猫人族と帝国騎士

「最初にお話をしたときにも気になったのですが、そちらの少女は──」


 歓待の場でルシエルがキキを興味深そうに目を向けていた。

 最初の紹介をしたときは、失礼に当たると思ったのか、ルシエルはチラチラとキキに目線を送るだけで声をかけることはしなかった。

 ずっと気にしていたのかも知れないな。


「彼女はとある事情でバハムルで保護しているキキと言う名の猫人族です」


 俺がキキを紹介すると、ルシエルはまるで愛玩動物を見つめる様子で興味津々と言った表情をキキに向けた。

 すると、不穏な気配を感じ取ったキキが俺の腕を掴んで後ろに隠れる。

 そんなキキを見たルシエルは目を輝かせながら上半身を動かしてキキの姿を追って俺の横を覗き見る。


「まあ、人見知りなんですね。可愛い!」


 顔を綻ばせてニコリと笑むルシエル。

 猫好きらしいルシエルが移動するたびに、俺を中心にルシエルの視線から逃れた。

 その行動がまるで子猫みたいで可愛らしくて和む。

 俺は思わずキキの頭を撫でてしまった。

 すると、


「ニャ……」


 と、キキは小さく声を漏らして目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 猫じゃん。


「私もしたい!」


 ルシエルは、キキの仕草に気持ちが抑えられなくなって、キキに手を伸ばした。

 耳の裏をコソコソと指先で撫でると、キキは更に目が細くなる。

 さっきまで怯えていたというのに。

 本当に猫みたいだ。

 俺はてっきり、スキルを使って逃げるかとやり過ごすのかと思ったのにキキはスキルを使わずに耐えることを選んだのか。

 なら、もう大丈夫なんじゃないかと思ってキキから手を離すと、彼女はスタッとルシエルから離れて【雲隠れ★】を発動。


「あ……、消えた……」


 ルシエルは不思議そうにするのかと思いきや、そうでなくて、キキが居なくなったことが淋しいのか、眉をハの字にしてキキを見失ったことを悲しむ。

 キキは俺の傍でまだ袖を掴んでじっとしてる。

 俺がキキがそこにいると分かるのは【鑑定★】がキキの状態を教えてくれるからだ。


──キキなら俺の隣にいるよ。


 と言いたいところだけど、キキをこれ以上刺激を与えるのは良くないな。

 まだ、こっちに来たばかりだし人々の好奇の目に晒されすぎるのは宜しくない。

 ルシエルを刺激してもなんにもならないしね。

 一応彼女だって皇族だ。いくら身分の差で待遇を変えることのないイシルディル帝国の兵士たちといったって、皇帝の妹という身分なのだから多少の礼節を以て振る舞うべきだ。

 まあ、このバハムル村も身分なんてものは形骸化してる。この先はどうなるかは分からないけれど。


「私、何か嫌われるようなことしたでしょうか……」


 ルシエルはキキが見えなくなってしょんぼりしてた。

 こうして見ると異世界の異種族の女の子も前世の世界と同じ女の子なんだと思える。


「いや、大丈夫だよ。嫌ってはいないと思う。ただ、慣れるまで時間が必要なんだ。彼女もここに来たばかりで、ここに来るまで酷い状態だったみたいでね」


 落ち込むルシエルに俺はキキのことを話せる範囲で打ち明けた。


「そうだったの……。私たちの国では奴隷を扱う制度が無いからわからないわ。でも、ヒトの尊厳を蔑ろにすることには同意できません。キキちゃん、まだ幼いのに苦労なさってたんですね」


 ルシエルは更に落ち込んだけど、同情して哀れんでいるんだろう。

 愛くるしいキキが苦労してたらより一層。その共感は深いはずだ。

 帝国には奴隷制度はない。けど、水面下では奴隷を持つ者は少なくない。

 それを皇帝のネイルは知っているがルシエルには知らされていない。

 ネイルは帝国の奴隷を見て見ぬ振りをしているわけではないし、帝国の裏社会で跋扈する奴隷商人を検挙するタイミングを図っているのも俺は知っていた。

 奴隷商人だってバカじゃないからね。

 隣国のエターニア王国は奴隷制度を認めていたし、現状、エターニア王国を吸収したバハムル王国も奴隷制度を廃止するわけにはいかなかった。

 だから、奴隷の扱いに対する法を施行させてもらってる。

 奴隷に対する過度な迫害や虐待を禁じる法が西方諸国で施行されているので、それに倣ってこのバハムル王国でも奴隷虐待禁止法を立法。

 加えて、国が奴隷を身請けする制度を作った。

 何せ今のバハムルは人材不足。奴隷であっても何かしらの才能があれば充分な金額で国が身請けをして有効に活用したいと考えた。

 そのおかげで領地を持たない中流の貴族たちは奴隷に高値がつくと知って多くの申請をする。

 引き取った奴隷は主にこの国の王都バハムルという村で働くことになっている。

 そのためにも王城の完成が待たれるところなのだが、築城に携わっていたドワーフたちは皆、黙って帰国した。


 俺も含め、バハムルの人間は奴隷制度を制度として受け入れられている。

 奴隷は契約魔法の影響で契約主から逃れられないのだが、キキは奴隷契約で制約があったはずなのにモリア王国から逃げた──逃げることが出来た。

 スピンオフで、主人公がキキと出会ったときは首輪はあったが、契約奴隷であれば外せないはずのその首輪が〝外せた〟のだ。

 つまり、十六歳を迎えるころまでに彼女は奴隷の主が死亡するなど契約が無効となる何らかの出来事があったと考えられる。

 スピンオフとは異なり、十二歳のキキ・ソマリを俺は引き取った。

 彼女はこの時、奴隷であり、外せない首輪を着けていたし、その首輪をより上位の悪魔を召喚して無力化。

 その経緯を伝えるとルシエルは『ヒトの尊厳を蔑ろにすることには同意できません』と言った。

 この世界では奴隷の存在を否定していない。

 キキに関しては、過剰に労働させられていたことは褒められたことではないが、食事をさせて使役することそのものは奴隷の扱いとしては当然と考えられている。


「確かに、キキはここまでとても大変な想いをしたと思うよ。でも、もう奴隷ではないからキキは自由。少しの間、こちらで保護して彼女の安全な帰郷に協力するつもりだよ」


 だから俺は、ルシエルの言葉にそう返した。

 スピンオフでは一応、主人公アルスがソマリ村に連れていく描写があったし、スピンオフの通りに進めるわけではないけれど、できるだけ早くソマリ村に連れて行くつもりだ。

 ソマリ村と言うのは猫人族の村の一つでバハムルのちょうど真北に位置する。

 まっすぐ行ければそれほど遠くはないけれど、険しい山脈を越えなければならず、いくらレベルが高くて強いと言っても限度がある。

 安全に帰すにはバハムル湖の対岸に渡ってモリア王国を経由して魔族領に入るべきだと考えていた。

 そのための準備としてキキのレベル上げと旅の準備、それと、モリア王国の現状把握が必要だ。

 そういった理由でキキを少しの間、バハムルに留めておこうと思ったのだ。


「そうなの。キキちゃん、可愛いからここにずっと居ても良いんだよ。何なら私たちの国に連れ帰っても良いくらいだわ。お姉様もきっと喜びますから」


 ルシエルの姉、ネイル・ベレス・メネリルはイシルディル帝国の皇帝で公務中はとても威厳のある女帝。

 ダークエルフの時間において、まだ少女と言える年齢の彼女である。家の一室では普通の女の子と変わらない。

 南国のイシルディル帝国では飼い猫文化が育っているから、猫人族のキキはさぞかし可愛がられることだろう。

 ルシエルは、この世のものとは思えない美しい微笑を俺に向けているが、俺の傍でスキルを使って隠れているキキには悪魔の微笑にしか見えてないかも知れない。

 ということで、やんわりとお断りの言葉を理由をつけて返す。


「ネイルに喜んでもらえるなら吝かでないと言いたいけど、来年、城が出来たらバハムル王国の戴冠式と結婚式をするからそれまでにキキを送り届けてバハムルに戻ってきたいんだよね」

「まあ、シドル様。ご結婚なさるんです?」


 ルシエルの問いに俺は「はい」と頷いて──


「使者は出したんだけど、ルシエルとは行き違いになったんじゃないかな」


 と、補足。

 ルシエルは何か言いたいことはありそうだけど、俺の言葉に祝う言葉で返す。


「そう。それはおめでとうございます」


 帝国だけじゃなく、モリア王国にも森のエルフにも使者を送っていたんだけど、今日、ルシエルがここに来たことを考えたら確実に行き違いになっていたはず。

 だから、知らなくて当然。

 驚くのかと思ったけど、そうでもなく、一瞬、頬を膨らませてから表情を戻して、俺の胸元に身体を少し近づけてくると言葉を続ける。


「そしたら私もシドル様の側妻としてお迎え頂きませんとね」

「それはまだ気が早いんじゃないかな?」


 甘い芳香が下から立ち上り俺の鼻腔を刺激するが、何とか耐える。

 この歓待の場にはフィーナやイヴェリアもいるんだ。

 こんなところを見られたらただでは済まない──。

 いや、彼女たちならこう言うだろう。


『まあ、素晴らしいわね。ルシエル様をシドルの側妻に迎えても良いだなんて、私たちの後ろ盾としてこれ以上ないお話ね』


 近くに居なくて本当に良かった。

 とはいえ、胸元に当たるこの柔らかくてくすぐったい感触はどうにかしたい。

 ルシエルのそれはとても大きくて、フィーナやイヴェリアにも匹敵するほど。

 内心でドギマギしていたら、ルシエルが上目遣いして声を投げかける。


「そんなことはないですよ? 理由は言いませんけどね」


 そう言って優しい笑みを俺に向けてくれた。


「それはそうと、私の国の騎士たちを森の迷宮にご案内頂きたいのですけれど──」


 胸元に身体を寄せて上目遣いで俺を見ていたルシエルは俺にその大きな胸を押し付けた反動を利用して距離を置くと、帝国の騎士たちについて話し始める。

 バハムルの森の迷宮ダンジョンに騎士たちを攻略に向かわせたい。

 できれば様々なパーティーを構成できれば尚良い。ということで、ソフィさんが纏めつつあるバハムル村の冒険者組合のことを伝えた。


「でしたら、明日、冒険者組合とやらでソフィ様とお話させて頂く機会をいただければと思います」

「わかりました。ソフィさんに言っておきましょう。というより、ソフィさんを呼んできます」


 ルシエルがソフィさんと話をしたいと言うので、この歓待に参加しているソフィさんを探したら、視界の端で帝国の騎士と談笑をしていた。

 ふいにソフィさんと目が合うと、ソフィさんは帝国の騎士との会話を切り上げて俺の傍に近寄ってくる。


「シドル様、お呼びでした?」

「や、まだ呼んではいないけど、何かあった?」


 俺が訊き返したら眉尻を下げた困り顔で手を前で組んで見せた。

 たゆんと揺れる大きな胸が二の腕に挟まれて目が釘付けになってしまう。

 ソフィさんはこう答える。


「ちょっと、男性に言い寄られて困ってまして……。殿方というのは今シドル様が私の胸を見るのと同じでお胸に大変興味があるようでして。シドル様になら吝かでないんですけど……。しつこく迫られてあの場から逃れるきっかけが欲しかったんです。そしたらちょうど、シドル様と目が合ったので──」


