野性的な彼女たち

 モリア王国に入って、それから、すぐに魔族領に入った。

 ドワーフはカザド山脈内に坑道を掘り広げ、そこに都市を形成。

 モリア王国の地表部は広くなく、ドワーフの集落は平地に存在しない。

 その代わり、カザド山脈の中腹で日が差すところに、王都モリアから弾き出されたドワーフたちが寄り添って形成された大小の集落が存在する。

 カザド山脈の麓にはドワーフではなく、小人ホビット族の集落もあるらしいが、彼らは冬はねぐらから出ずに家族で過ごす程度の洞穴に引き篭もる。

 まるで前世の俺である。


 雪船を牽引するロバの手綱を引く俺はつい先程、モリア王国と魔族領を隔てる関所を抜けた。

 ロバの背にはキキが乗り、俺の左にはイヴェリアが並んで歩く。


「魔族領に入ったけれど、特に何もないわね」


 関所はドワーフ側だけで魔族側には何もなかった。

 おそらくこういうところからドワーフたちの侵入を簡単に許してしまっていたんだろう。

 というか、もしかしたら魔王が気にしていないだけなのかもしれないけれど。


「本当に何もないっていうか……」


 北に向かって左手側にはカザド山脈とそれから広がる森林。右手は地平線まで雪原が続いてる。

 魔族領はとても穏やかな天候で吹き溜まりなどがなく見事なまでに真っ白な雪原を地平線まで見渡せる。

 足下は柔らかく深く降り積もった雪でかんじきがなければ足が取られて歩くことがままならない。

 かんじきのおかげで雪に埋まることなく進んで入るもののペースは一向に上がらない。


「この、かんじきというものはなかなか慣れないわね。歩きにくいわ」


 俺の左に並び歩くイヴェリアも俺と同じで、かんじきで雪に沈まずに済んではいるけど、バハムルと違って吹き曝しや吹き溜まりができない魔族領のこの雪原では降った雪がそのままだから、踏み込んだ足が地面に付く感覚がなくて歩きにくさを感じさせていた。


 ということで、俺たちはかんじきを履いてカザド山脈を左手にしながら歩みを進めている。

 ロバにももちろん、かんじきを履かせて雪原を進む。


 太陽が傾き、空の色が赤くなる前に雪上にキャンプを張る。

 魔法で風よけを作ってから作業に入った。


「シドル。ちょうど良い時間になったから森の方でうさぎを狩りに行ってくるわね」


 設置作業中の俺にイヴェリアが話しかける。


「わかった……。けど、一人で大丈夫?」

「それなら心配ないわ。キキも一緒に狩りをしてくれるそうだから」


 俺はイヴェリアを心配したが杞憂だったらしい。

 彼女の横にキキが鼻の下をもきゅもきゅと動かして、狩りに行きたさそうにしている。

 イヴェリアに随分と懐いているキキは、イヴェリアがいると割と付き纏うところが見受けられた。


「ん。じゃあ、キキ、頼んだよ」

「はいニャ! イヴ姉さまと狩りに行ってきみゃす!」


 一瞬、え?ってなった。

 今、キキがイヴェリアを〝イヴ姉さま〟と呼んだ。

 キキは割と人の呼称を呼ぶときに〝様〟をつけるし、敬称で呼ぶことなんて絶対にしないはず。

 そう思い込んでいた。

 ふと、イヴェリアを見るとバツが悪そうに俺から目を反らす。

 普段は威風堂々として清廉な彼女。

 キキの性格上、イヴェリアが〝イヴ姉さま〟と呼ばせているのだろうことは容易にわかる。


「行ってくるわね」


 イヴェリアはキキの言葉が切れたところで、狩りに行ってしまった。

 俺が「いってらっしゃい」と返す前に狩りに行ったのは、きっと、彼女は少しだけカッコつけなところがあるから、可愛いものを愛でる姿をあまり人に知られたくないんだろう。

 俺は気にしないことにしてテントの設置作業を急ぐことにした。


 それから一時間もしないうちにイヴェリアとキキが帰ってきた。


「ただいま。シドル」

「戻りみゃした」


 ふたりとも両手に白いウサギをぶら下げている。


「おかえり。すごい。よくそんなに獲ってこれたね」


 ざっと見て八羽くらいか。

 イヴェリアが雑に雪の上にうさぎの死体を置くと、内臓が取られていて簡単に血抜きをしてきた様子が伺えた。


「キキがとても上手にうさぎを狩ってくるのよ。私も驚いたわ」

「こんニャに取れたのは、イヴ姉さまの魔法が凄かったからニャ」


 キキもうさぎを雪の上に置く。

 こちらもはらわたがすでに抜かれており血抜きも済ませてあった。

 どうやら狩りに出て数十分もしないうちにこの量を狩ったらしい。

 凄い。


「せっかくだし、今日は一羽を解体して食べましょう。いつもシドルに任せてばかりだから今回は私が料理をするわ」


 イヴェリアが料理をするらしいので、調理は任せて俺はロバの世話をすることにした。


「できたわ」


 しばらくして、調理を終えたイヴェリアがキキと一緒に俺に声をかける。

 できたものはなかなかエグい姿。

 うさぎがほぼ原型を留めていた。


「ほぼ、丸焼きか……」


 自然とそんな言葉が漏れる。

 すると、イヴェリアはニヤリとして言う。


「あら、良いものよ。昔の私ならそのまま焼いたところでしょうけれど、今回は塩やハーブを使わせていただいたわ」

「そ、そうですか……」


 見たまんまなんだけど、内臓が詰まっていたところに香草類を雑に突っ込んだ形跡がある。

 毛や皮は綺麗に剥ぎ取られていたし、焦げた形跡は塩を塗り込んだものに寄るものか。

 俺は平民育ちじゃないし、これまで食べた料理だって解体をせずに焼いただけというものを食べたことはない。

 けれど、それを目を輝かせて見るキキや自信あり気なイヴェリアを見ていると俺が違うのかなとさえ思う。

 匂いは確かに良いしね。

 そんな俺の様子を見たイヴェリアはキキが早く食べたがっている様子を見て口を開く。


「ええ、キキもこのほうが美味しそうって喜んでくれたわよ」


 そう言ってキキの頭をイヴェリアは撫でる。

 キキは頭を傾げてイヴェリアに委ねた。

 この猫耳美少女はイヴェリアにだけはとても良く懐いていて、風呂もイヴェリアとしか入らない。

 同じ幼馴染のフィーナからは毛を逆立てて逃げ回るからね。フィーナが構いすぎという説もあるけれど。

 それはさておいて、せっかくイヴェリアの手料理。

 美味しいうちに食べてしまおう。


「ありがとう。イヴェリア。じゃ、せっかくだし冷める前に食べよう」


 そうして食事が始まった。

 イヴェリアがナイフで肉を起用に削いで俺やキキに配って最後に自分の分を取る。

 生焼けになっているところは特に見受けられず火がよく通っているみたいだ。

 意を決して口に含むと、口の中にふわっと肉の良い香りが広がる。

 焼き加減がとても良い。

 味わうためにもぐもぐと咀嚼していると、


「どう? 美味しい?」


 と、イヴェリアがハの字にした眉を俺に見せて訊いてきた。

 まるで新妻が初めての手料理を振る舞っているのかと勘違いしてしまう。

 凛とした顔立ちで華麗な彼女のそういう顔はとても強く心を打つ。


「思ってたよりずっと美味しい。驚いたよ」

「ウチも、こんニャに美味しい肉を食べたのは久しぶりですニャ。イヴ姉さまありがとうございますニャ」


 俺は思ったままのことを言葉にした。

 キキも俺に続く。

 すると、イヴェリアはホッとした表情をする。

 新婚かよ。といった感じでほっこりする。

 イヴェリアがかわいい───のだが。


 落ち着いたイヴェリアは唐突にもいだ骨付きの肉にかぶりついた。

 それを見たキキは自分もイヴェリアと同じのが良いと骨付きの肉をねだり、イヴェリアと二人でガジガジと歯で噛み付いて肉を頬張る。

 俺はナイフで刮いだ肉を食べ、野性的な彼女たちはもぎ取った骨付きの肉を肉食動物みたいに頬張る。

 肉はとても美味しかったんだけど、それ以外がない。

 俺は物足りなくなったので、肉を食べたあとに鍋を火にかけて雪を入れて融かす。融けた雪はしばらくして沸騰。その湯で簡単なスープを作った。


 魔族領に入ってからの旅路は順調だった。

 足場があまり良くないので進行そのものは遅い。

 それでも食料は足りてるし、魔族と出会って戦闘なんてことはない。比較的安全に旅は進む。

 そうして数日。

 太陽が真南に昇りきった時間だった。

 遠くから小さく微かに聞こえた犬の遠吠え。

 それからはずっと人の気配を感じながら歩いた。


「尾行されてるな」

「そうみたいね」


 一定の距離を保ちながら、その気配は俺たちを追尾し続けている。

 あの遠吠えから。

 こちらが距離を詰めるとあっちが離れていく。


「きもちわるいにゃ」


 キキが言うのはご尤もだ。

 どこまでついてくるのか。


「この先に集落っぽい気配がするわね」


 イヴェリアが【魔素探知★】で察知したらしい。

 俺も【気配察知★】で確認してみる。

 どうやらこの先に以前のバハムル村より少し小さな集落があるらしい。


「人型の……犬人コボルト族ね」


 今度は【精霊魔法★】を駆使して索敵を図ったらしいイヴェリア。

 ここが犬人族の村なのか。と俺は前世の記憶を深堀りしてみる。


 陵辱のエターニア外伝 ─猫耳美少女とニャンニャン冒険記─


 この登場人物のメインは主人公で勇者だったアルス。

 そしてメインヒロインがキキ・ソマリ。

 物語の舞台は本来ならまだ数年先。

 キキが奴隷の首輪をつけたままエターニア王国を引き継いだアルスの国の王都エテルナで保護されたことから始まった。

 ストーリーは発情期を迎えたばかりのキキの性欲の解消にアルスが付き合いながら、彼女の問題の解決を図り故郷の村へ送り届けるというそれほど長くないストーリー。

 キキを故郷に連れて行くけどアルス王国で一緒に暮らすというエンディングを迎える。

 それとそのスピンオフ作品にもう一人の獣人族──犬耳の美少女が登場する。

 それが犬人コボルト族のサブヒロインだ。

 この犬人族のサブヒロインを持ち帰って獣人族の二人の美少女を侍らすトゥルーエンドが存在。

 この作品は選択式のアドベンチャーで、戦闘などは一切ない。

 思い出せることはいろいろあるけれど、ひとまず、猫人族と犬人族は十四歳にならないと発情期が来ない。

 それまではこうして落ち着いた旅ができるということだ。

 なにせ元がエロゲーだけに、彼女たちが発情期を迎えたら、それはとても大変なものになる──のだけど、キキがまだ繁殖期に満たない十二歳。

 サブヒロインの美少女も同じはずだ。

 つまりエロゲみたいなことにはならないだろう。

 ただ、それが本当にサブヒロインなのか確かめたい──という思いが先行して、


「イヴェリア、キキ。村があるなら立ち寄ってみようか」


 と、口にしてしまう。


「悪くないわね。寄っていきましょう」

「了解ですニャ」


 イヴェリアとキキの同意を得て、俺たちは気配のする場所へと向かうことにした。


 それから数時間。

 俺たちを尾行していた気配が距離を詰めてきた。

 村を視界に収めたところで、だ。


「キャン、キャン」


 と、鳴き声。

 それと、


「おおーーーーん」


 と、可愛らしい遠吠え。

 いや、可愛らしく見えたのはその姿を知ってからだ。

 ぴょんと小さく尖った耳。

 大きくてつぶらな瞳。

 キキと同じくらい小柄で少し震えておどおどしている。

 その遠吠えで村から犬人族の群れが駆けてきた。

 結構な人数だ。

 またたく間に俺たちを囲むと正面から可愛らしい男が出てきて俺に話しかける。


「ニンゲン。何の用でここに来た?」

「俺達は猫人族の村にこの子を送り届ける旅の途中です。村が見えたので立ち寄ろうと思ったんですが……」

「わん。確かに猫人族。その猫人族。名を名乗れ」


 俺が質問に答えたというのに、俺ではなく、キキに名を問う。

 おそらく彼らにとってニンゲンは信用ならないんだろう。だから同じ魔族領の同朋と言える猫人族のキキから聞き出そうとしたんじゃないか。

 犬人族の男に名を問われたキキはおずおずとした様子で口を開く。


「キキ・ソマリです。猫人族のソマリ村の出身です」

「ソマリ……聞いたことはないが、その姿が猫人族だということはわかる。キキ・ソマリはなぜ、ニンゲンと一緒にいる」


 キキの名を聞き出したというのに自らの名は名乗らない。

 無礼な奴だ。

 キキは言葉に詰まりながらも、ドワーフに攫われたところから、脱走してエルフに拾われて俺の世話になったことを説明。

 それで今、俺とイヴェリアの送りでキキがソマリ村に向かっていると伝えた。


「そういうことなら、仕方がない。私達はドワーフとは敵対している。だからキキ・ソマリたちの村への立ち寄りを許可する。だが、村人との接触はなるべく控えてもらいたいから、私の屋敷の部屋を一つ貸そう」

「歓迎していただけるなら助かります。ありがとうございます」

「ふん。私達はニンゲンを助けることはしないが、同朋の護衛だから許しただけだ。感謝される謂れはない」


 ずっと野営が続くと覚悟していたから実にありがたい。

 親切に甘えることにして、この日はこの犬人族の世話になることにした。

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