをさせて──アグラート様と何かあったのね?」


 イヴェリアは俺の左に来て顔を近付けると、俺とアグラートを疑って怪訝な表情をする。


「へえ、シドルはアグラート様とも懇意に?」


 フィーナはニヤリとしているが、彼女は単純で、ここでアグラートと親密になれればバハムル王国の有利に働くと踏んでいる。

 バハムルは新興国で国としての力は弱いが、俺やイヴェリアという強力な魔法を使う人間が興ったばかりの王室に君臨していて、その強大さをより強固なものにしたいという考えを持っていた。

 旧公爵家の娘を後宮に迎え入れたり、裏ではイシルディル帝国の二大公爵家と称される家の娘ルシエル・メネリルとモルノア・テルメシルを後宮に引き込めないかと画策している。

 フィーナは俺とイヴェリアを君臨させたがっている節があるのか、それを下支えして自身も君臨するというのか、とにかく精力的に行動して俺たち三人の地位の確立に励んでいた。

 そのための人材確保は大変だけど、フィーナは三人で生活を送る未来のためにと尽力している。

 だから俺はフィーナを止めることも咎めることもしていない。その代わりに、イヴェリアがフィーナを上手に諌めていた。


「確かに、ここで魔族領と縁を結ぶのは悪い話ではないのよね。既にバハムルの王都は既にドワーフやエルフなど多種族が住む都市ですし、最近は犬人コボルト族の行商も訪れているから獣人や魔人がいてもおかしくないもの」


 イヴェリアが言い終えると、何故かアグラートが近くに居てイヴェリアの言葉に続いて言う。


「そう考えたら私たちの都にもニンゲンが居たっておかしくないわよね──ということで、私とシドルの間で配下を一人、期限を設けて交換するというのはどうかしら?」


 アグラートが切り出した。

 この流れでイヴェリアを一時引き取りたいと言うのだろう。

 この話はあっさりと纏まった。


「そういうことなら、私が行きたいわ」


 と、イヴェリアが自ら申し出たからだ。


「イヴがそう言うなら良いけど、期間は最長で半年だからね? 戴冠式を結婚式をするんだから」


 フィーナは反対しなかった。


「では、決まりのようね。こちらからはニキを派遣するわ」


 ニキは人間と見た目がそれほど変わらないから適任ということだろう。

 その後、その場は解散。

 俺たちはバハムルに戻り、アグラートたちは魔族領へと帰った。

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