 利用させてもらいました。ということらしい。


「あー、ソフィさんは親しみやすい雰囲気だから、男性も言い寄りやすいのでしょうね。それで豊かなものをお持ちとなれば尚更でしょう」

「そうなんですよ。見られるだけでしたら、少しは慣れているのでよろしいんですが、それを目当てに言い寄られるのはまた少し違いまして──」


 と、ソフィさんは困り顔を見せた。


「まあ、私たちの騎士の不敬な振る舞いで不快感を抱かせてしまったのであれば詫びなければなりませんね。キツく言って利かせるようにしますからどうかお許しください」


 ソフィさんとルシエルが俺を挟んで会話を始める。

 俺はルシエルがソフィさんに〝豊かなもの〟と言ったときに思わずソフィさんのおっぱいをガン見してしまっていたのを、二人に気が付かれた。


「ソフィさんのお胸もとても大きくて立派ですよね。それに私やお姉さまのものと違ってとても柔らかそうですし、きっと良いものでしょうね」


 ルシエルがニヤニヤして俺を見てる。


「あら、そうなんですか? シドル様。私、シドル様になら吝かでないと言いますか──触ってみます?」


 ソフィさんがルシエルの挑発に乗って俺を揶揄う。

 俺が居た堪れない様子だったのか、それを見て満足げな顔のソフィさん。


「冗談です」


 と、言葉を結んだ。


「シドル様は、大きなお胸が好きなのか私のだけじゃなく、お姉様やお母様の胸もよく見てらしたの」


 それから二人は俺を置いてけぼりにしておっぱい談義を始めた。

 しばらく話し込んで、ルシエルが俺を見て、また、ニヤニヤする。


「こうして見ていただけるなら私にも機会がありそうだわ」

「きっと、フィーナ殿下もイヴェリア様もシドル様がルシエル様と懇意になられることを願っていると思いますよ」


 と、ソフィさんもルシエルに便乗してニヤニヤ顔を俺に向ける。

 そして更に言葉を続けた。


「お時間が宜しければ、フィーナ殿下とイヴェリア様、カレン様を交えて後日、お茶会をいたしましょうか?」


 ルシエルをお茶会に誘うと、ルシエルはそれに快諾。

 その後、バハムルの森のダンジョンについてルシエルが確認を始めた。


「──ということは我が兵の三分の一はダンジョン攻略の条件を満たしていないわね……」


 バハムルの森のダンジョンはソフィさんが策定した攻略可能条件にレベル四十以上というものがある。

 ルシエルに同行してきた帝国騎士たちの中でレベル四十に達していないものがそれなりにいた。


「そういうことでしたら、私たち村民がバハムルの森でのレベリングに協力いたしますから、私どもに預けてくださって構いませんよ」


 ソフィさんが冒険者組合を立ち上げてからいくつか作った決まりごとの一つである。

 もともと、村人のレベリングに森のダンジョンを使っていたがレベルが足りない場合はダンジョン周辺の森で魔獣や魔物を狩ってレベリングをしていた。

 冒険者組合が出来る前はレベル三十から四十くらいでダンジョンに潜っていたがソフィさんがレベル四十からと決めたのだ。

 本来はレベル三十になると手練とともにダンジョンに潜り、トドメだけを刺して経験値を得るということをしていたが、村外から来る冒険者の滞在が増えて明確にルール化するべきだということで、レベル四十から攻略可能ということになった。

 ちなみにこれはソフィさんが勝手に決めたわけでなく、村長のジョルグを始め、フィーナやイヴェリア、カレンにまで確認を取り、最後に俺と相談して決めたことだ。

 ムリな攻略で命を粗末にすることをできるだけ避けたいという村の民の考えを代表しているに過ぎないのだが。


「わかりました。でしたら、明日、騎士たちと相談してソフィ様に再び確認いたします。兵を預けることは吝かでないのですが私の一存では決めかねるので」

「ええ。決まりましたら私ども──、冒険者組合をお尋ねください」


 ルシエルとソフィさんの会話はここで区切りを迎えて、それから雑談を始めた。

 もう俺、良いよね? ということで、スキルで存在を抹消してるキキを連れて会場の隅に逃げる。


「もうMP、厳しいよね? 大丈夫だよ」


 人目から離れると俺は【雲隠れ★】の解除を促した。

 蛇足だけど俺からキキは見えていない。ただ、【鑑定★】の効果でどこにいるのかが分かる。

 それに彼女はずっと俺の袖の裾を掴んでいたし、小ぶりながら豊かな双丘に腕が挟まれてたし。


「シドル様の傍だとMPが長持ちするニャ。だからもう少し大丈夫ですニャ」


 キキはスキルを解除して姿を現す。

 まだ十二歳と言う猫人族の彼女。

 小柄な割に大きなお椀型の乳房が目に映る。


(有無。これはこれで良いものだ)


 MPの持ちが良いのは俺の【MP自然回復★】の効果で、周囲に特に密接していたり俺の息から魔素を取り込んだりしているとMPが回復したり、使用量が減る。

 その恩恵を俺にぴったりとくっついていたキキも受けていた。


「やっぱり、ソフィ様やルシエル様が言ったとおりニャ。ウチのおっぱいでもシドル様は気にニャるのね」


 そう言ってキキは二の腕を寄せて胸を強調する。


「──これは仕方ないよ。男という生き物のサガだから」


 俺が返した言葉を聞いたキキは何故か満足そうにその幼い顔を綻ばせた。

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