猫耳美少女とニャンニャン冒険記
魔王の側近、エインシェットを先導に応接室に入った三人の猫人族は揃いも揃って目を真っ赤に腫らしていた。
再会に涙を流して喜んだことがわかる。良かった。と、安堵したけど。
軽いやりとりをしたあとにキキの父親でソマリ村の村長のアビ・ソマリが話を切り出した。
「シドル様。この度は大変お世話にニャりました。つきましては、キキが成人したのち、そのお礼として娘を娶っていただけないでしょうか?」
どこかで似た台詞を聞いたと思えば、凌辱のエターニア外伝 ─猫耳美少女とニャンニャン
獣人族は本来、乱婚が多く縄張り争いの強者のみが決まった妻を持つ。
キキの両親はソマリ村では珍しい一夫一妻なのだが、犬人族のセーブルは一夫多妻だった。
種族柄、明確な婚姻制度はないため、妻を娶るということは滅多にない。
だから、こうして娘を差し出すということが珍しい。何かに取り決められたものが動いている。そんな気さえさせられた。
ゲームでは既に成人したキキが交尾を何度も済ませた主人公の元に嫁ぐだけなので特に大事にはならないが、今回は成人前の娘を嫁に出す約束を申し出てる。
『アルス様。この度は娘のキキが大変お世話にニャりました。我々猫人族ではこういったことはめったにしないのですが、我々がニンゲンに差し出せるものはそれほどございません。ですので、既に懇意に与っていると聞いているので、此度の返礼として宜しければ娘を娶っていただけないでしょうか?』
俺の記憶にあるキキの父親の台詞。
『キキ・ソマリをお迎えしますか?』
──はい
──いいえ
と、そんな感じでエンディングが始まる。
だけど、俺は主人公じゃない。
「今この場でキキを娶る約束はできません──」
俺はキキを娶る話を断った。
すると、何故かキキが下を向いて心痛な表情を見せる。
断ったのは不味かったのか。そう思ったけど、後宮に女性を迎え入れるというのは俺の一存では決定できない。
ここにはイヴェリアがいるけれど、フィーナにも伺わなければならないだろう。
妃や側妻には女性の上下関係というのが存在するらしくて、ひとつの組織として活動しているっぽい。
そこにはカレンやソフィさんも含まれているし、何故か俺の母さんや妹のジーナ、フィーナの母親と姉もその一員として機能しているらしい。
俺はそこに深く関わるつもりはないので、窺い知らないところである。
だけど、目の前のキキを見て、断ったらまずかったのかな──と。そう考えて、言葉を紡ぐ。
「キキ本人が成人したときにバハムルでの生活を望むなら私たちが協力いたしましょう。返礼については、私たちバハムルと交易をもっていただくということで宜しいでしょうか?」
これ以上、俺の勝手で側妻を増やすわけにはいかないということで、住むというなら協力は惜しまない。
ついでに犬人族とも交易を結んで人材を確保しよう。
犬人族は行商として有能そうだし、猫人族は暗部としてその能力を存分に発揮しそうだ。
探偵業とかにも向いてそうだしね。
バハムルに移り住めばこちらで教育の場を与えることもできる。
そうして多種族国家を作り上げるのも良いだろう。
それから大小、交易に関わる話を交えて一段落したところで、アグラートからの提案。
「話は纏まったのね。では、私はモリア王国に用事があるから行くけれどシドルくんとイヴェリアちゃんもご一緒にどうかしら? ここまで歩いてきたのだって私たちを警戒してのことでしょう?」
もうここまで来たらソマリ村での用はないだろうということか。
確かにキキを連れてきて両親の元に返したから俺はイヴェリアとバハムルに帰るだけ。
俺たちがソマリ村までの道中で精霊魔法や召喚魔法を極力さけた理由だって魔族を過度に刺激しないためだった。
ここに魔王のアグラートと幹部のエインシェットがいるのなら、アグラートの言う通り、俺とイヴェリアが魔法の行使を遠慮する理由はもうない。
