魔王
ソマリ家の応接室に残った俺とイヴェリア、そして、魔族領の女王アグラートとは穏便に会話が進んだ。
アグラートの傍にはエインシェットという原種に極めて近いサキュバスが控えていたが。
「これが薄汚いドワーフどもが作っていた猫人族の奴隷名簿──」
そう言ってアグラートが見せた薄い本には数百名の猫人族らしき名前が連なっていた。
その中にキキ・ソマリの名があり、名前欄の前の枠外にチェックが記されている。
キキ・ソマリの名の前にチェックがなかったことから、魔王を始めとした幹部が名簿を基にして魔族領民の返還を確認する台帳として用いていたらしい。
この台帳、パッと見ると名前の他に連行した日と契約魔法を施して奴隷にした日が記録されている。
奴隷契約の主契約者は王国の幹部だったらしいが、元は奴隷を管理する上で作成した奴隷台帳と言ったところだろう。
それを魔王を始めとした彼女の幹部がモリア王国から押収して返還台帳として流用しているらしい。
名前欄の前にチェックがあるものは返還済み。空欄はキキだけだけど未返還。そして、チェックではなく横線で消されているものは死亡の報告がされているものということだろう。
「亡くなった方もいらっしゃるんですね」
過酷な労働を強いられていたことをキキから聞いている。
だから過労で倒れて死んだものがいれば、命を奪われた者もいたことだろう。
横線が引かれた名前に目を止めていたら、アグラートが静かに言葉を発する。
「死亡した者については、証言から殺された者がいたことは間違いないし、責任は当然、取ってもらうつもり──」
要するに補償は当然求める。といったところか。
魔族の多くは血族の絆が強く群れて生活をしているし、その繋がりが強固だから外部からの危害があれば当然、報復を厭わない。
魔族領は魔王やその幹部による領民への干渉は少なく、種族間の衝突を放置しがちで、今回のドワーフによる拉致監禁なども種族の存亡が危ぶまれるなどの度が過ぎなければ出張ってくることはない。
要するにモリア王国はやりすぎたのだ。
「とはいえ、これで全員。期日までその存否が確認できたから約定通り、ドワーフ王国を滅ぼす必要が無くなったわね」
指定した期日までに生存者全員の無事が確認できなければ、モリア王国を滅ぼすつもりだったのだとか。
その期日が残り数日。
だから、焦ったレギンが俺に対して高圧的にキキを寄越せと言ってきたんだな。
ドワーフは愚直ではあるけれど、豪気さ余って見下す存在に対して傲岸不遜に接してくることがある。
人間に対して強い不信感を向ける森のエルフとはまた違った態度。
それでも、下っ端と言うと良くないけど身分が低いドワーフは既にプライドを圧し折られているからか謙虚な者が多かった。
俺としては人材難のバハムル王国に異種族ながら移り住んで鍛冶や彫金を営んでもらってるのはとてもありがたい。
で、モリア王国の中軸に残り続ける者たちは自らが尊大だと傲って国境を侵し、数々の村を襲って猫人族を拉致してきた。
俺の目の前にいるアグラートは魔族領に君臨する魔王だが、魔族領は種族ごとに統治を委ねる連邦制みたいなもの。
魔族として絶大な力を持ちつつもその力で支配するといったことをしていない。
だから、今回の侵犯を許した。
弱肉強食を標榜する魔族だけど、種の存続においては許容できなかったのか、それで干渉に至ったのだろうと推測。
アグラートが俺の目線に合わせて脚を組み替えたり胸を寄せながら、こういった話を一方的に続けてる。
種族固有なんだろう【魅了★】が俺の感覚を刺激し続けていた。
俺の【魅了★】と違って彼女のスキルは常時発動型だというのは何となく察する。
そのアグラートはある程度話を進めると物騒なことを口にする。
「──とはいえ、シドルくんがキキ・ソマリを届けてくれたから、モリア王国はなくならないで済んだわね。あと二日遅ければモリア王国のドワーフどもを一人残らず殺すところだったのよ」
「そういうことならキキを届けられて良かった……」
不敵な笑みを俺に向けてくるアグラート。
何故か彼女は俺をシドルくん呼びしていた。
本当にこの世のものとは思えない妖艶さを持っている。
