氷上会談

 コテージに通されると俺たちは入口側に並んだ席を案内された。

 俺とイヴェリアが座り、後ろにコニとキキが後ろに並んで立っている。

 横長の机を挟んで反対側──俺たちの正面にはドワーフの国、モリア王国の国王であるレギン・モーランが一人座っていた。

 その後ろに槍を持つ屈強なドワーフの兵士が二人並び立っている。

 それにコテージの両脇には武器を携えたドワーフの騎士が控えている。

 俺たちがコテージに入るときには武器を取り上げられたというのにひどい扱いだ。


「この度は急な呼び出しにも関わらず、出向いていただき感謝しよう。それに、キキ・ソマリの同行についても嬉しく思う」


 先に口を開いたのはレギンだった。

 重たい面持ちと声色がコテージ内に広がっている。

 その冷たく低い声が木を敷いた簡素な床の下に広がる湖面を覆う厚い氷の冷気と相俟って、より冷えた響きを生じさせている。


「お久し振りです。レギン様のご用命と伺い、この度は急ぎ、足を運ばせていただきました」

「ん。では、いきなりではあるが、キキ・ソマリについてである──」


 話の主題はキキ・ソマリの身柄の引き渡しの要求だった。

 キキ・ソマリはモリア王国の奴隷。

 何も言わずにそのまま返還しろ。ということだった。


「誠に恐れ多いのですが、キキ・ソマリの身柄の引き渡しには応じられません。それにこの通り、彼女は既に奴隷の身でもありません」


 俺はそう言ってキキの首を強調。

 彼女の首輪は俺が【召喚魔法】を使って上位の悪魔を召喚し、契約を無効化した。


「ですので、こちらはお返しいたします」


 キキの首についていた奴隷の首輪を俺は横長の机に差し出す。

 本来、奴隷契約を行うと首輪は外れることはない。

 外れたということは奴隷契約を結んだ者が死んだか、契約魔法を実行したときの巻物スクロールで契約を解除したということ。


「なんと──。首輪が外れたということはこちらのものの協力があったということか……」


 レギンは身内を疑い始める。

 目の前の首輪に言葉が詰まりそうになったが、気を直して発言を続けた。


「だが、キキ・ソマリにおいては我が国の所有物である。返却いただきたい」


 モノ扱いかよ……。

 レギンの顔は至って真剣そのもの。

 つまり、キキは彼らにとって〝モノ〟でしかない。

 だけど、俺から見れば、キキは故郷から拉致されて連れ去られた少女なのだ。

 人道的に考えて、今、バハムルで保護されている彼女を『はい、どうぞ』と渡すことは考えられない。

 回答は最初から決まっている。


「恐れ入りますが、キキの返却には応じられません。彼女はソマリ村への帰郷を願っております。ですので、こちらで責任を持ってソマリ村までお返しいたしましょう」

「キキ・ソマリの奴隷契約をどう解除したのかはわからない。だが、キキ・ソマリは我が国の奴隷。そちらが保護したというが、バハムルはいつからか監視魔法を拒絶し、そこの女だって我が念話に応じぬではないか。そこはどう説明されようか」


 キキの返還を拒否したら、語気が強まりその立派なヒゲが口から飛び出る飛沫で雫が出来る。


「お言葉ですが、エルフたちがキキを保護してこちらに来た日。ドワーフたちの殆どは逃げるようにバハムルから去りました。それもレギン様の名の下に築城に携わるために派遣いただいた者たちだと伺っておりましたから、これはどういうことかとこちらでも思った次第です。監視を拒絶したのはそういった出来事があったからでした」