そこで俺が答えるつもりだったのだけど、俺より先にイヴェリアが口を開いた。
「そうね。それほどまでの魔力の持ち主ですから、私たちが魔族領に入ってから警戒して魔法を使わずにいたのは当然。でも、今、こうしてアグラート様がいらっしゃるのなら私たちが遠慮する理由はないもの。私としてはシドルさえよければアグラート様の提案に乗っても良いわ」
「私も同じく思っております。私たちバハムル王国もモリア王国については気になるところがありますので、アグラート様が良ければ随伴させていただきます」
イヴェリアと俺は答えた。
「なら、決まりね。早速──と言いたいところだけど、ソマリ村の村長さんがシドルくんとお話をしたさそうにしてるから、そちらを先に済ませましょう」
アグラートがそういうと、後ろに控えているエインシェットが俺とイヴェリアを応接室からの退出を促す。
応接室から出たらキキと彼女の両親が揃って出てきて、今度は俺たちを居間へと案内した。
「重ね重ねで申し訳ニャかった。娘のキキを保護してくれてありがとうございました」
居間に入ると着座を薦められて座り、その直後、キキの父親のアビが深く頭を下げる。
夫に続いて、キキの母親のニアンもテーブルに頭が着くのではというくらい深く頭を下げた。
当然のことをしたまでです。とは言えないので「無事にキキを届けられて良かったです」と応える。
イヴェリアは俺を左から見て納得した表情を浮かべてからキキを見つめた。
「ソマリ村からモリア王国に連れ出された猫人族はキキの彼女のお兄様だけだったのかしら?」
イヴェリアは訊く。
最初はそもそもドワーフに連れ出されたとは思っていなかったのか、
「ソマリ村は猫人族の村の中でも最西端で、モリア王国からは最も離れていましたからドワーフが猫人族を攫って使役していたという話を聞いたことがございませんでした」
と、アビが答える。
「では、もしかして──」
「はい。ニギもキキも三年前のあの日に遊びに出てから帰って来なかったので昼夜を問わず捜索をしましたが見つけれないまま死んだものと思っておりました」
「やはり、だったら生きていると知ったのはもしかして……」
「魔王様が数週間前にこの村に参りまして、そのときに名簿の一覧にニギとキキの名前が記されていたのを見てニギとキキの生存を知りました」
イヴェリアはアビから状況を聞き出していた。
その横でキキがニアンにニギのことを訊く。
「お兄ちゃんはいつ村に帰ってきたニャ?」
「ニギが帰ったのは一週間ほど前よ」
それからニアンは言葉を続けていたが、その内容はニギがモリア王国から逃げ出したときの様子だった。
ニギはキキを逃した後に逃げ遅れた猫人族たちとともにモリアの坑道の最深部に軟禁。その後、魔王アグラートや幹部が入れ代わり立ち代わりとやってきて解放されたのだとか。
その際、ドワーフの兵士たちや坑夫が何人か命を落としているからドワーフ王国内で多少の武力衝突があったのかもしれない。
でもきっとそれは、実力差を測れないドワーフの雑兵が強大な力を持つ魔族たちの手により圧倒的な強さでねじ伏せられただけだったのだろう。
ニギは今、家におらずソマリ村の村兵の一員として従事しているからこの場にはいない。
彼のことを聞き終えると、今度はキキのバハムルでの生活についてアビとニアンが知りたがった。
ソマリ村の猫人族は、コミュニケーションが盛んでしゃべると人懐っこいというのはキキだけでなく、彼女の両親のアビとニアンからも感じ取れる。
それが、キキのバハムルでの生活を教え始めると目を輝かせて聞き入らせた。
どうやらこの村の猫人族は甘えん坊でもあるらしい。
キキがソフィさんやフィーナにウザ絡みされても、嫌がらずに構われていたのはそういう性格だったのか。
ただ、人間を過度に期待させてはいけないし、もともと人口が少なくて差別意識に乏しいバハムルだからできることでバハムルの崖から下は同じ人間でも別の世界なのだ。
