絶倫勇者とサキュバス魔王

モリア王国

 金翅鳥ガルーダに乗って半日ほど──。

 俺は右に魔王アグラート、左にイヴェリアを従えてモリア王国の王城──謁見の間にいる。


「レギン。あなたたちが略取した猫人族ワーキャットの保護が終わったわ」


 アグラートは猫人族の全員の保護を確認したことをレギンに伝える。

 玉座に仰々しく腰を深くかけて仰け反っているが、アグラートの覇気に汗を滲ませていた。


「うむ。では──」


 レギンは立派な顎髭を扱いて口端を釣り上げホッと安心した様子を見せたが、アグラートがレギンの声を遮って言葉を挟む。


「その続きは不要。死んだ者たちへのについてはあなたの首で手打ちにしましょう」


 俺の右に控えていたアグラートが大きな胸を揺らしながら数歩前に歩み出る。


「はっ──話が違うではないか!?」


 レギンはアグラートの言葉に血相を変えて玉座から立ち上がった。

 ドワーフの王の大声をものともしないアグラートはにこやかな表情で言葉を返す。

 ゆっくりと左右の足を踏み出してレギンに近付きながら、聞いたものを魅了するアグラートの声が謁見の間に反響する。


「私は言いました。モリア王国が拐った猫人族を一人残らず返却なさい──と。叶わないのであればこの国を滅ぼしましょう……と」

「く……だが、それは──!?」

「私は約束を守る女。でも、国を滅ぼすというのは大目に見るかわりに、その為政者の首で容赦してあげると言っているのよ? 素晴らしい妥協でしょう?」

「どうして俺なんだ! そこの無様なニンゲンの首でも良いだろう? そいつだって猫人族を連れていたじゃないか!」

「彼らは自らの足を使って保護した猫人族の少女をソマリまで連れてきたの。あなた達とは大違いじゃないかしら?」

「くそっ! であえ! この者たちを討ち殺せーーーーッ!」


 レギンは近寄るアグラートの威圧に絶えきれず、玉座からから離れて衛兵に命令を出した。

 だが、それを聞くものはおらず、レギンの首が胴から切り離される。それも血の一滴を滴らせることなく。


「生にしがみつく愚かな蛮族よね──。見苦しいわ」


 アグラートは俺の右側に戻り、俺の腕に身体を寄せた。

 でも、俺はレギンに駆け寄ろうとしない衛兵に違和感を持つ。


「誰も、レギン王に寄らないんですね……」

「ええ、当然。彼はそれほど支持の厚い王ではないのよ」


 アグラートはそう言って「出てきなさい」と声を響かせると、濃茶の髭と毛量の多い髪を持つドワーフが出てきた。


「ジオット・ドヴェルフ。貴方がドワーフの王になりなさい」


 それはまるで事前に決まっていたのかと──もともと計画されていたんだろうことを伺わせる。

 ジオットと呼ばれたドワーフは、


「のちほど、魔王陛下、ならびに、バハムル王国へ使者をお送りさせていただきます」


 と、頭を下げて言った。


「そうしてちょうだい」


 アグラートはそう言って俺の腕を引き「行きましょう」と謁見の間を出る。

 イヴェリアは一言も言葉を発していないが、どことなく満足した様子を伺わせていた。


 カザド山脈の東端にある洞穴から地上にでると、辺りは一面、雪景色。

 魔王アグラートとはそこで別れた。


「私はここで帰るわね。魔族領に君臨する魔王と呼ばれる私が何の下知も無くニンゲンの国に行くわけにもいかないでしょうから、時宜が来たら使いのものを送るわ」


 という言葉を俺とイヴェリアに残して。

 二人きりになった俺とイヴェリアは氷で覆われるバハムル湖を歩いて渡るのではなく、俺の召喚魔法で顕現させた精霊を使って飛んでいくことにした。


「また、乗るの?」


 というイヴェリア。


「だって、すぐだから……」


 喚んだ精霊にイヴェリアと二人で乗ったが、どうやらイヴェリアは高いところが苦手なのか、それとも空を飛ぶということが苦手なのか、俺にがっちりとしがみついて、俺に媚びた上目遣いを見せる彼女はとても新鮮味があった。

 背中が広かった金翅鳥ガルーダと違って、真下がとても良く見えたから怖かったのかと考えたけど、金翅鳥ガルーダのときもイヴェリアは言葉を発さなかったから、飛ぶのが怖いのかもしれないな。

 俺の前世に例えるなら飛行機がダメなやつ。

 でも、こんなに可愛いイヴェリアを見る機会は稀だから、存分に堪能することにしよう。

 俺はイヴェリアを気遣いならが心の中ではどことなくウキウキした気持ちで高揚しつつ、短い空の旅を楽しんだ。

 なお、ソマリ村への往路で随伴したロバはソマリ村に寄贈した。

 食べられることはないだろうけれど、キキと一緒に旅をしたわけだし、彼女が中心として飼ってくれることだろう。


 上空から見た小さな王都、バハムルは築城作業に従事するドワーフや土の精霊ノームたちがせわしなく動き回っているのが見える。

 出発してからそれほど経過していないけれど、進捗はとても良いのか城の姿を成し始めていた。

 その建設途中のバハムル城から近い小さな領城の敷地に俺は降りる。

 イヴェリアが俺の左腕に巻き付いてキュッと目を閉じる顔がとても良い。


「着いたよ」


 俺はそう言ってイヴェリアを抱き寄せて精霊を還し、雪で覆われた我家の玄関前に降り立つ。


「──ありがとう。シドル」


 そう言って、イヴェリアは顔を少し赤く染めつつ俺から離れた。

 びゅうっと冷たい風が俺とイヴェリアの間を吹き抜けて俺からイヴェリアの温もりを奪い、どことなく淋しさを感じさせる。

 それから、玄関の扉が開くと小さな屋敷に住む女性たちが出てきた。


「おかえり! シドル!」


 最初に声を発したのはフィーナ。

 長身細身だと言うのに大きな胸を揺らして、俺に抱き着いてキスをする。

 直ぐに身体を離して、フィーナはイヴェリアと抱き合い、頬にキスを交わす。


「おかえり。イヴ。寒かったでしょ?」

「寒さは大丈夫だったわ。けれど──」


 イヴェリアは言い淀んだ。

 空の旅は彼女にとって苦手なものらしいことを口にするかどうか悩んだのだろう。

 そんな表情だった。

 フィーナがイヴェリアと会話を交わしていると、カレン、ソフィさんが続いて俺に近寄って、


「シドル様。おかえりなさい」

「おかえりなさいませ。寒かったでしょうから、入りましょう」


 と、笑顔で出迎えてくれる。

 カレンは珍しく胸を締め付ける装いでない。

 ソフィさんに似た使用人っぽい服装だ。

 ソフィさんは相変わらずで、見ていてとても和む。

 ゲームでは画面越しだったけど、こうしてリアルな造形のソフィさんはとても来るものがある。

 これは今この場に居ない俺の母のシーナにも同じことが言える。

 ともあれ俺は、ソフィさんのお言葉に甘えて、屋敷に入ることにした。


 居間で寛ぎ始めると、俺はフィーナにキキの送迎が無事にできたこと、魔王アグラートとの接触、そして、モリア王国のことを伝える。

 長いソファーの中央に座る俺、左にはイヴェリア、右にはフィーナが俺にぴったりと寄り添って俺の話を聞いていた。


「──だったら、モリア王国からの使いが早々に来るんじゃない?」


 フィーナはモリア王国についてはそう返す。

 モリア王国は新たに王となるジオット・ドヴェルフの即位を早々に進めるはずだとフィーナが言う。

 ドワーフの国は多くの兵士を魔王や幹部に殺されており、これ以上、魔族の手にかかるわけにはいかないと考え、魔王に対する敵意がないことを示すために、アグラートが推薦したジオットの即位を早めたい──と、考えているとフィーナは言葉を繋いだ。

 そして、フィーナの言葉のその裏付けは数日後──ジオットの名代だと名乗るドワーフの高官が戴冠式への招待状を携えてやってきた。


 それから、しばらく──。

 バハムル高原の雪が溶け、バハムル湖は空の色を湖面に映す。

 春が来ると風は穏やかで農民たちは田植えを始める季節。

 俺はフィーナとイヴェリアと護衛にカレンを伴ってバハムル湖を渡る。

 モリア王国の戴冠式に出席するために。

 戴冠式の招待状を受け取ってから、バハムルとドワーフの交易は再開した。

 以前よりも採掘業が活性化してバハムルに居を構えるドワーフは増えている。

 伝え聞けば、カザド山脈の東端に巨大な坑道に築くモリア王国は多くの貴族が離散し、様々な職に従事し始めている。

 とはいえ、その多くは鍛冶だろうが、器用さを活かして金細工などの細やかな装飾品を作ったりもする。

 そんな中、ドワーフが最も必要とする灰銀がこのバハムル高原の北部に位置するカザド山脈に鉱床が存在。

 そこでモリア王国へと運び込むためにバハムルに移住して採掘業を営む者が増えていた。

 肝心の国政はどうやら悪くないらしく、対岸からやってくるドワーフたちの表情は以前よりもずっと穏やかな表情を見せている。

 魔王アグラートが後押ししたジオットという男は善き王として君臨しているみたいだ。

 そんなわけで俺は湖岸の船着き場にある屋根付き帆船に乗っている。


「私、バハムル湖を渡るの初めてだからモリア王国がどんなところか楽しみだわ」


 俺の右に陣取るフィーナが言う。


「モリアはともかく、今回は船で良かったわ」


 俺の左に佇むイヴェリアは安堵した表情で船を楽しんでいる。

 湖上を渡る帆船はとても穏やかで揺れが少ないから、船酔いだってしないだろう。

 どうもイヴェリアは空の旅が苦手らしいので、今回は船の旅で安心した様子。

 そんな二人の表情を伺いながら、俺は風の精霊を召喚してこの帆船を対岸に導く。

 モリア王国に入ったのは、バハムル湖で船上泊をした翌日。

 以前みたいにドワーフの衛兵の低い声で呼び止められることなく、恙無く入城することができた。

 高官から労いを戴いてモリアの迎賓館に通される。

 ジオット・ドヴェルフの戴冠式を翌日に控えた日のことだった。

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