 キキがバハムルに来てから、採掘業や築城に関わっていたドワーフは誰一人として居なくなった。

 残ったのは村で鍛冶業などを営むモリア王国では底辺として扱われる層のものたち。

 こちらで言えば男爵家の嫡男になれなかった次男三男みたいなものだ。

 それでも、鍛冶を続けたいと望みをつなげるためにバハムルに渡って来た。

 そんなわけで俺はモリア王国への信用を引き下げている。

 俺の言葉に言い訳で返してくるんじゃないか。


「フンッ!そんなもの知るかッ!所詮、無能な人間の新興国。キキを引き渡さないというのなら力づくで返してもらうぞ」


 憤慨したレギンは席を立ち上がり、コテージの騎士たちに合図を送った。


──ヤれ……と。


 氷上会談──って話をするだけだと思ってたんだけどなぁ……。

 なんて思ったところで、キキを連れて来いという時点で争い事は避けられないものだと分かっていた。

 俺はシドル・メルトリクス。多芸多才であらゆる武芸と魔法を使う天才というゲームでの紹介。

 そして俺の隣──左に鎮座する美女は魔女イヴェリア。

 俺が唯一スキル適性がなくて使えない精霊魔法を使う大魔女。


 レギンの号令に騎士たちが飛びかかってくると思いきや、誰一人として近寄ってこない。

 正確に言えばレギンの合図で俺たちと取り囲んでいる。

 だが、俺たちを中心にして武器を構えた状態で身動きが取れずにいた。

 その状況を作った当人はスクッと立ち上がって、


「レギン様との念話をお断りさせていただいいている理由をこちらでお話しても宜しいかしら?」


 と、そういった。


「フンッ!人間の女が、ちょっと精霊魔法が使えるからと良い気になるな」


 レギンも武器を構えた状態で止まっている。

 よく見ると木の板──合板の隙間から透明な氷の茨が伸びて彼らの動きを封じているらしい。

 綿密に計算された細かい制御を施した魔法か。


「そうやって凄んだところで、強い男だと思いませんわね。それに、私、節操のない男は嫌いなのよ」


 イヴェリアは冷たく透き通った声で言い放つ。

 まるで今、彼らを拘束している透明な氷の茨みたいで、その言葉が棘となって突き刺さる。

 ここで『節操のない』の言葉で、俺は察した。

 言い寄られてたのね。と。


「こんなところで〝陛下〟の手を煩わせるのは憚られるわね。それに──」


 口の端を吊り上げて不気味な笑顔を浮かべたイヴェリアは魔力を強めると、コテージが吹き飛んで崩れた。

 正午に始まった会談は、既に昼下がりを過ぎた午後。

 太陽は西寄りに傾いている。


 それからコテージの外ではドワーフの騎士たちが倒れていた。

 そこで唯一人、立って腕を組む女性の姿が見える。

 彼女からは魔力が全く感じられなかった。


 魔王直属の四天王の一人。

 吸血鬼のエストリ。

 凌辱のエターニアシリーズのスピンオフ作品で登場する敵性種族。

 そして、そのスピンオフではヒロインの一角。

 艶を返さない真っ黒な長い髪に、血が滴っていると見紛うほど赤い瞳が白く透き通った素肌にとても良く映える。

 イヴェリアと同じくらいの背丈で、イヴェリアより若干胸は控えめだがでかい。

 そう、イヴェリアにとても近しいスタイルの女性だ。

 それにしても──魔力が一切感じられないというのはどういうことなのか。


「あっはっはっはー。アグちゃんが面白いニンゲンが居るからってここに来てみたけどー。そっかそっかー。それがキミかー」


 そう言って胴体からもぎ取ったドワーフの騎士の首を右手に持ちながらこちらに近寄ってきた。


「───吸血鬼、エストリ!」


 俺は思わず声にしてしまう。

 すると、


「ウチのこと、知ってたのー? ウチ、ニンゲンに知られてるってウチって超有名人?」


 と、ニヤニヤしている。

 その絵面がヤバい。

 真っ白な雪原に首を掴んで持ってきているから血がポタポタと垂れて真っ白な足下が赤く滲む。


「シドルとはまた違った意味で凄まじい魔素ね……」


 イヴェリアがエストリを見て声を漏らす。


「まあ、シドルほどではないけれど」


 と繋げたけど。


「おー、そこの彼女もすっごーい。名前、何ていうの?」