彼女の物騒な言葉に俺は今日、ソマリ村に着いて良かったと安堵した。
「あれ、シドルくんはドワーフの肩を持つの?」
「いいえ。そういうわけではありませんが、滅んでしまったらそれはそれで居た堪れなくなりそうで……」
バハムルに住むドワーフたちはモリア王国から弾き出されたとはいえ、彼らの故郷。
滅ぼすから良いよねと言われても、彼らのことを考えると頷くことはできない。
アグラートにはそれが、ドワーフ側に俺が偏っていると見えたのか。
「そう? けれど、それがニンゲンなのかもしれないわね」
彼女はそう言ってわざとらしい笑みを向けた。ただの揶揄いか……。
どちらにしても魔王の揶揄いは洒落にならない。
俺たちの国は新興国だから、魔族領に目をつけられるわけにはいかない。
そうやって頭の中でいろいろ考えていたらアグラートが言葉を続ける。
「それでも、やはり、領地を荒らされたのは不本意だし、前にモリア王国のレギンと会談をして相応の対応はさせてもらうことは伝えてあるの」
「それは罰──ということですか……」
「ええ。もちろん。罰を受けてもらうし、そのための人材も見繕ってあって、きっと貴方も気に入ると思うの。だから、委細が決まったら紹介して差し上げるわ」
アグラートはそこまで言うと椅子から立ち上がり、ふわりと移動。
俺とイヴェリアの真正面のテーブルに音もなく腰を下ろした。
「話はここまで。シドルくんの隣のこの子。とても凄まじい魔力ね。ニンゲンが持つ魔力としては随分と過剰ね。私たち魔族の一員で幹部の一人と言っても差し支えないほどよ」
アグラートの目線はイヴェリアを差している。
「【鑑定】させてもらっても良いかしら?」
魔王は俺を見てイヴェリアに鑑定を使う許可を乞う。
拒否することはできるだろうけれど、できれば穏便に済ませたい。
俺がイヴェリアを見ると、彼女は目で頷いて見せてきた。
イヴェリアは【鑑定】を有しているけど、ユニーク相当ではない。
そして俺はアグラートがどんなスキルを持っているのかわからない。
今、アグラート本人が【鑑定】を使うと言ってるので【鑑定】を持っていることは分かった。
イヴェリアの合図を受けて俺はアグラートに返事をする。
「俺は構いません」
「では、見させてもらうわね」
アグラートの鑑定は一瞬で終わった〝らしい〟。
彼女がスキルを発動した形跡がわからなかった。
「素晴らしいわね。ニンゲンの身でよくここまで鍛えたものね。イヴェリアには敬意を払いましょう」
「それは、どうもありがとう」
アグラートは上機嫌な表情でイヴェリアを称える。
そして、称賛に応えるイヴェリア。
「ただ、それだけの才能を持っているというのにニンゲンというのが只々残念」
そう言ってアグラートは脚を組み直して俺に股を見せつける。
もちろん、見たし、イヴェリアの視線が鋭く突き刺さってきた。
魔王の【鑑定】は俺にも向けられるらしい。
「シドルくんにも【鑑定】させてもらうわね。偽装や阻害をしないでもらえるとありがたいわ」
「わかりました」
アグラートは俺にも【鑑定】を使うらしい。承諾すると彼女は俺の顔をまっすぐに見据えたが、一瞬で【鑑定】を終えた。
「シドルくんはニンゲンだけど、もうニンゲンやめちゃってるのね。ハイエルフの王が一生に一度しか使えない権能をシドルくんに施したのね」
アグラートに言われて俺は思い返す。
あれは以前、イヴェリアと二人で森のエルフの郷に行ったときのことだ。
俺があの前後で覚えたスキルは【召喚魔法★】と【上限解放★】。
【召喚魔法★】においては世界樹で覚えたものだけど、【上限解放★】に至ってはいつ覚えたのかわからなかった。
そして未だに【上限解放★】はどんな作用があるのか俺はわかってない。
スキルを【鑑定★】しても『上限を解放する』という情報だけ。
強烈な体験を二つもしたが、その一つにケレブレスに濃厚なキスをされたということがあった。
あのとき、強烈な魔力を感じたのはもしかして。
「シドルくんには特別に、私を【鑑定】することを許すわ。不公平でしょうし」
「そういうことなら、見させていただきます」
こちらの手の内を知られたんだから良いだろう。ということで相手も言っているんだし俺は遠慮なくアグラートに【鑑定★】を使った。
