コボルトと宝石

 陵辱のエターニアの外伝物語である猫耳美少女とニャンニャン冒険記アドベンチャー

 この物語のメインヒロインはキキ・ソマリという猫耳の美少女で小柄で巨乳、長くて可愛らしくアニメーションする尻尾。

 そんなキキとイチャイチャラブラブしながら送り届けるというストーリー。

 フルプライスということもあってメインヒロインだけでなくサブヒロインが用意されたマルチエンディング式のアドベンチャーゲームだった。


 犬人コボルト族の村に世話になることになった俺達は屋敷に案内されると、そのサブヒロインが出迎える。


「おかえりなさい。お父様」


 彼女の名はラヴァ・セーブル。

 この村の犬人族は黒を差し色にした濃灰色の髪の毛が特徴的でちょこんと尖った小さな耳と小さな顔。そして、ぷっくりと丸い鼻が特徴的。

 その彼女が父親を見ると尻尾を激しく左右に振りながら彼を出迎えた。


「ただいま。ラヴァ。いい子にしていたかい?」


 ラヴァを見た犬人族の男は彼女に近寄って頭や頬をワシャワシャと撫でる。

 といっても、そこまで毛むくじゃらというわけでもなく、それほど人間と変わらない顔立ちだから普通に撫でているはずなのに、なぜかワシャワシャといった感じだ。

 男がラヴァから手を離すと彼女は物珍しげな表情で俺を見る。


「はい……って、お客様……ニンゲン?」


 大きな目を丸くするラヴァ。

 これはこれで可愛らしい。

 ではなく──。


「本日、お世話になりますシドル・メルトリクスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 腕を回して頭を下げた。

 俺の左でイヴェリアも同じく、


「イヴェリア・ミレニトルムです。どうぞよろしくお願いいたします」


 と、カーテシーを披露。

 俺とイヴェリアが名乗ったのを見たキキも続く。


「キキ・ソマリですニャ。シドル様とイヴ姉さまに付き添ってもらってソマリ村に向かっている途中ニャのです」


 キキが名乗るとラヴァがこっちを向いて名を名乗った。


「ラヴァ・セーブルと申します。ボノ・セーブルの娘にございます。どうぞごゆっくりくださいませ」


 ラヴァもカーテシーを披露する。

 ゲームでの絵面と違って随分と幼く、カーテシーは拙い。

 それでもよく見せたいという気持ちは伝わった。

 俺たちをここまで連れてきた男はボノという名の名士らしい。

 ゲーム中でも、こんな感じで紹介されて名前を知った。

 とはいえ、ゲームではボノが勇者に娘を差し出す形でストーリーが進行し、裏で勇者を誘惑するという名目と発情期になる少女だということでボノ自身が適任と判断して引き合わせたはずだ。

 だから、ゲームでの台詞に、


『わっち、十四歳になりました。勇者様、どうか、私にお子を授けてください』


 というのがあった。

 高村たかむらたすくの記憶によると、セーブル家邸宅では主人公とキキは個別に部屋を割り当てられ、夜になるとラヴァが寝所に忍び込んで主人公に迫る。

 その時にスカートをたくし上げて下着のないそれを見せつけた。

 獣人族の多くは十四歳になると最初の交尾期を迎え、その後は種族に応じて半年から一年くらいの間隔で性周期を一巡する。

 陵辱のエターニアの世界では、異種族間で子を成すことができるのは人間のみという設定があった。

 それが世に知られたのは異種族と初めて邂逅を果たした外伝ストーリーである猫耳美少女とニャンニャン冒険記でのこと。

 しかし、今はまだ繁殖期に入る前のごく普通の少女でしかない。

 ファンタジーものの犬人族コボルトと違って、ラヴァは犬っぽい美少女。その父親は普通に犬っぽい青年。なぜかラヴァとその母親の顔……というよりも、このセーブルの集落の女性たちの見た目は人間寄りだった。

 佑の記憶があるから、脱いだらどんな感じなのか想像はつくけどね。


「では、準備が整いましたので、お部屋をご案内いたしましょう」


 邸宅の使用(犬)人の合図で、ラヴァの父親が俺たちに声をかけた。

 彼の後ろに三人の犬人族の成人女性が控えている。


「これからの案内は彼女たちがいたします。私は仕事に戻りますので、これで失礼します」


 俺たちはそれぞれに小部屋が割り当てられた。

 久し振りの一人部屋。

 バハムルでは俺の部屋でもフィーナとイヴェリアと常に一緒だったから本当に久しい。

 シドルに部屋の案内をしたのは女性の犬人族だったが、部屋に入ってからは男性の犬人族がシドルの担当となった。


「本日はようこそ、セーブル邸へ。本日、お世話をさせていただきますので、どうぞよろしくおねがいいたします」


 部屋に入ると男性の使用人が堅苦しい挨拶をする。


「シドル・メルトリクスです。こちらこそ、本日はお世話になります。よろしくおねがいいたします」


 挨拶を返すと彼は、


「では、食事の前に湯浴みの準備が整いましたらお呼びに参ります」


 と、言葉少なく部屋を出ていった。


 しばらくして、湯浴みの桶が部屋に届く。

 犬人族の風呂は大きな桶に少し冷たく感じる湯を張ったもの。

 数人の使用人がやってきて魔法で生成した水を桶に注いだ。

 それも事務作業的に手際よく済ませると他の部屋の湯浴みの準備に向かった。

 イヴェリアとキキにも湯浴みの準備をしてくれるのだろう。

 このままでは冷たいので俺は魔法で水温を上げてから身体を洗った。


 身体や髪を乾かして少し経つと使用人の呼び出しを受けて食堂に向かう。

 部屋を出たらイヴェリアとキキが廊下に出ていた。

 彼女たちにも使用人がついていて、一緒に食堂に向かうらしい。

 俺が部屋から出たことに気がついたイヴェリアが俺に話しかける。


「久し振りに落ち着いて湯浴みが出来たわね」


 イヴェリアの近くのキキはこちらを気にしているのに何も言わない。

 どうやら彼女は湯浴みの準備をしてもらったが髪の毛や背中に少し生えている体毛の毛繕いに使った程度しかしていないのか。

 バハムルにいたころも、旅に出てからも、いつもイヴェリアに洗われていたからね。

 風呂嫌いはいかにも猫らしい。


「ちょっと、冷たい湯だったけど、ゆっくり浸かったのは本当に久し振りに感じたよ」


 俺も冷たく感じた桶湯だったが、イヴェリアの肌がほんのりと赤く上気していることから、俺と同じく魔法で湯の温度を上げたんだろう。


「では、皆様お揃いですので、ご案内いたします」


 一人の女性がそういうと、他の使用人たちは先に準備に向かうのか去っていた。


 犬人族の女性の先導で食堂に向かう。

 彼女の服装はメイド服。

 今は後ろ姿だけど、尻尾の部分に穴が空いているのかスカートだというのに尻尾が見えている。

 一歩一歩進む度に揺れるふわっと丸く広がる尻尾がなんとも可愛らしい。


「旦那様。お連れいたしました」


 食堂に着くと使用人の女性が主に頭を下げた。


「ん。ご苦労。下がって良いぞ」


 主の声で俺たちを案内してくれた使用人が下がっていく。

 それから続いてこの館の主のボノが俺たちに「さあ、食事をしよう。席についてくれ」と着座を促した。

 食卓に雑多に置かれた料理の数々──なのだが、主に肉類。それからスープに浮かぶ野菜といったまるで前世の犬に残り物のご飯をまぜたみたいな見た目。

 肉は鳥の肉の半身が丁寧に火を通してあってこんがりと焼けている。

 きっとこれが犬人族にとっての祝い事などの宴で出る料理なのだろう。


「この度は、セーブル村へようこそ。こちらは我が村の饗膳でございます。ニンゲンの口に合うか私どもにはわかりませんが、お気に召していただけると幸いです」


 ボノが言う。

 先程までと打って変わった態度に違和感を感じながら、その歓迎を俺たちは受け入れた。

 料理の味はそれほど悪くなかった。

 強いて言うなら塩が足りないと感じた程度。

 野菜を煮たスープも味付けは薄いが素材の甘さでとても美味しく感じた。

 まあ、口に入れる前に【鑑定★】で毒などの類じゃないかの確認はしたけれど。


「これは美味しいわね」


 スープを口に含んだイヴェリアが舌鼓を打つ。

 香草の風味がなく塩気の薄い肉はともかく、野菜のスープはとても気に入った表情を見せていた。

 一方で、キキはこの料理がどうも得意でないらしくスープについては食が進んでいない。

 肉はフォークでつついてそれなりに食べてはいるもののイヴェリアが野生の調理法で振る舞う肉料理ほどの勢いはない。

 バハムルでもキキは魚類を好んでよく食べていたし、スープの類は口にしなかった。

 美味しいとご機嫌にふにゃあふにゃあ言いながら喉を鳴らして食べるというのに今日はとても大人しい。

 それでも、良い素材を使っているのはよく分かった。


「あの、一つお伺いしたいことがございまして──」


 食事がある程度進んで、一段落すると主人が口を開く。


「何でしょう?」


 俺が答えると主人はおずおずと言葉を紡いだ。


「大変、失礼かもしれませんが、シドル殿の剣にあしらわれた黒い宝石、あれはどちらで手に入るのでしょう?」


 フィーナがくれた黒水晶を柄に嵌めた剣のことか。

 あれはエターニア王国だったころの王城の宝物庫にあった黒水晶。

 エターニア王国の建国の際にイシルディル帝国から頂いたものらしい。

 この大陸の南部に位置するイシルディル帝国では貴重な鉱物が存在していることは知っているが何が採れるなど詳しいことは分かっていない。

 なにせこの数十年は敵対国だったから帝国の情報はとても少ない。そんなだからネイルが女性だということに気が付かなかったわけだ。

 そんなわけで、黒水晶について詳しいことは分かっていない。

 ただ、わかることはエターニア王国の有史で黒水晶が確認できるのは建国時のみ。イシルディル帝国から頂いた記念品で、その原料は帝国で採れたものなのか、それとも、大陸外からの輸入品なのか。そのどちらかでないとあれほどのものは存在しないということだけはわかる。

 それを俺は端折って伝える。


「剣は戴き物なのですが、黒水晶のことでしたら大陸南方か大陸外のものだと聞いております」

「南方──ですか……」


 犬人族は魔族領よりも南に出たことはない。というか、魔族領に住むどの種族も魔族領から出たことはないのではないだろうか。

 中には人間と酷似した見た目を持つ種族もいるだろうし、そうした種族ならエターニア王国時代に王国内で見かけていたのかもしれない。

 とはいえ、俺が【魔力感知★】を覚えてから、独特の魔力を持つ魔族らしき気配は感じたことはなかった。つまり、大抵の魔族は魔族領から出ていない。

 ただし、魔力を全く感じなかった魔王の幹部で吸血鬼のエストリみたいな例外もある。

 彼女は見た目が人間とさほど変わらないし、王国内に紛れても俺にはわからないだろう。

 話は黒水晶という宝石に戻って、この黒水晶の委細が不明だということをやんわりと伝えなければならない。


「詳しいことはわかっていませんが、あの宝玉は大変貴重なものだそうで、どこで入手できたものなのかは不明となっています」

「そうですか。あの黒水晶とやらはとても美しくて興味を抱きました──。そこでどこかで入手できるならと思った次第です」


 犬人族は宝石類を非常に好む。

 これはスピンオフ作品の中でもそう説明されていた。

 作中でも、今と非常に似た展開のストーリーが展開する。

 主人公が装備する鎧に施された装飾に使われる様々な宝石に興味を持ったのだ。


『人間が住む地域には様々な宝石があるようですので、ぜひ、一度、そちらに伺って宝石を拝見させていただきたいくらいです』


 館の主はニンゲンの間に流通する宝石類に対する好奇心と所有欲を満たしたくて十四歳になったばかりの犬人族の女の子でもうすぐ繁殖期というラヴァ・セーブルが主人公に差し出すことを厭わない。

 ところが、主人公は既に死に、俺の目の前にいるラヴァ・セーブルは発情期に至っていない。

 故に二人とも攻略するルートを進行することすらないはずだ。というか、キキも同じで攻略ルートが進まないのは間違いない。

 エロゲの世界のヒロインだけどエッチなことにはならないのだ。

 つまり、ラヴァを連れ出すための選択肢を彼女の父親から提案されることはない。


『もし、お気に召していただけるのでしたら私の娘を随伴いただけないでしょうか?』


 こんなセリフが主人公アルスに向かって投げかけられるはずだった。

 宝石を求めてやまない犬人族の長が人間社会に流通する宝石の対価に娘を差し出すことができないでいるから選択肢を与えることができずにいるのではないか。

 俺としては、犬人族であってもバハムルと繋がりを持てるなら、今後、魔族領との交易に発展する可能性があるので、ここで約束事を交わすのは吝かでない。

 向こうから取引材料を持ち込めないのならこちらから提案しよう。


「そういうことであれば、バハムルに使節を寄越してみてはいかがでしょうか?」

「よろしいのでしょうか?」

「ええ、もちろん。かまいません」

「でしたら、早速──と、言いたいところですが、我らがドワーフの国を跨ぐことは難しいのです」


 ドワーフと犬人族は折り合いが非常に悪いらしい。

 そうか。ゲームでは犬人族との邂逅時点でドワーフの国が滅び生き残りがいなかったのか。

 モリア王国は滅びずに国としての体制は保っている。

 魔族領から人間の国々に渡るにはドワーフの国、モリア王国を跨ぐか、エルフの森に入るしかない。

 獣人族を含む多くの魔族がエルフの森に入っても、迷ってしまって抜けることができず、最悪引き返すことすら叶わずに命を落とすこともある。

 西から西方の国々に行くことはできなくはないが、カザド山脈を越えなければならず、こちらも命がけ。

 安全な交易路とするのならモリア王国を経由する必要があった。

 ただ、モリア王国はかなり閉鎖的でドワーウ族を随伴していなければ入国が許されないことが多い。

 とはいえ、今なら俺が持ってる通行許可証でなんとかなるだろう。


「なら、バハムルから使節を送りますので、そのときに同行いただける要員を見繕っていただければ、バハムルまでご案内いたしましょう」

「そうしていただけるならお言葉に甘えることにいたします。こちらも使節を編成しますので、お世話をお願いできればと思います」

「もし、キキを送った帰りに立ち寄れるようでしたら、そのときにもお連れいたしますし」

「承知いたしました」


 食事の席で犬人族との取引の約束が結ばれそうだ。

 そして、彼は承諾の返事に続いて、更に続けた。


「我々、セーブル族だけでなく、他種の同族たちにも取引を持ちかけても宜しいでしょうか?」


 他種ということは同じ犬人族で見た目が少し違うとかあるのか。

 そうであれば、ほかも見てみたい──というか、もしかして猫人族も同じ?

 それはともかく、この集落だけでは人員を確保できないということか。


「そちらの使節の編成については、我らに害がなければ如何様でも問題にはなりませんが、最初から大規模だと期待にそえないかもしれないので、まず様子見として小規模での来訪を望みます」

「ははは。申し訳ない。気が逸りました。ですが、私たちセーブル族は犬人族の中でも特に戦闘に不向きで遠出となると護衛を頼める同朋にお願いする他ありません。ですので、他種の同行を許可いただければと思いまして……」

「そういうことでしたら構いません。ぜひ、他種族の方もお呼びください」


 目の前の犬人族は見るからに小型犬みたいで確かに戦闘が苦手そうに見えた。

 それでも、集団で俺たちをつけてきていたわけだから、戦う勇気は持っている。もしかしたら臆病なだけなのかもしれないけれど。

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