 エストリは俺じゃなく、イヴェリアに近寄った。

 殺気は感じられない。

 同じく殺気を向けられていないと感じたイヴェリアはエストリに応えて「イヴェリアよ」名を名乗った。


「おー。イヴェリアちゃん。イヴちゃんかなー? リーリスの別名みたーい。だけど、リーリス、イヴちゃんのこと気に入りそうだなぁー」


 嬉しそうにエストリはイヴェリアを見る。

 それから、まだ、話をする。


「そこのおっさんはどうするー? 殺して良い?」


 そこのおっさん。つまり、レギンのことだろう。


「レギン様のことはできれば殺さずに居てもらえませんか?」


 俺が答えた。

 すると、エストリは一瞬、表情を曇らせる。


「あのさー、アグちゃんとの約束だよー? それを裏切ろうとしたんじゃん? それってキミは良いのかも知れないけどウチらにしたら許せないじゃんねー」


 アグラートとの約束。と言うのは先日あった日のことか。

 彼女とレギンの間でどんなことを取り決めたのかは俺は知らない。

 でも、魔族領のものとの戦のために援軍を俺たちは要請されていたからな。モリア王国とは敵対しそうだったので援軍は出さなかったけど。

 エストリは言うだけ言って顔をレギンに向けた。

 鳥肌が立ち毛が逆立つ猛烈な殺気をレギンに向けた。

 レギンはイヴェリアの魔法で身動きが取れず、何かを言おうとしているが口だけが動いて言葉になっていない。


「まあ、しゃーないか。まだ、ギリで約束を破ってないもんねー。アグちゃんはそういうところ厳しいしなー」


 そう言って殺気を治めてくれた。

 ありがたや。

 それから、また、エストリは俺に顔を向けると


「その猫人族はまだキミと過ごしたさそうだし、そのままにしておくね。そのうちソマリに返すんでしょ?」


 と、そう訊いてきた。


「今日のところはまだ長旅の準備ができていないので帰りますが、ソマリ村には送っていくつもりです」

「そ、それを訊いて安心。返さないって言ったらキミたちを殺さなきゃいけなくなりそうだったもんねー」


 そう言ってパチンと可愛らしいウィンクを俺に見せてから、今度はレギンに近寄った。


「このおっさんはウチが運ぶよ。残ったドワーフは好きにして良いからね」


 エストリがそう言ってレギンを抱えようとしたが、動かず。


「あ、イヴちゃん。魔法解いて? ってか、この魔法すご。ウチが解けないなんてどんなニンゲンよ」


 イヴェリアはエストリの言葉に従い、魔法を解いた。


「魔法は解いたわ。どんなニンゲンというのに答えるとしたら、そうね……私はシドルの心に一番近い女よ」


 そう言って、イヴェリアは俺の左に並び立つ。

 凛とした美しさは吸血鬼の彼女に引けを取らない。

 その二人が目線を交わしているのは絵的にとても綺麗。


「そういうところはやっぱニンゲンかー」


 エストリはそう言ってからレギンを抱えて、


「さいなら~。またねー」


 と、言葉を残して飛び立った。


「騒々しい女性だったわね」


 イヴェリアが言う。


「あのひとは絶対偉い人ニャ……。怖かったニャ……」

「人間っぽくなかったけど、とても綺麗な人でしたね。圧倒されました」


 キキとコニが続く。

 それにしても、五十人近いドワーフの騎士たちの死体。


「エストリと名乗った女性。突然現れたと思ったら瞬く間に命を狩っていたわ」


 イヴェリアのほうが先に彼女の登場を察知した。

 俺には全くわからなかった。

 ともあれ、この後始末はここに残っている彼らに任せよう。

 俺たちは帰る!

 それをイヴェリアに伝えなければ──ということで、


「まあ、とりあえず、残ったドワーフたちをどうにかしなきゃ」

「そうね。なら、拘束を解くわ」


 イヴェリアに頼んだら直ぐに魔法を解除してくれた。

 拘束から解放された彼らに殺意はなく、この場はそのまま解散。

 遺体は彼らが自国に運んでいくだろう。

 俺たちは彼らの後始末を見届けることなく犬ぞりでバハムルに帰ることにした。

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