───
名前 :アグラート
性別 :女 種族:サキュバス
身長 :174cm 体重:54kg B:92 W:57 H:88
職能 :神徒
Lv :781
HP :80000
MP :80000
VIT:4000
STR:4000
DEX:4000
AGI:4000
INT:4000
MND:4000
スキル:魔法(火★、土★、風★、水★、闇★)
無属性魔法:6、契約魔法★、詠唱省略:8
魅了★、房中術★、洗脳★、鑑定★、認識阻害★
状態異常無効★、吸精★
体術★
好感度:100★
︙
︙
───
魔王だけあってステータスが異常に高い。
好感度や性感帯、性癖なんかも見られたがここは自重するべきだ。
敢えて言うのなら、スピンオフ作品の主人公ってどうなったの?って感じだ。
そして、彼女には年齢の表記がないし、職能が魔王などではなく【神徒】。これは一体どういうことなのか。
ゲームでは彼女のステータスを見たりすることは出来ない。
アグラートがメインヒロインとなるスピンオフ作品はリアルエッチシミュレーションでストーリーはほとんどないし、最初からアグラートとエッチをしてから何度もプレイを繰り返して快楽堕ちをさせることでエンディングを迎える。
そんなだから、アグラートとエッチをする経緯が簡単な前置きだけで省略されていた。
そして、このスピンオフを攻略するにはエッチをして快楽ゲージや闇落ちゲージ、嫌悪ゲージなどと言ったパラメータを調整して進行するゲーム。
それに彼女の俺に対する好感度が【好感度:100★】と表示されていた。
いくらなんでもそれはないでしょう。と思ったけど敢えて触れなかったことにする。
そうして、意識をアグラートへの【鑑定】から外すと彼女の色気のある声が甘い吐息とともにかけられる。
「満足したかしら?」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
アグラートはそう言ってテーブルから立ち上がり俺の目の前に彼女の股が近付いた。
なんともいえない芳しい香りが漂う。
これも【魅了★】の効果化か。
彼女は俺を見下ろして言葉をかける。
「それにしても、シドルくんがスキルを使うと濃厚な魔素に身体が浸食されてしまうのね。おかげで疼いて仕方がないわ。きっとそこのイヴェリアちゃんも同じではない? よく耐えてるわね。ニンゲンだと言うのに」
アグラートは俺から目を反らしてイヴェリアに目線を向けた。
イヴェリアはアグラートの言葉に対して平然と応対。
「それは、どうも」
「ふふふ。貴女とは何れゆっくりとお話をさせてもらいたいものね」
「そう──。私も魔王様とは幾許かの興味をもたせていただいておりましたの。お許しいただけるのなら是非」
「私は構わないわ。そうね。貴女たちが帰った後、機を見て使いを送るから改めて会談の席を持ちましょうか。シドルくん、良いかしら?」
そう言って俺の右側に座り直したアグラートが俺の顔を覗き込む。
それをイヴェリアが見てるわけだけど、イヴェリアの目は和やかな様相を伺わせている。
「そういうことなら、わかりました。イヴェリアとの会談の席を設けるということですよね?」
「違うわ」
俺の声に即座に否定。そして、続く。
「私はシドルくんにも興味があるの。それと同じくらいイヴェリアちゃんにも興味があるから二人とゆっくりお話をさせてもらいたいと言ってるの」
アグラートは右手を俺の右太ももに置いてゆっくりと擦る。
彼女から漂う甘い香りと擽ったさに身悶えしそうだ。
これが
たまらん。
身体が反応しそうだが、イヴェリアの目があるので抑えなければならない。
「使いのものはなるべくニンゲンに見た目が近いものを送るからよしなにしてね」
「──はい」
俺は力なく頷くと、「イヴェリアちゃんもよろしくお願いね」とにこやかな顔を向け、俺から離れてくれた。
元の席に座り直すと、ドアがノックされる。
キキとその両親がエインシェットに伴われて応接室に入ってきた。
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