キキも含め、彼らはそれを知らない。
バハムルの人間に慣れたからと言って人間全体が全てバハムル村の民と同じではないからね。
そんなこんなでキキとともにした日常を伝えたわけだけど、アビとニアンの期待値は高止まりしていてちょっと怖さを感じてる。
「バハムルでは次の冬の前に私の戴冠式と結婚式を行います。そこに招待いたしましょう」
俺は彼らをバハムルに招くことにした。
ドワーフの案件が片付いたらということにはなるけれど、興味を持ってもらっているし、交易を結べて人の行き来ができれば猫人族がバハムル村に住みたいと移住を希望してくれるかもしれない。
特に彼らはバハムルに仕えてくれなかったとしても、バハムルの森の
猫人族がいれば迷宮の攻略がより効率的になって冒険者全体が──バハムル村の兵士たちが強化されることは間違いない。
「ありがとうございます。私どもでも人間のとはいえ王族の招待に与れるのなら喜んでお受けいたします」
喜んでもらえて何より。
そうであれば問題ごとは早めにクリアを目指さないと、ということで、ここでの話を切り上げることにした矢先、キキがスクッと立ち上がった。
「シドル様。イヴェリアお姉さま」
可愛らしく愛くるしい声で名前を呼んだ。
そして、
「本当にお世話にニャりました。ウチ、シドル様とイヴェリアお姉さまが大好きニャ。だから、大人にニャったら絶対にバハムルに〝帰ります〟。だからそれまでウチのこと忘れニャでほしいニャ」
言葉の最後の方は涙声だ。
俺、そんなに好かれる要素あったかな。と思いつつ、短い間でも居心地良く過ごしてもらえていたことを俺は嬉しく思った。
「俺は、キキのことを忘れたりしないよ。だから、いつだってバハムルに来ると良いよ」
俺はそう伝えてキキの頭を撫でる。
キキはごろごろと唸って俺に向かって首を傾げて甘えてきた。
そのキキをイヴェリアも俺と同じく撫でて
「私だって忘れないわ。また、いらっしゃい」
と、優しい声で語りかける。
イヴェリアの手にキキは手を重ねた。
「ソフィ様にも、カレン様にも……フィーナ様にも──」
「ええ、もちろん。彼女たちだってキキのことが大好きだから、いつでも歓迎するわよ」
若干、『フィーナ様にも』という声は小さくて聞き取りにくかったが。
ともあれ、『大好きニャン』ではなかったけど『大好きニャ』と言ってもらえたし、バハムルに帰るとまでキキは言ってくれた。
これでひとまず、区切りというところか。
俺はイヴェリアを見ると彼女と目が合い、そろそろ行こうと合図をする。
「それじゃあ、魔王のところに戻るよ」
俺とイヴェリアは居間から出た。
扉の向こうにはエインシェットが待っていて、居間から出た俺に音もなく近寄る。
「アグが外で待ってるから、別れの挨拶が終わったら外に出るようにと仰せつかってね。ソマリにはボクのほうから挨拶を済ませておくよ」
アグラートが外で待っていることを伝えに来た彼女は、俺にそれを伝えると居間に入る。
俺は彼女の言葉に「わかりました」とは答えた。
それにしても、床を踏む足音がしても良いはずなのに、どういう理屈で音がしないのか、とても気になる。
「どうやら、モリアに行くのは避けられないようね」
玄関へ向かうすがら、イヴェリアが言う。
「それで、早く帰ることができるなら御の字かもしれないよ。フィーナの誕生日に間に合いそうだし」
「フィーナの誕生日ね……。確かに。けれど、私、空を飛んだりできないわよ?」
「
「乗るの?」
「うん。乗る」
金翅鳥は以前に召喚したことのある神獣。
精霊とは違って、精霊を嫌う悪魔に連なる魔族が嫌悪することはないはずだ。
イヴェリアもこころなしか、金翅鳥を目にするのが楽しみなのだろう。
頬が少し綻んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます